人生ハードモード
電脳世界では強いんです
 パソコンの電源を入れて、マウスを握ってすぐにそのカーソルをいつもやっているオンラインゲームのアイコンに移動させてダブルクリックし、ゲームを起動させる。
オンラインゲームというのはやはり、ノートパソコンでベッドに寝っ転がりながらやるのが良く、そこにお菓子やジュースがあればベストなのだが、少し前からはまっているこのゲームは容量の問題で持っているノートパソコンでは起動できない。そのため、こうやってわざわざモニターの前まで歩くという作業を余儀なくされる。
 別に歩くのが嫌いというわけではなく、散歩とかにはわりと良く行くはずなのに、どうしてこのベッドから起き上がって一歩半がこんなにも苦痛に感じるのだろうと毎回思う。
 私のやるオンラインゲームの種類はRPGから始まり、シューティング、戦略、スポーツと進み、将棋やチェスまでやったりするのだが、今起動したのは『バースト・サーガ』というRPGであり、タイトルだけで見るとアース神族の女神様を破裂するとかよくわからんタイトルで、英語があまり得意ではない私からするとこれはカッコいいという理由以外に一体どういう意図でこのタイトルをつけたのかと毎度疑問に思ったりするが、面白いので大きなことはあまり別に気にしないことにする。
 私はこの世界であれば、知らぬことなどないだろう。数か月前から始めたのだが、レベルは最高まであと数レベルたし、アイテムもほとんど持っている。
 別に冒険などしなくとも、農業や漁業などの第一次産業や、商業やサービス業などの第三次産業で知名度を上げることができ、一度も外に出ずとも初めの町だけで大金持ちになることだってできるのだからすごい。まあ、彼らを他の町まで届けたりするのは私たち冒険者なのだが。
 あとこのゲーム、開発者側が三カ月に一度、選挙を行ったりしている。出馬できるのは最高レベルのプレイヤーたちで、投票するのはそれ以外の全プレイヤー。見事当選するとゲームが更新されてマップが広がったときに一国の王になれるといったものだ。
昔幼稚園で「将来何になりたい?」と先生に聞かれたときに、胸を張って「女王様」と答えたからにはこっちの世界だけでもなってみたいもので、今はこれが目標だ。あと、Mに対してビシビシと言葉と鞭で攻め立てる方ではもちろんないことを付け足しておく。
 さて、今日もレベル上げと共に、名前を覚えてもらうために知らないプレイヤーに新参古参関係なく話していきますか、と思った私は、やはり、ゲーム内では力もコミュ力も現実とは比べ物にならないのであった。
 私のキャラは可愛らしい女の子であるが、黒衣で身を包み、他のプレイヤーたちから見ればかなり浮いている身なりであった。まあ、名前が『blacknight』なので覚えてもらいやすいだろうと思ってわざとやっているのだが。
 私が『来月の選挙に出馬する予定なのでよろしくお願いします』と打ち込んでいろんなところで宣伝していると、『yoiyoi0912』という名前を見つけて、近くに来た私はすぐに個人チャットに切り替える。
『メイっち、おひさじゃん』
『学校では毎日会ってるでしょ、まあ、こっちでは三日ぶりだけど』
 もうわかったかと思うが、チャットの相手は我がゲーム仲間、増宮ヤヨイである。彼女は私よりも一月遅れで始めたのだが、今ではほとんどレベルは変わらない上級者になっている。服装は彼女らしからぬと言ったらグーで殴られそうだが、どこぞの魔法少女を彷彿とさせる可愛らしいひらひらとした白とピンクの服で、髪の毛までピンクである。
 これも彼女を見るたびに思うことなのだが、二次元のピンク髪は可愛いけどどうして、リアルのピンク髪は「なんか違うな……」みたいなことを思ってしまうのだろうか。
『いつも遅くまでこっちにいるメイっちが三日も来ないなんて珍しいぞ。もしや、また新たなゲームでも見つけたのではござらぬな?』
『違うよ、ただ』
 そこまで打った私は、手を止める。
 ここ数日間はアリスさんのことばかり考えていたせいで、こっちに来る暇がなかったのだとか言ったら、いったいどんな結末を辿るのだろうと考えてみる。
 増宮ヤヨイという女は、口は堅く、義理堅く、友情も厚いが、少々おっちょこちょいというか、時々、私でも想像していなかったようなチョンボをやらかす。少し前、調理実習でカレーを作るときに各々食材を持ってこなければならなかったのだが、彼女は玉ねぎとジャガイモ、そして福神漬けまで持ってきているのに、カレールーを忘れやがった。また、修学旅行中、教師に見つからないように大量の菓子類を持ってきたのだが、バスに乗っているとき、密かに彼女に分けると、どうやら前日のホームルームの話を聞いていなかったらしく、その場で袋を開けてバリバリボリボリと食べ始めてしまい、私共々、教師に滅茶苦茶怒られた。
 まあ、要するに彼女に話してしまうと、つい口を滑らせてアリスさん本人に言うなんてオチになる危険があるわけだ。
 しかしながら、全てを話さないで嘘をつくというのもなんだか気が引けるので、数分間返事しなかったせいで『どうした? 寝落ちたか?』と追加のチャットが来ている画面を見ながら私は、キーボードをたたく。
『まあ、簡単に言うと鯉に落ちちゃったんだよね』
『? 落ちるのは鯉じゃなくて、池の方だと思うけど?』
 てっきり盛大に驚かれると思っていたのだが、私の変換ミスのせいで、驚くほどに冷静なツッコミが返ってきて私は思わず笑ってしまう。確かに、鯉には落ちない。
『ちゃうちゃう、『恋』だよ。英語で書くと 『fall in love』』
