ユズリハあのね

鶴亀七八

「八百屋さんのお手伝い」

 長身で銀髪の爽やかなイケメン――ヒジリのツテによる裏ルートで、瞳の大好物であるそばサンドをあっという間に手に入れることができました。

 その代わりと言ってはなんですが、ヒジリは昼食への同席を申し出てきて、瞳はそれを快諾。もとより断る理由もなければ、つもりもありません。

 瞳は普通に言われても、やはり断ることなく「一緒に食べましょう~!」と言ったことでしょう。

 そんなこんなで、瞳、美星の散策ついでの観光にヒジリが加わり、見事な川の字が出来上がりました。

 体の小さな美星を挟み、美味しそうにそばサンドを頬張りながら、腰を落ち着けられそうな場所を探しています。

 どこもかしこも観光客が座っていて、休憩できそうな場所がないのです。そういう意味でも、立ちながらでも食べられるそばサンドを選択したのは正解でした。

「美星ちゃん、お口にソースついてるよ~。取ってあげる~」
「んぅ~……」

 瞳はしゃがみこんで、美星の小さな口の端っこについた茶色いソースを優しく拭ってあげました。むきゅ~っと目を瞑ってされるがままになる美星の表情を見て瞳は、可愛いなぁと頬を緩めました。

 ちゃっかりほっぺたの柔らかさを堪能して、座れそうな場所を探します。このままでは座る前にそばサンドが無くなりそうです。ヒジリに至ってはすでに無くなっています。

 やっぱり男の子は食べるのが早いです。

「うーん、困ったね。全然見つからないや」
「だね~」

 そばサンドを食べ終えて身軽になったヒジリが言いながら辺りを見回して、瞳が応じます。

 この地で生まれ育った彼でも座れそうな場所を見つけることはできません。

 最悪、地面に腰を下ろしてしまおうかとも考えた彼ですが、女の子二人にそのような真似をさせるわけにはいかないと、発言はしませんでした。

 地面から顔を出した大きな根っこなどがあればまだマシだったのですが、それらも全て誰かのお尻が占領しています。

 そうこうしているうちに、とうとう瞳もそばサンドを食べ終えてしまいました。美星も半分以上を平らげているので、完食は時間の問題でしょう。

 その時でした。元気なおばさんの声が聞こえてきたのは。

「あぁら瞳ちゃんじゃないの! なんだか久しぶりねー!」
「あ~! 八百屋のおばさん~! お久しぶりです~!」

 強力なパーマがかかった、福耳が印象的なおばさんでした。瞳が言ったとおり八百屋を営んでいて、食材の購入にはよく利用しています。

 世間話もよくしていて、すっかり顔見知りでお得意様となっていました。おまけもたくさんしてくれるオカン的なおばさんです。

 あちこち歩き回っているうちに、いつの間にか八百屋のところにいたようです。

「最近はどーお? やっばり忙しいのかしら?」
「そうですね~。毎日お客さんがたくさん来てくれて大忙しですよ~」
「セフィリアさんも有名だからねぇ! 腕もいいし礼儀正しいし、なにより美人だしねぇ! あたしも昔はあんなだったわー!」
「今でも充分おキレイですよ~」
「あんらま、嬉しいこと言ってくれるじゃないの! それに比べてウチの旦那ときたら……」

 そのとき、お店の奥からえっちらおっちら、危なっかしい足取りで大きな箱をふたつ同時に抱えたおじさんが現れました。おばさんの旦那さんです。

 おばさんと比べると少しばかり手足は細く、どう見ても尻に敷かれている感じがします。箱の重さに軽く息を切らしていて、今にも落としそうでした。

 大きな箱とは商品のことで、八百屋さんなので当然、野菜やら果物やらが入っているはずです。中身がわからなくてもおじさんの様子だけで、それは重いとすぐにわかります。

 バランスを崩しかけたおじさんを見かねて、反射的に瞳は駆け寄りました。

「あわわ、手伝いますよ~!」

 積み重ねられた箱を上から取ろうとして、想像以上の重さに「ありゃ?」とクリクリな目を丸くします。持ち上がりませんでした。

 日々の修行で、【地球シンアース】にいた頃よりは明らかに力もついたはずでしたが、やっぱり瞳は女の子でした。

 箱の重さに戸惑っていると、唐突に、ヒョイと全ての箱がおじさんの手から離れました。落としたわけではありません。

「僕もお手伝いします」

 軽々と箱を横から持ち上げてみせたのは、ヒジリでした。彼は《鍛冶屋》で修行しているので、とっても力持ちでした。おじさんがあれだけ苦労していた箱をこうもあっさりと、そして爽やかに運んでみせます。

 おじさんは申し訳なさそうな顔をして、小さく頭を下げます。

「悪いねぇ……」
「いえ、むしろ手を貸すのが遅くなって申し訳ないくらいですよ」

 イケメンはイケメンらしく、白い歯を見せて純度100%の善意を見せてくれます。誇ることもなく、嫌な顔もひとつせず、荷物を運んでくれます。

「これはどこに?」
「そこの棚のそばに置いておくれ……」
「わかりました」

 まるで空箱を運んでいるかのような身のこなしで動く彼を見て、瞳は「ほえ~」と驚きを声に乗せていました。

「すごいね~美星ちゃん。アレ、すっごく重かったんだよ~」
「そうなんです?」

 ちょうどそばサンドを食べ終えた美星が、首をちょこんと傾げます。はたから見ているだけだったら、確かに軽そうに見えますが、持ち上げようとした瞳にはその重さがわかります。

