ウタカタノユメ

ノベルバユーザー172952

生き残るために

 
 マーレの家から帰ってくると、家の前に見たことあるワゴン車が止まっていた。
 誰かが来ているのだろうか、と思いながら、門をくぐると、家の前には知らない男の人と、肩を借りながらようやく歩く祖母の姿が見える。
 やはり、男の人が苦手だった私が、家に入るのをためらっていると、向こうから声をかけてきた。

「ごめん、お邪魔しているよ。御母さん、ぎっくり腰みたいでね」
「えっと、だれ、ですか……?」
「まあ、簡単に言うと、君の義理の父親ってことになるんだけど」

 ということは、母の再婚相手か。
 初めて見るが、勝気の父とは180度違う、柔和な印象を受ける男だ。なんとなく、争いが好きではない母にお似合いの人だと思った。

「悪いねぇ、孫が生まれた嬉しさのあまり、やっちまったのさ」

 軽い口調で言ったトメはすぐに、腰に手を当てながらイテテ、と苦しそうにさすっていた。
 無理しないで、といって駆け寄ってあげたいが、そうすると、再婚相手の男の人に触れてしまう。それが何となく嫌で、でも、その場から立ち去るのも悪い気がして、私は近くから見守ることしかできなかった。

「生まれたんですか?」
「名前はソラってつけたんだ――君、ええと、ミライちゃんにとっては、妹、ということになるね」

 ソラ、という名前を聞いて、私はつい、男性が苦手ということも忘れて、

「あの、すみませんが、もしかして、朝木さんですか?」
「え? 僕、名乗ったっけ?」

 その反応だけで十分だった。

 私は、どうやら、年上の妹に会ってしまったらしい。

 うれしいような、悔しいような複雑な気分だった。
 私が見ている前で、布団に祖母を寝かせた浅木は、「今度、妹を連れてくるよ」と言ってすぐに帰ってしまった。生まれたばかりの子供も気になるだろうし、私がまるで監視するように一挙一投足を見ていたので、居づらかったのだろう。

 彼が帰ったのを見届けた私はすぐに、物置の中へと入る。
 様々なものが置かれた物置は、やはり手入れされていなかったものの、私がほしかったものは容易に見つけることができた。

 それは一丁の猟銃。

 当然、これは自分のために使うものだ。使い方は後で調べなければならないが、銃の方はどうやら使えそうだ。

 私は、運命にあらがうことを決めていた。

 神様とはいえ、私たちに触れていた以上は、ちゃんと体はある。幽霊のように透けるわけではない。この銃でも、身を守れるかもしれない。付け焼刃なのはわかっている、うまく使えるなんて思っていない。
 それでも、これで少しは生存確率は上がるはずだ。

 物置の中には他に斧や、チェーンソーなんてものもあったが、荷物が重くなって走れなくなっては元も子もないので、猟銃だけをもって私はそこを出てきた。
 祖母に気取られぬように、スマホのインターネットで見つけたサイトを見ながら、今で銃の手入れをしていく。父の遺伝子なのか、細かいことは得意なので、あまり大変とは思わなかった。
 私が銃をいじっていると、部屋の奥から私を呼ぶ祖母の声が聞こえてきたので、私はその場に銃を置いて、彼女の傍に行く。

「あの魔女は、元気だったかい?」

 うん、と横になりながら聞いてくる祖母に返してから、「これ、もらってきました」と言って、札を見せる。
 魔女といったいどんな関係だったのか、聞きたかったが、あいにくそんな時間は残されていなかった。
 すでに、外を見れば夕方、時間はあまり残されていない。

「ごはんは、キッチンにおいてあるからね」

 うん、わかった、といった私は、別れの言葉を言うべきか、魔女の言っていた説明をするべきか、迷った。
 しかし、優しい祖母のことだ、変なことを考えてしまうに違いないと、考えた私は、準備の続きをするべく、無言で立ち上がった。

 すると、祖母は、私の目を見て一言だけ、

「苦労かけるね」

「……っ!」

 うん、大丈夫だよと返した私は、過去形ではないことに気付いたので、急に目頭が熱くなってきて、思わず祖母から背を向けた。
 気持ちを落ち着かせた私は、振り返ってから祖母の額にそっと口づけすると、

「ありがとう、おばあちゃん」

 そういって、祖母の部屋から出ていき、そのままキッチンへと言って、おいてあったおにぎりを囲炉裏の前でほおばった。
 梅干しにさけ、おかか、と多彩な具材が入ったおにぎりを食べながら、なんとなく切なくなって、涙を流す。

 握られただけだというのに、これも料理なのだと感じる。
 人の手で作られる料理を食べていると、別に熱いものでなくとも、体の中を暖かくしてくれた。

「ミライ、泣いているの?」

 背後から声をかけられて、すぐに袖で顔を拭いた私は「なんでもないです」と返す。
 9つに分かれている白い尻尾を泳がせながら、ココロは私の隣へ座った。私は彼女におにぎりを渡した。

 お礼を言って受け取ってパクパクと食べ始めた彼女を隣で見ながら、変わらないココロに救われた気になっていた。
 彼女は荒神についても、これから私がどうなっていくのかも、何も知らない。だからこそ、いつも通りに接してきてくれる。それが、暖かかった。
 そこでようやく、彼女の変化に気づく。

