ウタカタノユメ

ノベルバユーザー172952

大切な記憶

 
 それは、もう忘れてしまったはずの記憶だった。
 私が、藤咲村を離れることになった日。最後に一緒に遊びたいと言った少女がいた。

 今思えば彼女の頭にも獣の耳があったような気がする。
 それでも、私がなんの疑問も持たずに彼女と遊んでいたのは、おとぎ話を好んで読んでいた影響だろうか。

 父が都会生まれだったせいか、彼の育った場所を幼いころから聞かされていた私は高層ビルが建ち並び、多くの人が行き交う都会にひどく憧れていた。こんな小さな村で一生を終えてなるものかと考えていた。
 どうせ離れる場所と考えていたから、私は学校の子供たちと必要以上に接しなかった。しかし、今考えれば、自分が他の子供とは違ってすぐにこの村を離れるから、なんて幼稚な考えは、単に自分の人付き合いの悪さを肯定したかった馬鹿げた言い訳だったのだろう。

 だから、私はいつも一人だった。

 母と父の中は決して良いものではなく、私にかまっていられるほどの余裕は二人の間にはなかった。かろうじて、祖母は私のことを気にかけてくれてはいたが、私の孤独を埋めてくれはしなかった。
 家の中でも外でも一人ぼっちだった私は、その生活に幼いながらも慣れ始めていた。家族も、友達もいらないと、言い聞かせる日々が続いた。

 私のもとへ、少女が近寄ってきたのはそんなときだった。

 村にひとつしかない小学校の帰り道、他の子供たちはそのまま遊びに出掛けるのだが、私は真っ直ぐに家へと帰っていた。村のなかでは余所者だった父と同じで、明らかに村に馴染めていない浮いていた私に声をかけてくるような物好きはいないはずだった。

「ねぇ、私と遊ぼう?」

 私にかかった第一声は、ぼんやりと山を見ながら、その向こう側にある憧れの場所へと思いを巡らせていた時である。
 人懐っこいというか笑みを浮かべながら、嫉妬してしまうほどに可愛らしい少女が私に高い声で話しかけてきた。

 少女はココロと名乗ってから、私の手を握って森のほうへと走っていこうとしたのだが、私はそれを振り払って、逃げてしまう。嬉しさはあったが、恐怖と戸惑いがそれを上回ったからである。
 しかし、少女は、翌日も、翌々日も、私に声をかけてきた。

 そんな彼女に対して、初め、私は馴れ馴れしい態度が嫌で、来るなだとか、近寄るな、とか言ったり、ときには無視をしたりと、完全に拒絶していた。
 物好きな少女も数日間ずっと、突っぱねられれば諦めるはずだ、なんて考えていたが、ココロはそれでも毎日私の所へ来た。
 それが、10日以上も続いたのではやはり気持ちも変わってくる。いや、そもそもきちんと自身の気持ちを伝えられなかった私だが、初めてあったときから、遊ぼうと無邪気な笑顔を向けられた瞬間から、私は内心で自分が思っている以上に喜んでいたのかもしれなかった。

 不器用で極度の人見知りの私であったが、次第に彼女と遊ぶようになっていった。きっかけなんて覚えていない。たぶん、そんなものなかったのだろう。ある意味自然のことだったといえる。人間は一人では生きていけない動物なのだから。
 何をして遊んだだろうか、内か外かといえば、外でする遊びだ。そういえば家のなかでは一度も遊んだことがなかったと思う。

 年相応の子供らしい遊び、鬼ごっこや隠れん坊辺りだったろうか、たった二人だったのに、私は満たされていた。
 気づいたが、もしかしたら、今までの私の人生のなかで、あの日々が一番楽しい時だったのかもしれない。

 そんな日々は、急に終わりを告げた。

 両親が離婚し、私は父と共に都会のほうへと行くことになったからである。
 たった一人の友達との別れは苦しいものではあったのだが、それよりも、両親が離婚したことによって完全なよそ者になってしまった私は、この村にいること自体が苦痛に感じてしまっていたし、都会へのあこがれを捨てきることはできていなかったのだ。

 そんな彼女との別れは、とても心残りになるものだった。

 そう、村を出ることになったあの日、私はここから離れることをココロに言い出すことができずにいた。

「ねぇ、ミライ……その……この勝負で勝ったら私と結婚してください」

 そうだ、あのときココロはらしくない赤面をしながら、そんな提案をしてきたのだ。

 当時の私は恋愛なんて言葉程度にしか知らなかったし(なら現在なら知っているのかと問われれば、閉口するしかないのだが)、いつか白馬にのった王子様が現れて私をお姫様にしてくれる、なんて現実を多少なりとも知ってしまった高校生の私からすれば笑えない、寒い夢を抱いていたので、彼女の提案についてそもそも意味がわからなかった。

 それでも、どうせ彼女と会うのは今日が最後だしと思い、私は「うん、いいよ」と言った。

 勝負というのは、鬼ごっこをして、ココロが鬼で、夕方までに私を捕まえることができるかどうか、といったものであった。
 私は彼女に見つからないように遠くへ逃げた。祖母の家の庭にある大きな木の下だったか。

