殺しの美学

山本正純

県警の聴取

事件発生から十分が経過した頃、サービスエリアに数台の覆面パトカーや鑑識の自動車と、一台の救急車が停車した。
救急隊員は、担架に被害者の女を乗せ、野次馬達に尋ねる。
「この女性の知り合いはいませんか?」
その問いを聞いても、野次馬は答えない。仕方ないと救急隊員は肩を落とし、女性を救急車に乗せ、そのまま病院に搬送した。
走り去る救急車を見つめながら、ジョニーは愛澤に耳打ちする。
「あの手際の悪さはアマチュアの犯行だろうな。そこに血液が付着したナイフが落ちている。通り魔が使ったナイフの名称はダーク」
「ダーク?」
聞き覚えのない凶器に愛澤は首を傾げる。
「スコットランド地方に伝わるナイフの一種だ。現在ではイギリス海軍の短剣としても親しまれているらしい。コイツに被害者の血液と犯人の指紋が付着していたら、あっという間に逮捕されるだろうな」
「あれだけ目撃者がいたら、逮捕も時間の問題のはずですね。ところで、上に電話しましたか?」
「やったよ。まさか、こいつもテストじゃないよな?」
ジョニーの問いに、愛澤は指を立てる。
「意外にあのお方のドッキリかもしれませんね。あの方はお茶目ですから」
そんなわけがないとジョニーが苦笑いする中、二人組の刑事が男子トイレの出入り口の前に立つ愛澤達に近づく。
色黒の肌に鋭い目付きが特徴的な刑事は、二人に警察手帳を見せた。
「神奈川県警の狩野だが、お二人さんはサービスエリアで起きた通り魔事件を目撃していないのか?」
「もちろん見ましたよ。犯人の体型は小太りで黒いジャージを着ていました。顔は深く被った帽子で分かりません」
淡々とした口調で愛澤が答え、狩野の隣に立つ痩せた体型の刑事がメモを取る。
「なるほど。他の目撃者と証言は一致しているようだな。ところで、犯人の写真や動画は撮影していないのか?」
「一瞬のことでしたので、撮影はできませんよ」
「分かった。そっちの外国人は何か見ていないのか?」
狩野はジョニーへ視線を移す。だが彼は無言で首を横に振るだけだった。有力な証言を得られなかった刑事は、最後に二人に一枚の紙とペンを渡した。
「この紙に名前と住所を記入してくれ。差支えなかったら、職業も書いてほしい」
「すみませんが、彼との連名でよろしいですか? シェアハウスで住所は同じですし、彼は日本語が書けませんから」
右手を挙げ愛澤が質問する。しかし狩野は首を横に振る。
「それなら英語で構わないから、名前だけでも書いてくれ」
「分かりました」
明るく答えた愛澤は、偽名と偽りの住所を書き、ペンをジョニーに渡す。同じようにジョニーも、偽名を紙に記した。
ジョニーが紙を刑事に渡した後で、狩野は自分の名刺を彼に渡す。
「何か思い出したことがあったら、その名刺の番号に電話してほしい」
二人の刑事は頭を下げ、彼らから去っていく。その最中、狩野は小声で呟く。
「これで三人目だ」


何とか事情聴取に解放された二人は、自動車に乗り込んだ後で、ヒソヒソ話を始める。
「住所と名前はデタラメ。筆跡は素のお前とは似ても似つかない物。流石だな」
ジョニーが感心しながら腕を組む。その後で愛澤は頬を緩めた。
「はい。筆跡を変える訓練が、こんな所で役に立つとは思いませんでした」
丁度その時、愛澤のスーツの中に仕舞われた携帯電話に電話の着信が来た。
その電話を耳元に当てると、思いがけない男の声が流れる。
『今どこにいる?』
その声は、彼らの上司であるアズラエルだった。
「神奈川のサービスエリアです。あの方には知らせましたが、通り魔事件を目撃しました」
『神奈川の通り魔事件? それは好都合ですね。ロゼッタハウスに来てください。今日は非番ですので、そこで詳しい話をします』
電話は一方的に切れ、愛澤とジョニーは車内で困惑する。

コメント

コメントを書く

「推理」の人気作品

書籍化作品