人生ハードモード
エピローグ 難しきゲームに
まっさらな青空というのは、随分と久しぶりだ。
別にずっと天気が悪かったわけではないと思うのだが、少なくとも、私の認識している記憶の中では、何か月ぶりかくらいだろうか。ずっと、曇り空が続いていた気がする。
広い庭にポツンと置かれたキャンプテーブル。そこにはスコーンとケーキ、香り高い紅茶が置かれていた。
紅茶のカップ片手に私は椅子に背を持たれかけながら、空を見ていると、「何やってんだよ?」と声をかけられる。
「いや……なんか現実的じゃない時間だなって……」
「誰のせいでこうなったと思ってんだよ?」
「……もしかしなくても私のせいだったりする?」
その通りと言わんばかりに私の体面に座っていたヤヨイが頷く。
「せっかく買っちゃったし、使わなきゃ勿体ないだろ? ヤヨイ様はこう見えて無駄な買い物をしてしまったと後悔したくないタイプの女の子なわけ」
ここは『元』龍道院の屋敷である。
ヤヨイの言葉からわかるとは思うが、あの日、彼女は全てを買い取った。
この屋敷の土地も、建物も、中にある物も、遣い人も、文字通りの全てである。
誰から買い取ったのか、という話になるわけだが、龍道院卓也の父親と会って直接交渉したのだとか。そのために学校や休んでアメリカまで行っていたとは思わなかった。それならそうと、もっと早く言ってほしかったわけだが、ヤヨイに作ってしまった借りはあまりにも大きすぎるため、文句が言える立場ではなかった。
「メイっちは何かこの屋敷でやりたいことあるかい――あっ、アリスさん、お茶もう一杯貰ってもいい?」
「はい、もちろんです」
そういって、私とヤヨイの間に座っていたアリスが立ち上がってポットを使って紅茶を入れ始める。その姿は、いつどこぞで見たことのあるようなメイド服姿だった。
当然、アリスが進んでこの姿になっているわけではない……と思いたいが、見たところ結構楽しんでいらっしゃるから、どうなんだろう。
この状況を見て貰えれば一目瞭然だと思うが、あの日、ヤヨイはアリスを縛り付けていた借金さえも払ってしまったのだが、そのお金が消えるわけではなく、そのままアリスは、ヤヨイに雇われることとなったのだ。
ちなみに働くと言っても、学校へは今まで通りで行けるらしく、住み込みでヤヨイのところで働くというのだが……。
「でも、アリスがヤヨイの専属メイドって……なんか納得いかないんだけど?」
「おっ? やきもちか?」
「そうだよ!」
「ようやく、否定しなくなったな~」
はははっ、と笑うヤヨイは余裕たっぷりと言った様子でアリスの入れてくれた紅茶を私に見せつけるようにゴクリと飲む。
「別にいいじゃん、取り敢えず、今まで通りにアリスと一緒にいられるんだから――まあ、もれなくヤヨイさんはついてくるけど」
「確かにその点に関してはすごく感謝してるよ」
「……なら、キスの一つでもしてほしいかな」
からかうようにそんな提案をしてくるヤヨイに、いったいどんな意図があるのか想像できなかったので、「それは――」どうして、と、聞こうとしたのだが、
「それはダメですよ、ヤヨイ様」
と言って、満面の笑みを浮かべながら間に入ってくるアリスは少し怖かった。
「浮気は許しませんよ?」
「えっ、うん……」
私は向けられた笑顔の迫力に頷くしかなかった。
若干鬼嫁の尻に敷かれている旦那のような気分を味わっていると、正面でヤヨイがクククッ、と笑っていた。どうやら、こいつが狙いだったらしい。
「メイヤもどうでしょう?」
目を合わせてもすぐに逸らしてきたヤヨイに何か言ってやろうとも思ったが、アリスがそんなことを言ってきたので、喜んでカップを差し出す。アリスの紅茶が飲めるってだけで怒る気も失せてしまった。
「……どうでしょうか?」
「うん、美味しいよ」
よかった、と安心したように胸をなでおろすメイド服姿のアリスはできることならばずっと見ていたいものだと思った。これを独り占めできるヤヨイに対する嫉妬心は計り知れない物がある。
アリスの淹れてくれた紅茶はミルクも砂糖も煎れていないはずなのに、妙に甘ったるかった。
そんな甘い飲み物を飲みながら、甘いケーキを食べる。
ゆったりと流れていく時間に、ゲームもしていないのに、随分と時間を有意義に使っているような気がして、できることならば、この時間が永遠に続いてくれればいいのにと思ったのであった。
ここに一本のゲームがある。
初期値や初期装備は人によってバラバラ、セーブもロードもリセットもできないし、ギャンブル性が高くてたとえレベルを上げようと努力したとしておそれが必ず報われるわけではない『人生』なんて名前のゲームだ。
そんな神様が作った、たとえまだ開発段階なのだと説明されても我慢にならないほどにバランスの狂った史上最悪のクソゲーは、同時に、世界広しと言えども自分自身が主人公になりえる唯一無二の愛すべきゲームでもあるわけで。
しかしながら、私は、今まで、そんなゲームの構造について今まで否定したことはなかった。
たいした悩みもなく、争うこともなく、安穏とした日々を過ごしてきた私は、それが良いことか悪いことかは別として、これを評価するだけのイベントに遭遇してこなかったからだと言える。
そんな私は『アリスと出会う』というイベントをこなしたことによって、このゲームを進めた。
少しずつ、後退しているかもしれないと考えたときもあったけれど、前進していき、まだ道中であれど、途中評価くらいはできるようになった。
だから、私の評価を一言だけ書いておこうと思う。
理不尽に溢れたこのゲームは辛く、苦しい。
やったことのないジャンルの所見プレイなんて無理ゲーにもほどがある。
たとえお互いを好いているとしても、たった一人の人間の傍にずっといることさえも難しい。うまくいかないものだ。
未来なんてものは一寸先も見えないし、自分が思い描いた未来がその先にあるなんてことはめったにないと言って良い。
自分がここにいることさえも、否定されるときだってある。
自分がやっていることを誰にも認められない時だってある。
楽しいことよりも苦しいことの方が遥かに多いだろう。
しかし。
だからこそ面白い。
イージーモードでは手に入らない、レアアイテムがあるだろう。あれと同じ。
この面倒で辛いゲームだからこそ、得るものは素晴らしく、何事にも代えがたい物になる。
それは画面で確認できるステータスやお金など、そんなくだらないものじゃなく、見えないけれども確かにある物だ。
しかも、その多くがこのくそゲーでしか手に入らないアイテムと来た。
だから、私たちはこの何よりも大規模なゲームをやっていかなきゃならない。
どんなにつらくても、投げ出してはならないんだ。
きっとその先には、自分の存在よりも大切な人が、時間があるのだから。
「どうしたのですか? メイヤ?」
学校の私の机に肘をかけて外を見つめていたアリスを見ていると、視線に気づいたらしいアリスがといてくる。
今回のことで残念ながら私は翻弄されていただけで、結局、私自身で解決はできなかった。
それでも、これは一生懸命もがいた結果の一つと言って良いだろう。
私が頑張らなきゃいけないのは、これからだ。
でも、今は、目の前に彼女がいる。その現実を十二分に噛みしめておきたいから、私は微笑んで「ん、何でもない」と返したのであった。
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