人生ハードモード
残念ながら、恋に方程式なんてないらしい
 問1 墨田メイヤの恋が決して成就することがないことを証明せよ
 数学の時間、黒板の前で禿げた眼鏡の中年オヤジの教師が帰納法とやらについて、例題を上げて実際の証明どう使うのかと説明をしている中、後ろの席である私は、彼の視界に入っていないことを利用し、そんな数学よりもずっと難しい問題を解こうとしていた。
 ノートに書かれたその問いに対して、シャープペンシルを一回転させた私は、ゆっくりと書いていく。
1 メイヤが恋をしたのは、アリス・クリエールという女の子である。
2 現在の日本の法律では同性による結婚は認められていない。
よって、1と2より、メイヤの恋がかなうことはない。証明終了。
 そんなことを書いてみるが、イマイチしっくりこない。というのも、この答えは社会的なものであり、今後変わる可能性があるかもしれないし、これだけで諦められるような恋ならば、それは恋じゃないだろう。
1 アリス・クリエールはまごうことなき美少女である。
2 墨田メイヤは、自己評価をすると悪くはないと思うが良い容姿ではない上に、根暗でコミュ障を発症している。
3 アリス・クリエールの周りはその容姿からか、転校初日こそ騒がしかったものの、三日経った今はかなり限られた人しか近寄らなくなっている。
1と3より、アリス・クリエールは『女子集団の法則』を用いると、彼女は第三カテゴリーに入ることが証明される……これが、4
また、2より、墨田メイヤは『女子集団の法則』を用いると、カテゴリー外に属することが証明される……5
よって、4と5より、恋人同士になることはおろか、普通に生活していて二人が接触すること自体が難しいことが証明された。
 次に書いた回答は、悪くはないと思う。少なくとも自分たちのことについて全く書かなかった前よりはマシだ。
 ちなみに『女子集団の法則』というのは、私が勝手に作った法則である。
内容について簡単に説明すると、あまり可愛くない子は可愛くない子とつるみ(これを第一カテゴリーという)、そこそこ可愛い女の子は同性よりも異性とつるむ(ちなみに、ここは女子高でも近くに共学の学校があり、男子連中とつるんでいたりする。これが第二カテゴリー)。補足しておくとこういう子はコミュ力が異様に高かったりする。
そして、男女が納得する美人というのは、異性からは恐れられ、同性からは妬まれるためか、あるいは、そもそも近寄りがたいオーラを発しているのか、一人でいることが多い。誰かと一緒にいても、浮いてしまうといったもので、相応な子でなければ並び立つことはおろか、一緒にいるだけで違和感が出現してきてしまうのだ(これが第三カテゴリー)。ゆえにめちゃくちゃ可愛い子のグループには同じくらい可愛い子が多かったりするのである。
この法則はこのように女子のパターンを大きく3つにわけたものなのだが、仲間意識というか、集団意識の強い女子は同じパターンの子としか上手くやっていけないものだ。ちなみに、一人でいる女の子が全員可愛いわけでもなく、私のような根暗ボッチはそもそもカテゴライズすらされないのだが。
何度も言うように多大なる独断と偏見による解釈であり、自分の周りと、他のクラスの知りもしない子たちを見てふと考えただけの、今、目の前で行われている帰納法のような強引なものなので、ぼっちを繋いでくれているささやかなつながりを破壊しないためにも、この考えは今まで誰にも言ったことがなかったりする。
 そして、この法則に当てはめると、アリスさんは間違いなく、3つ目のパターンであり、相応の子でなければそもそも友達として傍にいることも難しく、その子と付き合う、なんて、ゲームやアニメの世界で言う学園の、あるいはおとぎ話で出てくる白馬に乗った『王子様』のような人じゃないと釣り合わないわけで……。
 カテゴライズの外で体育座りしているとんでもない根暗ボッチである私となんて、天地がひっくり返っても恋に落ちることなんてないのだ。
(……これ、なんて無理ゲー?)
