人生ハードモード
攻めるより退くほうが難しいらしい
私の心を簡単に説明すれば、何かの間違えでラスボス手前まで来てしまったレベル13程度の勇者のような気分だった。
それなのに、大バカ者の私は魔王城へと無策で突っ込んでいるのである。笑えない展開だ。
これがRPGなら、ラスボス前にエンカウントした雑魚に一撃で倒されてみぐるみをはがされるかゲームオーバーになるか……魔王はおろか攫われたお姫様を救出など夢のまた夢であるはずなのだが、この居城にはどれだけ歩いても雑魚が徘徊しているわけではなかったので、敷居を上ってそのまま突き進んだ私はいつの間にかアリスの前までたどり着いていた。
まさかインドア派を絵にかいたような生活を送っていた私がこんな行動に出るとは、と、自分でも未だに驚いていたりする。
足の何箇所かに女の子らしくない擦り傷を負って、着てきた服は汚れてしまっていて、すでに勇者というよりも武道家のような格好になってしまっていたが、今更帰るわけにもいかず、彼女の前に立った私は、彼女に手を差し伸べる。
アリスを見たらいろんな意味で泣いてしまうかもと思っていたが、案外、特に好きな子の前では、強がりらしく。嬉しいだとか悲しいだとか、心の中では様々な感情が渦巻いていたが、それを私はあからさまな表情には出さなかった。
ただ、私が想像していたのは、格好良く、アリスをお姫様抱っこで連れ去り颯爽とこの屋敷から立ち去る図だったのに対し、緊張してしまい、私はアリスの前でしばらく彼女の眼を見つめることしかできなかった。
アリスもまた、私の方を見てきたので、緊張は一層高まったわけだが、ここまで来てしまったのだ、もうどうにでもなれ、と、意を決して私は彼女の前に右手を差し出す。
すると、アリスの顔が驚きの表情に変わり、今まで目の前にいたのにまるで今初めて私のことを認識したようだったので、思わず笑ってしまう。
そして、私の口から出た言葉は、放課後に友達に対していうような自然な言葉だった。
「迎えに来たよ、一緒に帰ろう!」
目をぱちくりさせたあと、ゆっくりと、視線を落として私の手を見たアリスは、やがてほんのりと顔を赤らめながら、頷き、その手を取ってくれる。
ここが屋敷の一回とはいえ、窓から落ちて怪我をしないようにと慎重に彼女を屋敷の外へと導くと、そこでようやく、彼女が普段とは全く違う恰好でいることに気付く。制服や体操服などとは違って、その赤いドレスは彼女を大人っぽく見せていた。
えっ、と……、と、頬をかきながら私は一応、感想を言っておく。
「そのドレス、似合っているよ」
「あっ、ありがとうございます……」
いつもと違う服を着てるっていうだけなのに、破壊力が違って思わず血を吐きそうになるが、口を押さえながらなんとか堪える。
人の気も知らないで、そんな私をクスクスと笑ったアリスは、
「メイヤも、似合ってますよ」
「いや、それあまりうれしくないし……」
この傷だらけの服が似合うって、田舎のガキ大将くらいじゃないだろうか。
是非ともそういうふうには思われてほしくないな、と思いながら、笑っていると、ようやくアリスの口元にも笑みが見えた。
その顔を見て、今までうじうじと考えていたことが馬鹿らしくなって、彼女の手を取る。
「さあ、行こう」
「えっ、はい――って、引っ張らないでください!」
少し強引に彼女を引っ張りながらその場を離れていく。見えるところに黒服のおそらくは監視か何かを目的として置かれた男の人たちがすでに数人おり、その数は時間と共に増え始めている。
もうすぐに屋敷の主が現れるのだろう、と、推測した私は、時間的な猶予はそれほど残されていないと思って、私たちは林の方へと走っていく。
「蚊に刺されるから嫌だとか言わないでね」
「そんなこと言いませんよ、それに立ち止まらなければ刺されませんし」
「でも気を付けてね、辺りは暗いし、アリスは軽装だし」
「何かあったらメイヤが何とかしてください」
はいはい……、と、そんな軽口をたたいている間も、私はこの後どうするべきか考えていた。
