ユズリハあのね
「優しさと嬉しさ」
《ヌヌ工房》の三階に作られた部屋は必要最低限のものしか置いてありません。小綺麗というよりは、小ザッパリとした部屋という印象です。
時間を忘れるように、次から次へと言葉が壁に吸い込まれていきます。
瞳と火華裡。
二人の女の子が小さめの声で楽しくお喋りをしていたのです。
すると、ゆっくりと階段を登ってくる音が聞こえてきました。
まず間違いなく、セフィリアでしょう。他に登ってくる人に心当たりなどありませんから。
ちなみに、ずんぐりむっくりとしたフクロウのヌヌ店長はいつも気付いたら登ってきていてそこにいます。
今はいません。お店で看板フクロウをやってくれているはずです。
すると薄緑の髪が見えたので、やはりセフィリアでした。談笑を遮ってしまうことについて申し訳なさそうにしながら、口を開きます。
喉からは、誰もが癒される福音の音色が紡ぎ出されます。
「二人とも、お話中ごめんなさいね」
「いえいえ~」
「だ、ダイジョウブですっ!」
突然想いを寄せる人が現れて、火華裡は瞬間冷凍されてしまいました。こうなると火華裡はまともに喋れなくなるので、瞳が後を請け負います。
「どうしたんですか~?」
「二人ともお腹空いてないかなって。ご飯、どうしたい?」
そう聞くセフィリアは若葉色の制服の上からフリフリの愛らしいエプロンを着用していました。キッチンに立つときのいつもの格好です。
時計を見やれば、なんとお昼をとっくに回っているではありませんか。お喋りに花を咲かせすぎて、収拾がつかなくなっていたようです。
「ほわ~! もうこんな時間だったんですね~。全然気付きませんでした~」
「ふふふ、そうよ。瞳ちゃん、食欲の方は?」
「ペコペコです~」
気持ち凹んだお腹をさすると、眠っていた空腹が目を覚ましました。
「火華裡ちゃんは?」
「…………!!」
壊れたおもちゃのように首をガクガクと上下に動かす火華裡。若干ホラーでした。
それでもセフィリアは笑顔を崩しません。
「わかったわ。それじゃあすぐに用意するわね」
ゆるーく手を振って、再び階下へと戻っていきました。
姿が見えなくなると、火華裡の口からはみ出してた魂も戻ってきたようです。おもちゃのような動きが滑らかになり、人間に転生したようでした。
「フシュー……」
口から蒸気のような息を漏らして、火華裡が再起動。
「ああビックリしたぁ! 扉がないことを忘れていたわ……!」
瞳の部屋は屋根裏部屋のように階段を登ったらもう部屋なので、ノックすることはできません。適当な場所を叩いて音を出すか、声をかけるしかないのです。
瞳は足音で判断していましたし、セフィリアもそれを知っているので何かアクションを起こすことはありません。したがって、火華裡は完全に不意を突かれる形になりました。
扉のある自分の部屋のように感じてきていたので、油断していたのもあります。
「この部屋セキュリティがザル過ぎない? プライバシーとかどこかに置き忘れてるわよ。木の養分にでもされたの?」
セフィリアの部屋に至っては、三階に登る際に丸見えになってしまいます。火華裡は昨日今日と、大好きなセフィリアの部屋を覗いてしまっていちいち罪悪感と戦っていました。
「それは言い過ぎだよ~。心配しなくてもヌヌ店長が目を光らせてるし、そもそも悪い人なんかいないから大丈夫~」
フクロウは夜行性なので夜に本領を発揮しますし、視力も聴覚も非常に優れています。攻撃力に関してはよくわかりませんが、一応猛禽類だし、監視の目としては充分でしょう。
「よっこらせっと~……」
おもむろに瞳が掛け布団をどかして立ち上がりました。治りかけているとはいえ、まだ完治していませんから、安静にしていなければいけません。
しかしセフィリアがご飯を作るときは積極的に手伝うようにしていたので、無意識に体が手伝いに行こうとしていたのです。
わずかに不確かな足取りでした。不審に思った火華裡は呼び止めます。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「ほえ? ……あ、セフィリアさんの手伝いに行こうとしてた~」