「ココロ、貴女さっきよりも小さくはありませんか?」

 一度、気づいてしまえば気になって仕方がない。彼女のもとからあまり大きくはない背丈はさらに小さくなっているし、体積自体が減っているように思える。
 おにぎりをほおばりながら頭の上についた耳をピクピクさせ、

「うん? ああ、妖狐は結構体の大きさの融通が利くんだよ。たぶん、ここの結界に当てられている影響かな?」

 弱まってはいるが結界は機能しているというわけか。
 普段、あまり考えていない様子のココロが、なんだかもっともらしいことを言うのは違和感がある。だが、よく考えてみれば伝説になるくらい生きているのだから彼女はもしかしたら私の何倍も生きているのかもしれないのだから、当たり前のことかもとも思う。
 まあ、歳なんてどうでもいいと思った私は、みるみるうちになくなっていくおにぎりとご飯粒をつけてそれを食べるココロを見ながら、

「もう少ししたらお札を貼るから、狐姿に戻りたくなかったら、それ食べてすぐ帰ってくださいよ」
「別に私はここで住んで、ミライをお嫁さんにしてもいいんだけどな~」

 またそんな馬鹿げたことをサラリという……。

 ドキドキとしてしまう自分に情けなさを覚えながら、そういえばこの村に来てからこの数日間、ずっと彼女と一緒にいたことに気付く。
 ストレートすぎる愛情表現に最初は驚いてばかりだったけれども、彼女と一緒にいると喜怒哀楽が自然と出ていた。

 優しく、可愛く、ときに少しかっこいいココロ。
 そんな彼女に、私はもしかすると――。
 ないない、と頭を横に振って気づきかけていた気持ちを殺す。気づいてしまえば、きっと後悔するとわかっていたからだ。

「ねえ、私のことが好きって、どうして?」

 それでもなんとなく、私はココロにそんなことを聞いていた。
 うーん、と言ったココロは、まるで飼い猫のように私の膝に身を摺り寄せてきてきた。いわゆる膝枕という形になってしまったが、今回ばかりは許してやろうと思う。

「ミライは覚えていないかもしれないけど、小さかった頃、ミライは怪我した私を助けてくれたんだよ。きっと、それが最初」

 ココロが怪我したところを?

 私の記憶の中ではココロが怪我したのは昨晩のことだけだと思っていたが、私の足の上でピクピクと動いている耳を見て、そういえば彼女は妖狐なのだということを思い出す。
 そういえば、昔、罠に掛かっていた白い狐を可哀そうで助けたことがあったような気が……。

「私以外の人が助けていたらどうなっていたのでしょうか?」
「わかんない。でも、それはきっかけに過ぎなかったんだよ、命の恩人だから好きになる、なんて、私だってそんな簡単にこんなに人を好きになったりはしないと思う」
「じゃあ、いつから?」
「それもわかんない、たぶん、ずっと好きだったんだと思う」

 ココロの曖昧な返事にたいして、そっか、といった私は、それ以上深く追求することはなかった。ココロは、ミライが彼女を忘れて村を離れてから、帰ってくるまでずっと待っていてくれたのだ。

 ずっと、探していてくれた。
 それだけで、十分だった。

 私は救われた。

 触れているだけで心地よう彼女の髪をなでながら、ずっとこうしていられればいいのにと思う。
 しかし、時間は残酷なもので、刻一刻と迫り来る日暮れ。

 私が、太陽が落ちていく外の景色を見ていると、ココロが「ねぇ」と言うので「何ですか?」とすぐに返す。
 すると、彼女はミライの予期していなかったこと、いや、ずっと聞きたかったのだろうことを聞いてきた。

「ミライは私のこと、好き?」
「…………」

 私は答えられなかった。最後くらい素直にならなければならないとわかっていたが、それが彼女にとって良いものなのかと考えると、簡単に声に出すことはためらわれる。

 私は、きっと死ぬ。

 ここで変なことをいってしまえば、ココロは、期待して、すぐに裏切られることになる。
 また、何年も待ってしまうかもしれない。今度は決して戻ることのない私のことを。
 嫌い、とはっきり言うことのできないズルい私は、口を開いてから、震える声で告げる。

「……好きじゃないです。だから、貴女の好意は、はっきりいって迷惑でした」
「……そっか」

 しばらく、ココロは私から顔を背けていたが、すぐに膝の上で嗚咽が聞こえてきた。それを聞くと私の心が抉られていくような気がした。

 だが、これでいい。

 彼女は、私、黒梅ミライにとって、親や親戚を含めて最も大切な人だ。彼女にだけは、幸せになってほしい。そんな願いを持つのはエゴだろうか。

「早く出ていかないと、柱にお札を張ってしまいますよ」

 私が膝を動かすと、むくっ、と起き上がったココロは、私から背を向けたまま、とぼとぼと家を出て行った。こちらを振り返ることはなかった。
 まるで子供のような身長になっている彼女の後姿を見ていると、昔を思い出し、悲しくてたまらなくなった私は、すぐに目をそらしてさっさと柱へ札を貼ることにする。

 札を貼り、前後で何が変わったのかはわからないが、なんとなく、魔よけができている気がして。ひとまず安心――というわけにはいかなかった。
 私にとって、むしろここからが大変なのだ。
 誰も傷つけたくなくて選んだ選択ではあったが、それでも、私だって死にたくはない。生きるのを諦めたわけじゃない。

「絶対に、生き残ってやる……」

 静かにそうつぶやいた私は、夜へ向けてまた準備を始めたのであった。


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