人生ハードモード
番外編 増宮ヤヨイの負けられない戦い その2
「お邪魔します」
と言いながら、家に入るや否や、玄関の前にある固定電話を使って親に連絡をした少女は、通話代とか言って律儀に20円を渡してきた。
電話をして寝起きではなくなったせいか、少し冷静になっていたし、そのまま帰ってくれるものだと期待していたのだが、彼女は電話を終えてからも帰るそぶりは見せずに、それどころか、「もう少しいていいって」とか親に許可を得たことをなぜか笑顔で報告してくる。
他人を家の中に入れることなんて初めてだった私は、明らかに不快そうな表情をしていたはずなのだが、鈍感というか、無神経というか、自覚しているのかはわからないが少女は奥、奥へと入っていってしまう。一応のクラスメイトでなければ警察を呼ぶレベルだ。
「増宮さんって、一人暮らしなんだっけ? いいなぁ~、憧れる」
「いや、そんなことよりもいったい何の用なの、えっと……」
「メイヤだよ。墨田メイヤ。よろしくね、増宮さん」
「えっ、あっ、うん……よろしく」
まっすぐな目で名乗られて、私は毒気を抜かれて、うなずいてしまう。
「増宮さんの部屋はどこなの? って、一人暮らしだし、自分の部屋とかないか……」
「……そこのリビングで待ってて、お茶出すから」
ありがと、と、言ったメイヤは私が指さした部屋へと入っていき、私は手前のキッチンに行き、お茶を入れ始める。
一体彼女は何が目的なのだろうか、プリントを渡すためだけならば、別にポストに投函すればいいだけのこと。私に会うために待っていたのだから、何かしら理由があるだろう。
もしかして、私を登校させるようにと担任に言われてきた……?
だとしても、無駄だ。
私は学校へ行くつもりはないし、学校へ行くことが意味のある事とは思わないから。
そこまで考えた私はティーポットを持った手を止めて、大きなため息をつく。
「ってか、なら、さっさと追っ払っちゃえばよかったじゃん……」
説得される気がなくて、それが無駄だと感じている以上、別に彼女と話す必要なんてない。
お茶を用意することはおろか、別に家の中に入れなくてもよかったのだ。
「…………」
それなのに、どうしてだろうか。
湯煙が立っているカップを見ながら、それを片付けようとは思えなかった。
「よろしく……か」
彼女の言葉を思い出して、つい、口元が緩んでしまう。
思えば同年代の子、というか、親と店員以外の人と話すこと自体ずいぶん久しぶりだった。
そして、事務的でない笑顔を向けられるのに至っては、リム以来だろうか。
「私ってば、単純な女だなぁ……」
はぁ、とため息をつきながらそうつぶやいた私は、一度止めた手を動かして、もう片方の空のポットへと紅茶を入れた。
冷蔵庫の中や戸棚にあった適当なお菓子と、イチゴのタルトを見繕って皿の上に並べて紅茶と一緒にトレーへ載せた私は、メイヤが待っているリビングへと持っていく。
リビングへと行くと、メイヤは私が暇つぶしに買った部屋隅の棚に並べてあったゲーム棚を見ていた。
「あっ、おかまいなく……」
「いや、今更かしこまられても逆に困るからな」
構わなくてもいいなら、そもそも玄関前で声をかけなかっただろう。本当に変なところで気を利かせる子だと思う。
「墨田はゲームが好きなのか?」
「好きなんだけど……うちパパがなかなか買ってくれなくてさ。たまに買ってくれることになったときは、テレビ使わせてくれないし、どうしても手軽でできる携帯ゲーム機中心になっちゃうから、据え置き機は持っているけどソフトが揃わないんだよね」
私がテーブルの上に、紅茶と菓子を並べながら聞くと、うちにおいてあるゲーム機やソフトを前に目を輝かせながら、メイヤは答えてきた。
第一印象から、家の中にいるよりは外で元気に遊ぶタイプかと思っていたが、人は見かけには寄らないらしい。
「かなりジャンルが豊富だけど、もしかして、増宮さんって、結構なんでもやる人?」
「ん、まあ、そんな感じかな……」
なんでもやる、そう言われればそうかもしれない。
確かに、適当に選んで買っているので、バリエーションは豊かだが、しかし、その中のほとんどが途中で終わっており、最初から最後までキチンとやったのは一割にも満たなかったりする。
「そんなことよりも、早く飲まないとお茶冷めちゃうけど?」
これ以上ゲームの話について深く掘られてもついていけないと思い、そういうと、「ごめんごめん」と言いながらメイヤは、私とテーブルをはさんでちょうど反対側の席に着いた。
「おお、なんかちょっと高級そうなお菓子だね。食べてもいいの?」
「どうせもらいものだし、別にいいよ」
「んー、見た目通り美味しいね……」
幸せそうにほおを緩めながら、タルトをメイヤはほおばっていた。
それを見て、私はよかったと思う。
ここにあるお菓子は父のもとへ送られてくるものだった。父母ともに甘いものはそこまで好きではないし、そもそも日本にあまりいないということから、うちへと送られてくるものだ。
