ユズリハあのね
「こんな妹が欲しかった」
――前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
美星ちゃんという地球から観光に来た女の子とお友達になりました。
ご両親といらっしゃったそうなんですけど、そのご両親はなにやら訳ありで別行動をしているそうです。その関係で、うちでいったん預かることになったんです。
美星ちゃんは「デート中」って言ってましたけど、セフィリアさんが言うには違うみたいな感じがしていて、なんだかちょっぴり心配です。
でもでも、昨日はとっても楽しかったんですよ!
美星ちゃんをいろんなところに案内しました。途中でお友達とも合流して一緒に森の観光案内したんです!
日々のお散歩がこんなところで役に立つなんて思いませんでした。
お泊まりなんかもして、夢だったパジャマパーティーも叶って、夏休みバンザイって感じです。
それからリスという動物の小物をもらいました。この森ではフクロウが守り神として言い伝えられているそうなんですけど、リスも守り神として言い伝えられているんだとか。
フクロウとは違った愛らしさがあって、実物を見てみたいです。もふもふしているらしいですよ!
ヌヌ店長とどっちがもふもふしてるんでしょうね?
夏休みはまだまだありますけど、そんなことを言っていたらあっという間に過ぎてしまいますよね。まさに昨日みたいに。
長いようで短い一日だったな。
後悔のないように、毎日精一杯頑張れたらなって思います!
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳――3023.8.10
***
地球から夏休みの観光でやってきた女の子、美星を一時預かることになった《ヌヌ工房》の朝は、いつもよりちょっぴり慌ただしい様子から始まりました。
「……はれ?」
自分の置かれた状況がすぐに理解できなくて、キョトンとした顔をする女の子が一人。
寝癖なのか癖っ毛なのかわからない、花火のように跳ねた焦げ茶の髪の毛。くりくりの目は寝起きにもかかわらずパッチリと開いて、目の前の光景を写し込んでいました。
女の子の名前は森井瞳。ほわわんとした雰囲気ののんびり屋さんな女の子です。
目の前に映る光景が、毎朝見るものとはちょっぴり違くて困惑気味でしたが、すぐ思い至りました。
「そっか、わたしセフィリアさんの部屋で寝たんだっけ」
呟いてから、昨日の夜のパジャマパーティーの出来事を思い出しました。とっても楽しくて、とっても美味しい時間でした。
そして、今現在セフィリアの部屋には自分一人しかいないことに気づきます。
ひっくり返って座禅を組んでいる場合ではないと、急いで3階の自室に駆け上がって、いつもの手紙を送信してから若葉色したエプロンドレス調の制服に着替えます。
「お、おはようございます〜!」
ばっちり着替えて1階へ降りると、タイミングよく朝食の準備がされていました。とってもいい香りが漂ってきて、空腹感を刺激されてしまいます。
夏休み期間は大変ですから、朝はしっかり食べないと最後まで持ちません。
「ふふふ♪ おはよう瞳ちゃん」
朗らかな天使のように笑う女性が瞳の挨拶にしっかりとお返事。
瞳と同じく若葉色したエプロンドレス調の制服に身を包み、薄緑の長髪を緩く編んだ、先輩でもあり師匠でもあるセフィリアです。
いつもならばこの二人での朝食となりますが、今日はさらに一人追加です。
「……おはようございます、です」
控えめに挨拶をしてくれたのは、幼い声。
地球から観光にやってきた、おとなしくて賢い、少し人見知りな女の子、美星です。
真っ黒な細くてサラサラな髪の毛は綺麗に整えられていて、昨日はなかった赤いリボンが付いています。きっとセフィリアがおめかししてくれたのでしょう。とっても似合っていました。
「美星ちゃんおはよう〜。リボン可愛いね〜」
「…………」
瞳がそう口に出すと、白いほっぺたを真っ赤に染めて俯いてしまいました。恥ずかしいようです。
そんな仕草も可愛いな〜、なんて思いながら、瞳は優しく形のいい頭を撫でてあげました。いつまでも撫でていたいその手触りを存分に堪能して幸せ気分をチャージしてから、大きくひとつ頷きます。
「よっし、セフィリアさん! わたし手伝いますよ〜!」
「ふふふ、ありがとう♪ でも大丈夫よ。ミホシちゃんが手伝ってくれたから」
「なんと?!」
