優しい希望をもたらすものは?

ノベルバユーザー173744

優希と竜樹は、そのまま糺と日向の家に行くことになりました。

 お風呂から戻ってきた3人は、祐也ゆうや主李かずい醍醐だいごの姿がないことに首をかしげる。
 その上、

「あ、大原おおはらさん‼お久しぶりです」

ただすは微笑む。

「おや、お久しぶりです。糺さん。それと、そちらが?」
「あっ!申し訳ございません。私は、曽我部優希そがべゆうきと妹の竜樹たつきと申します。城北中学校の3年生と二年生です。よろしくお願いいたします」

 おや?

 5人は優雅で清楚な挨拶にあれっとする。

「あ、未熟ですが、茶道部も掛け持ちで……礼儀作法は最低限必要だと思いまして……」

 実は、吹奏楽部と茶道部を掛け持ちしている優希ゆうき竜樹たつきである。
 隣のコーラス部は部員が足りず、色々なところから臨時部員を集めていて、そこも、二人で早朝練習のみ参加させてもらっている。
 早朝から楽器を演奏するのは騒音だが、発声練習ならまだ許される。
 時期がずれているが、夏休みに合唱コンクールがあり、運良く参加させてもらえるようになったのだ。

 忙しくなるが、主李や実里みのりには言っていないが、父と弟以外の母や祖母、叔母たちに兄が、

「女に勉強は無駄」
「そんなのにお金をかけるなら、仕事をしろ‼」

と言われている。
 推薦入学を狙えるように勉強をすればいいが、如何せん英語が欠点。
 その為と、家にいては実家の店の手伝いに、買い物、掃除炊事、家と祖母と叔母たちの住む家の間の、40平方メートル程の庭兼父の趣味の盆栽に家庭菜園のみずやり、繕い物に追われ受験勉強はほぼできない。
 その為、日曜日に短い時間を縫って、図書館に通い、受験勉強ではないが、資料室にこもったり、公民館にある自習室で無料で内緒で受験勉強をしている。
 図書館に行く本当の理由を、何も知らない父は、

「あぁ、行ってこい」

と言ってくれるが、兄はいい顔をせず、携帯に暴言をはく。

「早く戻れ」

ならましだが、今やんちゃ盛りの愛犬『かずき』に、なにも悪くないのに自分の腹の虫が収まらないと、暴力を振るう。
 毎回、いるときにはかばい、自分が抱き締めるが、自分自身も兄に殴られ蹴られ、腹の虫が収まらないかずきは牙を剥き出しにして兄の誠一郎せいいちろうに唸る。
 すると、ますます激昂し、蹴りつけようとする兄からかずきをかばい、蹴られ、噛みつこうと飛びかかった牙が何度も体に食い込んだ。
 一度は左足の弁慶の泣き所の左の肉をえぐったし、もう一回は左手の甲を噛まれ、バイ菌が入りパンパンに腫れ、痛みに熱を出した。

 一回、足の怪我は、母に、

「噛まれたの?消毒しなさいな」

と自分で消毒すると、えぐれた肉の破片がぼろっと取れて、一センチの穴が開いた。
 痛みよりも、哀しかった。
 左手はバイ菌で二倍に腫れ上がり、

「何で噛まれたの!消毒しなさい‼」

で数日痛みが引くまでこらえた。
 弟や兄が怪我をしたら、

「今日の救急病院は‼」

と探すギャップに、母には期待しない……そう思った。
 父も忙しく、話を聞いてくれない……暇はない……。
 その為、諦めていた。

 大原と言う青年はにっこり微笑み、

「はじめまして。私は、醍醐のお兄さんの幼馴染みで大原嵯峨おおはらさがと言います。宜しくね?」
「大原って、あの京都の大原ですか‼大原女おおはらめと言う言葉の……」
「嵯峨って、嵯峨天皇の嵯峨ですか‼わぁ、かっこいい‼」

歴女と言うよりもマニア、おたくの領域の二人だが、大原は、

「そうそう。優希ちゃんだっけ?大原女ってよく知ってるね。今時知ってる人早々いないよ」
「えっ?あ、えっと、京都の地名の歌を、祖父が昔歌っていました……」
「あぁ、あの曲ね。『京都~♪』ってやつ」
「あ、えっと、こんなのですよね」

優希は歌う。
 音程は音楽関係を習っているだけあって揃っており、高音も美しい。

「へぇー、上手いね。声楽習っていたの?」
「あ、あの……」

 優希はためらい、諦めたように口にする。

「わ、私は、本当は進学がしたいのですが……女に学問は必要ないって……女は男である兄や弟をたてろと……私は進学できる方法はないかと……思って……。それに、これさえ得意なものがあったらと、でも……え?」

