ウタカタノユメ

ノベルバユーザー172952

未来……?

 
「おい、あんた、大丈夫か?」

 まだまだ眠っていたいのに、体をゆすられ、誰かがそんな声と共に私の睡眠を妨害してくる。ゆっくりと目を覚ますと、目の前には知らない女の人がいて、びっくりする。

「はっ、はい……少し眠っていただけですから」
「ならよかった、ここらは熊とか出るからな。無防備は危ないぞ」

 村の人だろうか、長い髪にさばさばとした口調、高い背丈、歳は二十代後半くらいか。圧倒される大きな胸を持っていた。動きやすそうな服装をしており、なんというか、シャツの間に出来上がる谷間を見て『お姉さん』と呼びたくなるような雰囲気の人だった。

 ありがとうございます、と言った私は立ち上がろうとすると、女の人は手を差し伸べてくれたので、その手を取って立ってから周りを見る。そういえば、神社の境内で眠ってしまったのか。
 眠る前と日の位置はあまり変わっていないので、そんなに時間が経ったわけではなさそうだが。

「私は朝木あさぎ宇宙そらだ。ソラさんとでも呼んでくれ」
「えっ、と……黒梅ミライ、です」

 どうしてこの人は、こんなに山奥の山奥に来たのだろう。村の人だとしても物好きにも程があると思う。まあ、ここにいる私が言えたことではないのだが。彼女は、まるで私の心を読んでいるかのように、私の聞きたかったことに答えた。

「ここな、こう見えて村の中で結構、大切な場所らしくてね――ちょっと待ててくれよ」

 彼女が手に持っていた野菜やら果物やらが入っている袋を見せてきて、納得する。ソラさんは、すぐに鍵を使って本殿の中へ入っていき、お供え物を置いてくると、お参りしてから、私の元へと帰ってくる。慣れている感じだったので、ここに来るのも結構な頻度なのだろう。


「おまたせ、それじゃ、行こうか」
「はっ、はい」

 ここにいる意味もなかったし、そろそろ帰らないと、お昼ご飯を作っている祖母が待たせてしまうことになるだろう。
 ソラさんと並んで階段を下りていく。誰かと一緒というだけで、疲れが上り下りの疲れが半減している気がするのは気のせいではないだろう。隣を歩くソラさんは、とても不思議な人と思う。初めて会うはずなのに、私があまり緊張していない。口調のせいだろうか。

「ミライちゃんはどうしてあんなところで寝ていたの?」
「えーと、村から来たんですけど、階段上ったりしたら疲れてしまって」
「休憩していたってことね」

 はい、と言いつつも、あっという間に階段は終わってしまった。拍子抜けというか、この階段、こんなに短かっただろうか。いや、登りよりも降りる方が楽だってことはわかっているが。
 他に誰もいない木々に囲まれた道を二人で歩いていると、知らない人だというのに、姉ができたような錯覚を覚える。

「ソラさんって、藤咲村の人なのですか?」
「そうだよ、生まれてからずっと住んでる――と、そういうミライちゃんは、見慣れない顔だけど……」
「昨日、引っ越してきたばかりですから」
「そうなの、こりゃ、村の男どもがまた騒ぎ出すな」

 ソラさんは、ニコニコと私を見てくる。視線がぶつかって気まずくなった私がなんとなく目を逸らすと、彼女も、一本道の前方に視線を戻した。
 数分の間、二人で会話なく歩いていると、「あれ?」と何かを思い出したようにソラさんが、

「そういえば、黒梅って何処かで……」

 祖母が事前に村の人たちに言っていたのだろうか、あるいは私は覚えていないが、昔私がこの村にいたときに、に知り合った人なのかもしれなかった。
 んー、と少し考え始めるソラさんを、過去の自分のことが思い出されませんようにと私は隣で心の中で祈った。友達がいなかった、私のことを。

「いや、ごめん、思い出せないわ」
「いえ、いいのですよ――それよりも」

 早く話題を変えたかった私は、言ってしまってから、代わりになるような話題を考えたのだが、一つしか思いつかなかった。

「藤崎村の三伝説って知っていますか?」
「いや、聞いたことないね。ちなみにどんなの?」

 私は、手帳に書いてあった『白銀妖狐』と『森奥の魔女』の二つの伝説について、話してみた。一応、以前調べている人がいたという前置きもした。私の話を聞いたソラさんは意外な反応をする。