 見つかってしまわないか、見つかったらどのようにして逃げようかと、ドキドキしながら待っていると、時間が過ぎていく。

 ポカポカと温かい日で、日の光の下にいると暑いような陽気であって、木の下は葉の屋根があるお陰でとても居心地がよく、急激に襲ってきた眠気に負けた私は眠ってしまった。
 起きるともう真っ暗で、私を起こしてくれたのは、私の荷物を持った少し寂しそうな顔をした祖母である。私は遊びの最中だったことを思い出したが、すでにタイムオーバーしていて、新幹線の時間が来てしまうと父に怒鳴られ、すぐに家を出ることになった。

 私はひどい罪悪感にかられながらも、ココロならもう諦めて帰っただろう、私がいなくても彼女ならすぐに友達を作れる、父が行くというのだから私は悪くない。そんな言い訳を並べて、そのままこの村を去ったのであった。

 ※

 疲労感の残る朝だった。
 若いなら1日寝れば治るとよく言われるが、そんなことはない。確かに大人よりも疲れの取れは早いのだが、なにせ昨日はいろいろとありすぎた。
 朝からいろんなところを歩き回ったし、夜から夕方にかけては殺されかけたのだ。

 子供のころの夢から覚めた私は、目を閉じながら当時のことを思い出していた。そして、どうして自分がココロのことを忘れていたのかがわかる。
 私は別れも告げずに去ってしまったことをひどく後悔し、罪悪感にかられていた。彼女のことを、村のことを思い出すたびにどうしようもなく胸が苦しくなった。

 そして、私は忘却することを選んだのだ。

 私のあこがれていた都会は、一年中寒い場所だった。村の中の人間のように必要上にかかわってくる人間はいなかったが、その無関心さに、私は身震いした。
 加えて変わってしまった父がから受ける暴力。

 そんな環境の中で、それ以上の苦しみを心が拒絶したのだ。
 だから、二度と帰らないと思っていた場所のことを引きずって苦しむよりもいっそのこと、不要な記憶など捨てて、忘れてしまった方がいいと、きっと私の脳が判断したのだ。私の心がつぶされないように。

 でも、それは間違いだったと痛感する。

 私にとって、彼女といたあの日々は、苦痛などではなかった。むしろ、それ以上に大切な記憶はないと今ならわかる。
 純粋な愛を頼んでもいないのに、押し付けてきた少女との時間は忘れてはいけないものだったのだ。

 だからもう少し、このモフモフ感を楽しみながら記憶をたどり、眠っていても罰は当たらないだろう、と思ったのだが、

(うん? モフモフ感?)

 違和感に気づいて、私はふかふかの耳と髪に顔をうずめて眠っていた。
 しかし、私は冷静だった。というか、考えるのが面倒で、事態を飲み込んで驚くまでには、そのわけがわかってしまったのだ。

 昨日の夜、何かがベッドの中に入ってくるのが分かった。
 部屋の窓の鍵がかかっているのを何度も確認したし、扉が開けばわかるので、寒いと思った狐のココロが入ってきたのだろうと思って、犬と一緒に寝るような感覚で入れてあげたのだが。

「ミライ……」

 だが、一夜経って、いつの間にかココロは人間の少女の姿に戻っていた。そんな恥ずかしい寝言を言いながら眠っている。
 その耳のついた頭に顔をうずめて快眠だった私は何か変な性癖の持ち主だったりしないだろうかと不安になった。

 当然、隣で眠る彼女は何も着ていないのだが、彼女の裸体で一番気になってしまうのは、ただ一点、ふさふさの尻尾だ。
 9つに分かれている真っ白な尻尾を見ていると、なんとなく、触ったら気持ちよさそうだな、なんて思ってしまう。
 彼女は眠っているのに、尻尾はまるで別の生き物のようにゆらゆらと動いている。

「ココロ?」

 ぴくぴくと動いている耳に向かって囁くが、まったく反応はない。
 よし、これならと思った私は、起き上がって、彼女の尻尾を触ろうと、ゆっくり彼女の下半身へと手を伸ばしたのだが――。

「おはよう、ミライちゃん」

 空気を読めるというか読めないというか、ものすごいタイミングで、扉を開けて中に入ってくる祖母。

 驚いた私は、その場に停止する。

 止めてしまった手は、ココロの太ももあたりに止まっている。これでは、私から見ても、第三者から見ても、例外なく、私が狐耳の少女の寝込みを襲っている光景に映ってしまうだろう。
 祖母がその場に立ったまま、状況把握に努めている間、私はこの部屋に鍵がついていないことを恨んでいた。
 そして、何かを理解したらしい祖母は、笑顔で、扉を閉めようとする。

「お邪魔だったね」
「いや、変な誤解をしたまま閉めないで!?」

 ベッドから起き上がった私は、閉まりそうになった扉を開けて、「私は尻尾が気になっただけです!」なんてことを、はしたないと思いつつも朝から叫んでしまう。
 そして、そんな私にすぐに後ろから、

「え~? 私てっきり、ミライに襲われるんじゃないかって期待していたんだけどなぁ~」
「あんたは何で起きているのよ!」

 眠っているはずなのに尻尾が動いていたのは、狸寝入りをしていたからか。
 早く着替えなさい、と言って私の持っている洋服を彼女に投げつけた後、私は弁明するべく、祖母のもとへ向かったのであった。


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