ユズリハあのね
「初めて」
――前略。
お元気ですか? こちらは大きな怪我もなく、息災です。
最近は生活も安定してきて、セフィリアさんとは交代制で家事をこなすようにもなりました。
わたしが作ったご飯を「美味しい」と言ってくれて、とっても嬉しい日々が続いたりとか。
あと、調子に乗って作りすぎちゃっても近所におすそ分けしたり、味付けを失敗しちゃっても少し手を加えるだけで全然違う美味しい料理に変身させちゃったりとか。
家事もお手伝いするようになって、改めてセフィリアさんの凄さに脱帽する思いです。
キレイで、優しくて、なんでもそつなくこなしちゃう。
ホント、憧れちゃいますよね! かっこいいです!
わたしもセフィリアさんのようになれたらいいな。
草々。
森井瞳――3023.5.21
***
「ふふんふふ~ん♪」
ウキウキ気分で鼻歌を歌い、スキップでもするような、跳ねるような足取りでひとりの女の子が街中を歩いていました。
森井瞳です。
そこは大きすぎる巨木が乱立する〝森林街〟ユグード。別名「芸術の森」。
360°どこを見ても木ばっかりの自然豊かな街でした。
「ふんふんふ~ん♪」
地面の土を踏みしめるたびバネのように、跳ねた髪の毛がビヨンビヨンと踊ります。まるで少女の心の内を表しているかのようです。
クリクリとした眼差しは流れていく景色を写し込んで、キラキラに輝かせていました。
「おっ? うあー! これかわいい!」
やがて少女の目に止まったのは、ショーケースに飾られ、陽虫の淡い光にライトアップされたグラスでした。
透き通った氷の中に気泡が浮かんでいるようなものや、青のマーブル模様が涼しげなもの。表面が幾何学模様に削られ、光を散らすようにえも言われぬ美しさを振りまいているものなど。
無邪気な光をその目に宿して興味津々な様子。
しばらくショーケースを眺めていた少女は、
「よし、ここにしよう!」
何かを決心するように頷くと、一つ大きな深呼吸をしてから、お店のドアを開きました。
キンキンキーン……。
ガラス製のドアベルが透き通った音を奏でます。どこまでも沁みていって奥底まで浸透するような、美しい音色。思わず聞き入ってしまいます。
横倒しになった巨木をくり抜いて作られたこのお店は、その特徴を存分に生かしていて実に広々とした店内。明るい照明に乱反射する虹色の光は、夢の国に迷い込んだかのよう。
「ほへ~……」
思わずアホの子のような声が喉から漏れます。
窓際のプリズム。天井のシャンデリア。
何もかもが少女の瞳には新鮮に映り、感動をもたらします。
生まれて初めての光景に呆気に取られていると、聞きなれた声がお出迎え。
「いらっしゃいませー。って、瞳じゃないの。珍しいわね」
「あ、ヒカリちゃんだ~。なんでヒカリちゃんがいるの~?」
初めてできたお友達の火華裡がそこにいました。最初こそ営業スマイルを浮かべていましたが、見知った顔と知るやいなや、すぐに澄ました表情に。
「それはこっちが聞きたいくらいよ……。ここはあたしが勤めてるお店なの。あんたこそなんでここにいるのよ?」
「えへへ……お散歩~。でもそっか~、ガラス細工の修行してるって言ってたもんね。ここがそうだったんだ~」
ほわわんと笑う瞳。思わぬ出会いに嬉しさが隠せません。
いつもは火華裡のほうが《ヌヌ工房》へ遊びに来るので、たまたまとはいえ今日は逆のパターンになりました。
「見てってもいい~?」
「もちろんよ。じゃなかったら『何しに来たの』って話じゃない」
「それもそうだね~」
友達に会えてテンションが上がっているらしく、上がった頬が落ち着きません。とにかく店内に入ったからには色々と見て回ろうと、さっそく適当に徘徊してみることに。
火華裡はそんな様子をカウンターから頬杖をついて気だるげに眺めるのです。
「うあ、イルカさんだ~! 鳥さんもいる~! はくちょう……? っていうんだね~」
「あんたね……もうちょっと静かに見れないの? 他にお客さんいないからいいけどさ」
「えへへ、ごめんごめん。どれもかわいくって、思わず~」
楽しそうに謝る、という実に無礼な謝罪ではありましたが、可愛いと言われてほんのり嬉しく思う火華裡。
実はイルカも白鳥も、火華裡が手がけた作品だったのです。これでは怒るに怒れない。
「ね~ヒカリちゃん」
「な、なによ?」
瞳は同じような作品を両手に取り、店内の明かりにかざしながら問いました。