「魔女がどうたらは知らないけどね、狐なら村人の間で頻繁に目撃されてるね」
「本当ですか?」
「その村の狐は二匹で、白いのと黒いのがいるんだが、よく人に化けて村のお祭りに来たりしてるって噂――まあ、私は見たことないけどね」

 本当に、人に化ける狐がいる。その情報だけで私は高揚していた。二匹いるというのは初めて聞いた話だが、彼女の話は私の持っている伝説の情報と異なるものではないだろう。今までふわふわとしていた不確定な存在が明瞭になってきたことで私は思わず、辺りを見回したが、何もいなかった。
 その様子を、横で微笑みながら見ていたソラさんは、「あっ、そうだ」と言って、ポケットから折りたたんだチラシを取り出して、私に渡してくる。

「これ、お祭りのチラシ。辺鄙な村の祭りだけど、きっと楽しいからさ、ぜひ、来なよ。男どもも喜ぶ」
「はい、ありがとうございます……」

 私がいた頃は祭りなんてあっただろうか、行った記憶はないが、そもそも家から出ること自体、ココロと遊ぶ時以外なかったと思う。私は渡されたチラシに書かれていた『流雲祭り』などという文字を眺める。さっきいた神社も『流雲神社』だったが、もしかしなくても、あの神社でやる祭りなのだろう。
 そのとき、ようやく、なんとなく見覚えのある道へと出る。私のおぼろげな記憶でもここからならば、祖母の家まで帰れそうだ。

「私、ここ右だけど、ミライちゃんは?」
「あっ、私は左です。ここまでありがとうございました」

 ああ別にいいわ、と言ったソラさんに深々と頭を下げた私は、彼女とは反対側の道へと歩いていく。少しだけ歩いてから、後ろを振り向くと、まだソラさんは此方を見ていた。表情まではわからなかったが、さっきまでのように微笑んでいるわけではなさそうだ。遠くから見た分には、何かを考えている様子に見受けられた。
 そんなソラさんの様子に首を傾げた私は、昼食を作って待っているはずの祖母の元へと歩いていく。行きは泣きながら走り抜けた道だったので、よくは覚えていなかったものの、家の数が少ないような気がする。人もいないし、こんなに殺風景な場所だっただろうか。

 祖母の家は立ち並ぶ古めかしい家々を抜けてから一分ほど直進したところにあるのだが、寂しげな家々を抜けた私はその先を見た瞬間、何かがおかしいことに気づく。
 近づくにつれ、嫌な予感が膨らんでいき、すぐに私は顔色を変え走り出した。

 いや、ありえない。そんなこと、あるはずがない。

 心で自分にそう言い聞かせながら、祖母の家のある場所の前まで来る。

「うそ、でしょう……」

 思わずつぶやいた私の目の前に祖母の家はなかった。 高い敷居も、門も、二階建ての古びた家も、手入れされていた庭も、何もかもがなくなっていた。私の目の前には、墓地が立ち並ぶだけ。
 確かにこの場所だ。間違えるはずがない、その証拠に巨大な樫木があるのだから。
 数えきれないほどの墓地を前にして、私は呆然とする。私の頭がどうかしてしまったのか、あるいは、それこそ狐に化かされているのか。

 何が起きたのかまったくついていけない私は、フラフラと家のあった場所へと歩いていく。ここに置かれている墓石はどれも新しいように感じた。
 そして私はそれを見つけた。

 見つけて、しまった。

「なに、これ……」

 立ち止まった私の前には、立派な墓石。線香もなければ、手入れされていないようで、苔が生えていたが、問題はそんなところではない。

『黒梅未来』

 ただの同名の他人だとは思うには、すでに不可解なことが起こりすぎていた。横に書いてあった享年は、今から3日後。
 混乱してきた私は、その場に膝をついて、墓石をただ茫然と見つめることしかできなかった。何処かで私を笑うように虫が鳴いている。残酷な太陽が私を照らしていた。

「どうして……」

 私の墓なんてものがある、ここはどこだ、私は誰だ。そんな問いかけを頭の中でして、すぐに頭を振った。
 いや、違う、考えるべきは一つ。今が一体いつかだ。

 思い出した私は震える手でポケットの中を探って、先ほどもらったお祭りのチラシを開いて日付を確認する。
 チラシに書かれた日付は、確かに今日だ。しかし、決定的に違うのは年である。

