人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

夜中のテンションは大きな過ちを誘発させる

 
『美少女 攻略』

  そんなキーワードで検索をかけた私は一瞬で表示された100万近いヒット数に世の中にいったいどれほどの人が自分と同じ悩みを持っているのかと、一瞬驚いたのだが、すぐにそのほとんどが美少女ゲームに関することだということがわかった。書かれてあるのは画面の中の女ばかりで現実での攻略法なんてほとんどないし、それっぽいことが書かれていたとしてもチャラい男の女を落とす方法くらいしかなくて、やはり、アリスさん攻略の難易度と言うのは相当に高いことを理解した。

  恋愛経験皆無の、いや、そもそも想像したとしても男性相手の恋しか想像して来なかった私がいきなり女の子を落とすことなど不可能だということは承知している。
 それも、相手はそんじょそこらの雑魚ではなく、ラスボスクラスの大物だ。

 本来、私の人生とは接点がないだろう輝かしき人種相手に、我ながら身の程知らずだと思うが、なぜか、この無理ゲーを止めようとは思わなかった。

 ボイーイズビーアンビシャス、少年よ(少女だけど)太志を抱けとクラーク博士も言っていたではないか。無理だとしても止めない、志すことに意味があるのだから。
  というわけで、一歩間違えればもしかすると自分はストーカーになってしまうかもしれないと危惧しながらも、前に進むことを決めた私は考えた。深夜3時まで。

  考えて、そして、たった一つだが、秘策を思いついた。

  ニュートンが木から落ちるリンゴを見た瞬間のように、我ながら天才だと感じながら私は検索に『お嬢様』だとか『可愛い』だとか『お姫様』だとか、ついでに『妹』だとかをつけてさらに検索をかけ、そこから導き出されるゲームを、翌日配達を売りにしている某ネット通販サイトのカートに片っ端から入れていった。そしてついでに、女の子同士の恋愛漫画もちょっと気になったので、一応入れておく。

  そう、私の作戦は簡単な話、経験がないのならば作ってしまおうという作戦だ。

 二次元? 三次元? そんなの関係ないに決まっているじゃないか。現実に繋がらなきゃ、きっとゲームも売れていないはずだろう?
 大丈夫、何事も一つ一つコツコツとだ。積み重ねていけば、きっと私もアリスさんを落とせるような恋愛マスターになっているはず。

「恋に年齢も性別も血縁も関係ない、私は美少女トレジャーになってみせる!」



  ……と、まあ、これが、昨日の私だったわけで。

 深夜まで起きている良い子じゃない子は分かってくれるとは思うが、このときの時間は深夜というかもう朝の3時半のことだったので、よく言う深夜の変なテンションのせいで意味の分からない言動やら発想やらが沸き起こってきてしまっていたのである。
 深夜にかいたラブレターを翌日読み直すとあまりにも恥ずかしい内容で人様に顔向けできないと枕で頭を隠してしまうように、翌日、スマホに届いた注文票を見た私は、今月の小遣いが一瞬で全てぶっ飛んだ事実を前に、どうしてこうなった、と何十回も自問自答したのだ。

  なんでギャルゲーやるなんて発想に行きついちゃったんだよ、こんなもんで恋愛経験がアップするなら世の中に非リアなんてもん絶滅危惧種になっていることだろうよ、というか冷静になって考えてみるとその発想も残念すぎるよ私……。

  そう悔いてみても、現実は変わらないわけで……。

 今、学校から帰ってきた私の目の前には、大きな段ボールの箱が一つ置かれていた。

  中身は百合漫画とギャルゲー。
 漫画は日常生活の中でも多少読むから、まあ、別にいいとして。この人生で一度も、というか乙女ゲーすらやったことのない私がいきなりギャルゲー(全年齢版)をプレイしようとはなかなか思えない。

  段ボールを開けてリビングのテーブルの上にとりやえず、と一つずつ並べていく。まず、自分が何を買ったのかを把握するためである。
  うちは両親共働きで、私は一人っ子、母は出張中だし、父は会議で遅くなると言っていたので、本来ならば危険な物だが、今ならば堂々とリビングでこれらを広げられるってわけだ。

「さて……と、まずは……」

  自分でもびっくりするほどに意外なポジティブさを持っていた私は、百合漫画を一冊持って冷蔵庫から牛乳とクッキーを持ってきて、ソファで横になりながら、読み始めると、すぐにのめりこんでしまった。

  話の内容はというと、やはりというかなんというかお嬢様たちの通う女子高で、転校してきた主人公が、一つ年上で学校の憧れの的になっている可憐な上級生に恋をしてしまうというもので、簡単に描いてしまえばそれまでだが、恋をし、失恋し、すれ違い、それでもまだ好きで最後にはハッピーエンドで終わるまでに私はその世界の中に完全に入ってしまったらしく、最後には大粒の涙を流してしまっていた。

  今まで恋愛自体に興味がなかったからか、恋愛漫画を読んでも面白くなかったし、読むやつの気が知れないと思っていたのだが、どうやら人は初恋をすることにより心も変わってしまうらしく、読み終えたこれを人生のバイブルにしたいとさえ感じている。道理で、うちの高校でも上級生の『お姉さま』に憧れる女子が多いわけだと思う。
  男女の恋愛じゃないからこそ、禁断の関係であるからこそ、壁がたくさんあり、それを乗り越えた先には言い表せない感動があって、私はあっという間に昨日買った漫画を全て読んでしまっていた。