火華裡に止められてから気付きました。まだ風邪の影響で頭が少しボーッとしているのかもしれません。
申し訳なさそうに火華裡が言いました。
「風邪引いてるのにちょっと長話し過ぎちゃったわね。全然元気そうだったから、そこまで気が回らなかったわ。ごめんなさい」
視線を伏せるようにして謝ると、そんなしおらしい態度は一瞬で消え失せて、瞳を無理やりベッドへ寝かせました。
「セフィリアさんの手伝いはあたしがやるから、あんたはゆっくり休んでなさい。いいわね?」
「……うん、ありがと。そうする~」
気の強い火華裡の言葉に甘えることにしました。
ずっと横になっていたせいか、立ち上がったときの血が引いていく感覚が顕著だったのです。ぼんやりしていてハッキリしたものではありませんでしたが、まだ動くには早いようでした。
緊張した面持ちを必死に隠しながら、火華裡はセフィリアの後を追うように下へ降りていきました。
「…………」
朝から火華裡がそばにいてくれた嬉しさが、瞳の中に無限にも感じられる元気を生み出していましたが、一人になって改めて弱っていたことを自覚しました。
そこまで考えが巡ると、あっという間にまぶたが重くなってきて、
「ふあ」
小さなあくびをかみ殺すと、あっという間に夢の世界へと旅立ってしまいました。
瞳が眠りに落ちていたのはほんの1時間ほどでしょうか。階下から漂ってくる美味しそうな匂いに惹かれて目を覚ましました。
何か美味しい夢を見ていたような気がしましたが、地に水が染み込むように、あっという間に消え失せてしまいました。
「うにゅ……」
口の端から垂れていたよだれを無意識に袖で拭って、目をこすります。
「あ~……?」
瞳は寝起きはいい方ですが、ぼけーっとしたままどんな夢を見たのか必死に思い出そうとしていました。
そうこうしているうちに完全に夢の内容は消え失せて、思い出せそうもありません。
すると慎重な足取りのような、そんな足音が階段から聞こえてきます。
「お待たせ瞳ちゃん」
「待たせたわね。――って、爆発ヘアー復活してるし……」
折りたたみ式のイスとテーブルを抱えたセフィリアと、料理の乗ったお盆を持った火華裡がやってきました。美味しそうな香りとともに湯気を立ち上らせて、鼻腔をくすぐります。
さらに背後から頭にお盆を乗せたヌヌ店長が器用に階段を登ってきます。驚きのバランス感覚でした。
「わざわざ持ってきてくれたんですか~」
昨日は一階まで降りて食事をしていました。降りなくても小腹を満たせる缶詰は重宝しましたので、火華裡のお見舞いはナイスチョイスだったのです。
実際は匂いにつられて勝手に一階までフラフラと降りていっただけでしたが。
「ふふふ。火華裡ちゃんが言ってくれたのよ」
「ヒカリちゃんが……?」
「瞳ちゃんと一緒に食べたいって。セフィリアさんもどうですかってね♪」
「ちょ、セフィリアさん?! それは内緒って……!」
「あらいいじゃない。だって――ほら」
セフィリアが火華裡の視線を瞳の方へ促すので見ると、瞳は目を潤ませて堪えるように唇をすぼませていました。
嬉しさが涙となって溢れてくるのを必死に抑えているようでした。
「やさしすぎりゅよぉ~……!!」
とうとう嬉しさが鼻水にも溶け出してきて、マスクの内側が大洪水。ビッチャビチャ。汚いです。
どうせこれから食事なのでマスクは捨て、鼻水をチーンと可愛くかんでから、スッキリした表情で言いました。
「ありがとうごじゃいまふ~」
すぐに出てきた新たな鼻水で、鼻声になってしまいました。
「ふふふ。どういたしまして。それじゃあいただきましょうか♪」
セフィリアお手製の折りたたみ式テーブルとイスを広げ、火華裡とヌヌ店長が持ってきてくれた食事を並べます。
ヌヌ店長は役目を終えるとそそくさとお店の方へ戻っていきました。誰かがお店番をしなくてはいけませんから、その役目を自ら進んで請け負ってくれたのです。
瞳のことを思って作られた体に優しい料理の数々は味も優しくて、一口一口をしっかりと味わって食べました。
「この星は優しさの塊でできてるんですね~……」
しみじみと呟いて、セフィリアはふふふと笑い、火華裡からお約束の返事をもらったのは、言うまでもありませんでした。
