ウタカタノユメ

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ミライの過去

 
 ココロの家、というのは随分山奥にあり、ちゃんとした人の作った道なのかただの雑草が生い茂っているだけなのか、わからないような道を歩いていくと、四方を木々に囲まれた中、ひっそりと木で作られた一軒の家が建っていた。
 熊とか猪とか出そうな場所だなと思ったが、ココロと一緒であったためか、私はあまり怖いと感じなかった。

「一人暮らしなの?」
「うん、お父さんの顔は見たことにないし、お母さんは昔に死んじゃった」

 そう……、と呟きながら私は意外に思っていた。こんなに笑顔が多い女の子が自分と同じように両親が傍にいない生活を、それもこんな山奥でしているなんて、考えてもみなかったからだ。
 どうぞ、とココロに言われて家の中へと入っていくと、思った以上に何もなかった。先ほどまで良くも悪くもいろいろあった村役所にいたせいか、最低限の家具だけ置かれた家の中は、自分の今使っている部屋よりも多くの家具が置いてあるのにもかかわらず、寂しく感じてしまう。

「お昼まだでしょ、今準備するから」
「別にいいわよ、そんな迷惑かけられないわ」

 いいからいいから、と言ってキッチンへと行ってしまうココロ。広い家の中、一人残されてしまった私は、どうにも落ち着かず、部屋の中を見て回ることにする。
 といっても、興味を引くものは本棚ぐらいしかないのだが、普段ココロが一体どんな本を読むのか、それだけでも暇つぶしには十分であった。

 本棚の隅から一つずつタイトルを目で覆っていく、どれも難しそうな本ばかりであったが、その中で一冊、ギョッとするタイトルの物があった。

「ココロ、この本って……」
「ああ、それ、ママのだから勝手に見ていいよ」

 私が引き抜いた一冊の本、それは『F村の三伝説と私の思い人』というタイトルの本であった。
 その著者を見て、私は再び驚く。

「西園寺……冴子……」

 F村とは間違いなく、この藤咲村のことだろう。彼女が作家ならば真っ先に本が出ていないか調べるべきだったのだと、今更ながら思った。
 開いていくと、まだ一度も読まれていないらしく、間には補充注文カードが挟まったままである。新品を読んでよいものだろうかと思いつつも、本を開くと、メモ帳のようなものが落ちる。それは、先ほど村役所で拾ったメモ用紙と同じものだった。

『恵に捧げる』

 これもまた、西園寺冴子の文字だったが、よくわからなかったし、本の中身ほうがはるかに興味があったので、私は好奇心には勝てずに、読み進めていく。

 その内容は、こんなものだった。



 主人公の男は、子供の頃、父の仕事の出張先であるF村に学校の夏休みの二週間足らずの間だけ住んでいたのだが、そのとき、彼は一人の村娘に恋をしてしまった。しかし、その村娘は村の伝説になっている一匹の妖孤だったのだ。F村の三つある伝説のうちの一つにもなっている妖狐である。女が狐だったことに驚きつつも、10年後に必ず迎えに来ると言い残した少年は村を発った。
 しかし、10年後、再び少年が返ってきたとき、妖孤は未亡人になっており、同じく妖孤の娘がいた。無理もない、小さい頃にたった二週間だけ会った男のことを信じて待っているはずがなかったのだ。

 夫を失った妖孤の女に、男は婚儀を持ちかけるが、女は死んだ夫のことが本当に好きだったらしく、首を縦に振らなかった。青年は、それでも女のことが諦められず、ズルズルと村の中にいてしまった。来る日も来る日もラブレターを書いては毎日のように女の元に届けたのだ。妖狐は男のことが嫌いではなかったが、自身は娘がいる身だからと、相手にしなかった。

 だが、F村には妖狐以外にも二つの伝説があることを青年は知らなかった。
 一つは怖い魔女がいること、よそ者を決して許さない魔女が。

 妖狐はその魔女にさすがにうっとうしく思った青年を追っ払うように頼んだのだ。青年は魔女に殺されかけるが、なんとか生き延びて村の外に出る。命を狙われるのでは仕様がないと思い、青年は村を出て、都会へと帰っていった。

 けれども、伝説には最後の一つがあった。

 一月以上、この村に住んだ人間は、決して出ようとしてはならない。もしも、出たのならば、そのときは村の神様によって鉄槌が下るというもの。
 しばらくして、男が会ったのは、真っ黒いマントのオオカミの顔をした死神であった。雨の中、犬顔の死神から逃げようとした男はまず、巨大な鎌で背中を切られた。致命傷にはならなかったものの、男は泥だらけの水たまりの中に倒れる。

 倒れた男にとどめを刺すために、死神が男の前に来る。死を覚悟した男が思ったのは、生涯をかけて愛した一人の女性だった。
 そして、死神の鎌が振り下ろされた瞬間、男の前に一つの影が入り込んできた。
 影は男の代わりに鎌を正面からくらい、倒れながらも、死神に矢のようなもの突き刺した。すると、苦しそうな声を上げた死神が消えていく。