「あれくらい出来て当然さね。ウチの旦那が情けないのさ」
「当然なんですか~?!」
「いやいや! 八百屋をやってたらってこと!」
「な~んだ……ビックリです~」

 瞳は胸をなでおろしました。ひとつも持ち上がらなかった自分は、情けないと言われているおじさんよりも情けないことになってしまうところでした。

 瞳は力になれそうもなかったので、ヒジリが他の荷運びを手伝っているあいだ、おばさんが聞いてきました。

「ところで、この可愛らしいお嬢ちゃんはどうしたんだい?」

 それは当たり前の疑問でした。

 お得意様の女の子が見ず知らずの少女を引き連れているのですからそれは気になるというものです。

「この子は美星ちゃんと言ってですね~、ちょっと訳あって預かってるんです」
「へぇ、お店の方は大丈夫なのかい? 今の時期は忙しいだろうに」
「わたしもそう言ったんですけど、『大丈夫だから森を案内でもしてきたら?』って」

 きっと今頃はたくさんのお客さんを迎えて、いつものようにニコニコと天使のように笑いながら接客をしているでしょう。

 それに、フクロウのヌヌ店長も一緒です。瞳は見たことはありませんが、レジ打ちなどはできるそうなので、いざとなれば手伝ってくれるはずです。

 おばさんはきっと、瞳の言う「訳あって預かっている」その理由が気になってしょうがなかったのでしょうが、聞くのは我慢しました。

 代わりにしゃがみこんで、

「何か気になるものでもあったかい?」

 と、美星に聞きました。美星が無表情ながらも八百屋さんの商品をじっと見つめていたことに気づいたからです。

「…………」

 おやおや。

 意外と人見知りをするタイプだったようで、瞳の陰に半身を隠してしまいます。瞳には不思議と懐いているようです。

「美星ちゃん~? 大丈夫だよ~、おばさんはとってもいい人だから~!」
「そうよぉ? 瞳ちゃんのお墨付きをもらった、とってもいいおばさんよ!」

 おばさんもセフィリアに負けじと満面の笑みを浮かべます。特徴的な福耳も相まって、微笑むお地蔵さんのようでした。

 悪い要素なんて欠片もありません。

「……あれ」
「ん?」

 少し警戒心を解いた美星は、とある商品を指差しました。

「あれは、なんです?」
「お嬢ちゃん、目の付け所が素晴らしいねぇ! こりゃあ将来有望だよ!」

 おばさんは大げさなリアクションで美星を褒め称えます。

「あれはユグードの特産品の『森ぶどう』ってんだよ」
「森ぶどうです……? 山ぶどうとか海ぶどうとかじゃなくてです?」

 おばさんが胸を張って自信満々に豪語する「森ぶどう」とは、ユグードに生える木々のように、とっても大きいぶどうでした。一粒がみかんほど大きく、それが一房もまとまっていたらそれはそれは重いことでしょう。

 その大きさゆえ、一房ではなく一粒で売っているようですが、もちろん一房で買うこともできます。

 黄金色に輝く果肉は採れたてで瑞々しく、きっと甘~いに違いありません。

「試食してみるかい?」
「……いいんです?」
「もちろんさ! ちょっと待ってな!」

 おばさんは果物ナイフを取り出して、売り物のひとつを手に取ると、手慣れた様子で一口サイズに切り分けました。

 刃を通したそばから滴る果汁が、どれほどの水分を含んでいるのかをこれ見よがしに主張していました。

 美星はおっかなびっくり受け取って、そっと口に含みました。すると、無表情だった顔がほんの少し驚きに目を見開きます。

「おいひ……です」
「はははっ! そりゃあよかった!」
「おばさん~! わたしも食べたい~!」
「はいはい、今切ってあげるからちょっと待ってな!」

 美星が美味しそうに食べているところをみて、瞳も小腹を刺激されてしまいました。先ほどそばサンドを食べたばかりだと言うのに、食いしん坊な瞳です。

 おばさんも美味しそうに食べてくれるが嬉しいのか、上機嫌です。

「そっちのお兄ちゃんも、どうだい?」
「はい、いただきます」

 荷物運びを手伝っているヒジリが清涼感たっぷりのスマイルを浮かべながら返事。彼が店番をしたら、女性客が吸い寄せられるかのようにやってくることでしょう。

「ん~! おいし~い!」
「これは……おいしいですね!」

 荷物を運び終えたヒジリと瞳が、切り分けられた森ぶどうを頬張り、舌鼓を打ちました。

 そうこうしていると、八百屋の周りが徐々にざわめき始めました。

「なにかしら?」「おいしそー!」「あの子ちっちゃくてかわいい!」「ちょーイケメンがいる!」

 周囲にいた観光客が続々と集まり始めていたのです。食べたいだのおいしいだのと大声で言ってれば、良い宣伝です。

「こりゃあ驚いた! あんたたち、悪いんだけどちょっくら手伝っちゃくれないかい?」
「は、あい~!」
「わかりました」
「…………(コクリ)」

 おばさんの言葉に三者三様の返事をしました。

 まさか本格的に八百屋の手伝いをするとは思っていなかった一行でした。

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