人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

番外編 増宮ヤヨイの負けられない戦い その5

 
『Vプレ(仮)』

 父から渡されたこのゲームの名前である。一応仮の名前らしく、ヴァーチャルリアリティRPGを略したかったらしいが、一目では『VR+ロープレ』の略には思えない、どう考えても完全なるミスだ。一体どこの誰が深夜のテンションで名付けたのだろうか。

 けれども、このゲーム、タイトル以外はすごい。
 視線を感知して映像は動いてくれるし、脳の電気信号をキャッチすることができるとかで、コントローラーなしで、自在に操作することができるのだ。まあ、あくまで、ゲーム内でできることまでではあるが(つまり、ジャンプはできるが、空は飛べないという意味)。

 ゲームが開始されると、目の前にタイトルが現れて、画面の中にある自身の手で『start』のボタンを押すと、ゲームが始まり、キャラメイクの画面が出てくる。
 私は、手を動かしながら、キャラをメイクしていく。面白いのが、キャラメイクの画面ではキャラが三百六十度見られるのではなくて、自分が鏡の前にいるような絵になっていることだ。

 そして、例えば手袋の色などを変えると、鏡の中の自身の手の色が変わって、また、目の前にある自分の手さえもその色になる。まるで本当にゲームの世界に入ってしまったかのようだった。

(ってか、この完成度をどうしてタイトルにつなげられなかったんだよ……)

 今まで日本製のゲーム以外はやったことなかったし、日本製以上のゲームなんて世界中探してもあるはずないという考えの持ち主であったが、このゲームにおいてだけ言わせてもらうと、別格だった。

 結構凝り性なので、鏡の前で何度も回転しながら、キャラメイクを終えると、初期の街に場面が移る。

 石造りの建物が立ち並ぶ西洋風の街で、そこに住む人たちはやはり、ヨーロッパ系の顔つきの人が多いが、言語は日本語だった。
 ガヤガヤという雑踏は、私たちが普段人中に紛れているのと同じものであり、今度は別世界に飛ばされてしまったような感覚になる。

「あっ、ヤヨイ見つけた!」

 私が人の喧騒の中で、呆然と立ち尽くしていると、そんな声がして振り向くと、そこには、中世的なイケメンが手を振りながら走ってきているところだった。

「メイっち、わかりやすすぎ……」

 宝塚美人といえばいいのだろうか、女にモテる女、といった、容姿のキャラだ。黒髪に黒服、その手には初期装備なのか、黒い槍が握られており、頭上には『blacknight』と表示されていた。
 もしかして、これが彼女の理想形なのだろうか。私個人的にはいつもかわいいメイっちのままでいてほしいものだが……。

「そういう、ヤヨイもかなり浮いてるよ?」
「そうか?」

 一方、私の容姿は、というと、真っ赤なドレスに身を包み、その手にはステッキ、頭には魔女帽子といった、魔女とアニメで見るような魔法少女を足して二で割ったような服装だった。職業はもちろん、『魔法使い』である。
 リアルの私の数十倍エロ可愛くしたつもりで、これでメイっちの目線もくぎ付けになっちゃうかな、なんて思いながら、その場で回転して、ステッキをメイっちに突きつける。

「恋の死神魔法使いヨイヨイ参上! 悪を無慈悲に殲滅しちゃうぞ☆」

 キャルン、という効果音を意識してウインク……してみるが、メイっちのツッコミはやってこなかった。
 風が吹てきて、私の帽子が地面に落ちたところでようやくメイっちが口を開く。

「ごめん、どこから突っ込めばいいかわからない……」
「いや、360度どこからでも突っ込めよ、どんとこいよ! 死角はないだろ!」

 即興ながらも決まったと思ったのに、リアクションが薄いのは困ったものだ。ツッコミがないボケほど恥ずかしいものはないか。
 まあいいや、と思いながら、落ちた帽子を拾ってかぶりなおしていると、メイっちが質問をしてくる。

「前から思っていたんだけど、ヤヨイってさ、なんで魔法少女なの? いつも魔女って感じにはしないよね? 魔法少女系のアニメ好きだっけ?」
「だって憧れるだろ? 一撃で街を吹き飛ばしたり、ライバルに向かってオーバーキル気味のバスターを容赦なく撃ったり、何度も時間をさかのぼってヤンデレと化しながらも好きな子を守ろうとしたり……」
「いや、それ私の想像していた魔法少女じゃない!」

