ユズリハあのね

鶴亀七八

「陶芸教室」

 ヒーナの提案により陶芸教室が開かれることになりました。

 ただでさえ夏休み期間で忙しいにも関わらずお願いを聞き入れてくれて、なんとか教室を開く場所を確保してもらいました。

 わがままを聞いてもらったので、あとで差し入れでも持ってこうと瞳は思いました。

「こちらの都合でロクロはひとつしか用意できなかったので、誰か一人ってことになるッスけど……どうするッスか?」

 ヒーナが聞きました。

 轆轤ろくろとは、クルクルと回る台のことで、この上に粘土を乗せて、手を使って形を整えていくのが陶芸です。

 もちろん轆轤がなくても陶芸はできますが、綺麗に作りたいのであればこれを欠かすことはできません。

 ちなみに自動で回転するタイプもあるのですが、目の前にあるのは手でえっちらおっちらと回すタイプ。

 少し大変ですが、回し過ぎて乗せた粘土が暴走する心配もありません。瞳ならばやりかねないので、これなら安心。

「僕は遠慮しておくよ。森井さんかミホシちゃんに」

 レディーファーストで爽やかに辞退するイケメンのヒジリ。見ているだけになってしまいますが、見ているだけでも不思議と面白いのが陶芸なので、ヒジリは気にしません。

「……わたしも、いいです」

 次いで美星も遠慮しました。

 それもそうでしょう。ここへ来た理由と、隣で鼻息を荒くしている瞳を見たら、空気が読めない人でも空気を読むというものです。

「じゃ、じゃあわたし?! わたしがやっていいの~?!」
「どうぞどうぞ」
「です」
「じゃあ遠慮なく~!」

 眩しいくらい満面の笑みを浮かべて嬉しそうです。その笑顔を見れるだけで、ヒジリも美星も満足でした。

 晴れて陶芸をやることになった瞳は、握りこぶしを作ってやる気に満ち溢れています。

「まずはこれを着てほしいッス」

 と言ってヒーナが差し出したのは茶色いエプロン。とても使い古されていて、おじいちゃんのような年季を感じます。言い方にこだわらなければ、小汚いです。でもちゃんと洗ってあるので、清潔でした。

「扱うのは粘土なんで、汚れないようにッス」

 瞳は《ヌヌ工房》からそのままの格好で出てきていますから、若葉色の制服のまま。大切に着ているので綺麗な状態ですが、ここで汚してしまっては台無しです。

 言われた通りエプロンをつけると、だんだんと気分も乗ってきて、瞳の心は高鳴ります。

「それで、陶芸ってなにをどうすればいいの~?」

 先ほどお客さんのを盗み見たのが生まれて初めてだったので、陶芸というものをよくわかっていません。

 瞳の質問に、ヒーナはよく練ってある滑らかな粘土を取り出して答えました。

「こいつを好きな形にするッス! それでもう立派な陶芸ッスよ!」
「お~!」

 無駄に感動して拍手なんかをし始める瞳でしたが、いくらなんでも説明が大雑把過ぎました。

 もちろん、その道を行くヒーナもわかっているので、説明を続けます。

「いきなり本格的にやるのは難しいッスから、初心者でもできちゃう簡単な方法で行きましょう! ヒーナが指示するので、その通りにしてくださいッス」
「あ~い、わかった~!」

 教えてくれる人が年下でも、陶芸に関しては先生です。素直に先生の言葉に手を挙げて答えました。

「今回はお茶碗を作ろうと思うッス! まずは底の部分の大きさだけ粘土をちぎって、台の真ん中におくッス」
「あい~」
「少し多めでお願いするッス」

 瞳は言われた通り、脳内にあるお茶碗のイメージから底の部分を思い出し、少し多めに粘土をちぎって台の真ん中に置きました。

「こんなに滑らかな粘土さわったことないよ~。なんか気持ちいいね~」
「この素晴らしさがわかるなんて、瞳さん才能あるッスね!」

 でへへ~……と照れくさそうに瞳は笑いました。

「それが土台になるッスからしっかり押し付けて……、次にこれを使うッス!」

 瞳が粘土を轆轤にペタペタと押し付けている間にヒーナはアイスピックのような金属の棒を取り出しました。

「それ、どうするの~?」
「ロクロを回して、余計な部分をこれで切ってきれいな円にするんスよ!」

 お茶碗はまるいもので、その土台を作っているわけですから、ここは大切なところだと、瞳も木工の修行で培った感覚から理解しました。

「ヒーナがロクロを回すので、慎重にッスよ」
「あい……!」

 轆轤をクルクルと回し始めるヒーナ。

 ヒーナのアドバイス通り、鉄の棒がブレないように力を込めながら、回転する粘土に切り込みを入れるようにゆっくりと差し込みました。

 粘土は回転しているので、差し込むだけでどんどん切れていき、すぐに轆轤をガリガリと削る音が聞こえました。

「おっけッス!」
「ふへ~……」

 ブレないように力を入れろとは言われていましたが、必要以上に力を込めていました。何事も初めては緊張するもので、いったん肺の空気と気持ちを入れ替えます。

 粘土の切れ端を回収して、

「そしたら次は、粘土をこれくらいの太さになるまで細長くして、土台の外周にそって置いてくッス。んで、それをどんどん重ねていくッス!」

 指でオッケーサインを作って「これくらい」を示しました。具体的には1.5cmくらいでしょうか。

 それからヒーナは粘土の塊から手のひらサイズほどの大きさを、糸を使って切り取り、瞳に手渡します。

 受け取った瞳は両手をすり合わせるようにして細長くしていき、両手では幅が足りなくなってきたら机に置いて前後にコロコロと転がして、みるみるうちに細長くなっていきます。

