人生ハードモード
不機嫌の理由は……?
学校行きたくない病というのは、できることならば永遠に家で布団被っていたい私の場合、そう珍しいことではないのだが、今朝のは尋常じゃなかった。
あれは……そう、インフルエンザなどで長い間休んだせいで、教室に入りづらいな、などと思うあの感情を三百倍くらいに膨らませた感じ。
昨日の晩、布団の中に入って横になってから、明日学校行きたくないなあ、とか考え始めて、明日合法的に学校がなくなるようにと、突然の台風か、落雷かが起こってくれないものかと窓を開けて神様に祈ってみたりもしたのだが、結局今朝も快晴、どうやら神様はただでさえハードなこの人生にさらに試練をお与えになるらしい。
どうしてこんなに憂鬱なのか、そんなものたった一つの理由に決まっている。
昨日、フラれた相手と顔を合わせなきゃならないのだ。
しかも、隣の席だぞ、これはあの時気まぐれに私の隣を指名した担任を恨むしかないだろう。
加えて、私はどうもこの気持ちを諦められていないっぽいし、それが知られれば今度こそマジで切られる。
我が友であり自称恋愛マスターは今朝メールで『堂々と登校して来い』とか送ってきやがったが、無理です、私はそんなに強心臓の持ち主じゃない。
というか、自慢じゃないが、私のメンタルは普通の人間の約半分のヒットポイントしかないのだ、しかも昨日からになったそいつはまだ回復しきってない。
キョロキョロと傍から見ればかなり不審者だなと思いながらも、私はアリスさんとエンカウントしないようにと潜入ゲームのように慎重に歩いていく。
アリスさんは私のことを誰かに言いふらすような人ではないと信じていたものの、あの屋上で誰か聞いていないとも限らないし、私についての噂が流れていないか心配だったのだが、幸い私の耳に届く限りは特に異常もなく、変わりのない話ばかりだった。
廊下を突き進み、問題はこの先、教室である。
普段ならば今日もだるいだるいと思いながら、ダラダラと歩いていく長い廊下であったが、こういう時はなぜか、短く感じてしまう。
教室の前まで来くるとさすがに知り合いも多くなってきて「おはよう」と挨拶を交わしながら、心の準備を整えていたのだが、私が教室にたどり着く直前、教室からあまりにも可憐な少女が出てきたため、私は心臓がぶっ飛ぶかと思った。
「おっ、おはようございます……」
「うっ、うん……おはよ」
なぜか、彼女もぎこちない……のは当たり前か。
彼女から挨拶をしてくれたこと、そして、なんとか言葉を交わせたことに、喜びをかみしめていると、「そっ、それでは」と言って、アリスさんは私の横を通り過ぎていく。何とも言えない香しい匂い残しながら。
教室に入って、すでに気を使いすぎて心がグロッキーになっていた私は、鞄を枕代わりにして頭をのせて、ふー、と息をつく。
思っていたよりも、普通だったかも……と少しだけ安心した私は、アリスさんが帰ってくるまではこのままでいよう、と考えていたのだが、頭の上から「よう」と声がしたので、反応せずに耳だけ傾ける。
「おいおい、親友であり、先輩からは可愛がられ後輩からは慕われている見目麗しいにもほどがある完璧美少女に無視はないだろう?」
「…………」
「だから、無反応だけはやめてくれよ!」
泣きそうな声に、面倒やな~、とか思いながら、顔を上げた私は仕方がなく「……何?」と顔を上げる。
私の顔をまじまじと見たヤヨイは、うん、と頷くと、私の頭を撫で始める。
「まっ、悪くなさそうでよかった」
「なんで上から目線?」
「私はメイっちの師匠っすからね?」
はいはい、と言った私が、パタンと力尽きたように倒れて再び鞄に顔をうずめようとすると、
「あっ、アリスさん戻ってきた」
「……っ!」
すぐに鞄を床に置いて、姿勢を正した私が恐る恐る横を向くが、そこに金髪少女の姿はなかった。
代わりに目の前でクククッ、と笑うヤヨイが。
「メイっち、かわいいー。わっかりやすーい」
「……動物園から脱走した猿の食べたバナナの皮に滑って頭打って病院送りになればいいのに」
「ざんねーん、この辺りに動物園はありませーん」
普通に殴りたくなったが、視界の隅で教室に戻ってきたアリスさんの姿が見えたので、目の前に作った拳を開いて深呼吸と共に手を下す。
私のその行動を変に思ったのか、教室の入り口の方を見たヤヨイは、アリスさんに向かってニヤリと笑ったかと思うと、私の耳元に口を寄せてきた。
「昼休み、屋上にいるから一緒に飯食おうぜ――アリスさんも呼んでさ」
「えっ……?」
アリスさんを、呼ぶ……?
この女、昨日、フラれた場所で、フラれた相手をお昼に誘えというのか?
不可能だ、と思う一方で、一瞬、屋上でアリスさんに『あ~ん』してもらうのを想像してしまって、一瞬、にやけそうになったが、すぐに、いやいや、と頭を振って、「じゃ、」とか言って自分の席に戻ろうとするヤヨイの方を向く。
「愛してるぜ、マイハ二―」
「無理無理、無理だってば!」
しかし、投げキッスをした我が友は私の言葉など完全にスルーして、スキップで席へと戻ってしまった。
いったいどうすりゃいいんだ、とか思って頭を抱えていると、隣から視線を感じる。
恐る恐るとなりの様子をうかがうと、アリスさんがこっちを見ている。プクリと可愛らしく頬を膨らませており、昨日の私の過ちのせいで怒っていらっしゃるのか、なんとなく圧がかかる空気を纏っている。
「……随分、仲がよろしいのですね?」
「えっ、うん、まあ……」
ヤヨイはいつも通りだったような気がするけど、確かに傍から見ているとウザったく見えるかもしれない。
アリスさんのそんな棘のある言い方は初めてであったので、私は少し驚きながらも、しかし、プンスカしているアリスさんも可愛いな、なんて思ってしまうのはもはや病気だと言っていいだろう。
少しの間があって、会話は途切れてしまったかと思っていたら、アリスさんがまた、こちらを向いて話しかけてくれた。
「どっ、どんなことを話していたのですか?」
「それは……」
どんなことって、貴女をお昼に誘おうかどうかの話ですよ。
って言えるわけないじゃん、昨日フラれた相手と話しているだけで精一杯です、私のライフはもう0なんです。本当に勘弁してくださいお願いします。
私が何も答えられずに、「えーと」と私が視線を漂わせながら適当な理由を見つけていると、何か気に食わなかったのか、フン、と、アリスさんは髪を揺らして、
「もういいです」
そう言って、そっぽを向いてしまった。
彼女の行動がイマイチわからない私は、彼女を怒らせたのが自分なのかヤヨイなのか、腕を組みながら考えてみるが、やっぱりわからん。
というか、自称だろうが恋愛マスターならば、女の子が起こるようなことをしないでほしいのだが。
うーん、とうなる私は隣から視線を感じてみてみるが、こちらを見ていた様子だったが、アリスさんはまたすぐに明後日の方向を向いてしまう。
どうして、そんなにあからさまにオコなんですか?
そう聞きたかったが、私がチキンなのと、あと、ちょうど予鈴がなってしまったこともあり、何故か不機嫌なアリスさんの隣で、私は好きな人を考えないようにと目の前のことに集中して授業に臨んだのであった。
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