ウタカタノユメ

ノベルバユーザー172952

喧嘩

 
 翌日、朝は早かった。トメが私を朝食に呼びに来たのは、5時半。まだ、天候の手続きとやらが済んでいないので学校に行くわけでもないのに、である。人間、歳を取ると早起きになるとは言うが、かといって祖母は早く寝たわけではなかったと思うのだが。
 聞きなれない声で起きた私は、見慣れない部屋に、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなったが、頭を振って無理矢理に脳を働かすと、今日からここが自分の部屋なのだと思い出して、大きなベッドから出る。

 服を着替えて降りると、私よりも寝ていないはずなのに、私よりもずっと元気に見えるトメがイワナの塩焼きにご飯、お味噌汁に納豆、といったメニューを正座した私の前に並べてくれた。昨日とは打って変わってまさにこれこそ和食といった感じで、あまりにも美味しそうなのでお腹が鳴ってしまう。
 手を合わせて「いただきます」と言った私は、箸が止まらなかった。まだ眠気が取れていなくて、起きた直後は食欲があまりなかったはずなのに、今は少しがっつくように食べていた。

「良い食べっぷりだね、若いもんはそうでなきゃ」

 はしたない様子を見られたと思った私は、すぐにペースを緩めてゆっくり食べることを心がける。箸が止められない、美味しいのだから仕方がないことだろう。
 ズズッ、と合わせ味噌で溶かれたみそ汁をすすってから、なんとなく、口から感想が漏れる。お世辞以外でこういうことを言うのは自分自身以外であった。

「はい、とても美味しいです」
「そりゃ、よかった」

 笑いながらそう言ったトメの顔を見る。この人はここに来てから一度たりとも他人行儀なそぶりを見せてくれない。だからこそ、私は戸惑うしかなかった。

「辛いことがたくさんあって気が張っていたかもしれないけど、あと5日は何もないからね。ゆっくり気をお休め」

 コクリと頷いた私は、茶碗の中にあるご飯を一粒残さずに食べる。
 食べ物が体に入ってくると、体がポカポカとしてくる。そして、頭が働いてきた。すると、私は昨日、手帳で見た三伝説のことを無性に聞きたくなった。だが、伝説の話自体が西園寺冴子の妄想だった場合、恥をかくことになる。

 そう考えているうちに、皿の上にあったものも魚の骨を除くとすべてなくなっていたので、反射的に「ごちそうさま」といって席を立ってしまう。私の行動に祖母も食器を片づけて、洗い物を始めてしまったので、タイミングを完全に逃してしまった。私の馬鹿……。

「せっかくこっちに越して来たんだ、村の中を見てきなさい、きっと気晴らしになるよ」

 心の中で自分を責めながら祖母の言葉に「わかりました」と返事した私は、部屋の中へと戻って、もう一度、西園寺冴子の手帳を広げてみる。ぼーと、見つめていると、やはり伝説のことが気になった。
 外に出たら伝説のことが何かわかるかもしれない、そう思った私は手帳を持って、部屋を出て、トメに「いってきます」と言って、出ていこうとする。

「お昼には帰っておいでよ」

 少し強い口調と大きめの声で言った祖母の言葉に靴を履きながら「わかりました」と返す。もあまり遠くへ行くわけではないので、心配しなくてもいいのだが。
 まだ朝早いので、外は肌寒いくらいだった。朝、さしたる目的もなく外に出るというのはこんなに気持ちの良いことだったのかと驚きながら、広い庭を横切った私は、門をくぐる。
 門を過ぎた瞬間である、完全な死角、真横から弾丸のように何かが飛んできた。

「おはよう、ミライ!」
「ココロ!?」

 横からのタックルであったが、何とか倒れることなく持ちこたえた私は、頬擦りしてくる麦わら帽子の少女の出現に驚いていた。
 まだ朝7時前だ、なぜそんな時間にうちの前で待機していられる。どんな重度のストーカーであってもしないような所業だ。この子、一体いつからいたのだろうか。

「私と貴女はもう、友達じゃないですよ」

 そう言いながら引きはがそうとするが、体格差がなく力が変わらないためか、私がいつも外に出ずに筋肉を衰えさせていたためか、おそらく両方の理由だろうが、まったく引きはがせない。それどころか、ココロが体重の全部を乗っけて来たので、ついに支えきれなくなった私は、その場に仰向けで倒れてしまう。後ろが芝生であったため、かろうじて強打は免れたものの、背中に痛みが回る。

 だが、そんな痛みも引いてしまうほどに、ココロとの距離が近すぎて、緊張していた。バクバクと心臓の動きが痛い。
 私を倒したココロは、そのまま馬乗りなってきたではないか。鼓動が加速していく。

「じゃあ、今は、それ以上ってことだね」
「……えっ、それは――っ!」

 一体どういうこと?