毎朝のようにしているお手伝いなのに年下の少女に先を越されるとはなんたる不覚か! なんてことは思わずに、ぎゅ〜っと美星を抱きしめました。
「お手伝いとか美星ちゃん偉すぎる〜! 可愛い上に働き者とか、将来有望すぎ〜!」
「ふぐぅ」
唐突に猛烈な力で抱きしめられて、美星の口から変な息が漏れました。結構な力がかかっているのか、全く身動きが取れないようです。
「ひ、瞳さん……くるしい、です」
「あっ、ごめんね〜」
これまたちょうどいいサイズ感でジャストフィットして素晴らしい抱き心地だったので、少しだけ我を忘れてしまいました。
パッと放してから、瞳はとある重大なことに気がつきます。
「美星ちゃん、今初めてわたしのこと名前で呼んでくれたよね〜?!」
「……そう、ですね」
たったそれだけのことなのに、何をそんなに騒いでいるのかよくわかりませんが、瞳にとっては名前で呼び合うことには大切な意味があるのかもしれません。
「美星ちゃん、もう一回!」
「……何がです?」
「わたしの名前! もう一回呼んでみて!」
そんな風に言われるとなんだか呼びづらくなってくる美星でしたが、恥ずかしそうに口をモゴモゴとしてから、
「…………瞳さん?」
「きゃ〜!」
謎の雄叫びをあげる瞳。朝から変なテンションです。昨日のパジャマパーティーを未だに引きずっているのかもしれません。
相変わらず中身は子供な瞳なのでした。
「こんな妹が欲しかったな〜!」
また勝手に盛り上がり始めた瞳はさらに要求しました。
「『瞳さん』もいいんだけど、ちょっと『お姉ちゃん』って呼んでみてくれない〜?」
「……いやです」
「なにゆえ?!」
「なんとなく、です」
あまりにもグイグイくるものだから、さすがに美星も怯んでしまったようです。
しょ〜がない、瞳さんで満足しておくか、と反省(?)しつつ、落ち着きを取り戻して、乱れた服装を整えました。
軽く咳払いをして、気持ちを切り替えて、お仕事モードです。
が、その前に朝食タイム。腹が減ってはなんとやら、というやつです。
三人でテーブルについて、すでに用意してある朝食を前に瞳は質問しました。
「セフィリアさん、えっと、美星ちゃんは……?」
どういう聞き方をすればいいのかわからなくなる瞳でしたが、そこは大人なセフィリアです。なにを言いたいのかバッチリ汲み取ってくれました。
「ご両親なら今日中にはお迎えに来るそうよ。それまでは昨日と同じように目の届く範囲で自由に過ごしてもらうって感じかしら」
「なるほど〜」
いつの間にそんな連絡を取り合っているのかさっぱりでしたが、とにかく美星のご両親は今日お迎えに来るそうです。
であるならば、昨日と同じように自由に過ごすと言っても、すぐに合流できるようにあまり遠くに出かけるようなことはしないほうがいいでしょう。
「美星ちゃん、今日はなにしよっか〜?」
「…………んー」
美星は首を傾げてしまいました。ご両親が連れてきただけだから、明確な目的がないのでしょう。
思えば昨日の観光も、瞳が行きたいところに連れて回っただけでしたし。
「そうだ〜!」
これは名案! と瞳は声をあげました。
「美星ちゃん、もしよかったらもっとお手伝いしてみない〜?」
「……もっと、です?」
「あい〜! お店のことを手伝ってほしいの。もちろん美星ちゃんでもできることをお願いするよ〜?」
勝手に瞳がそんなことを決定する権利はありません。なにせここ《ヌヌ工房》を取り仕切っているのはヌヌ店長とセフィリアです。
許可が出ない限りは、
「ふふふ♪ それはとってもいいアイデアね♪ ヌヌ店長も良いって言ってるわ」
出ちゃいました。許可。あっさりと。
相変わらずのステルスでいつの間にかいたヌヌ店長も、素人目では絶対にわからない角度で頷いていました。
「美星ちゃん、どうかな〜? きっと楽しいよ〜!」
「…………」
ちょっとだけ考えた美星は、頷きました。
《ヌヌ工房》での職場体験、決定です。
お元気ですか? わたしは元気です。
美星ちゃんという地球から観光に来た女の子とお友達になりました。
ご両親といらっしゃったそうなんですけど、そのご両親はなにやら訳ありで別行動をしているそうです。その関係で、うちでいったん預かることになったんです。
美星ちゃんは「デート中」って言ってましたけど、セフィリアさんが言うには違うみたいな感じがしていて、なんだかちょっぴり心配です。
でもでも、昨日はとっても楽しかったんですよ!
