人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

恋は私を狂わせてしまいました

 
 少女漫画などで、一目ぼれの恋というのはよく聞くが、個人的に一目ぼれというのはあまり好きではありません。

 理由は至極簡単、それだと、まるで表面しか見ていないようだからです。

 なにも容姿が重要ではないと言っているのではありません。清潔かどうかとか、服装が乱れていないかとか、人の性格は案外、外見に出ることが多いから。
 それでも少し気を付けさえすれば隠してしまえるものなので、だから、人を一目見ただけで判断することはできないはずなのです。

 それでも、人は容姿が良いというだけで人に好意を抱きます。
 きっと、愚かだとわかっていたとしても、恋という落とし穴へと、落ちてしまうのでしょう。

 しかしながら、私、アリス・クリエールは理屈ではわかっていたとしても、そんな感覚になったことがありませんでした。恋というものに落ちたことがなかったのです。
 中学時代、ろくに話したこともないはずなのに何人かの男子から告白されたときに、その理由を問いたのですが、彼らは総じて私の容姿を褒め、向けたつもりもない優しさを挙げました。

 彼らは、私を見ていませんでした。

 その中の一人が、友達の好きな男子だったとかで、交友関係も崩れていき、少しばかりいじめのようなものも受けたので、少なくとも、今まで私の周りで繰り広げられていた『恋』で私が見ていたのは人間の心の汚い部分だけでした。

 その時からでしょうか、何となく、恋というものに嫌悪を感じてしまうようになったのは。

 幸か不幸か、私には許嫁がいて、恋愛なんてしなくてもいい環境でしたので、高校は『ある時期』が来るまでずっと女子高に通っていました。
 男子がいないせいか、そのとき通っていた高校は取り繕っている女子は少なくて、中学から来た私は気が楽になったことを覚えています。

 おそらく、その頃には、いえ、もっと前からかもしれませんが、私は現実に何も期待していませんでした。
 その代わりに、私はその魂を分身ともいえるバーチャル世界のキャラと共有させて、画面中の世界に思いを寄せていました。きっかけは、中学の友達の誘いだったような気がしますが、詳細は覚えていません。

 そして、大人しく、人に言わせれば『暗く』過ごしていたためか、高校では特に何もなく、あっという間にその時期になりました。

 許嫁である龍道院家へと嫁入りすることになったのです。

 元いた高校を離れた私は結婚するためだけに、この街に来ました。結婚自体は私が物心ついた時にはすでに決まっていたので、特に嘆くこともなかったと思います。
 むしろここへ来る前までは、苦労なくリアルの人生を終えることができると、喜んでさえいたと記憶していたかと。

 この街へ来た私は海外出張中の許嫁を待つ間、私は地元の高校に通うことを許されました。
 あくまで『許された』だけで、別に行きたくなければ学校なんか行かなくても花嫁修業していればいいと言われたのですが、嫁入りしてしまった後は屋敷から出ることが容易にはできなくなるから、と執事さんに言われたことがきっかけで、転校することになりました。

 私が転校した先も、もちろん、女子高でした。何かを求めていたわけではないですが、特に面白いことが起こるなんて期待はしていなかったと思います。

 転校初日の黒板の前で見たメイヤの印象はというと、正直あまり良い物とは言えませんでした。
 綺麗な顔立ちをしているし、黒髪も綺麗なはずなのに、目に隈を作っているし、髪はぼさぼさだしで、あまり人の眼を気にしていない人であることはすぐにわかりました。
 それでも、話してみると悪い人ではないのかなと感じました。というのも、あの時から、一生懸命なのが伝わってきましたので。

 メイヤの隣になってからすぐに、ヤヨイさんとの会話の内容と、テンポの良さから、私は彼女がいつも一緒にやっているゲームプレイヤーなのではないか、ということに気付きました。
 あくまで直感でしたが、試しに屋上に呼び出してみましたところ、メイヤがいたので、そのときに確信に変わりました。

 そして、その直後、私はメイヤに告白されました。

 当時の私は恋愛という物自体に対して嫌悪をぬぐえないでいたのですが、あのときは、なぜか嫌な感じはしませんでした。
 代わりに戸惑いだとか驚きだとか、そういった感情の方が大きすぎて、冷静にはいられなかったのですが。仕方がないですよね、女の子に告白されたことはありませんでしたし、結婚してください、なんて言われるとは思っていませんでしたし。

 それでも、私は、そのときはまだ恋をしていませんでした。

 私が惹かれていったのは、その後からです。
 私のことが結婚したいほどに好きな女の子、しかも、顔も見ずに長年一緒にゲームをしていた女の子ですよ、そんな不思議な子に興味がわかないわけがありません。

 気が付けば、私はその日からメイヤに釘付けになっていました。

 我ながら単純だとは思いますが、彼女の良いところを見つけるたびに好きになって、悪いところを見つけるたびに、私が直してあげたいと思って、やはり、それもまた好意に繋がりました。
 私と話しているときメイヤは一生懸命と言った様子で可愛らしくて、ヤヨイさんと一緒に楽しそうに話していると何となくモヤモヤとした気分になって、できることなら二人でいる時間が増えたらいいのにと嫉妬し始めてから、ようやくこれが恋なのかもしれないと気付いたのですが。