 私のいた時間から、どうやらここは数えて約30年後らしい。四半世紀以上もあとの世界。このド田舎では見た目が中々変わらないからわからなかったが、おそらく、都会の方はかなり変貌しているだろう。
 無意識に持っていたチラシを離すと、チラシは風に乗って何処かへ行ってしまった。

 浦島太郎じゃあるまいし、数時間の体感時間で、30年もの時間が流れたなんて、容易には信じられるはずもない。だが、ドッキリにしては規模が大きすぎて、それよりも神隠しか何かでタイムワープしてきてしまったと考える方がずっと自然に思えた。

 状況が少しわかってきたところで、私には途方に暮れることしかできなかった。母のいる場所などわからないし、きっと、祖母は寿命を迎えている。慣れているはずなのに、どうしようもなく孤独が怖かった。
 ならば元の時間に帰る方法を見つけるか。しかし、元の時間に帰れたところで、3日後には死ぬのだ。どの道、詰んでいる。だいいち帰れる保証もない。私は、知り合いがだれ一人としていないこの世界で生きていかなければならないのか。

 私は好奇心に殺された、もしも、今日外に出ようとしなければ、こんな世界に迷い込んではこなかったはずだった。
 立ち上がれなかった、そんな気力さえもないように感じて、ただ俯くことしかできない。そんなことではダメだと自分で言い聞かせるも、一度折れてしまった私の心はもがくことを諦めていた。

 その時である。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 横から声をかけられて、声の下方を見ると、いつの間にか傍に年端もいかないような少女が立っていた。黒髪で黒目、まるで日本人形を可愛くしたような子だった。
 一度見てから、容易に信じられずに、目をこすってからもう一度よく少女の姿を見たとき、私は驚きの声を漏らす。

「えっ……」

 彼女の耳、髪に交じって、真っ黒い耳がついているのだ。そして、彼女の後ろにはやはり真っ黒い狐の尻尾。
 それは、私の想像した通りの人に化けた『妖狐』の姿であった。

「あっ、貴女……その、姿は……」
「私、狐だもん」

 えへっ、と無邪気な笑みを浮かべながら言う少女の可愛らしさに、ほおが緩みかけるが、すぐに首を振って邪心を棄てる。あまりにも現実離れした事態が続くので、一度深呼吸して心を落ち着かせた私は少女に問いかける。

「えっと、これは、貴女のせいだったりするのですか?」

 少女はフルフルと首を横に振る。だが、彼女は私が別の時間から来たことを知っているようだった。

「でも、何もしなくても時間が過ぎればお姉ちゃんは帰れるよ」
「そっ、そうですか……」

 少女の言葉には何の理由もなかったが、私は少し安心しかけるが、すぐに他の不安が湧きだしてくる。

「帰ったら私、死ぬのですか?」

 ニコニコと微笑みかけてきていた少女は笑うことを止めて、口をつぐむ。そして、私の傍にある墓をしばらく見てから、もう一度私に視線を戻す。再び私を見た目は寂しそうなものだった。

「神様が決めてしまった人の運命は変えられないよ、ましてお姉ちゃんはただの人間の女の子、抗うことすら不可能じゃないかな」
「そう、ですか……」

 私の死は、逃れられないもの。やはり少女の言葉に説得させるような理由は何一つなかったが、このままでは確実に死ぬことだけは、はっきりしたような気がした。
 狐の少女の言葉を信じるならば、この後私は元の時間には帰れる、けれど3日後には死ぬ。その運命は変えられない。

「何か、方法はないの?」

 うーん、と腕を組んで狐耳をピクピクと動かし、首をかしげながら考えるそぶりをした少女はおかしなことを言う。

「生きたいなら、ちゃんと死ぬしかないんじゃないかな?」
「それは、どういう……」

 ニッコリと微笑みかけてきた少女はそれ以上何も言わなかった。少女は、ふさふさの尻尾をゆらゆら揺らしたあと、何かを探すようにポケットの中を手で探っている。
 いったい何なのだろうか、と思って可愛らしい獣人を見ていると、私の元に近づいてきた少女は、