 訊こうとした私は良い匂いを感じて、その瞬間唇を奪われてしまっていた。ただ唇が振れているだけなのに、んっ、と変な声が出てしまう。頭がボーとしてきて気持ちが良いと思ってしまう。
 私の目の前には、綺麗な顔があった。できものの痕跡すらない肌に、恍惚とした光り輝く目、長いまつ毛に、整いすぎている眉、どれをとっても悔しいほどに完璧な美少女だと思った。

 ゆっくりと、名残惜しそうに離れている唇。

 ぷはっ、と息を吸い込んだ私は、まるで、魔法が解けたかのように思考が元に戻ってきたので、驚いて、ココロを突き飛ばす。

「なっ……ななななっ!」

 言葉が出てこなかった。それほどまでに私は動揺していた。一方、突き飛ばされたもののすぐに起き上がってきたココロは、可愛らしくも首をかしげながら、

「な?」
「何するんですか!」

 私の声は山びことなって響いていく。生まれて初めてこんな大きな声を出したような気がする。

 いや、だが、これは仕方がないこと。

 だって、今のが私のファーストキスだったんだから。

 淡い思いを抱いていたキスの幻想が見事にぶち壊された。相手はよりにもよって女で、それも不意打ちで奪われたのだから。しかも、自分はちゃんと気持ち良いものとして感じていたわけで。
 自分が恥ずかしくて、あと、こんな女の子に唇を奪われるのが悔しくて、涙が出そうになる。

 その様子を見てもなお、ニコニコと懲りることなく、また近寄ってきたココロは、

「ミライ、大丈夫?」
「大丈夫じゃありません!」

 もう、なんでこの子は悪気のない顔をしているのだろうか。こんなことしておいて。キスした程度では恥ずかしくもなんともないとでもいうのか。耐え切れなくなった私の頬に涙が流れていくと、さすがに、驚いたのかココロは心配そうしていた。

「もう……もう、私と……関わらないでください!」
「ごめん、そんなに嫌だった?」


「貴女なんて、大っ嫌い!」


 嗚咽交じりの声でそう言った私は、伸ばしてきたココロの手をバシッ、と自身の手ではじいて立ち上がり、走って彼女から遠ざかる。いろんな感情が吹き出でて来て、涙が止まらなくなってしまった私は、無我夢中で走り、村を横切っていく。
 ココロは追いかけてはこなかった。自分でも身勝手だと思うが、それがまたひどく悔しくて、悲しくて、腹が立った。

「ココロの馬鹿……」

 立ち止まって泣き崩れる、どうしてこんなに悲しくて涙が出るのかわからなかった。辺りには誰もいないため、遠慮することなく、私はすすり泣くことができた。
 行く当てもないものの、流れてくる涙を袖で拭きながら私は再び歩き始める。すでに周りを見ても私の知らない場所であったが、引き返すことはしない。

 どれくらい歩いたのか、どれ程の時間が経ったのか、感情がまだ安定していなかったのでわからなかったが、日がかなり高いところに昇ったころ、ようやく落ち着いた私は鳥居の前にたどり着いていた。当然、全く知らない場所である。
 辺りは大自然といっていい、私が歩いてきた車は通れないような狭さの一本道を除くと、木や草が生い茂っており、まるでカーテンのように木々についている葉っぱが太陽の直射を防いでくれていた。季節を少し誤ったセミが遠くで鳴いており、森の匂いがする。

 ツタがまかれた古めかしい鳥居の向こう側には長い階段がまっすぐ続いており、運動不足を普段から自覚している私は、立ち止まり躊躇ったが、まるで何かに引き寄せられるように次の瞬間には、足は自然と前に出ていた。
 息を切らせながら、どうして私はこんなことをしているのだろうと、仕切りに自身へといかけながら、果てしなく思える階段を上っていく。

 もう昔になってしまったが、私はこの『藤咲村』に住んでいた。しかし、この神社には覚えがない。危険だからと私が家の見えない場所までは行かなかったせいだろうが、それでも、こんな大きな階段がある場所は遠くからでもわかるはずなのに、不思議に思った。

 何度か気持ちが折れかかりながらも、今断念してもどうせ降りなければならないと思って、ひたすら上っていくと、とうとう石の階段が終わりを迎える。汗をぬぐって、達成感を持ちながら、私は境内の中を歩いていく。
 参拝の作法通りに手水舎の前にくるが、ひしゃくこそあるものの、水が入っていない。こんな高い位置にある田舎の神社には私以外には参拝客などいるはずもないので、水道代節約のためにも水を止めてあるのは当たり前か。

「『流雲ながくも神社』……?」

 本殿まで歩いてきた私は神社の名前を読み上げたあと、財布を取り出し、1円、5円、10円、50円、それぞれ一枚ずつ賽銭箱に入れてから、ガランガランと鐘を鳴らす。そして、二礼した後、二拍手。

「この村の三伝説について、わかりますように」

 私の願いは、いくつかあったが、ココロとの仲は私が嫌いと突っぱねてしまった以上、修復は神頼みではいけないし、今はまだ修復する気もない。無病息災とか言っても、年より臭いだけだし、この願いが今の私にとって一番大きなものであった。

 願ったあと最後にもう一度、一礼して私は、本殿前を離れる。しかし、またあの長い階段をすぐに降りようとは考えられなかったので、何処か休める場所はないかと思って辺りを見る。ベンチ一つないこの場で、休めそうな場所は神社の真ん中にある大木の真下くらいか。

 大木の前まで来ると、その大きさに安心すら覚える。これは神木というやつだろうか、紙垂がまかれていた。とにかく、ココロから走って離れ、さらに会談まで登った私は、疲れて座りたかったので、木によりかかるようにして、座る。
 遠くで鳴く鳥の声に、遮られた日の光、土と緑の匂い、これ以上によい森林浴はないだろう。息をつくと、自然と全身の力が抜ける。まるで疲れた体が地面を伝って溶けていくようだった。

 心地良い気分を味わっていると、だんだんと眠くなってくる。疲れた体が休息を欲しがっているのだ。雨が降る様子はないし、こんな僻地の僻地には誰も来ないだろう。少しくらい眠っても、問題ないはずだ。
 うつらうつらとしながら、少しだけ眠ろうと思った私はゆっくり、深い眠りへと落ちていった。


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