ユズリハあのね
「グラスアート体験会」
――前略。
今日はヒカリちゃんからお誘いを受けまして、わたしからガラス工房の方へ遊びに行くことになりました。
せっかくだからと、ヒカリちゃんが学んでいるグラスアートの体験会を開いてくれるそうです。
普段ヒカリちゃんがどんなことをしているのか知れるまたとない機会なので、楽しんできたいと思います。
わたしも、初めてのお給料で買った白鳥やイルカさんみたいな、思わず手に取ってしまうかわいい感じのを作れるように頑張りたいです。
いきなりそこまで求めるのは、やっぱり難しいですかね?
それでは、またメールします。
草々。
森井瞳――3023.7.13
***
火華裡が修行しているガラス工房は、横倒しになった巨木の幹をくり抜いて作られているため、とっても広く、大きいです。
適当にぶらついていても、いずれはガラス工房にぶち当たるような大きさを誇っているので、当たり前のように森の中心的な存在となっていました。
道案内などをするときも、その名前がひっきりなしに出てくるほどです。
そのお店の前で立ち尽くしていた瞳は、改めて巨木の大きさに度肝を抜かれていました。
扉を押し開けると、ガラス工房らしく、澄み切った清涼の風が如く、チリンチリンとドアベルがお出迎え。
とってもいい音です。
「やっほ~ヒカリちゃん。遊びに来たよ~」
「ヤッホー、来たわね瞳。待ってたわよ」
水色の髪を側頭部で輪っかに結った女の子、火華裡も出迎えてくれました。
お店に入ってきたお友達を見て、火華裡は安心したように言います。
「あんたのことだから、余裕で遅刻してくるんじゃないかってヒヤヒヤしてたところだわ」
「そ、そんなことないよ~? ふひゅうるるぅ~……」
「ちゃんと目を見て言いなさいな」
ヘタクソな口笛でごまかそうとしても、明後日の方向を向いても、バレバレです。隠し事が下手すぎる瞳でした。
実は道中で、瞳のステキ発見レーダーがビンビンに働いてしまって、難しくもない道のりが一気に困難になっていたのです。
そうなることを見越してかなり早い時間に出たのですが、結局着いた時間は予定ピッタリ。
行き当たりばったりな人生を全力で謳歌していました。
「さて、どうする? 見学する? それともさっそく体験してみる?」
「する~! 体験!」
瞳は即答しました。火華裡からお誘いを受けた時点で、楽しみで仕方がなかったのです。遠足前の子供のように、ソワソワしてなかなか寝付けなかったほどでした。
「はいよ。じゃ、こっちきて」
火華裡の案内で店内の奥へ。
そこには等間隔でいくつものテーブルが置かれていて、一つ一つに細長い銀色の小さな筒が立てるように置いてありました。さらに、今回体験させてもらうガラス細工に必要な色とりどりの材料も置いてあります。
他にも何人か人がいて、瞳と同じくグラスアートを体験している人であったり、一人で練習している人がいます。
楽しそうにしていたり、慌てていたり、真剣だったり、実に色々な表情が見られます。
「ほへ~……人気あるんだね~」
グラスアートに精を出している人々を眺めて、瞳がポツリと呟きます。
いちおう《ヌヌ工房》にも体験会は存在しますが、木工を体験しようという人はほぼ皆無です。お店に買いに来てくれる人がいるだけマシというものでしょうか。
木工を学ぶためにわざわざ【緑星】まで来た瞳にとってはこれが不思議でしょうがありません。こんなにも楽しいのに。
「やっぱりガラス系は芸術品の花形だからね。見学や体験してみたいって人は結構いるのよ。簡単なやつは本当に簡単にできるしね」
「そうなんだ~」
「で、今日は初めてだから、あんたも簡単にできるやつを体験してもらうわ」
「りょ~か~い! よろしくね!」
どうして木工はあまり人気がないのかはさておいて、とにかく今はグラスアートの体験会です。
空いている席に座り、その隣に火華裡が教えるために控えます。
初めての経験ですので、ドキドキが隠せません。高まる気持ちが表情として溢れ出ていました。
わくわく! わくわく!
