JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

冥界の扉が開く夜

「……ねぇヒロくん、今日は何の日だか知ってる?」
にーっこり。素敵な笑みを浮かべる少女は、明らかにコスプレ用品と思われる狼男の着ぐるみを手ににじり寄ってきた。端正な面差しを彩る微笑は美しいが、どこか禍々しさを帯びている。
「えー、えぇっとぉ……。ハ、ハロウィンだよな? 確か……」
記憶に間違いがなければ、今日は古代ケルトの収穫祭でいいはずだ。たぶん。日本じゃコスプレしてお菓子を食べる日としか認識されていない気もするが。
「うん、そうそう♪ だ、か、らぁ……。コレ着てね?」
せっかく一番似合うの選んだんだから!と無邪気な顔で脅してくる彼女に、俺は屈するしかなかった。わざわざ魔女の格好をしている相手に、嫌だなんて言えるか。


今日はハロウィン。元々は収穫祭であり、現世に戻ってきた死者の霊を慰める日。
そして–––––この国では、コスプレしてお菓子を強請ねだる日である。


「ねーねー、ヒロくーん! 問題ですっ、私は何の仮装をしているでしょうか!」
ヒラヒラと、ふんだんにフリルをあしらった黒いスカートをたなびかせる彼女は大層ご機嫌である。頭にはポンポンのついたトンガリ帽子、室内だというのに厚底ブーツを履き、小道具のつもりかモップを手にした理央はにへぇと幸せそうな笑顔である。
「答えはー、なんと魔女でした! 分かったかな?」
「ハイハイわかったわかった、だから部屋では靴を脱ごうなー、あと帽子被りっぱなしはハゲの元だぞ」
「は、禿げてないし!禿げる予定もないから!もー、失礼なこと言わないでよね!」
プリプリ怒りつつも顔から笑みは消えていない。何がそんなに楽しいのかわからないが、彼女はとても楽しげだ。
「あ、そうだ! ねぇねぇ皆にも見せに行こ! きっと皆も仮装してるよ!」
……まぁ、それは悪くない考えかもしれない。どうせなら、あいつらの(おそらくきっと似合わないであろう)コスプレ姿を一目拝んでやるのもいいだろう。こうなったら恥のかき捨てというやつだ。
などという俺の目論みには気付いているのかいないのか、感情の読めない顔で彼女はよいこらしょと立ち上がった。
「そうと決まれば、早速行くよー! 遅れないで着いてきてね、ヒロくん」