美星ちゃんをいろんなところに案内しました。途中でお友達とも合流して一緒に森の観光案内したんです!
日々のお散歩がこんなところで役に立つなんて思いませんでした。
お泊まりなんかもして、夢だったパジャマパーティーも叶って、夏休みバンザイって感じです。
それからリスという動物の小物をもらいました。この森ではフクロウが守り神として言い伝えられているそうなんですけど、リスも守り神として言い伝えられているんだとか。
フクロウとは違った愛らしさがあって、実物を見てみたいです。もふもふしているらしいですよ!
ヌヌ店長とどっちがもふもふしてるんでしょうね?
夏休みはまだまだありますけど、そんなことを言っていたらあっという間に過ぎてしまいますよね。まさに昨日みたいに。
長いようで短い一日だったな。
後悔のないように、毎日精一杯頑張れたらなって思います!
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳――3023.8.10
***
地球から夏休みの観光でやってきた女の子、美星を一時預かることになった《ヌヌ工房》の朝は、いつもよりちょっぴり慌ただしい様子から始まりました。
「……はれ?」
自分の置かれた状況がすぐに理解できなくて、キョトンとした顔をする女の子が一人。
寝癖なのか癖っ毛なのかわからない、花火のように跳ねた焦げ茶の髪の毛。くりくりの目は寝起きにもかかわらずパッチリと開いて、目の前の光景を写し込んでいました。
女の子の名前は森井瞳。ほわわんとした雰囲気ののんびり屋さんな女の子です。
目の前に映る光景が、毎朝見るものとはちょっぴり違くて困惑気味でしたが、すぐ思い至りました。
「そっか、わたしセフィリアさんの部屋で寝たんだっけ」
呟いてから、昨日の夜のパジャマパーティーの出来事を思い出しました。とっても楽しくて、とっても美味しい時間でした。
そして、今現在セフィリアの部屋には自分一人しかいないことに気づきます。
ひっくり返って座禅を組んでいる場合ではないと、急いで3階の自室に駆け上がって、いつもの手紙を送信してから若葉色したエプロンドレス調の制服に着替えます。
「お、おはようございます〜!」
ばっちり着替えて1階へ降りると、タイミングよく朝食の準備がされていました。とってもいい香りが漂ってきて、空腹感を刺激されてしまいます。
夏休み期間は大変ですから、朝はしっかり食べないと最後まで持ちません。
「ふふふ♪ おはよう瞳ちゃん」
朗らかな天使のように笑う女性が瞳の挨拶にしっかりとお返事。
瞳と同じく若葉色したエプロンドレス調の制服に身を包み、薄緑の長髪を緩く編んだ、先輩でもあり師匠でもあるセフィリアです。
いつもならばこの二人での朝食となりますが、今日はさらに一人追加です。
「……おはようございます、です」
控えめに挨拶をしてくれたのは、幼い声。
地球から観光にやってきた、おとなしくて賢い、少し人見知りな女の子、美星です。
真っ黒な細くてサラサラな髪の毛は綺麗に整えられていて、昨日はなかった赤いリボンが付いています。きっとセフィリアがおめかししてくれたのでしょう。とっても似合っていました。
「美星ちゃんおはよう〜。リボン可愛いね〜」
「…………」
瞳がそう口に出すと、白いほっぺたを真っ赤に染めて俯いてしまいました。恥ずかしいようです。
そんな仕草も可愛いな〜、なんて思いながら、瞳は優しく形のいい頭を撫でてあげました。いつまでも撫でていたいその手触りを存分に堪能して幸せ気分をチャージしてから、大きくひとつ頷きます。
「よっし、セフィリアさん! わたし手伝いますよ〜!」
「ふふふ、ありがとう♪ でも大丈夫よ。ミホシちゃんが手伝ってくれたから」
「なんと?!」
毎朝のようにしているお手伝いなのに年下の少女に先を越されるとはなんたる不覚か! なんてことは思わずに、ぎゅ〜っと美星を抱きしめました。