「……楽しみなのはわかったから、少し落ち着きなさいな」
「あうっ」
簡単に見抜かれてしまい、やさしーく手刀を脳天に喰らって、反省する瞳。
「じゃ、今回は『トンボ玉』を体験してもらうわ」
「お。前に見せてもらったやつだよね~? ヒカリちゃんの髪留めについてるやつ~」
「そうよ。また泣いたりしないでよね?」
「な、泣かないよ~」
「どうだかぁ」
火華裡はニヤリと笑います。
色と形がたまたま【地球】のようで故郷を思い出してしまい、流してしまった涙。
火華裡は全く気にしていませんでしたが、これでも瞳は恥ずかしい思い出として、記憶の引き出しに大切にしまってあります。
まさか今、中身をひっくり返されるとは思っていませんでした。
「それで、どうすればいいの〜?」
「まずはバーナーに火をつけます」
「ばーなー?」
「その銀色の筒のこと。先端から火が出るから、それでガラスを溶かすのよ」
「お〜」
火華裡が教えてくれる手順通り、マッチを擦ってバーナーに火を移します。たちまち真っ赤な炎が燃え上がり一気に目の前が明るく、そして熱くなりました。
「おおう!? なんかすっごい燃えてるぅ!? これ大丈夫なの〜?!」
「大丈夫よ。いい反応をどうも」
噴き出すように燃え上がる炎を前に慌てる瞳ですが、こちらはいたって冷静でした。さすがに、毎日向き合っているだけはあります。
「赤い炎は温度が低いから、こうやって――」
火華裡は銀色の筒をひねるように操作すると、真っ赤だった炎の色がみるみるうちに薄く変わっていきます。
「――空気の量を変えて、薄く、青い炎になるように調節するの」
マッチの火が約500〜600度。バーナーの火が高いところで1800度にもなりますから、その差は実に約3倍。暑いとか、熱いとか、そういうレベルを超えています。
だいたいの物なら、この温度で燃えます。
続いて火華裡は鮮やかな細長い棒を何本か取り出しました。
「なにそれきれ〜! 夢色の飴みたい〜!」
こっちが照れるからやめい、とお決まりのツッコミをして、説明を続けます。
「これがガラス棒でこっちが心棒。ガラス棒を溶かして、心棒に巻きつけるってわけね」
「ふむふむ……え、それだけ〜?」
「ええ、それだけ」
トンボ玉の作り方はこれだけです。なんと簡単なことでしょう。
もちろん、作った玉に模様を付けたり、こだわろうと思えばもう少し技術が必要になりますが、基本はこれだけ。
グラスアートの入門編としてこれほどふさわしいものはありません。
「ガラスが溶けると垂れてくるから、常に回転させて垂れないように気をつけなさい」
「わ、わかった〜……!」
瞳の言う「夢色の飴」の中から緑色のものを選び、そっと青い炎の中に差し込むと、先端から赤い火柱が立ち上りました。
そのまましばらく熱していると、ガラス棒がわずかに変色し始め、しだいに形がゆっくりと変わってきます。
すると、そのままデロ〜ンと垂れてきました。
「ちょっと瞳! 垂れてきてる! 回転させて!」
「ほあ〜! そうだった〜!」
さすがの火華裡も慌てたように指示を出し、注意事項を思い出した瞳はガラス棒を回転させて安定させます。
「ちょっと瞳! 顔が近い! 髪が燃える!」
「ほあぁっ!? あっぶない〜!」
まだ作り始める〝準備〟の段階にもかかわらず、この盛り上がりよう。
火華裡にとって、ちっとも気の休まらない時間が始まったのでした。
今日はヒカリちゃんからお誘いを受けまして、わたしからガラス工房の方へ遊びに行くことになりました。
せっかくだからと、ヒカリちゃんが学んでいるグラスアートの体験会を開いてくれるそうです。
普段ヒカリちゃんがどんなことをしているのか知れるまたとない機会なので、楽しんできたいと思います。
わたしも、初めてのお給料で買った白鳥やイルカさんみたいな、思わず手に取ってしまうかわいい感じのを作れるように頑張りたいです。
いきなりそこまで求めるのは、やっぱり難しいですかね?
それでは、またメールします。
草々。
森井瞳――3023.7.13
***
火華裡が修行しているガラス工房は、横倒しになった巨木の幹をくり抜いて作られているため、とっても広く、大きいです。
適当にぶらついていても、いずれはガラス工房にぶち当たるような大きさを誇っているので、当たり前のように森の中心的な存在となっていました。
道案内などをするときも、その名前がひっきりなしに出てくるほどです。
そのお店の前で立ち尽くしていた瞳は、改めて巨木の大きさに度肝を抜かれていました。
扉を押し開けると、ガラス工房らしく、澄み切った清涼の風が如く、チリンチリンとドアベルがお出迎え。
とってもいい音です。
「やっほ~ヒカリちゃん。遊びに来たよ~」
「ヤッホー、来たわね瞳。待ってたわよ」
水色の髪を側頭部で輪っかに結った女の子、火華裡も出迎えてくれました。
お店に入ってきたお友達を見て、火華裡は安心したように言います。
「あんたのことだから、余裕で遅刻してくるんじゃないかってヒヤヒヤしてたところだわ」
「そ、そんなことないよ~? ふひゅうるるぅ~……」
「ちゃんと目を見て言いなさいな」
ヘタクソな口笛でごまかそうとしても、明後日の方向を向いても、バレバレです。隠し事が下手すぎる瞳でした。
実は道中で、瞳のステキ発見レーダーがビンビンに働いてしまって、難しくもない道のりが一気に困難になっていたのです。
そうなることを見越してかなり早い時間に出たのですが、結局着いた時間は予定ピッタリ。
行き当たりばったりな人生を全力で謳歌していました。
「さて、どうする? 見学する? それともさっそく体験してみる?」
「する~! 体験!」
瞳は即答しました。火華裡からお誘いを受けた時点で、楽しみで仕方がなかったのです。遠足前の子供のように、ソワソワしてなかなか寝付けなかったほどでした。
「はいよ。じゃ、こっちきて」
火華裡の案内で店内の奥へ。
そこには等間隔でいくつものテーブルが置かれていて、一つ一つに細長い銀色の小さな筒が立てるように置いてありました。さらに、今回体験させてもらうガラス細工に必要な色とりどりの材料も置いてあります。
他にも何人か人がいて、瞳と同じくグラスアートを体験している人であったり、一人で練習している人がいます。
楽しそうにしていたり、慌てていたり、真剣だったり、実に色々な表情が見られます。
「ほへ~……人気あるんだね~」
グラスアートに精を出している人々を眺めて、瞳がポツリと呟きます。
いちおう《ヌヌ工房》にも体験会は存在しますが、木工を体験しようという人はほぼ皆無です。お店に買いに来てくれる人がいるだけマシというものでしょうか。
木工を学ぶためにわざわざ【緑星】まで来た瞳にとってはこれが不思議でしょうがありません。こんなにも楽しいのに。
「やっぱりガラス系は芸術品の花形だからね。見学や体験してみたいって人は結構いるのよ。簡単なやつは本当に簡単にできるしね」
「そうなんだ~」
「で、今日は初めてだから、あんたも簡単にできるやつを体験してもらうわ」
「りょ~か~い! よろしくね!」
どうして木工はあまり人気がないのかはさておいて、とにかく今はグラスアートの体験会です。
空いている席に座り、その隣に火華裡が教えるために控えます。
初めての経験ですので、ドキドキが隠せません。高まる気持ちが表情として溢れ出ていました。
わくわく! わくわく!