『えっ、マジで(笑)』
 マジマジだぜ、と返すと、彼女は『なに、なになに? リア充ですかこの野郎』と返してきたので、まずまず予想通りの反応だと思う。
 その後、やはりいったい誰なのかという話になるのだが、当然言うわけがない。というか、言ったら引かれる可能性が高い。
 絶対に言わないぞ、と心に決めながら、もう少しだけ彼女と話していると、
『もしかして、うちの学校だったりする?』
『女子高じゃん、なんでそんな発想に至るんだよ』
『否定はしないんだな、メイっちって、こっちでも嘘つけないからわかりやすすぎ』
 早くも特例化されてきている模様。というか、ヤヨイさん嗅覚鋭すぎです。
 それがいったい誰かを考えているのか、一分程度彼女からのチャットがなくて、バレないかとドキドキしていると、
『まさか、私じゃないよね?』
『それだけは絶対ないから安心しろ』
『よかったわ、私、理解はあるけどそっちの気がないから、もしメイっちが私のこと好きだったら、友達でいられなくなっちゃうから、どうしようかとか考えちゃったじゃん』
『どんな妄想だよ。でも、ヤヨイに告ったらどうなるのか興味はあるけどね』
 まあ、確かに、友達に告れば全部崩れる。それは同性だろうが異性だろうが関係なくだ。
 一瞬の間にそこまで考えたヤヨイに噴き出した私は、ヤヨイから来た返信に驚く。
『もちろん、オッケーするに決まってんじゃん』
『えーと……それ、マジで?』
『なんだよ、もしかして本当に私のエロティック魅力のとりこになっちゃってたりするわけ?』
『いやいや、そうじゃなくて、ノン気宣言した奴の言葉とは思えなかったもんだからな』
『本気で付き合うわけじゃないよん、ただ、今私の気に入っているこの関係を崩さないために他の人に移行するまでくらいなら、付き合ってもいいかなって考えてるのさ』
 もちろんエロ抜きね、とか付け足しているヤヨイがこの人生で初めて可愛く思った。
 今までずっと自分が勝手にヤヨイに対して一方手に押し付けてきたので、てっきり彼女は迷惑がっているのではと不安に思っていたが、彼女も楽しんでいるということを知って嬉しくなる。
『私は応援するぞい、この恋愛マスターであるヤヨイ様に何でも聞きなされ』
『ありがとう――じゃあ、何すればいいと思う?』
『コクれ』
『早いよ! なんであらゆる段階をすっ飛ばして、エンディングに逝こうとするのさ』
『それが誤変換じゃなきゃ、まだ、それほど仲良くはないんだな』
 ちなみに、『逝』は誤変換ではあったのだが、彼女の推測は間違いではなかったので返事はしなかった。
 それでもな、と続けた彼女は、
『まずは告白だ。同性だろうが異性だろうが、まずは恋愛対象として意識してもらわなきゃ話にならん。本当に好きなら、まず告白するべきなのさ』
『考えてみるよ』
 オッケー、という返事を見て、少しだけ想像してみるが、まず、私がアリスさんをどこか二人きりに慣れる場所に呼び出している構図が思い浮かばない。言葉が出てこなくて、不思議な顔をされるか、盛大に自爆して距離を置かれるのが目に見えている。
 私がいつの間にか腕を組んで考え込んでいると、画面にはもう一つの影があった。
『こんばんは、お久しぶりですね。『blacknight』さん』
『心配かけたかね?』
『もしかして、調子が悪いのではないかって、マジで心配していたのですよ?』
 丁寧な言葉遣いを発しているキャラは、長い金髪の男で、全身をメタリックで覆っており、その頭上には『wonderland1224』と表示されている。顔も知らないが彼とはもう4年間の付き合いである。
 4年という年月を考えていただければ容易にわかるかと思うが、もちろん、彼との関係はこのゲームだけではない。
 私がネットゲームを始めてから初めて遭遇したのが彼であり、その後、メールアドレスを交換して、私が特定のゲームに飽きると、彼に『次はこのゲームをやるから、どこのチャンネルにいるね』という内容のメールを送って、まあ、ほとんどのオンラインゲームを彼と共に攻略しているのである。顔も知らない人間と4年も一緒に夜中ゲームをしているのはなんだかいつも不思議なのだが、楽しいのでよしとしよう。
『あの、ちょっといいですか?』
 いつもは主にこの三人と、適当にギルドで見つけた冒険者一人の四人でパーティを組んで進めていくので、『さあ、二人とも行こうか』と私が二人に告げたのだが、珍しく『wonderland1224』が個人チャットで会話をしてきた。
『はいはい、何でも聞いちゃってください?』
 彼といつもするのはゲームのことばかりなので、今回もいつもと同じようにどのアイテムを持っていけばいいかだとか、どの武器を作ればいいか、とかそういった質問が来るとばかり思っていたのだが。
『明日、お昼休みに屋上に来てください』
「えっ……」
 思わず画面に向かって驚きの声を上げる。
 ちょっと待て、うちの高校は女子高だぞ。どうやって侵入してくる気だ。
 それとも、うちの学校の教師なのか?
 いやいや、それよりもどうして『blacknight』が私だと知っている?
 いろいろと聞きたいことがあったのに、『wonderland1224』はそのあとすぐに『今日はちょっと用があるので先に上がります』と言ってログアウトしてしまって何も聞けなかった。
 その後、いくつかクエストをクリアしてレベルも上がったのだが、疑問が頭の中を離れなかった私はあまり楽しめなかったのであった。
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