「太さがなるべく均等になるようにするッス」
「あい~!」

 出来上がったそれを土台の縁に沿って置いていきますが、長すぎて余ってしまいました。

「余ったぶんは、こうやって切っちゃうッス」

 スパッと糸で切断するのは見ていて気持ちのいいものです。

 ヒーナが余分な粘土を切ってちょうどいい長さになったので、端と端を合体。それから外側と内側の継ぎ目を指で撫でてくっつけます。

 最後に轆轤をクルクルーっと回しながら指で撫でて、滑らかな仕上がりに。

 現状では分厚いおちょこのような感じになりました。

「これを3段くらい続けて重ねてくッス」
「まっかせて~!」

 まるで3Dプリンターのようだな、などと思いつつ、先生ヒーナの指示に従って段々と重ね、逆三角形の湯飲みのような形になりました。

「これからが本番ッスよー! いよいよロクロが大活躍するッス!」
「ぃよ~! 待ってました~!」

 ぱちぱちぱち、と盛大に盛り上げるヒーナに乗っかって拍手。ちゃっかりヒジリと美星も拍手していました。

「このままだと分厚い湯飲みになっちゃうッスから、こいつを使って口を広げていくッス」

 ヒーナが勢いよく取り出したるは、伝説の剣!

 ではなく、細長い木の板でした。先っぽは程よく丸まっています。

 瞳は見慣れているそれの先端を水で湿らせると、轆轤を勢いよく回し始め、木の板を粘土の口の中に差し込みました。

「こんな感じで、木の板で慎重に口を開いていくッス」

 しゃりしゃりしゃり、と木の板と粘土が擦れる音を響かせて、ほんの僅かに口が広がりました。

 お手本を見て、瞳はフムフムと頷きました。これを同じように続けていけば、最終的には厚みもちょうどいいお茶碗のような形になるのです。

 木の板を受け取り、続きは瞳の仕事。

 そっと木の板を若干開いて入れやすくなった口に差し込こんで、ゆっくりと粘土の内側に接触させました。

 しゃりしゃりしゃり。

 しゃりしゃりしゃり。

 むずむず……。

「……っくちゅん」

 顔にかかってきた髪が鼻をくすぐってきて、可愛らしいくしゃみが出てしまいました。

 もちろん手元も勢いで狂ってしまって。

「わ! わ! わ!」
「ほいッス!」

 大慌てする瞳でしたが、ヒーナがサッと轆轤を止め、瞳の手を掴んで木の板を素早く引き抜きました。

 ヒーナのナイスフォローのおかげで事なきを得ましたが、さすがに無傷というわけにもいかず、せっかくいい感じに出来てきていたお茶碗が少し変形してしまいました。

 せっかくここまではうまくいっていたのに。

「ご、ごめんヒーナちゃん~……」

 やらかしてしまって、申し訳なさそうな声を上げる瞳でしたが、ヒーナはあっけらかんと笑います。

「いやいや大丈夫ッス! これくらいは日常茶飯事ってやつですし、これならじゅうぶん修正できるッスから!」
「え、ほんと~?!」
「ほんとッス。ヒーナに任せてほしいッス」

 ヒーナは小さな胸を自信いっぱいに叩いて、胸を張りました。その言葉を信じて、託します。

「ちょっとしたミスが致命的な問題になる木工とかと違って、陶芸は修正もやり直しもきくッスから」
「あ、そっか~」

 木工を学んでいるがゆえに、瞳は失敗を嫌って慎重になっていましたが、木工と陶芸は違うという当たり前のことに遅ればせながら気づきました。

 瞳は木工の修行で小さなミスをしてたくさんの材料を無駄にしてきました。それでも無駄にならないように別の物に作り直したりはしましたが、それでは全くの別物になってしまいます。

 予定していたものが作れないようでは、一人前の職人にはなれません。

 木工と比べると、陶芸とは実にエコな伝統芸能といえるでしょう。

「ここを、こんな感じで……どッスか!」
「お~すごい! 元どおりになってる~!」

 ヒーナの小さな神の手が、歪んでしまった瞳の作品を見事に復活させました。お見事の一言です。

「さぁ瞳さん! もうちょっとで完成ッスよ! ガンバッス!」
「森井さんファイトだよ」
「……です」
「お~!」

 観客からも嬉しい声援があって、残りの作業は実に順調に進みました。

 ヒーナのアドバイスが的確で、瞳も日々の修行で指先の器用さはなかなかのものになっていました。

 フチの部分も糸で削り、湿った布で整えれば……。

「これで完成ッス!」
「で~きた~! やった~!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いでヒーナに抱きつこうとして、手が泥んこになっているのを思い出し、ギリギリで踏みとどまりました。あぶないあぶない。

「これはヒーナが責任をもって焼成してお届けするッス」
「楽しみが増えちゃった~! えへへ……」

 自分が丹精込めて作り上げたお茶碗を見つめて、ほんにゃりと笑う瞳。

 ぽあぽあとした空気は、周りにいる人も自然と和ませてくれて、初めての陶芸教室は終わりを迎えました。

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