「これとこれ、わたしには違いがわからないんだけど、どうして値段が違うの~?」
「作った人が違うからよ。一人前か、半人前か。同じ一人前でも実力とか知名度の違いで値段は変わってくるわ。ま、ウチは完成度の高い順に並んでるから。値段と合わせて参考にするといいわ」
「なるほど~……」
と納得の息を漏らす瞳でしたが、やはりその違いはよくわかりませんでした。形がほんの僅かに歪んでいたり、厚みが均一でなかったりという些細すぎる違いに気付けませんでした。
このミリ単位、ナノ単位での出来栄えが、大きく影響するのです。
瞳が扱う木材よりも繊細なため、高い集中力が要求されますし、熱して柔らかいうちに作業を進めないといけませんから手早く済ませる必要があります。
ほわわんとしたのんびり屋の瞳には到底無理な世界です。
「これは買えないな~。高い」
値段的にも無理な世界でした。
そおっと戻して、興味津々な目をあっちへこっちへ。どこを見ても綺麗な小物で埋め尽くされていて、心が洗い流されていくようです。
「向こうのコーナーなら安いのあるわよ」
「あい?」
火華裡は店内の奥の方を指差しています。
「そこらへんのはだいたい一人前の人が作ったものだから。あっちなら半人前とか見習いの作品が多いの」
「お~。じゃあヒカリちゃんのも並んでるの?」
「…………」
「並んでるんだね~」
「なにも言ってないじゃないの!」
「えへへ~。ヒカリちゃんってたまにわかりやすいよね~」
「あんたに言われたくないわ!」
沈黙もまた答えでした。意外と人のことを見ている瞳は、気恥ずかしげに視線をそらすその仕草を見逃さなかったのです。
「ヒカリちゃんが作ったのってどれ~?」
「教えるわけないでしょ」
「照れちゃうから?」
「…………」
「照れちゃうんだね~」
「うっさいわね! どれでもいいしょ! どれでも!」
照れてしまう気持ちを吐き出すように怒鳴って唇を尖らせる火華裡。一見ツンツンしていますが、可愛らしい一面も持ち合わせていました。
言われた通り店内の奥へ進むと、確かに値札を見る限り安いです。ここまでくれば、素人の瞳にも出来栄えの違いはある程度目利きできます。
それでも確たる差はないように思えました。
微妙な違いでここまでの差が生まれてしまうなんて、厳しい世界に火華裡は生きているようです。
「一応聞いとくけどさ、お金は持ってるんでしょうね? あんたのことだから財布ごと忘れたりしてそうなんだけど」
「ひどいな~。さすがにそこまでドジじゃないよ~」
と言いつつも少し心配になったので一応確認。一応です。一応ですったら。
「あ――」
「……マジ?」
一瞬固まる両者。
「――った~」
「あんたね! もう、ビビらせんじゃないわよ……」
不覚にもヒヤヒヤしてしまいましたが、先輩のセフィリアからもらったお小遣いという名のお給料をしっかり持っていました。
そのお給料が入れられた紙袋をうっとりと眺め、うぇへへへ……とお得意のキモい笑いがにじみ出るのです。
「見てみて~! お給料だよ~!」
「そうねお給料ね。それがどうしたの?」
「初めてもらったんだ~!」
だからこそ瞳はこうしてお店に入ってみたのです。今まではお店を見かけても冷やかしになってしまうのが嫌で避けていました。
他のお店に入るのがずっと楽しみだったので、堂々と入れる嬉しさと、初めて入ったお店が初めてのお友達である火華裡の勤めるお店だった、という「初めて」が続く奇跡。
瞳にとって、こんなにも嬉しいことはありません。
「へぇ、初めての給料かぁ。よかったじゃない。あたしも初めてもらった時はずいぶん喜んだっけ」
昔を懐かしむように窓の外を眺める火華裡。そんなセンチメンタルチックに呟く彼女に、瞳はずけずけと質問するのです。
「ヒカリちゃんは初めてのお給料で何を買ったか覚えてる~?」
「もちろん覚えてるわよ。《ヌヌ工房》でセフィリアさんが作った小物を買ったわ。今も部屋に飾ってる」
「あいかわらずセフィリアさん一筋なんだね~」
「ふふん、当然!」
誇らしげに胸をそらす火華裡。
「ま、それはいいとして。あんたはどうするのよ? それ、初めての給料なんでしょ? 何買うの? どれ買うの?」
「んっとね~……」
話しながら店内をいろいろと散策した瞳ですが、実は買うものは意外と早い段階で決まっていました。
「これにしようかなって~」