  しかし、読みながら私は楽しいという気持ちはあるものの、漫画の中の主人公たちと同調できないというか、同じ女のはずなのに自分と照らし合わせていないことに気付いた。

  どうしてだろうと、考えたときに、すぐにここに出てくる女子と自身との格差に行きついた。
 ここに出でてくる子は可愛くて、コミュ力高いし、そうでなければ頭がいいか、運動できるか、とにかく、何か一点において『輝いて』いるのだ。
 いや、そもそも『輝いて』いないと、普通の男子にならまだしも、特定の、それも女の子に対してモテないはずなので、創作の世界であってもやはりその点はリアルなのである。

 だが一方で、この漫画では女同士で付き合うことが当たり前になっているじゃないか。
 こんな世界にいられたら、もしかしたら、私も踏み出せるかもしれない、と思い、少し想像してみる。

  もしも、ここに私がいたらと考えると――せいぜい、通行人か、良くて高校生A子(セリフは「○○ちゃん、△△さんが来てるってよー」とかいうものの一か所だけ)という役割が妥当だろう。いや、ここに見える生徒の全員が集団を形成しており、一人でいるものがいないところをから考えるに、私はそもそもこの漫画の世界にいても順応できずにバッド、最悪デッドエンドルート確定の今よりも悲惨な末路を辿ってしまうに違いない。

  要するに学校へ行く以外はほとんど家の中で籠城している私にとって恋愛なんてものは、次元なんて関係なしに、いずれにせよ難易度が高すぎるらしい。

  漫画は面白かったので満足したので机に漫画を置いて、さていよいよ、と、自分の一時的な意味不明なテンションによって、理性と欲望と現実の金銭的状況の三部会が招集されず絶対王政状態になってしまったがゆえに行った暴挙の果てを見る。
 それらと向き合うと、アリスさんに似ているパッケージの女の子と目が合って、可愛いとかはもちろん思うものの、なんとなくいたたまれないような気持ちになった。

  まずはこいつら男子の家にあるエロ本並みになる最上級の危険物をリビングから移さなければと考えた私は、ゲームのパッケージを一気に持ち上げて二階の自身の部屋まで持っていく。
  おそらく、これら一つ一つの容量はかなり大きく、現実世界で起こればおそらく私がパンクするだろうくらいに重いのだろうが、所詮は二次元。「その程度がお前らの人生か、軽い、軽すぎる!」なんて恥ずかしいことを言いながら移動した私はとりやえず、床にパッケージをすべておく。

  男性視点で女の子たちを攻略するゲームを前にして、そういえば百合ゲーは数が少なくて、アリスさんに似ているキャラがいなかったから止めたんだっけ、とか思い出しながら、その中の一つを取り上げる。

  物は試しだ、とにかくやってみるしかない、
  たとえこれが、リアルの恋愛に繋がらなくても、払った金額代程度は良い思いにさせてもらおうではないか。

  ずっとパソコンのオンラインばかりやっていたため、埃をかぶっていたポータブルゲームにソフトを入れた私はベッドに横になりなりながらゲームを始める。

  そして、開始十五分程度で、主人公と見事にシンクロした。

  なぜならこいつ、友達がいない。
  転校してきたわけでもないのに、学校へ行く時に挨拶されていないし、してもない。休み時間には今の状況を正確に説明し、面白いことを言って自分でツッコミを入れている……全て心の中で。
  リアルコミュ障である私でさえ鼻で笑ってしまうくらいのぼっち主人公に私は同情すると共に見事に同調していた。

  だが、私とこいつの違いは更に二十分適度すると見えてくる。

  こいつはと私の決定的であり、かつ、埋められない違い。
  それは、『運』である。圧倒的な『運』の差だ。

  友達がいないのを肯定しようと「良い天気だからお昼は外で食べよう」とかまた心の中で思う主人公に涙を隠せないでいると、なんと主人公の行く先には彼氏なしの同じくぼっちらしい美少女がいるではないか。
  さらにホームルーム中に、おそらくなじめなかったのだろう、ぐっすりと眠っていた主人公が起きたときには園芸委員なんてものになっており、本来であれば不満を言うはずなのだが、私と同じくコミュ障なのだろうか、主人公は言い出せずにホームルームが終わる。だというのに、ホームルームが終わってから、クラスのもう一人の園芸委員は可愛い女の子が挨拶に来て笑顔をくれるってどういうことよ?

  ここから私は早くも一つ、『恋愛は運ゲー』であることを学んだ。
  まあ確かに、現実でも容姿だとか才能だとかは持って生まれたものであり運の要素が強いのかもしれない。しかしながら、リアルには努力というものがあり、努力をすればその差を埋めることもできないわけではない。

  しかしながら、何度も言うように私の恋は普通の恋愛ではないのである。
  この主人公のような強運もなければコミュ力もない、大した才能もない、それらは、この超ハードゲームにおいて闇雲に努力したからと言って埋められるものではないのだ。

(私が男子だったら、変わってたかな……)

 枕に頭を埋もれさせながらそんなことを思った私はすぐにその考えを否定する。私が男だったら女子高には通えてなかったわけだし、アリスさんとも出会えてなかった。第一、男子だったとしてこの性格で彼女に近づいたら、間違いなく警察を呼ばれて現行犯逮捕である。やはり、彼女のそばにいても捕まらないだけ女の子でよかったのかもしれない。

  なんとなく疲れてしまった私は、ポータブルゲームの電源を切って、枕元に置いてから、ゾンビのようにゆらゆらと立ち上がり、久しぶりにリアルと離れるためにパソコンの電源を入れたのであった。


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