無駄にモッフモフな狼男の格好をさせられた成人男性と、魔女に扮した女子高生のパッと見怪しげな二人組は意気揚々と駆け出した。



–––––ああもう、なんで仮装コスプレなんかしなくちゃいけないのかしら。
惜しげもなく太ももを晒した、あちこち血糊塗れのミニスカナース服を纏い、長い黒髪を背に流している妙齢の美女「大八州瑞穂」は、誰にも分からないよう小さくため息を吐いた。
–––––これだからハロウィンってやつは嫌いなのよ、全くもう。
元々彼女は行事という行事が大嫌いである。アニメや漫画の世界なら水着回がどうのと騒いで楽しめもするが、現実の行事はなるべく避けたい派だ。と言いつつ夏と冬のとあるイベントだけは毎年欠かさず参戦しているが。それを知るのは恋人ただ一人である。
隣で愉快そうに笑っている、件の恋人の気の抜けた顔をチラリと眺め、彼女はヤレヤレとばかりに肩を落とした。
「アレ? 瑞穂楽しくない? よくイベントで写真撮ってるからてっきりコスプレ好きかと思って誘ったんだけど」
「……あんたね、何年私の恋人やってるつもり? イベント嫌いだって知ってるはずよ」
「あー、そういやそうだったっけ? ごめんごめん、すっかり忘れてたよ」
はははと爽やかな笑みで、ペコリと頭を下げる彼の頬をぐいーっとつねってやりたい気分にかられたが、楽しい催しを盛り下げるつもりはないので自重する。
「来年は見る専門でお願いね……って、ねぇアレ……裕臣と理央ちゃんじゃない?」
前方、一組の男女が連れ立って歩いている。片方はモフモフした狼の着ぐるみ姿で、もう片方はトンガリ帽子にフリフリしたワンピースで着飾っている。
「おーい、理央ちゃんとついでに裕臣! どうしたのよ二人とも、その格好は!」
「おー、村崎に瑞穂か。って、お前らもなんだか愉快なことになってんなぁ」
片手を上げて答えた裕臣はいつも通り穏やかな表情だが、どことなく疲れているようにも見える。
「お前らも、って……、まさかあんたも理央ちゃんにねだられてそのカッコさせられたわけ? それは……ご愁傷さま」
ププッと噴き出し、途端に気味の悪い笑顔になった瑞穂は、もちろん目の前の同僚で遊ぶ気満々である。が、それは珍しく傍らの男によって妨害された。
「こーら、あんまイジメてやるなよ裕臣可哀想だろ。ってか急げよ、早くしないと始まっちまう」
「チェッ、つまんないの。わかったわよ急ぐからもう黙ってよね」
自分よりもやや高い位置にある双眸になにやら穏やかでない視線を送り、カツカツと瑞穂は歩くのを再開させた。ナース服の長袖から伸びる華奢な白い手は、村崎の手首を引っ掴んで離さない。
「と、そういうわけだから俺らはもう行くな、またなー裕臣!」
これから何処かへ行く用事があるのか、二人とも若干急ぎ足である。幸せそうに去っていき、次第に小さくなる二つの長い影を裕臣と理央は見送った。
「あっという間だったね、二人とも何かあるみたいなこと言ってたけど……なんだろ」
「全くだ、友達がいのないやつらめ。それにしても、ホントに何処行くつもりなんだろうな……」



白星かのんは、ゲッソリした面持ちで両サイドの少女達を交互に睨んだ。
(ったく、なんで俺がこいつらに付き合わなきゃなんないんだ……)
–––––彼は今、包帯でぐるぐる巻きにされている。しかも、服を脱がされ直接肌の上から。下はさすがに元々履いていたズボンのままだが、上半身だけでなく頭にも白い包帯が巻かれ、顔に傷メイクを施された姿を見れば誰もが何の仮装か分かるだろう。
ぴゅう、と冷たさを増した秋風が通り抜け、寒さのあまり彼はブルリと身体を震わせる。
「ちょっと、あんまり身体動かさないでっ! こっちに振動伝わるでしょう」
「うふふ……かのんくんと一緒だあ……うふふ……」
それぞれ違う反応を見せる彼女達に、思わずかのんは遠い目になる。
(なんで俺、男なら役得のシチュエーションを味わっているはずなのにこんな虚しいんだろう……)
彼女達の名前は、「三嶋叶子」と「篠原紗英」という。前者は無敵で素敵な学園の情報屋さんとして知られ、後者は男子生徒に異様な人気を誇る一方女子生徒からは蛇蝎の如く嫌われるという稀有な美少女である。
叶子は黒いビスチェにミニスカートとボーダー柄ソックスを履き、角カチューシャを装着して三叉槍を手にした悪魔っ子の仮装だ。
紗英は網タイツも艶かしいバニーガール姿だった。お金持ちのオジサンに喜ばれそうな格好である。何故そうも谷間を強調する必要があるのか、と彼は問いかけたくなった。
……できれば現実になってほしくないが、本日はろくでもない目に遭う確率が普段よりも倍以上高そうだ。
幼なじみ含め、身内には「変態ホイホイ」などという不本意なあだ名を頂戴している少年はせめて今日こそは平穏無事に終わってくれないかな、と叶いそうもない望みを抱いた。