 身を挺して自分を助けてくれた恩人の顔を見て、男は驚いた、それは自分の事を拒絶していたはずの妖狐であったからだ。

 切られた女は倒れる。男が抱き上げるとすでに虫の息だった。
 どうしてこんなことをしたのか、青年が女に問い詰めると、息をするのも苦しそうな状態で女は青年ことを思っていたからこそ、自分と関わるべきではないと考えていて、だから、今まで突っぱねた態度を取っていたのだという。

 事切れてしまった女を抱きながら男は泣いた。体中の水分がなくなってしまうのではないかと思うほどに泣いた。
 その後、なんとか命を繋いだ男は都会に帰って、自分がF村で体験したことを本にし、その本をかき上げた瞬間に、原因不明の病によって倒れる。

 数日後、男は死んだ。病死だった。

 しかし、男が最後に見たのは、やはり、オオカミの顔をした死神なのだった。



 そんな妖孤を愛してしまったがゆえに逃れられない線路の上に立たされてしまった男女の話をホラーに結び付けて書かれた小説だった。
 私は本をゆっくりと閉じてから、これがフィクションなのかどうかをまず考え、そして、どこまでが本当でどこまでは作り話なのかというのも考える。
 ストーリー上はこの本は村の伝説によって殺された男が書いたものということになっているが、西園寺冴子の死と何かつながっているのだろうか。だが、伝説の内容すらも彼女が作ったものの可能性がある。何せ、私は不思議な体験こそしたものの、ここに書かれている三伝説に触れたわけではないのだから。

「はい、どうぞ!」

 そんなことを考えていると、ココロが両手にトレーを持ちながらやってきた。エプロン姿はとても可愛かったが、室内だというのにやはりトレードマークである麦わら帽子は被ったままだった。
 本を元の場所に戻して、席に着くと、皿の上には魚の切り身が入っているパスタ、横のコップにはスープが、置かれていた。

「……これ、貴女が?」
「うん、美味しくできてるかわからないけど」

 料理ができない程度には女子力の方が低い私にとって、ココロが料理を作れること自体が驚きだった。
 その上、美味しいとまで来た。
 私は女として完全敗北したような気分を味わいながらも、美味しいものは美味しくて、さらに、お腹が空いていたこともあってか、フォークが止まらない。

「……どう?」
「とてもおいしいわよ、教えて欲しいくらい」

 よかった、と安堵の息を漏らしているココロを見て、なんだかカップルみたいだな、などと思ってしまい、気恥ずかしくなる。
 目の前で食べているココロはニコニコと、本当に美味しそうに食べているので、それを見ている分、美味しさも増しているような気がした。

「……ねえ、さっきミライはどうしておじさんに怯えていたの?」
「? 別に怯えてなんか……」

 嘘、といって、汚れ口を顔の前まで近づけてきたので、私はハンカチでゴシゴシとその口をふき取る。

「だってミライ、中島のおじさんの前だとなんか、おどおどしてたっていうか、私の前と違っていたし、緊張してた」
「……ただの人見知りよ」

 この子、案外よく見ているのだな、などと思いながら、ごまかすようにフォークで一口分だけ残った麺をクルクルと巻いていく。
 私の動揺に気づいているのか、ミライは私の顔をじー、と見てくる。私が彼女と目を合わせないように下を向きながら料理と向かい合っていると、チュッ、頬にやわらかいものが当たる。

「ちょっ、意味わからないわよ! どうして今の流れからそうなるのよ?」
「だって無防備なミライの顔が目の前にあるんだよ?」
「理由になってないわよ!」

 フォークを皿の上に落とし、バンッ、と机を叩きながら言う、どうしてこの子はこう……いや、私のことが好きなんだっけか? 
 朝のことを思い出してしまい、心臓がバクバクとなり始める。そして、この家はココロと二人っきりということに今更ながら意識し始めてしまい、頭に血が上る。パンクしてしまうのではと心配になってしまうほどに。
 すると、ココロは私が皿の上に落としたフォークを拾いあげてから、丁寧に残りのパスタを巻いて、私の口元に持ってくる。

「はい、あーん」
「いや、自分で食べられるわよ」

 私が拒絶すると、ココロは頬を膨らませながら、さっきよりも大きな声で「あーん!」と意味不明な抗議の声を上げてくる。
 戸惑いながら彼女の顔を見た私は、その若干うるんだ眼と、震えているフォークに観念して仕方がなく口を開ける。

「……美味しい?」
 さっき言ったはずだが、と思いつつも私は首を縦に振ると、ココロはニコニコと満足そうに微笑んでいるだけだった。声を振り絞った私が、「ごちそうさまでした」と呟くと「お粗末様でした」とすぐに返ってくる。
 二人分の空になった皿をトレーごと持ったココロは片づけをしに持っていこうとするので、私は自分の分を奪い取ってから、「手伝うわよ」と言った。