「お姉ちゃん、いいものあげるから目を閉じて、口開けて」
「いいもの……?」

 なんだろうと思っていると、少女は「早くして」とせがんできたので、ギュっと目をつむってから口を開けると、口の中に何か丸いものが入ってきた。美味しいのか不味いのかよくわからない味が口の中に広がっていく。
 私が目を開くと、目の前に少女の顔があって、

「私の好きな飴、美味しい?」
「そっ、そうですね」

 正直に言うと、よくわからない味なのだが少女を傷つけてはダメだと本能でわかったので、私は嘘をついた。
 よかった、と言った少女は顔を私の前から離して、あごの下に人差し指をつけながら、「あとは……」とか言いながら、私の墓石を見て、「あっ」と何かを思い出したかと思うと、ビシッと、指を突き付けてきたではないか。

「お姉ちゃん、女の子なんだから恋しないとダメだからね」

 なんでこんな小さい子供に恋しろと言われなければならないのだろう。そう思いつつも、一応、「わかっていますよ」と答える。もしかしてこの子、こう見えて私よりも年上で恋愛経験豊富だったりするのだろうか。
 落ち着かない少女は、腕に時計がついていないのに、自分の腕を見て「もうこんな時間」なんて言い出す。

「私の可愛い恋人が待ってるから行くね、バイバイ、お姉ちゃん」

 可愛い、という点が気になったが、私がそこに突っ込む前に少女は走って、墓地から出て行こうとするが、一度だけ少女は振り返って、少し離れていてもうるさいと思えるほどに大きな声で、

「大丈夫、お姉ちゃんにもすぐできるから!」

 そう言って、大きく手を振った後、少女は去っていった。
 まるで嵐が過ぎ去った後のように静かになってしまったその場で、ハッとした私はすぐに妖狐の少女の後を追う。どうやって帰ればいいのかわからないし、助かるための方法の意味も教えてもらってない。

 だが、立ち上がった時点で、少女の姿はなく、それでも後を追おうと、私は走り出したのだが、石に躓いて頭から地面に突っ込んでしまう。反動で舐めていた飴を飲み込んでしまった。顔面に襲う衝撃に、おそらく、ここがコンクリートに舗装されていたら顔面血まみれだっただろうと思う。
 痛む頭をさすりながら、顔を上げると、不思議なことの景色が変わっていた。

 見ている者だけではなく、さっきまで鳴いていた小鳥の声はカラスに代わり、セミはコオロギに、涼しい風も吹いてくる。
 一瞬前までは真昼間であったはずなのに、今はもう夕方。そして、私が転んだ場所には屋根があり、左右には敷居。

 そう、いつの間にか、私がいたのは、我が家の門の前であった。

 突然のことに何が起こったのかもわからず、とりやえず私が家の方へと歩いていくと、玄関前で待っていたらしいトメおばあちゃんが血相を変えて駆け寄ってきたのであった。
 転んだことで泥だらけになっていた私はすぐに祖母に風呂へと入れられた。汗と泥を流して、丁寧に体と、長い髪も念入りに洗ったあと、チャポン、とヒノキの匂いがする風呂に浸かりながら、今日起こったことを考えていた。

 祖母の話を聞くと、私は朝7時前に家を出てからお昼になっても帰ってこず、ずっと心配していたようだ。ちなみに帰って来たのは6時前だった。
 それだけ聞くと、私は家を出てから夕方まで自分の家の門のあたりで眠っていて、体験したと勘違いしているのは、全て夢だったと考えることができる。

 白昼夢にしてはその内容はあまりにもリアルに感じた。せめて、30年後のチラシを持ってきていれば、あれが夢ではないと完璧に証明できたのに。
 だが、もしも夢でないとするならば、このままだと私はあと3日の命と言うことになってしまう。その点では、夢であってほしかった。

 どうせ夢だったのなら、あの狐耳の生えた頭を撫でて、尻尾をモフモフしておけばよかったと今更ながら後悔する。もし、『白銀妖狐』の伝説が本当ならば、あんな可愛い狐の少女に会えるのだろうか。
 溜息を吐いた私は、体感時間は、まだ昼間と言った感じなので、外が暗いのは納得がいかない。

「なんだったのでしょうか……」

 お湯に疲れが解けていくのを感じながらそんな独り言を呟いた私は、深いため息とともにお風呂の淵を枕にしながら静かに目を閉じたのであった。


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