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テッサイ 〜青き春の左ミドルキック〜

進藤jr和彦

プロローグ2

 サンドバッグがへこむ、凹む。久島のリズム良く放たれる左のミドルが当たるたびに、サンドバッグは凹み、鎖が軋む。

ビビーッと鳴り響く電子音を聞いて、久島はラストの一発とばかりに左足を振り抜いた。

「ッイェアアシッ!!」

 左の脛がサンドバッグにめり込み、くの字に折れ曲がった。一層激しく鎖は音を立て、サンドバッグも浮き上がり。

「ぎゃあああ!?」

 久島の身体へぶつかった、勢いもあってか久島は叫びながら倒れた。無論、そんな光景を見てしまえば笑いも起こる。ジムの練習生は声を出して笑う者から、口を押さえ耐える者と様々であった。

 中でも、熊谷と呼ばれた日焼けた筋骨隆々の男は大いに笑っていた。

「だっははは!相変わらずだな久島君!」

 熊谷は笑いながら、倒れ伏した久島に近づいた。

「お、おはようございます熊谷さん……」

「うっす!相変わらず良い蹴り打つなぁ久島君、今からマススパー付き合ってくれよ!な?」

 挨拶をそこそこに、熊谷はいそいそとリングに上がる。それを見つつ久島は、リングに向かいロープを引っ張り歪ませて、リングに入っていった。

「あの熊谷さん、いつも思うんですが、マススパーならうちのプロの先輩方の方が練習になるんじゃあ?」

「いいからいいから、そのプロの先輩からの指名だ、断るなよ、マススパーで3ラウンド、首相撲からの膝は軽くな?あ、一応ギア付けなギア!」

「は、はい!」
 
 ギア、つまりはヘッドギアである。スパーである以上は安全の為それは必要である、久島はリングから降りて、備品の置かれた棚へと向かった。

「あとシンガードと、グローブ変えなよ?16な?」

 一手間、二手間戻られても困ると、熊谷は慌てる久島にそう言った。



 久島秀忠は、放課後の空いた時間、町のキックボクシングジムにて、トレーニングで時間を潰していた。『英雄キックボクシングジム』という、雑居ビルの二階に設営されたジムである。

 中学校で部活に入りそびれ、帰宅部のままではいかんと感じ、何かする事は無いかと探して見つけたのがこのキックボクシングジムだった。

『初心者歓迎!プロ志望の方から、日々の体力作り、ダイエットまで幅広く対応します!』と、さもありげな窓の広告を見て久島は門を叩いた。

 彼自身、格闘技などさっぱりと知らぬ少年故、最初から目的は『体力作り』としか考えていなかったのだ。帰宅部で日々の運動不足を危惧しているので、通いたいと言う久島に、ジムの会長、姫路は二つ返事で了承した。

 そして、高校生となった今でも、久島は毎日通い続けていた。友人という友人は、野球やサッカーの部活に青春を捧げ、またある友人は放課後の寄り道で青春を謳歌する中、久島はキックボクシングジムに通い続けた。

  周囲の輪から完全にはみ出た久島だったが、それを悪いとは思わなかった。と言うのも、ジムにさえ来れば暇が潰せるし、ジムの会員達とも会話はしている。久島にしてみれば、クラスメイトや友人だった者が、ジムの会員達に変わった程度にしか思っていたのだ。

 ヘッドギアを付け、脛を守り蹴りの怪我を保護するシンガードを装着する。最後に赤い、分厚いボクシンググローブを取り付けて、久島はリングに上がった。先程熊谷が久島に、『グローブ変えなよ、16な?』と伝えていたが、それが久島の身に着けたグローブである。
 16オンスグローブと言い、スパーリングで使われる大きく分厚いグローブである。当たってもそこまで痛みは無く、座布団が当たった様に感じる事から『座布団グローブ』と言う所もあると、久島は熊谷から聞いたことがあった。

 リングに上がる久島、そして対角線のコーナーにて待つは熊谷。上半身裸にキックパンツと呼ばれる、キックボクサーが履く蹴りやすく短いショーツから伸びる、まるでロボの様に太く堅そうな足、そして太く力強さを感じる腕を見て、久島は見慣れてはいるが萎縮する。

 あんなので殴られたら死ぬ、マススパーとは言え気をつけないとと、気を抜けない。

 マススパーとは、マススパーリングと言い、試合形式で行われる練習の一つである。普通のスパーリングが相手に攻撃を当てるのに対し、マススパーは攻撃を寸止め、近くで止める。

 当てないスパーリングと、一見意味が無い様に見える、しかし体の動きを慣らしたり、コンビネーションの確認や防御ができているかなどを見る為、ちゃんとした練習の意味を持つのだ。ちなみに、軽く当てるスパーリングもあり、これはライトスパーと呼ばれる。