個人的には、昔から食べなれた複雑な味のするスイーツよりも大味のジャンクな菓子のほうが新鮮味があって好きだったので、あまりものを食べてもらえるのは助かる。
「ねえ、墨田」
「ん? なに?」
甘いものが好きなのか、出されたタルトをアッと今に減らしていくメイヤを見ながら、いつの間にか、私は、彼女がここに来てから不思議に思っていたことを質問していた。
「その……『どうして学校に行かないの?』とか、聞かないのかな、って思ってさ」
「なんで?」
「いや、だってわざわざ私の家まで来たってことは、担任に言われてきたんだろ?」
もぐもぐと口を動かしながら、メイヤは私の顔を見てくる。
そして、ごくん、と口の中のものを飲み込むと、「そんなこと言われてもね……」と、少し困ったように微笑んだ。
「確かに先生から『小学校、同じクラスだったんだろう。増宮のところへ行ってきて』とか言われてプリントを渡されたけど、別に登校させてくれとか頼まれたわけじゃないよ」
「いや、そこは担任の意思をくみ取ってやれよ……」
担任のまねなのか、声を低くするメイヤであったが、似ていないと思った。まあ、その担任は会ったこともないわけだが。
その担任の言葉は『行って(連れてきて)くれ』だとか『行って(説得してきて)くれ』とか、そういうニュアンスがきっと含まれているに違いなかった。
でもさ、と続けたメイヤは、
「私も別に学校好きじゃないし、仲良い子もいないし、窮屈だし……ぶらぶらと行っている私ですら学校に行きたくない理由なんて五万とあるのに、それを人に聞くなんて、意味ないでしょ」
「それ遠回しに私を馬鹿にしていたりするか?」
「別にしてないよ」
そういって笑いかけてくるメイヤはうそをついている様子はない。
正直かなり意外だった、てっきり友達の多い子というのは彼女みたいな子を思い浮かべていたからだ。
もちろん、初めて会った瞬間から、彼女が制服だったこともあり、かなり距離を感じていたせいもあったと思うが。
目の前のタルトを食べる手を完全に止めたメイヤは、イチゴタルトの上に載っていたイチゴをフォークで転がしながら言う。
「小学校まではそこまでじゃなかったんだけどね、中学に入ってから、なんかグループごとの拘束力が強くなったというか、面倒くさくなったというか……別に好きでもない人たちの近くにいてもしょうがないと思って距離を少しとってたら、いつの間にか一人になってたパターンですよ」
小説とか漫画に出てくる派閥争いとかいうやつだろうか、と、学校へ行っていない私は、某戦国時代をモチーフとしたゲームの中にある、各領土ごとに分かれている日本の地図を思い浮かべていた。
それでも、私は広い教室で一人あぶれている彼女のことが想像できなくて、思ったままのことを口に出してしまう。
「私とはちゃんと話せてるじゃん」
出会ってから今に至るまで、人付き合いができないとは思えないくらいに、かなりふてぶてしい態度をとっていた少女に対してそういうと、「ああ、それはね」とメイヤはすぐに答えてくる。
「増宮さんが話しやすいせいだよ。似ているっていうのかな、私と同じ匂いがするというか、類は友を呼ぶってことなのかもしれないけど」
似ている……メイヤと私が……?
そうとは思えない一方で、しかし、そういえば自分もメイヤとは初対面でも普通に話せていることに気付く。
私も彼女の前だと話しやすい、ということは、彼女の言う通りなのだろうか。いや、違う気もするが……。
いろいろ思考を巡らせた結果、結局ほとんどわからなかったが、でも、なんとなくだけれども、一つだけわかったことがある。
「それ、なんとなく腹立つわ」
そういって、メイヤの頭を掴んでみるが、彼女は特に抵抗してこなかった。
逆に久しぶりに触った人の髪の毛と体温、そして、メイヤの上目遣いのせいで、なんとなく恥ずかしくなり、私の顔は見る見るうちにほてっていく。どうにも慣れないことはするものじゃないと後悔する。
「なんで赤くなってんのさ?」
「べっ、別に赤くなんかなってねぇよ!」
そういって手を引っ込めようとした私の手を、メイヤは、握りしめてくる。彼女の手は、思っていたよりもひんやりしていた。
「これから、よろしくね」
握手のつもりだろうか、両手で私の手を包み込んでくるメイヤに対して、私は、すぐに、彼女の手から自分の手を放す。無自覚でこれ以上はやめてほしかった。
そんな私の冷たい態度に対してまるで私のことをわかっているかのようにメイヤは笑いかけてきた。
なんとなく、対して私は気に食わなくて、そっぽを向く。
直後、部屋に訪れたのは、ほんの数秒の沈黙だった。
それは第三者から見れば、友達同士の二人がけんかをしている一部分にも映るかもしれない。
けれども、私にとって、それは、なんとなく、この子だけとは友達になれそうな予感がした瞬間だった。
コメント