それは、店内に入って最初に目に入ったイルカと白鳥。いわゆる一目惚れでした。
「え、な……なんで?」
「なんでって言われても……気になったから? 気に入ったから、かな?」
カウンターに二つの小物を持って行き、火華裡の目の前に置きますが、唖然としていてお会計の手が動きません。
「……後悔しないわね?」
「へ? しないよ~」
瞳には訳がわかりませんでした。気に入ったから買うのであって、そこに後悔の「こ」の字も存在しませんでした。そんなことを問われるほうが不思議でなりません。
「安くてかわいいしね~」
「……安くて悪かったわね」
「んや~、悪くはないかと……」
そこが買いの決め手にもなったわけですし。
憮然とした態度を続けながらも、お金を受け取り、お会計を済ませます。
「ところで、ヒカリちゃんの作品ってどれ~? 全然わからなくって。教えてよ~」
「絶対教えないから!」
顔を真っ赤に染めながらも、頑なに教えようとしてくれない火華裡でした。
***
――前略。
今日も素敵なことがありました。
セフィリアさんから初めてのお給料をもらいまして、「今日はお休みにしてあげるから、それで何か買ってきてもいいわよ」と言ってくれたので、早速お散歩がてらいい感じのお店を探してきました。
綺麗なグラスに惹かれてたまたま見つけたお店に入ってみたら、そこはなんとヒカリちゃんの修行先のお店だったのです!
そこでイルカさんと鳥さんの小物を買いました。ちっちゃくてキレイでかわいくて、あと安かったからすぐこれにしようって決めたんです。写真送りますね。
それで、どうやらヒカリちゃんの作ったものも置いてあるそうなんですけど、どれがそうなのかいくら聞いても教えてくれなくって。
教えてくれたら迷いなくそれを買おうと思ったんだけどな~。
また今度、ヒカリちゃんが作った作品を当てに行こうと思います。お店の場所もわかったし、いつも遊びに来てもらってますから。
早くわたしも自分の作品をヌヌ工房に並べられる日が来るといいな~。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳――3023.5.25
お元気ですか? こちらは大きな怪我もなく、息災です。
最近は生活も安定してきて、セフィリアさんとは交代制で家事をこなすようにもなりました。
わたしが作ったご飯を「美味しい」と言ってくれて、とっても嬉しい日々が続いたりとか。
あと、調子に乗って作りすぎちゃっても近所におすそ分けしたり、味付けを失敗しちゃっても少し手を加えるだけで全然違う美味しい料理に変身させちゃったりとか。
家事もお手伝いするようになって、改めてセフィリアさんの凄さに脱帽する思いです。
キレイで、優しくて、なんでもそつなくこなしちゃう。
ホント、憧れちゃいますよね! かっこいいです!
わたしもセフィリアさんのようになれたらいいな。
草々。
森井瞳――3023.5.21
***
「ふふんふふ~ん♪」
ウキウキ気分で鼻歌を歌い、スキップでもするような、跳ねるような足取りでひとりの女の子が街中を歩いていました。
森井瞳です。
そこは大きすぎる巨木が乱立する〝森林街〟ユグード。別名「芸術の森」。
360°どこを見ても木ばっかりの自然豊かな街でした。
「ふんふんふ~ん♪」
地面の土を踏みしめるたびバネのように、跳ねた髪の毛がビヨンビヨンと踊ります。まるで少女の心の内を表しているかのようです。
クリクリとした眼差しは流れていく景色を写し込んで、キラキラに輝かせていました。
「おっ? うあー! これかわいい!」
やがて少女の目に止まったのは、ショーケースに飾られ、陽虫の淡い光にライトアップされたグラスでした。
透き通った氷の中に気泡が浮かんでいるようなものや、青のマーブル模様が涼しげなもの。表面が幾何学模様に削られ、光を散らすようにえも言われぬ美しさを振りまいているものなど。
無邪気な光をその目に宿して興味津々な様子。
しばらくショーケースを眺めていた少女は、
「よし、ここにしよう!」
何かを決心するように頷くと、一つ大きな深呼吸をしてから、お店のドアを開きました。
キンキンキーン……。
ガラス製のドアベルが透き通った音を奏でます。どこまでも沁みていって奥底まで浸透するような、美しい音色。思わず聞き入ってしまいます。