 自分で考えていて若干の鬱になってきた私は、自傷した心の傷を治すために、ばれないように横目で隣を盗み見る。
 転校してきて三日目になるが、学校にも慣れてきてくれたのか、アリスさんはなんと眠気と戦っていた。授業中に眠らないタイプの子に見えるが、それでも眠くはなるようで、コクリコクリと首を落とし、落ちてくる瞼を必死に開こうとしている彼女を可愛らしいなと見ていると、いつの間にかその視線は彼女の口元へと言っていた。
(ああ、その唇奪いたいわ……)
 彼女を見るたびにそんなことを思ってしまう自分は、本当にどうかしていると思う一方で、車は走るもの、鳥は飛ぶもの、などと同じように、彼女の唇にキスしたいと思ってしまうのは当たり前のことのようにも感じてきている。
 わずか三日で、私の頭の中も心の中も、すでに彼女のことでいっぱいになっていた。
 浮かれている自分を客観的に見て、初恋した中学生かよ、とか思うが、本当に初めての恋なのだから致し方がないのかもしれない。
 それにしても、私って女が好きだったのかと、考えて今までの人生を振り返ってみるが、よくわからなかった。というのも、男子だろうと女子だろうとこんな感情になったことはなかったからだ。
 そんなことを考えていると、放課後を知らせるチャイムが鳴った。
 いつもは授業に集中している時間とそうでない時間があって、やけに50分という時間が長く感じるものだが、ここ三日間は全く集中していないものの妄想に花咲かせているため、やけに早く感じる。授業だけでなく一日があっという間で、本当に今まで生きてきた一日と同じ24時間なのだろうかと思う。
 今日はここまでと教師が言うと同時に、机から鞄を取り出した私は教科書やノートをしまってから、我ながらわざとらしく、暇そうに頬杖をしながら窓の外を眺め始める。
 今までは直帰してパソコンを開いていた私がどうして、一見この意味のないように見える行動をしているのか。
 私は今、この後部活もなくてただ帰るだけにもかかわらず、教室に残って、この後の時間に余裕がありますよというアピールをしているのだ。
 誰に向けてかと言うと、もちろん、隣の席のアリスさんへだ。
 彼女も転校してきたばかりのためか、あるいはもともと部活に入る気がないのか、今のところ帰宅部なのである。
 ゆえに、方向は調べてないからわからないが、この高校まで来るためには狭い一本道を通るしかないので、途中まで一緒に帰れる可能性は高い。
 しかし、私はどこまでも人間と関わるのが苦手だった。それも、好きな人相手になんて近寄るだけでクラクラしてきてしまう。
 なんてことのない言葉一つ、私は恥ずかしくて言えない。自分から話しかけてしまったら、心臓が止まってしまうとさえ思う。
 だから、一緒に帰ろう、よかったらどこかで寄り道していこう、と、そんな言葉がどうしても言えない度胸皆無な私は、こうして、彼女から誘っているのを待っているのである。
(お願いアリスさん、私に声かけて!)
 そう心の中で祈っていると、「メイヤ」さん、と声をかけられる。
 神様……、と心の中で感謝した私は「なに?」と、向き直る。変に笑顔になっていないか心配だった。
「さようなら、また明日会いましょう」
「えっ……ああ、うん。バイバイ」
 軽く手を振りながら、メイヤがそういうと、ニッコリと花のような笑顔を残した彼女は脳を刺激し、心ときめかせる香りを残しながら去っていってしまう。
 その背中に声をかけようと手を伸ばすも、とうとう喉からは声が出なかった。
 
 アリスさんの姿が消えると、私は開いていた手を握って下す。自分の情けなさを恥ずかしく思いながらも、彼女のたった一度の笑みだけで、未だ上昇し続けている心拍数を感じて、やっぱり無理ゲーだとつくづく感じたのであった。
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