時間を忘れるように、次から次へと言葉が壁に吸い込まれていきます。
瞳と火華裡。
二人の女の子が小さめの声で楽しくお喋りをしていたのです。
すると、ゆっくりと階段を登ってくる音が聞こえてきました。
まず間違いなく、セフィリアでしょう。他に登ってくる人に心当たりなどありませんから。
ちなみに、ずんぐりむっくりとしたフクロウのヌヌ店長はいつも気付いたら登ってきていてそこにいます。
今はいません。お店で看板フクロウをやってくれているはずです。
すると薄緑の髪が見えたので、やはりセフィリアでした。談笑を遮ってしまうことについて申し訳なさそうにしながら、口を開きます。
喉からは、誰もが癒される福音の音色が紡ぎ出されます。
「二人とも、お話中ごめんなさいね」
「いえいえ~」
「だ、ダイジョウブですっ!」
突然想いを寄せる人が現れて、火華裡は瞬間冷凍されてしまいました。こうなると火華裡はまともに喋れなくなるので、瞳が後を請け負います。
「どうしたんですか~?」
「二人ともお腹空いてないかなって。ご飯、どうしたい?」
そう聞くセフィリアは若葉色の制服の上からフリフリの愛らしいエプロンを着用していました。キッチンに立つときのいつもの格好です。
時計を見やれば、なんとお昼をとっくに回っているではありませんか。お喋りに花を咲かせすぎて、収拾がつかなくなっていたようです。
「ほわ~! もうこんな時間だったんですね~。全然気付きませんでした~」
「ふふふ、そうよ。瞳ちゃん、食欲の方は?」
「ペコペコです~」
気持ち凹んだお腹をさすると、眠っていた空腹が目を覚ましました。
「火華裡ちゃんは?」
「…………!!」
壊れたおもちゃのように首をガクガクと上下に動かす火華裡。若干ホラーでした。
それでもセフィリアは笑顔を崩しません。
「わかったわ。それじゃあすぐに用意するわね」
ゆるーく手を振って、再び階下へと戻っていきました。
姿が見えなくなると、火華裡の口からはみ出してた魂も戻ってきたようです。おもちゃのような動きが滑らかになり、人間に転生したようでした。
「フシュー……」
口から蒸気のような息を漏らして、火華裡が再起動。
「ああビックリしたぁ! 扉がないことを忘れていたわ……!」
瞳の部屋は屋根裏部屋のように階段を登ったらもう部屋なので、ノックすることはできません。適当な場所を叩いて音を出すか、声をかけるしかないのです。
瞳は足音で判断していましたし、セフィリアもそれを知っているので何かアクションを起こすことはありません。したがって、火華裡は完全に不意を突かれる形になりました。
扉のある自分の部屋のように感じてきていたので、油断していたのもあります。
「この部屋セキュリティがザル過ぎない? プライバシーとかどこかに置き忘れてるわよ。木の養分にでもされたの?」
セフィリアの部屋に至っては、三階に登る際に丸見えになってしまいます。火華裡は昨日今日と、大好きなセフィリアの部屋を覗いてしまっていちいち罪悪感と戦っていました。
「それは言い過ぎだよ~。心配しなくてもヌヌ店長が目を光らせてるし、そもそも悪い人なんかいないから大丈夫~」
フクロウは夜行性なので夜に本領を発揮しますし、視力も聴覚も非常に優れています。攻撃力に関してはよくわかりませんが、一応猛禽類だし、監視の目としては充分でしょう。
「よっこらせっと~……」
おもむろに瞳が掛け布団をどかして立ち上がりました。治りかけているとはいえ、まだ完治していませんから、安静にしていなければいけません。
しかしセフィリアがご飯を作るときは積極的に手伝うようにしていたので、無意識に体が手伝いに行こうとしていたのです。
わずかに不確かな足取りでした。不審に思った火華裡は呼び止めます。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「ほえ? ……あ、セフィリアさんの手伝いに行こうとしてた~」
火華裡に止められてから気付きました。まだ風邪の影響で頭が少しボーッとしているのかもしれません。
申し訳なさそうに火華裡が言いました。