横倒しになった巨木をくり抜いて作られたこのお店は、その特徴を存分に生かしていて実に広々とした店内。明るい照明に乱反射する虹色の光は、夢の国に迷い込んだかのよう。
「ほへ~……」
思わずアホの子のような声が喉から漏れます。
窓際のプリズム。天井のシャンデリア。
何もかもが少女の瞳には新鮮に映り、感動をもたらします。
生まれて初めての光景に呆気に取られていると、聞きなれた声がお出迎え。
「いらっしゃいませー。って、瞳じゃないの。珍しいわね」
「あ、ヒカリちゃんだ~。なんでヒカリちゃんがいるの~?」
初めてできたお友達の火華裡がそこにいました。最初こそ営業スマイルを浮かべていましたが、見知った顔と知るやいなや、すぐに澄ました表情に。
「それはこっちが聞きたいくらいよ……。ここはあたしが勤めてるお店なの。あんたこそなんでここにいるのよ?」
「えへへ……お散歩~。でもそっか~、ガラス細工の修行してるって言ってたもんね。ここがそうだったんだ~」
ほわわんと笑う瞳。思わぬ出会いに嬉しさが隠せません。
いつもは火華裡のほうが《ヌヌ工房》へ遊びに来るので、たまたまとはいえ今日は逆のパターンになりました。
「見てってもいい~?」
「もちろんよ。じゃなかったら『何しに来たの』って話じゃない」
「それもそうだね~」
友達に会えてテンションが上がっているらしく、上がった頬が落ち着きません。とにかく店内に入ったからには色々と見て回ろうと、さっそく適当に徘徊してみることに。
火華裡はそんな様子をカウンターから頬杖をついて気だるげに眺めるのです。
「うあ、イルカさんだ~! 鳥さんもいる~! はくちょう……? っていうんだね~」
「あんたね……もうちょっと静かに見れないの? 他にお客さんいないからいいけどさ」
「えへへ、ごめんごめん。どれもかわいくって、思わず~」
楽しそうに謝る、という実に無礼な謝罪ではありましたが、可愛いと言われてほんのり嬉しく思う火華裡。
実はイルカも白鳥も、火華裡が手がけた作品だったのです。これでは怒るに怒れない。
「ね~ヒカリちゃん」
「な、なによ?」
瞳は同じような作品を両手に取り、店内の明かりにかざしながら問いました。
「これとこれ、わたしには違いがわからないんだけど、どうして値段が違うの~?」
「作った人が違うからよ。一人前か、半人前か。同じ一人前でも実力とか知名度の違いで値段は変わってくるわ。ま、ウチは完成度の高い順に並んでるから。値段と合わせて参考にするといいわ」
「なるほど~……」
と納得の息を漏らす瞳でしたが、やはりその違いはよくわかりませんでした。形がほんの僅かに歪んでいたり、厚みが均一でなかったりという些細すぎる違いに気付けませんでした。
このミリ単位、ナノ単位での出来栄えが、大きく影響するのです。
瞳が扱う木材よりも繊細なため、高い集中力が要求されますし、熱して柔らかいうちに作業を進めないといけませんから手早く済ませる必要があります。
ほわわんとしたのんびり屋の瞳には到底無理な世界です。
「これは買えないな~。高い」
値段的にも無理な世界でした。
そおっと戻して、興味津々な目をあっちへこっちへ。どこを見ても綺麗な小物で埋め尽くされていて、心が洗い流されていくようです。
「向こうのコーナーなら安いのあるわよ」
「あい?」
火華裡は店内の奥の方を指差しています。
「そこらへんのはだいたい一人前の人が作ったものだから。あっちなら半人前とか見習いの作品が多いの」
「お~。じゃあヒカリちゃんのも並んでるの?」
「…………」
「並んでるんだね~」
「なにも言ってないじゃないの!」
「えへへ~。ヒカリちゃんってたまにわかりやすいよね~」
「あんたに言われたくないわ!」
沈黙もまた答えでした。意外と人のことを見ている瞳は、気恥ずかしげに視線をそらすその仕草を見逃さなかったのです。
「ヒカリちゃんが作ったのってどれ~?」
「教えるわけないでしょ」
「照れちゃうから?」
「…………」
「照れちゃうんだね~」
「うっさいわね! どれでもいいしょ! どれでも!」
照れてしまう気持ちを吐き出すように怒鳴って唇を尖らせる火華裡。一見ツンツンしていますが、可愛らしい一面も持ち合わせていました。
言われた通り店内の奥へ進むと、確かに値札を見る限り安いです。ここまでくれば、素人の瞳にも出来栄えの違いはある程度目利きできます。
それでも確たる差はないように思えました。