 もちろん、冗談だ。

 私がことキャラメイクのできるロープレにおいて魔法少女のような姿にするのは、完全に趣味であるのと同時に、メイっちが毎回騎士だとか、剣士だとか、接近する職業ばかりなるから、その後方支援をするために魔法使いになるのだ。
 もしもメイっちが前で戦いたくないというのなら、私は喜んで遊び人になっていただろう。

「……それで、アリスはどこ?」
「えっ、と……なんか、チャットが来たけど、なんかキャラメイクに凝っているらしい。先に適当に回ってて、だって」

 ちなみに本人がいなくともチャットは飛ばせるらしく、視界の隅からチャットログを閲覧できるようになっていた。

「ヤヨイ様も結構時間かけたけどなぁ……一体どんな美少女になっているのか、想像できぬ……」
「そのままのアリスでいいのに……」
「のろけはいいから――私たちは今のうちにこれがどういうゲームなのか、ちょっと街の中を探索しておこうぜ」

 そう言って、私が早速街に繰り出そうとしたところ、「ねえ、ヤヨイ」と、メイっちの少し不安そうな声が来る。

「なんだよ? アリスは時間かかるんだろ? 別に心配する必要なんて――」
「いや、あれ…………」

 メイっちが指さしたのは、私たちの頭上。
 その方へと目を向けると、青い空に点々としたものがあるのにすぐに気づき、目を細める。

 初めは鳥かと思ったが、なんか形が違う。
 というか、段々と接近してきているような気がするのだが……。

「これ、逃げた方がいいんじゃない?」
「その方がよさそうだ」

 私たちの方へ向かって、大量に飛来してきたのは――イナゴのような形のモンスターの集団だった。羽の生えた茶色いバッタを想像してもらえばいいだろうか、その一匹一匹が人間ほどの大きさなのである。
 女子は虫が嫌いなことが多いわけだが、私やメイっちも例には漏れず、ぞわぞわとした嫌な感覚があって、群れを成して接近してくるモンスターに対して逃げるしかなかった。

「ってか、なんで人が沢山いる街の中、それも初期の街にモンスターが出てくるのさ!」
「これはあくまで開発中のゲームだってことだ、バグがあってもおかしくない」
「いやいや! あれ確かにバグだけど、バグだけどさ!」

 ちなみに、表示されている名前は『イナゴン』とそのままだ。
 街を覆いつくした虫の塊から逃れようと街の人々も逃げまどっており、大混乱であった。
 その人たちの間を通って私たちは走り抜けていく。

「ヤヨイ魔法使いでしょ、何とかなんないの!? ほら、隕石降らせたり、炎の渦を作って一掃したり、どでかいゴーレムとか召喚したり!」
「まだ街の外にも出ていないレベル1の魔法使いに何を求めているんだよ! この状況を何とかできるはずがないだろ! メイっちこそ、その槍でイナゴの串刺し作ればいいじゃんか!」
「いや、なんか感触とか考えたら、無理!」
「メイっちのそういうところは可愛らしいが、それが今は憎いぜ!」

 普通に画面に出てくる虫ですら気持ち悪いのに、ヴァーチャルでいきなり見てしまうとは……なんという不幸。こんなことならば、こんなくそげーやるんじゃなかったと後悔する。

「ヤヨイ、あれ!」

 一気に襲われないようにとできるだけ狭い道を走っていると、またしてもメイっちが指をさした。
 そして、やはり、彼女の指の先にはろくでもない光景しかない。

「行き止まりとか……メイっち、かくなる上はログアウトだ!」
「このゲーム、ログアウトって、どうすればいいの?」
「知らん!」
「ヤヨイが知らなきゃ誰がわかるんだよ!」

 そんなことを言っている間に、虫の軍勢は、一気に私たちにとびかかってくる。私とメイっちは抱き合ってその場にへたり込み、震えているしかなかった。

 次の瞬間、私はとっさに、ログアウトの方法を思い出す。

 しかし、メイっちだけを置いていくわけにはいかない。
 死ぬならば、教会で復活するまで一緒でなくちゃならない。それが友情というものだ。

 メイっちを抱きしめながら、目を思いきり瞑る。いくらヴァーチャルといえども、あの気持ちの悪い感触は反映されませんようにと願いながら。

「…………………………」

 一秒、二秒……と、時間が経過していく。

 が、しかし、私たちは何の痛みも感じなければ、触られた感覚もない。
 メイっちを抱きしめている感覚があるのだから、このゲームには痛覚も備わっているのでは、とも考えたが、どうやらそういうわけではないのか。

 それとも――。

 と、考えながら、ゆっくりと、目を開けた私の前には二つの黒い影があり、その辺りには私たちを追っていた虫の残骸が落ちていたのだった。

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