「お手伝いとか美星ちゃん偉すぎる〜! 可愛い上に働き者とか、将来有望すぎ〜!」
「ふぐぅ」
唐突に猛烈な力で抱きしめられて、美星の口から変な息が漏れました。結構な力がかかっているのか、全く身動きが取れないようです。
「ひ、瞳さん……くるしい、です」
「あっ、ごめんね〜」
これまたちょうどいいサイズ感でジャストフィットして素晴らしい抱き心地だったので、少しだけ我を忘れてしまいました。
パッと放してから、瞳はとある重大なことに気がつきます。
「美星ちゃん、今初めてわたしのこと名前で呼んでくれたよね〜?!」
「……そう、ですね」
たったそれだけのことなのに、何をそんなに騒いでいるのかよくわかりませんが、瞳にとっては名前で呼び合うことには大切な意味があるのかもしれません。
「美星ちゃん、もう一回!」
「……何がです?」
「わたしの名前! もう一回呼んでみて!」
そんな風に言われるとなんだか呼びづらくなってくる美星でしたが、恥ずかしそうに口をモゴモゴとしてから、
「…………瞳さん?」
「きゃ〜!」
謎の雄叫びをあげる瞳。朝から変なテンションです。昨日のパジャマパーティーを未だに引きずっているのかもしれません。
相変わらず中身は子供な瞳なのでした。
「こんな妹が欲しかったな〜!」
また勝手に盛り上がり始めた瞳はさらに要求しました。
「『瞳さん』もいいんだけど、ちょっと『お姉ちゃん』って呼んでみてくれない〜?」
「……いやです」
「なにゆえ?!」
「なんとなく、です」
あまりにもグイグイくるものだから、さすがに美星も怯んでしまったようです。
しょ〜がない、瞳さんで満足しておくか、と反省(?)しつつ、落ち着きを取り戻して、乱れた服装を整えました。
軽く咳払いをして、気持ちを切り替えて、お仕事モードです。
が、その前に朝食タイム。腹が減ってはなんとやら、というやつです。
三人でテーブルについて、すでに用意してある朝食を前に瞳は質問しました。
「セフィリアさん、えっと、美星ちゃんは……?」
どういう聞き方をすればいいのかわからなくなる瞳でしたが、そこは大人なセフィリアです。なにを言いたいのかバッチリ汲み取ってくれました。
「ご両親なら今日中にはお迎えに来るそうよ。それまでは昨日と同じように目の届く範囲で自由に過ごしてもらうって感じかしら」
「なるほど〜」
いつの間にそんな連絡を取り合っているのかさっぱりでしたが、とにかく美星のご両親は今日お迎えに来るそうです。
であるならば、昨日と同じように自由に過ごすと言っても、すぐに合流できるようにあまり遠くに出かけるようなことはしないほうがいいでしょう。
「美星ちゃん、今日はなにしよっか〜?」
「…………んー」
美星は首を傾げてしまいました。ご両親が連れてきただけだから、明確な目的がないのでしょう。
思えば昨日の観光も、瞳が行きたいところに連れて回っただけでしたし。
「そうだ〜!」
これは名案! と瞳は声をあげました。
「美星ちゃん、もしよかったらもっとお手伝いしてみない〜?」
「……もっと、です?」
「あい〜! お店のことを手伝ってほしいの。もちろん美星ちゃんでもできることをお願いするよ〜?」
勝手に瞳がそんなことを決定する権利はありません。なにせここ《ヌヌ工房》を取り仕切っているのはヌヌ店長とセフィリアです。
許可が出ない限りは、
「ふふふ♪ それはとってもいいアイデアね♪ ヌヌ店長も良いって言ってるわ」
出ちゃいました。許可。あっさりと。
相変わらずのステルスでいつの間にかいたヌヌ店長も、素人目では絶対にわからない角度で頷いていました。
「美星ちゃん、どうかな〜? きっと楽しいよ〜!」
「…………」
ちょっとだけ考えた美星は、頷きました。
《ヌヌ工房》での職場体験、決定です。
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