人生ハードモード
番外編 増宮ヤヨイの負けられない戦い その3
その後、メイヤ――メイっちはというと、学校帰りによくうちに寄るようになった。
くだらない話をしたり、うちにあるゲームを片っ端から二人でクリアしていったり、友達と一緒にいるのはこんなにも楽しいものなのかと、私に思わせてくれたのは間違いなくメイっちだった。
中学一年の一学期が終わり、夏休みはかなりの頻度で一緒に遊んだ私は、さも当然のように、二学期には登校していた。
もちろん、一学期丸々いなかったから、かなりの勇気は要した。
しかし、もちろんメイっちがうまくフォローしてくれたこともあると思うが、行ってみれば案外大したことのない、別に不安に思う必要がない日常があった。
人というのは案外余裕のないものなのか、それとも日本人がただシャイなだけか、新参者に対して変に気を配ったり興味を示すものは想像以上に少なかった。
普通なら、知らない人ばかりの場所に放り込まれて、一から関係を構築していくことはかなり面倒で難しいことのはずだったが、友達が一人いるというのは心強いもので、私は数日と立たないうちにクラスへと溶け込んでいったと思う。
メイっちと遊ぶ時間は減ってしまったものの、メイっち以外の友達ができて、彼女たちは私の外れた常識を無意識に強制してくれた。
自分が特別だと思ったことはなかったが、今までの自分がどれほど異端であり、特別だったのかを知り、そのうえで、普通の女の子の日常を楽しむことができたのだ。
確かに、メイっちが言うように、人間関係に関していえば、面倒なところも多いが、その分、楽しいことも多い。
私はたくさんの人とかかわりを持っていくにつれてそう思うようになっていった。
しかし、その一方で、私はその中に当て嵌まらない『例外』があることにも気づき始めたのだ。
中学生生活は楽しかった、家の中にいて暇をもてあそぶよりもずっと有意義に思えたし、人のつながりをしっかりと感じられてもいた。不満なんて何一つとしてない。
これ以上なんてものはこの世界に滅多にないし、求めようとして得られるものではないということはわかっていた。
それでも、私の中で、メイっちといる時間だけは明らかに違っていたのだ。
少しでも気を抜くと複雑怪奇な形になってしまう人と人の間の糸を、からまってしまわないようにするためには、時にうそをつき、本音と建て前を使い分けなければならない。
また、人の表情をくみ取り、相手が求めた反応をしなければならない時がある。
きっと、それが人間関係における面倒臭さなのだろう。
でも、そんな日常の中で、唯一、メイっちと一緒にいるとき。
その時だけは、素の私でいられた。
メイっちと一緒にいる時が一番楽しかった。
でも、たぶんこれは、恋なんて感情じゃない。
メイっちのことは本当に好きだけれども、もう結婚しちゃいたいくらい好きだけれども、恋なんていう欲望の塊のような感情では決していない――と、私はわかっていた。
その後、大きな事件という事件もなく、私たちは進学して、高校に入学した。
メイっちとの関係は相変わらずで、受験期間中も一緒に勉強したし、春休みも一緒に遊んだ。
ゲームの中の時間を加えると、もしかしたら、その時点で、すでに両親よりも一緒にいる時間が長くなっていたかもしれない。
高校生になってもこの時間が続いてくれるものだと思っていたし、それを私は願っていた。
しかし、入学してからすぐに、今まで何もなかった分のツケが回ってきたようなどでかい事件が起こったのだ。
アリス・クリエールが転校してきたのである。
流暢な日本語を話す華奢に映る西洋風美少女を初めて見たときの感想はというと、意外なことに特に何もなかった。
彼女が教室へ入ってきてから自己紹介を終えるまでの間、親友が彼女に対して見惚れているのがわかってしまい、メイっちばかり見ていたからだ。
メイっちは、すぐにアリスと仲良くなっていった。
それを、当事者を除く第三者の中でおそらくもっとも近い位置で見ていた私は、うわべでは彼女に対して『応援している』と言いつつも、内心では今まで感じたことのないくらいの不安に襲われていた。きっと、アリスに嫉妬もしていた。
何度も言うが、私はメイっちに欲情したことなんて一度たりともない。
だから、私はメイっちが誰と付き合おうが、女だろうが男だろうが、オカマだろうがオナベだろうが、関係なかった。
そのはずなのに、私を不安が襲ったのは、おそらく、どこかの誰かが言っていた言葉が頭のどこかに残っていたからだろう。
『恋に溺れてしまった人間は、友情なんてものは二の次になる』
現に私の周りの友達は、彼氏ができた途端に付き合いが悪くなったし、それなのに、私たちの前では今まで以上に幸せそうにしていた。
別にそれに対してイラつくほど心が狭くないし、むしろ、今まで私は心から祝福していたはずだった。
なのに、メイっちに同じ態度を取られたらと想像すると、どうしようもなく、心が痛くなった。
メイっちの傍にいる時間が少なくなるかもしれないと思って、あまりの不安に恐怖で震えた。
親友というポジションを守っていても、常に彼女の隣にいられるわけじゃない。一番になれるわけじゃない。
わかっているはずなのに、私の心は不安でいっぱいになってしまう。
メイっちとアリスが二人で話しているところを見ると、その言葉は、その笑顔は、たとえ種類が違うものだったとしても、本来私に向けられていたものではないのか、と考えてしまうのだ。
嫉妬心があふれ出てしまわないように、押さえつけながら、生活を送っていた私だったが、その中で、私はメイっちの恋の相談を受けることになった。
本来ならば、二人の関係を進展させるなんて私にとって何の利益も生まないはずのことだったが、ある日アリスに振られたとかでこの世の終わりみたいな顔をメイっちがしていたのだから、請け負わないわけがないだろう。
話していると自分でも意外だったが、恋愛相談自体は嫌ではなかったことに気付いた。それより、むしろ、私を頼ってくれることに、安堵していたからかもしれない。
私は天使ではない、しょせん人間だ。
だから、二人のキューピットにはなりきることができなかった。メイっちに頼られたからアドバイスはするも、二人が結ばれて二人だけの時間が増えることを望んではいなかった。
そして、そんな自分の心の醜さに気付くたびに自分が嫌になった。
それでも、私はメイっちに泣いてほしくはなくて、ただ、それだけで二人のためにできるだけのことはした。まさか、海外まで行くことになるとはさすがに思っていなかったが。
しかし、その結果、紆余曲折あったけれども、メイっちとアリスは両想いになっている。
一時期は本当に辛そうな顔をしていたメイっちも、ようやく、昔と同じような表情を作ってくれるように戻っていた。
私は、それ以上は望んではいけなかったはずなのだ。
紆余曲折の中の成り行きでアリスは私の家にメイドとして住むことになったわけだが、結果的に、私は彼女を利用してしまったことになった。
親友として祝福しなければならないのに、心からの祝辞を述べて、私は、二人を蚊帳の外から眺めることができなかったのだ。
アリスは嫌いじゃないし、良い子だと思う。良い友達でもあるし、私は彼女を恨んでいるわけでもなければ、メイっちの彼女になってくれて嬉しいとさえ思っていた。
しかし、私の心は納得してくれない。
このドロドロとした感情はもしかしたら、恋という劣情よりも醜悪なもの。
それがわかっているからこそ、私は、自分の心を嫌悪してしまうのかもしれない。
彼女が加わった時間も嫌いじゃないはずなのに、どうしても、彼女がいなかった、時間を時々思い出してしまうのだった。
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