 バッグを探るが携帯がない。
 携帯のチャームは、趣味で作っていた主李がモデルの野球少年ミニチュアフェルトぬいぐるみである。

「け、けけけ……」
「あ、電話がかかってきてね。お兄さんから」
「お、お兄ちゃん‼かずきが‼か、帰ります‼帰って……かずき‼」

 部屋を出ていこうとする優希に、

「優希ちゃん。主李くんが祐也と醍醐先輩と行ったよ。大丈夫。それよりも、ここのチェックアウトが近づいているから荷物をまとめて。ひな先輩のお家に移動しようね」

穐斗あきとの言葉に、

「あぁぁ……かずきは逃げられないのに……守ってあげなきゃいけないのに‼」

泣きじゃくる。



 落ち着かせて日向の車と大原の車に別れ、移動する……大原は途中で実里を家に送っていくのだと言う。
 その為、荷物とパンフレットなどを日向に渡され白黒していた。
 そのあと、大原は祐也の実家の動物病院に行き、穐斗を下ろし主李を連れてくると言っていた。

「なぁ、優希」

 日向は運転しつつ問いかける。

「その犬の名前、かずきって、主李と優希の一文字づつ貰ったの?」
「え、エェェェ‼」

 泣きすぎで熱を出したのか真っ赤な顔の優希は、挙動不審になる。

「そ、そうです……拾ったんです……。お父さんに反対されたのですが、飼うことにして……な、名前を主李くんから……あ、かずきは自分のお名前言えるんです‼ご飯頂戴も、優希は難しいみたいでゆうううーって」
「それは……」
「本当なんです。とってもお利口なんです‼だから、弟みたいで可愛くて、大好きなんです」
「お姉ちゃん、ボケてるので、良くドーナツを食べてると、かずきが頂戴って言うので、『駄目』と言ってるのですが、ドーナツを食べながらボーッと本を読んでるので、途中で、かずきにかぷって」

 竜樹の一言に、

「竜樹はチョコレートだから駄目だけど、一応オールドファッションが好物。食べさせないようにしてるのに……」
「姉ちゃんが読書に集中するからでしょ。かずきが『お姉ちゃんの隙を狙って……しめしめ』って顔してる」
「誰に似たんだろう。いい子にって思ったのに……」

嘆く。

「お姉ちゃんとお父さんにしかなつかないもんね。かずき。お母さんは『餌をくれる人』、私と弟は『格下』お兄ちゃんは『感情によってコロコロ態度が変わる、怖い人』だもん」
「えぇぇ?かずき可愛いよ?いい子なのに……」

 その言葉で、優希にとってかずきと言う存在が大きいものだと解る。
 目を伏せて、

「かずき……大丈夫かな……それに、病院の診療費用……‼」

バッグを探り、小さながま口の中身をカチャカチャと確認し……悲しげに目を伏せる。

「おこづかいはもらってなくって、田舎の隠居のばあちゃんと、おばあちゃんにもらったお年玉位で、今日はばあちゃんに春休みの時におこづかいって……もらった5000円を崩して使ってて……パンフレットのお金とお昼代くらいしか……」
「親におこづかいは貰わないの?」
「お年玉は全部お母さんが貯金するからって取り上げられるんです……。隠居のばあちゃんと、おばあちゃんには、隠しておくからって、バッグの底にポチ袋を」
「隠居のおばあちゃんと、おばあちゃん?おばあちゃんとひいおばあちゃん?」

 糺の声に、うつむいたまま、

「お、お父さんのお母さんと、おばあちゃんの一番上のお兄さんの奥さんです。おばあちゃんのお兄さん若くして亡くなったから……末っ子のおばあちゃんが家を継いで。隠居のばあちゃんは、そのままお家に残りました。隠居のばあちゃんも去年亡くなって……」

目を伏せた少女。

「要らないなら……生んで欲しくなかったです。あ、かずきのところに……」
「ダメダメ。会っちゃうと、辛い思いをするのは優希ちゃんだよ。連絡してくれると思うし、大丈夫」

と、車で向かうのは、街よりも20分ほど離れた新しく造成された高級住宅街。

「うわぁ……綺麗なお家が一杯‼」
「家が一杯で、綺麗なお家やお庭を見るのが楽しそう……行ってみたいなぁ」

 ワクワクと見ている優希に、

「お姉ちゃん。方向音痴なんだからやめておけば?」
「ひどーい‼ち、地図さえあればいいの‼」
「持ってても、勢いで特攻するくせに」
「だって、いろいろ調べるの楽しいもん‼」
「あ、それ、私も解る~‼いつもひなちゃんに『落ち着いて‼』って言われるの」

糺が口を挟む。

「でも、気になるでしょう?穴があったら……」
「解ります‼一条戻り橋の橋の下とか‼」
「同じね‼」

 妻と、中学生の会話に(  ̄- ̄)になった日向である。

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