「……楽しみなのはわかったから、少し落ち着きなさいな」
「あうっ」
簡単に見抜かれてしまい、やさしーく手刀を脳天に喰らって、反省する瞳。
「じゃ、今回は『トンボ玉』を体験してもらうわ」
「お。前に見せてもらったやつだよね~? ヒカリちゃんの髪留めについてるやつ~」
「そうよ。また泣いたりしないでよね?」
「な、泣かないよ~」
「どうだかぁ」
火華裡はニヤリと笑います。
色と形がたまたま【地球】のようで故郷を思い出してしまい、流してしまった涙。
火華裡は全く気にしていませんでしたが、これでも瞳は恥ずかしい思い出として、記憶の引き出しに大切にしまってあります。
まさか今、中身をひっくり返されるとは思っていませんでした。
「それで、どうすればいいの〜?」
「まずはバーナーに火をつけます」
「ばーなー?」
「その銀色の筒のこと。先端から火が出るから、それでガラスを溶かすのよ」
「お〜」
火華裡が教えてくれる手順通り、マッチを擦ってバーナーに火を移します。たちまち真っ赤な炎が燃え上がり一気に目の前が明るく、そして熱くなりました。
「おおう!? なんかすっごい燃えてるぅ!? これ大丈夫なの〜?!」
「大丈夫よ。いい反応をどうも」
噴き出すように燃え上がる炎を前に慌てる瞳ですが、こちらはいたって冷静でした。さすがに、毎日向き合っているだけはあります。
「赤い炎は温度が低いから、こうやって――」
火華裡は銀色の筒をひねるように操作すると、真っ赤だった炎の色がみるみるうちに薄く変わっていきます。
「――空気の量を変えて、薄く、青い炎になるように調節するの」
マッチの火が約500〜600度。バーナーの火が高いところで1800度にもなりますから、その差は実に約3倍。暑いとか、熱いとか、そういうレベルを超えています。
だいたいの物なら、この温度で燃えます。
続いて火華裡は鮮やかな細長い棒を何本か取り出しました。
「なにそれきれ〜! 夢色の飴みたい〜!」
こっちが照れるからやめい、とお決まりのツッコミをして、説明を続けます。
「これがガラス棒でこっちが心棒。ガラス棒を溶かして、心棒に巻きつけるってわけね」
「ふむふむ……え、それだけ〜?」
「ええ、それだけ」
トンボ玉の作り方はこれだけです。なんと簡単なことでしょう。
もちろん、作った玉に模様を付けたり、こだわろうと思えばもう少し技術が必要になりますが、基本はこれだけ。
グラスアートの入門編としてこれほどふさわしいものはありません。
「ガラスが溶けると垂れてくるから、常に回転させて垂れないように気をつけなさい」
「わ、わかった〜……!」
瞳の言う「夢色の飴」の中から緑色のものを選び、そっと青い炎の中に差し込むと、先端から赤い火柱が立ち上りました。
そのまましばらく熱していると、ガラス棒がわずかに変色し始め、しだいに形がゆっくりと変わってきます。
すると、そのままデロ〜ンと垂れてきました。
「ちょっと瞳! 垂れてきてる! 回転させて!」
「ほあ〜! そうだった〜!」
さすがの火華裡も慌てたように指示を出し、注意事項を思い出した瞳はガラス棒を回転させて安定させます。
「ちょっと瞳! 顔が近い! 髪が燃える!」
「ほあぁっ!? あっぶない〜!」
まだ作り始める〝準備〟の段階にもかかわらず、この盛り上がりよう。
火華裡にとって、ちっとも気の休まらない時間が始まったのでした。
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