微妙な違いでここまでの差が生まれてしまうなんて、厳しい世界に火華裡は生きているようです。
「一応聞いとくけどさ、お金は持ってるんでしょうね? あんたのことだから財布ごと忘れたりしてそうなんだけど」
「ひどいな~。さすがにそこまでドジじゃないよ~」
と言いつつも少し心配になったので一応確認。一応です。一応ですったら。
「あ――」
「……マジ?」
一瞬固まる両者。
「――った~」
「あんたね! もう、ビビらせんじゃないわよ……」
不覚にもヒヤヒヤしてしまいましたが、先輩のセフィリアからもらったお小遣いという名のお給料をしっかり持っていました。
そのお給料が入れられた紙袋をうっとりと眺め、うぇへへへ……とお得意のキモい笑いがにじみ出るのです。
「見てみて~! お給料だよ~!」
「そうねお給料ね。それがどうしたの?」
「初めてもらったんだ~!」
だからこそ瞳はこうしてお店に入ってみたのです。今まではお店を見かけても冷やかしになってしまうのが嫌で避けていました。
他のお店に入るのがずっと楽しみだったので、堂々と入れる嬉しさと、初めて入ったお店が初めてのお友達である火華裡の勤めるお店だった、という「初めて」が続く奇跡。
瞳にとって、こんなにも嬉しいことはありません。
「へぇ、初めての給料かぁ。よかったじゃない。あたしも初めてもらった時はずいぶん喜んだっけ」
昔を懐かしむように窓の外を眺める火華裡。そんなセンチメンタルチックに呟く彼女に、瞳はずけずけと質問するのです。
「ヒカリちゃんは初めてのお給料で何を買ったか覚えてる~?」
「もちろん覚えてるわよ。《ヌヌ工房》でセフィリアさんが作った小物を買ったわ。今も部屋に飾ってる」
「あいかわらずセフィリアさん一筋なんだね~」
「ふふん、当然!」
誇らしげに胸をそらす火華裡。
「ま、それはいいとして。あんたはどうするのよ? それ、初めての給料なんでしょ? 何買うの? どれ買うの?」
「んっとね~……」
話しながら店内をいろいろと散策した瞳ですが、実は買うものは意外と早い段階で決まっていました。
「これにしようかなって~」
それは、店内に入って最初に目に入ったイルカと白鳥。いわゆる一目惚れでした。
「え、な……なんで?」
「なんでって言われても……気になったから? 気に入ったから、かな?」
カウンターに二つの小物を持って行き、火華裡の目の前に置きますが、唖然としていてお会計の手が動きません。
「……後悔しないわね?」
「へ? しないよ~」
瞳には訳がわかりませんでした。気に入ったから買うのであって、そこに後悔の「こ」の字も存在しませんでした。そんなことを問われるほうが不思議でなりません。
「安くてかわいいしね~」
「……安くて悪かったわね」
「んや~、悪くはないかと……」
そこが買いの決め手にもなったわけですし。
憮然とした態度を続けながらも、お金を受け取り、お会計を済ませます。
「ところで、ヒカリちゃんの作品ってどれ~? 全然わからなくって。教えてよ~」
「絶対教えないから!」
顔を真っ赤に染めながらも、頑なに教えようとしてくれない火華裡でした。
***
――前略。
今日も素敵なことがありました。
セフィリアさんから初めてのお給料をもらいまして、「今日はお休みにしてあげるから、それで何か買ってきてもいいわよ」と言ってくれたので、早速お散歩がてらいい感じのお店を探してきました。
綺麗なグラスに惹かれてたまたま見つけたお店に入ってみたら、そこはなんとヒカリちゃんの修行先のお店だったのです!
そこでイルカさんと鳥さんの小物を買いました。ちっちゃくてキレイでかわいくて、あと安かったからすぐこれにしようって決めたんです。写真送りますね。
それで、どうやらヒカリちゃんの作ったものも置いてあるそうなんですけど、どれがそうなのかいくら聞いても教えてくれなくって。
教えてくれたら迷いなくそれを買おうと思ったんだけどな~。
また今度、ヒカリちゃんが作った作品を当てに行こうと思います。お店の場所もわかったし、いつも遊びに来てもらってますから。
早くわたしも自分の作品をヌヌ工房に並べられる日が来るといいな~。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳――3023.5.25
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