一人の少年が、頭にデカいボルトの刺さった状態でウキウキと歩いている。
身長に合わせて本物より若干短く誂えた白衣にシャツとズボンを着込み、明らかにメイクと分かる傷が全身を覆い尽くしていた。フランケンシュタインの仮装だろうか。
ギョッとした様子で歩行者が見てくるのを少しだけ快感に思いつつ、少年–––––春田玲央はハイテンションで目的地までの道のりを急いだ。


「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃイタズラするぞー!」
桜ノ宮学園近くの公民館では、毎年恒例のハロウィンパーティが行われていた。
町内会によって主催されるそれは、何故か例年参加率が異様に高い。というのも桜ノ宮学園の女子生徒達がこぞって参加するためで、美少女目当てに人が集まってくるのである。
春田裕臣、理央の二人もこの時ばかりは普通に一緒に過ごす。仮装しているので上手く誤魔化せるからだ。裕臣が素顔を見せずにすむ着ぐるみなのもそれが理由である。
わーわーきゃあきゃあ、ひとしきり友人達(+幼なじみ)と盛り上がってから、理央は裕臣のところに戻った。
……が、なにゆえか奴はピチピチギャル共になぞ囲まれていやがった。メラメラっと彼女の中の何かが音を立てて燃え盛る。
「……ヒーローくぅぅん? ねぇ、そこで、何を、しているのかなぁぁぁ??」
十代女子が出しているとは思えない、腹の底に響く低い低い声。きれいな顔には極上の笑みが満開だが、目だけが笑っていなかった。
「うふふ、浮気だけは許さないっていつもいつも言ってるよねぇぇぇ?? なのに、なぁぁぁんで女の子達に言い寄られてるのかなぁ、私に教えて? さぁ、早く」
「スイマセンでしたー!! で、出来心だったんです!!」
思わず拍手したくなるほどのスライディング高速土下座に、もはや怒る気力も萎える理央だった。


夕日が西の空に沈み、そろそろお開きにしようか、という空気になりかけた頃。バーン!!と凄まじい音を立てて思いっきり会場のドアが開かれた。なんだなんだと全員が視線を向ける中、一人の少年がドヤ顔で立っている。
「ようねーちゃん! 玲央だぜ! 迎えに来たぜっ!っつーわけで帰ろ」
頭の悪そうな喋り方をするフランケンシュタインに、当の姉はああと天を仰いだ。
「うーわー……、やっぱり来ると思った。玲央、頼むからこっち来るなら必ず連絡して」
「いーや、それじゃあサプライズにならないだろぉ?」
イタズラっ子の表情カオでニヤつく少年の頭を手加減なしに叩き、白衣の襟を引っ掴んで理央は凄む。
「連絡して。絶ッッッ対。……いい?」
「…………………………、ハイ」




とりあえず特急列車に無理矢理玲央を乗せて帰らせ、その後二人はのんびりと家までの道を歩く。
すっかり冷え込み、仮装用のワンピースだけではちょっとどころかかなり寒い。うっかり上着を忘れてしまったことを理央が後悔していると、見かねた裕臣が着ぐるみの下に着ていた薄手の上着ジャケットを羽織らせる。
「これなら寒くないだろ?」
「……うん、ありがとヒロくん。今日はすごく楽しかったね!」
薄闇の中でも輝くような微笑みに、彼の顔つきも柔らかくなる。
「……あぁ、俺もすっごい、楽しかったよ。ありがとな」
「ううん、お礼を言うのはこっちだよ。付き合ってくれてありがとうね、ヒロくん」
あ、そうだと彼女はゴソゴソスカートのポケットを漁った。手の中に転がり出てきたのは小さなキャンディである。
「はい、これ……イタズラとお菓子、どっちがいい?」
にんまりと楽しげに口元を緩める少女に、いい大人はすっかり夢中になっていた。


「それはもちろん、」

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