人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

番外編 増宮ヤヨイの負けられない戦い その6

 

「大丈夫、ですか?」

 一体何が起こったのか、私にはわからず、呆然としていた私はその声でようやく、自分たちが助かったことを理解する。
 私たちの前に現れた二つの影のうち、一つが私たちの前に来て、手を差し伸べてくる。

 それに対して、私は――全力でツッコミを入れる。

「それキャラメイクじゃなくて、キャラブレイクだから! なんかいろいろと、ぶっ壊れちゃってるから!」

「? どういうことでしょうか?」

 訳が分からないといった様子で、可愛らしく首を傾げようとしたのは――

 ――武骨なおっさんであった。

「いや、いやいやいや! いつも男性キャラ使ってるからって、ここでも使わなくてもいいから! 普段使っているイケメンキャラじゃなくて、なんで、グラディエーター風のおっさんなんだよ! ってか、私たちよりも後に始めているはずなのに強すぎるだろ!」

 頭にクワガタの顎のような鎧をかぶっており、全身を筋肉という肉の鎧に包まれており、背丈は私より頭2つ、いや、3つ分ほど高く、かなり強そうではある。
 頭上には『wonderland』と表示されているため、もうわかってもらえたと思うが、この気色悪いおっさんの中身は――あの可愛らしいアリスなのである。

「別にかっこよくはないですか? これならメイヤと釣り合いそうですし」
「ごめん、マジで時々アリスの価値観わからないわ。メイっちもそう思うよな?」
「あっ、アリス……」

 彼女の名前を呼びながら、その場で立ちつくすメイっち。普段からメイっちはアリスのその可愛さにメロメロにされているはずで、だから、私の今のこの気持ちには同調してくれるはずだ。
 と思ったのだが、メイっちの顔はみるみるうちに明るくなっていくではないか。

「かっこいいね! さすが私のアリス!」
「そっ、そう言われると照れますね……」
「おい! それでいいのかメイっち!」

 もしかしてこの二人はボケているのか、ツッコミはヤヨイさんの仕事じゃないですよ。

 と、そんなやり取りをしていると、自然と、アリスと一緒に現れたもう一人へと目が行く。
 明らかにツッコミ待ちということくらいはいくら私がいつもメイっちに対してボケまくっているとはいえ、わかってしまう。それくらい、アリスに負けず劣らずの変人だった。

 どこの暗黒卿ですかと問いたくなるようなシュコーシュコーと音のするマスクにサイボーグを意識しているのか、黒いマントに機械じみた装備服。もういっそのことライトなセーバー持ってくれていた方が違和感はないのに、持っているのはなぜか、鞭という意味不明さが、さらにその変態性を上げている。

「あの、NPCですか?」
「いえ、普通のプレイヤーですわよ?」
「えっ、でも……」

 私が驚いたのは、こんな図体のくせに話し方と声が女性っぽかったからではなく、彼女がゲームのプレイヤーだということだ。

 このゲームは確かに、オンラインゲームだけれど、まだ試作品で、さらにネット回線も別回線なので、入り込めるとしたら、関係者くらいしかないのだが……。

 ということは、彼女(?)はこのゲームの関係者なのだろうか?

 その頭上には『Rim shot』とか書かれていた。確かかなりマイナーな楽器の名前だったか?

 私が怪訝な顔をしていたせいか、ダースベ……ではなく、黒ずくめのプレイヤーはふふっ、と笑うと、変なことを聞いてくる。

「ヤヨイ様には私が誰だかわかりますか?」

 いや、暗黒卿にしか見えませんが。
 という、言葉を飲み込み、首を横に振ると、「うーん」と黒服は何か考えだす。

「ってか、なんで私の名前知っているんですか?」
「そりゃ、ヨイヨイといえば、ヤヨイでしょう?」
「いや、意味が分からんのですが……」

 私を知っているということは、父の知り合いだろうか。だとすれば、世界中にうん万人といるので、私の知っている人である確率は低かった。たとえ相手が自分を知っていたとしてもだ。

「確か、イチゴはあとで食べていましたし……」

 なんでいきなりケーキについて考えだしたのだろうか。やはり、バグが生んだプレイヤーもどきなのだろうか。
 私が待っていると、ようやく思考が終わったらしく、「うん」と頷いた『Rim shot』は、ようやく、自身の素上について少しだけ語り始める。

わたくしは『ダメイド』と言います。テストプレイを頼まれていますの。少々、バグが強いようですので、長い報告書になりそうですね」

 自分からダメイドと言っているが……そもそも、明らかにメイドではない。ツッコミを入れるべきなのか、かなり迷ったがあえて触れないことにした。
 さて、と言ったダメイドは私たち全員の顔を見ながら、「行きましょうか」という。

「けれど、ここから動いたらイナゴンの集団が……」
「あれはバグじゃなくて仕様、操作説明みたいなものですわ。かなりの腕がないと乗り切れないのは、設計ミスみたいですが」
「初っ端から大量のリアルな虫に襲われるロープレとか、絶対に売れないでしょ」
「ですが、またそれが良いという方もあるいは……」
「どんな特殊な性癖のどMだ! いたとしても少数派だよ!」

 少なくとも、私はこの内容を知っていたらいくら良いゲームであってもやっていなかった。だって虫嫌いだし、気持ち悪いし、セミとかカブトムシですら無理なのにイナゴとかレベル高すぎてついていけない。
 まあ、倒したモンスターの死体は消えてくれるみたいなので、その点はよかったか。

 開始から30分程度しかたっていないのにはずなのに、本当に走ったわけではないはずなのに、もうすでにかなりの疲労を感じていたので、後ろを振り向いてメイっちに問いかける。

「どうする、メイっち。続けるか?」
「えっ、まあ、これからまともになってくれるなら……なんか、負けたくないし」

 メイっちよ、それでいいのか……。
 初期戦闘で逃げることしかできなかったことについて、相当悔しいようだった。ゲーマーの意地みたいなものだろうか。

 次にアリスの方を見るが、言わずもがな、彼女もやる気満々といった様子だったので、深いため息をついた私は「わかったよ」と言って、再びダメイドの方を向く。

「それで、どこへ連れて行ってくれるんだ?」
「まずは装備をそろえましょう。久しぶりに着せか――ではなくて、今持っているゴールドでよい装備を見繕って差し上げますわ」

 今何気に着せ替えとか聞こえたような気がしたが、気にしないことにしよう。声を聴く限り、相手は女だ、ひどいセクハラはないはずだし、何かあったらログアウトすればいいのだし。

 せめて、1時間くらい休憩したかったが、メイっちたちが先に行ってしまったので、仕方がなく私はその後をついていく。
 いかついアリスに得体のしれないダメイド、そしてこの状況を楽しもうとしているメイっち、そんなパーティと、このバグだらけのゲームの先に不安ばかりが募っていくのであった。


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