 でも、私は好きになればなるほどに、苦しくなっていきました。だって、私はすでに一度、彼女を拒絶していましたから。
 だから、まだ私のことを好きでいてくれていると、そんな都合のいいことは考えていませんでした。

 だから私は、どうにかしてメイヤに再び振り向いてもらおうとしました。
 好きな人にどうすればいいかなんてわからなくて、かなり空回りしてしまいましたが、それでも私のできることはやりたいと思って、行動しました。この時まで、自分がこんなに行動的な人間だってことは知らなかったので、自分自身驚いていましたが。

 好きになってもらおうと、四苦八苦しているときは、楽しくて、許嫁がいることも忘れてしまっていました。その時初めて人が恋をする理由を知ったような気がします。
 だからこそ、私の思いにメイヤが答えてくれた時は、言葉にできないほどに嬉しかったのです。
 そして、メイヤの傍にいられる時間がずっと、続けばいいと思っていました。

 ですが、そんなある日、龍道院卓也がこの屋敷に帰ってくると聞かされたのです。

 私はその日、初めて私の運命を呪いました。

 運命とはすでに決まっているものであり、私にはどうやっても変えることはできません。
 だから、私には、この残された時間を大切な思い出にするしかありませんでした。

 これから先何十年と経っても、色あせない、思い出に。

「あと一時間程度でご主人様がお帰りになります」
「わかっております」

 お辞儀をして扉を閉めた執事にそう言った私は、静かに扉が閉まると立ち上がって、部屋の隅に置かれた装飾された大きな鏡の前に立ちます。
 真っ赤なドレスに身を包み、薄いながらも化粧をした私は、いつもよりも綺麗なのかもしれないですが、やはり考えてしまうのは、この姿を彼女に見てもらいたかったということと、少しオシャレをしたメイヤも見てみたいということでした。

 龍道院家に嫁入りする前、主人になる方に会う直前だというのに、こんなことではダメだと頭を振って妄想を振り払う。

 私の中の墨田メイヤはもう、思い出の中だけの存在にしなければなりません。
 出会った時から別れた時まで、一つの大切で、綺麗なものにしなければ。

 そう思って、彼女と別れた瞬間を思い出してしまい、少し胸が痛みます。

 私はまた裏切ってしまったのだから。

 鏡の前から離れた私は、月の光が差し込んでいる窓の前に行きます。
 恋人を思うとき、空を見るというのは本当で、私は日が落ちて暗くなった雲一つない星空を見上げてみます。

 彼女は、恨んでくれているでしょうか。
 それとも、悲しんでいてくれているでしょうか。

(私って、相当にひねくれてますね……)

 彼女に別れを告げながらも、忘れてほしくないと思っています。たとえ、それがどんな感情だったとしても。

 もしも、メイヤが私のことを忘れて、今頃ヤヨイさんと一緒にいるところを想像するだけでズキリ、と心が痛んで、この期に及んで私はまだ彼女に未練を抱いているのがわかります。

「はぁ……」

 深いため息をつくと、私の目の前の林が揺れた気がしました。
 そして、その中から私の今一番合いたい人の姿が現れます。

 嬉しく思いますが、これは私が生み出した幻だということもわかっているので、私はただ、無言で窓の外を見ていました。
 夢の中で毎日出てくるのですから、別に幻覚として見てもおかしくはありません。

 しかし、私は彼女がこちらへ近づいてくるにつれて、次第に違和感を持ち始めました。

 私の想像や夢の中のメイヤは、可愛くて綺麗で、一緒にいて楽しくて、でも自分の魅力をわかっていないがゆえに、オシャレとかには無頓着な女の子です。

 ですが、そんな彼女であったとしても、こんなボロボロの服を着ていたでしょうか。

 少なくとも私の記憶の中にはいなかったメイヤの姿に、目を凝らそうとゴシゴシと手で目をこすっていると、コンコン、と窓がたたかれました。
 確かに音は聞こえて、目をこすっても彼女の姿は消えません。

「アリス!」

 彼女の声で私の名前が呼ばれて、同時に私は窓を開きました。
 少しだけ冷たい風が流れてきて、その中に微かに懐かしい匂いがあります。

 その瞬間、やはり、彼女は今ここに存在していることを確信できました。

 いったいどうして彼女がここにいるのでしょうか。

 驚いた私は、頭が真っ白になって、声が出なくなっていました。
 そんな私に対して、彼女は、不敵に、まるで、囚われの王女様を迎えに来た王子様のように、手を私に向けながら笑いかけてきます。

「迎えに来たよ、一緒に帰ろう!」

 その姿は、ひどくボロボロな恰好のはずなのに、とても綺麗で、私はいつの間にか頷いていました。


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