どうにか間に合いはしたが、どうせここに来ることになるならばもっと作戦を練っておけば、というか、ほんの少しでも時間があれば、父の協力も受けることができたかもしれないのに。過去のことを今更悔やんでも仕方ないのであるが。
ガサガサととても庭とは思えない木々の間をくぐっていると、背後の屋敷ではどうやら、、アリスがいないことに気付いたらしく、ざわついていた。これでは屋敷の外に出たとして、すぐに見つかってしまうだろう。
一方ですぐにこの林の中に入ってくるとは思えないので、この場は一応安全ともいえるか。
どうすればいい、その言葉が頭の中をぐるぐると回り、やがて、ため息となって外に出た。
「こんなことになるなら、アリスがうちに来たときに拉致監禁しておけばよかったかな……」
「発想が怖すぎますが、まあ、今の状況よりもマシだったかもしれませんね――あとが大変そうですが」
「冗談だよ」
「残念ながら、冗談に聞こえませんでした」
どうやら私はあからさまな冗談さえも軽口で言えなくなってしまっているらしい。
無言で青臭い林の中を歩いていく。物事を真剣に考えているとき、どうやら私は無口になってしまうらしい。
遠くで、まるで人ごとのように、騒がしい屋敷の音や近くで鳴く虫の音がやけに大きく聞こえ始めたとき、ポツリと、「メイヤ」、と、アリスが私の名前を呼んだ。
立ち止まって振り返ると、彼女は少しだけ不安げな表情を浮かべているのが分かった。
「なに?」
「あの、その……」
珍しく歯切れの悪いアリスは、さらに「えっと……」と、言葉を並べた後、それでも私の眼を真っ直ぐ見て聞いてくる。
「……どうして、ここに来てくれたのですか?」
「えっ……」
「私は貴女を裏切りました。失礼な態度を取りましたし、たくさん傷つけたと思います。なのに、どうして……」
確かに以前この屋敷に来たときに冷たくあしらわれたのは少し効いたし、その後はこの屋敷にすら入れてもらえなかったから、多少傷ついたのも確かだ。
それでも、どうして私が今ここにいるのだろう、と考えたときに、出てくる答えは簡単なものだった。
「私にとって、アリスがヒロインだからだよ」
「ヒロイン、ですか……?」
意味が分からない、と言った様子で、首をかしげながら、オウム返ししてくるアリスはやはりこれ以上ないくらい可愛い女の子だ。
「私が認識することができる、目の前に広がるこの物語のヒロインはアリスしか考えられないんだよ」
「よく意味が分かりませんが……では、メイヤがヒーローということですか?」
「違うよ、私はただの1ゲーマー」
でもね、と、私は続ける。
「だからこそ、この一瞬一瞬に、全てを賭けられるんだ」
彼女のためだけに行動するこの物語のためなら、いつだってどこでだって全力を注げる。
それが私にとって最高に、有益であり楽しい時間なのだから。
「……すみません、言っている意味がさっぱりです」
アリスの案の定の反応に私は微笑む。
私は思ったことをそのまま並べただけなのだが、言ってしまった私自身も伝わりにくいな、ということを自覚していたため、簡単に付け足す。
「まあ要するにさ、私はアリスが大好きで。一緒にいられるためならなんだってできるってこと」
薄い月明かりだけでもわかってしまうくらいに、その白い顔をアリスは赤く染めながら「……ありがとうございます」とだけ返してくれた。
発言した私もかなり恥ずかしくて、自分の顔が火照っているのを感じながらも、これからのことを考え始める。
「さて、どうしようか……」
万策尽きた、というよりも、無策で突撃してしまったことに問題があるのだが、アリスは私を責めることなく、まだ両手で顔を隠していた。
その横で私は必死に、緩みかけた頬を引き締めて冷静に冷静に、と自分に言い聞かせながら考えていく。
すると、なかなか良い策が浮かばない私の隣で、後ろを向いて深呼吸をしたアリスは「一つ考えたのですが……」といってある作戦を提案してきた。
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