 ブザーが鳴り響いた、熊谷は左腕を伸ばせば、久島も同じく左腕を伸ばしてお互いのグローブを合わせた、簡単なよろしくお願いしますの合図である。

 熊谷は、グローブを離した瞬間右へ、久島から見れば左側へとステップを刻みながら回りだした。それに対して久島は、足をしっかりリングに付け、ベタ足のまま久島に身体だけを向ける様についていく。

「おー、相変わらず圧あるなぁ、っしいくぞー?」
 
 笑みを見せたまま、熊谷は呟いて踏み込んだ。一瞬で間合いを詰める熊谷に、久島はすぐに左ジャブを放ち、そのまま後退した。とはいえ、これはマススパーである、軽く放ったジャブに熊谷は、頭を振り避ける動きを見せた。

 しかし熊谷は、そのままステップを刻みじわじわと久島に詰め寄った。久島は、マススパーとは言え熊谷の分厚い筋肉の肉体が迫り来る感覚に思わず後退する。

「久島君下がらない!熊谷のラッシュくるぞ!」

 姫路会長の声にはっ、と気付いた時には遅かった。背中に感じた三つの感触方を横切り背中を横切り、太ももの後ろを当たるロープの感触に気付いた。

 軽く息を吐く音ともに、熊谷の肉体が一気に突進し、その豪腕の左腕が久島の右腹部に軽く触れ、さらに右の拳がヘッドギアの額を触れた。

 久島はすぐに両手を伸ばして熊谷を押しながら、ロープから体を離して右へ回った。

「久島君、今ダウンしたなぁ?ん?」

 マススパー故に助かったが、これがもし普通のスパーリングならば倒れていたのが久島にも分かった。左ボディフックで顔を下げさせて右ストレート、熊谷の得意とするコンビネーションであり、その豪腕からくる一撃の重さは、久島も知っていた。

 軽やかにステップを踏む熊谷に対して、久島は左ジャブを放つ、一発、二発と軽く放つ。しかし熊谷はそれだけで近づけずにいた。

「熊谷さん、落ち着いて踏み込まないと久島君の当たるよ!」

  熊谷はしっかりと姫路会長の声を聞いたか、すぐに横へと逃げようとサイドステップで久島の左へ移動した。

 しかしここで、久島の左足が上がった。熊谷はそれにすぐ反応し、右ボディから肩に掛けてをかばう様に構えた。

 久島の左脛が、バスっとシンガードの柔らかな音を立てて熊谷の右肩辺りへ当たった。肩口狙い、高めの左ミドルである。続いて久島は、蹴りを放った左足を前に着地させ、そのまま右ストレートを熊谷目掛け放つ。

「っと、あぶないー」

「っお?」

  右ストレートは空を切った、熊谷は久島が右ストレートを放つより早く近づいて組み付いたのだった。クリンチである、久島はそれに対して素早く熊谷の額をグローブの手のひら辺りで押しつつ離れようとするが、熊谷の力は強い為、突き放せない。

 ならばと、久島は右膝を軽く熊谷の左腹に当てたところで、ブザーが鳴った。

「次、ライトな?蹴りは強めでいいから」

 熊谷は久島を離して、ポンと肩を叩いた。そしてリングのコーナーへ戻り、スクイズボトルを傾け、軽く水分を補給した。

 ブザーを鳴らした電子掲示板を眺め、刻々と赤いダイオードでデジタル数字が時を刻む。残り四十九秒となり、久島もまたコーナーに戻った。

 そして、久島はふと考えた。何故、プロである熊谷さんは、ただのエクササイズで来ている自分をスパーリングに誘うのだろうかと。内にプロ選手は数名居るが、スパーリングならそのプロとやればいいのではと、何故自分なのかは分からず久島はただコーナーに背を預けて蛍光灯光る天井を眺めた。



 熊谷幹也 年齢35歳 プロキックボクシング歴は10年のベテランキックボクサーである。身長は167cm体重70kg、階級はウェルター級からミドル級であり、その肉厚かつ屈強な肉体からか、グリズリー熊谷というリングネームでリングに上がっている。

 ファイトスタイルは単純で、正しく一撃殴って倒すと言う物。そのド派手なファイトスタイルから、様々な団体で活躍し、時にはメインを張る事もある大ベテランである。

  そんな男が、体力作りの為にだけ来ている学生、久島を笑顔でスパーに招いているのだ。それも毎回である、本来キックボクササイズ程度にしか考えていない久島にとっては、疑問符を浮かべるしかなかった。

 姫路会長も『まぁまぁ、体力作りの一環だよ』と、毎回笑顔でかわされてしまうのだ。

 そんなこんなで、プロキックボクサー熊谷幹也と、ただの体力作りで通う高校生久島秀忠は、久島が中学生で入門した当初からスパーリングを続ける間柄となっていたのだ。

 再び鳴り響くブザーを聞いて、久島は構えてリング中央へと向かった。

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