「風邪引いてるのにちょっと長話し過ぎちゃったわね。全然元気そうだったから、そこまで気が回らなかったわ。ごめんなさい」
視線を伏せるようにして謝ると、そんなしおらしい態度は一瞬で消え失せて、瞳を無理やりベッドへ寝かせました。
「セフィリアさんの手伝いはあたしがやるから、あんたはゆっくり休んでなさい。いいわね?」
「……うん、ありがと。そうする~」
気の強い火華裡の言葉に甘えることにしました。
ずっと横になっていたせいか、立ち上がったときの血が引いていく感覚が顕著だったのです。ぼんやりしていてハッキリしたものではありませんでしたが、まだ動くには早いようでした。
緊張した面持ちを必死に隠しながら、火華裡はセフィリアの後を追うように下へ降りていきました。
「…………」
朝から火華裡がそばにいてくれた嬉しさが、瞳の中に無限にも感じられる元気を生み出していましたが、一人になって改めて弱っていたことを自覚しました。
そこまで考えが巡ると、あっという間にまぶたが重くなってきて、
「ふあ」
小さなあくびをかみ殺すと、あっという間に夢の世界へと旅立ってしまいました。
瞳が眠りに落ちていたのはほんの1時間ほどでしょうか。階下から漂ってくる美味しそうな匂いに惹かれて目を覚ましました。
何か美味しい夢を見ていたような気がしましたが、地に水が染み込むように、あっという間に消え失せてしまいました。
「うにゅ……」
口の端から垂れていたよだれを無意識に袖で拭って、目をこすります。
「あ~……?」
瞳は寝起きはいい方ですが、ぼけーっとしたままどんな夢を見たのか必死に思い出そうとしていました。
そうこうしているうちに完全に夢の内容は消え失せて、思い出せそうもありません。
すると慎重な足取りのような、そんな足音が階段から聞こえてきます。
「お待たせ瞳ちゃん」
「待たせたわね。――って、爆発ヘアー復活してるし……」
折りたたみ式のイスとテーブルを抱えたセフィリアと、料理の乗ったお盆を持った火華裡がやってきました。美味しそうな香りとともに湯気を立ち上らせて、鼻腔をくすぐります。
さらに背後から頭にお盆を乗せたヌヌ店長が器用に階段を登ってきます。驚きのバランス感覚でした。
「わざわざ持ってきてくれたんですか~」
昨日は一階まで降りて食事をしていました。降りなくても小腹を満たせる缶詰は重宝しましたので、火華裡のお見舞いはナイスチョイスだったのです。
実際は匂いにつられて勝手に一階までフラフラと降りていっただけでしたが。
「ふふふ。火華裡ちゃんが言ってくれたのよ」
「ヒカリちゃんが……?」
「瞳ちゃんと一緒に食べたいって。セフィリアさんもどうですかってね♪」
「ちょ、セフィリアさん?! それは内緒って……!」
「あらいいじゃない。だって――ほら」
セフィリアが火華裡の視線を瞳の方へ促すので見ると、瞳は目を潤ませて堪えるように唇をすぼませていました。
嬉しさが涙となって溢れてくるのを必死に抑えているようでした。
「やさしすぎりゅよぉ~……!!」
とうとう嬉しさが鼻水にも溶け出してきて、マスクの内側が大洪水。ビッチャビチャ。汚いです。
どうせこれから食事なのでマスクは捨て、鼻水をチーンと可愛くかんでから、スッキリした表情で言いました。
「ありがとうごじゃいまふ~」
すぐに出てきた新たな鼻水で、鼻声になってしまいました。
「ふふふ。どういたしまして。それじゃあいただきましょうか♪」
セフィリアお手製の折りたたみ式テーブルとイスを広げ、火華裡とヌヌ店長が持ってきてくれた食事を並べます。
ヌヌ店長は役目を終えるとそそくさとお店の方へ戻っていきました。誰かがお店番をしなくてはいけませんから、その役目を自ら進んで請け負ってくれたのです。
瞳のことを思って作られた体に優しい料理の数々は味も優しくて、一口一口をしっかりと味わって食べました。
「この星は優しさの塊でできてるんですね~……」
しみじみと呟いて、セフィリアはふふふと笑い、火華裡からお約束の返事をもらったのは、言うまでもありませんでした。
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