「……ありがとう」

 別に私がやるからいい、みたいなことを言うと思ったので素直なお礼の言葉に驚いた私は不覚にも嬉しいと思ってしまう。
 二人並んで洗い場で皿を洗う、大した量ではないのに、なんとなく、私は時間をかけるように念入りに洗っていた。

「私さ、父親が怖かったの。怖くて、怖くて、毎日怯えていた……」
「……?」

 どうしてそんな気になったのか、私にもわからない。いつの間にか、少しだけ自分の過去を彼女に話し始めていた。
 ココロは邪魔することなく、私の話を聞いてくれていたので、私は続ける。

「昔は良いお父さんだったんだけどね――親が離婚してから、人が変わってしまったの。私に対して、暴力を振るうようになった」

 この村で結婚し、私が生まれて10年、その時間の間に、私の両親の愛は完全に冷めきってしまった。
 そのとき、母が村の別の男と関係を持ってしまったせいで、裏切られた父は怒り、離婚。私が藤咲村を離れることになったきっかけでもある。

 私自身、母を許すことができなかったため、東京へと引っ越す、父の方へとついていくことになった。
 けれども、都会に戻っても、何一つうまくいなかった父はすっかり廃れてしまい、そのストレスを私に『暴力』という形で向けてきたのだ。

 それに対し、私はどうすることもできなかった。毎日毎日続く暴力、服を着ていればわからないような箇所に増えていく痣、苦しいと思って怖いと震えていた、次第にそれが当たり前のことのようになってしまい、父か私が生きている限り、この苦しみは仕方がない、続いてしまうのだと考えるようになってしまった。
 それが間違えだったのだとわかったのは、つい一月前。事故で父が亡くなってからだ。私の知らないところで、あっけなく父は死んでしまっていた。突然起きた解放に私は戸惑いつつも、一日、一日が過ぎていくにつれて徐々に安堵を覚えていった。

「今でもね、大人の男の人を前にすると、父と被ってね。怖くなる時があるんだ」
「そう、だったんだ……」

 何を思っているのだろう、呟いたココロは私の方を見ずに、出しっぱなしの水をただ見つめていた。

 父のことを考えると、まだ残っているわずかな痣が痛む。気のせいだとはわかっているが、恐ろしくなる。この傷はいつか完全に消えてくれるのだろうかと、よく考える。
 洗い物を終えて、皿を布巾で拭いてから、食器棚に片づける。その間、私たちは終始無言だった。変な話をしてしまったかと、私は少し後悔した。

 二人でリビングに戻ってきても、会話はなかった。ココロはずっと、何かを考えているようだ。同情しているのだろうか、それとも、怒りでも抱いているのだろうか。どちらにしても、今の私には要らないものだった。
 いたたまれなくなった私は、時計を見てから「じゃあ、そろそろ私帰るね」と言って席を立つ。気まずい空気の中で、二人でいるよりも私がこの場からいなくなることでココロも安心するだろうと考えてのことだった。

「確か玄関はこっちだったよね」
「あの、ミライ!」
「?」

 呼ばれて振り返るも、ココロのその後の言葉が続かないのを見て、何だろうと思い首をかしげてから、やっぱり何でもないのだろうと、思い直して帰ろうとした。
 しかし、その時、後ろから重いものが突っ込んでくる。

「ちょっと、ココロ、重いわよ」
「…………から」

 私の肩を両手で抱きしめながら何かを言ったココロであったが、良く聞き取ることができなかった。
 体重がのしかかってきたことにより、私はその場にペタンとおしりをついてしまう。


「私が、ミライを守るから!」


「…………はぁ? 何言ってんのよ?」

 ココロの言った言葉の意味が分からなくて、疑問の声を上げる。
 守る? 誰が? 誰を?

「私もよくわかんないもん……でも、もう、ミライが苦しまないように、泣かないように、頑張りたかったから、その……」

 しどろもどろのココロの言葉に、要するにまとめられなかったのだとわかって、おかしく思い、私はクスリと笑う。

「私とそう変わらないのに、何言っているのよ」

 ココロが、私を、守る?
 私よりも大きな男の子とかならわかるけど、ココロに守れるほど私は弱くない。
 私がクスクスと笑い続けていると、後ろから抱き着いているココロが、私の耳元でそっと囁いてくる。


「だって、ミライは私だけのお姫様だから」


「…………っ!」

 心臓が音を立てるので、私は頭の中で、相手は女の子だ、相手は女だ、同性だ、だからこんな感情はあり得ない、と繰り返す。
 なんでこの子は、そういう恥ずかしい言葉を理路整然と私に言うのだろう。
 良い匂いを漂わせ、柔らかな腕を回しながら「えへへ」と私の背中に暑ぐるしいほどにベター、と張り付いてきたココロが、茶化したように、

「ミライ、耳真っ赤」
「うっ、うるさいわよ」

 体をねじりながら立ち上がって、ココロを振り払った私は、そそくさと逃げるようにその場から立ち去ったのであった。


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