JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

最終話「たとえ、なにがあろうと。」

何度も何度も思ったよ。
あのとき、出会っていなければ。
あのとき、間に合っていたのなら。
それでも過去には戻れない。だから、
『今』を大切に生きていこう、と。



最終話『たとえ、なにがあろうと。』




長くも短い、夏休みになった。
理央の通う桜ノ宮学園は、毎年7月25日から8月31日までと決められている。一ヶ月と少しの夏季休業期間は、しかしやることが盛りだくさんでそれほど暇にはならない。
特に受験生である彼女は、予備校の夏季講習や部活の合宿などで、満足に家事もできない日々が続いていた。
それらが一旦お休みになるのがお盆である。
と、いうわけで。
「お墓参り、しようか。ねえ、ヒロくん」
ふわりと薄く笑む彼女は、けれどその瞳に強い光を宿している。
–––––まるで、覚悟を定めたように。


裕臣の実家である春田家は宮城にある。奥羽山脈の懐に抱かれた小さな寒村が彼の故郷ふるさとだ。
もちろん其処は、かつて理央が住んでいた地域でもあるのだが、全寮制の学校に通う礼央は都内に居るため、これまでほとんど帰ることがなかった。
近代的な仙台の街に降り立った二人は、お洒落なファッションビルが乱立する様子を感慨深げに眺める。
「どうする? 何か食べて行くか」
「え、……あぁ、いいよ別に。それより急ごうよ」
普段は何もなくとも朗らかに笑う理央だが、ペデストリアンデッキを歩く彼女はひどく落ち着いていた。纏う雰囲気はぴんと張り詰めていて、それだけで裕臣は不安を消せない。
こんなにも静かな彼女は初めてだった。まるで出会った当初を思い起こさせ、嫌でも当時の記憶が蘇る。
(……お願いだから、これ以上傷付くことがありませんように。誰でもいい、何でもいい、叶えてよ。きみが無事なら、それでいい)
もう、人形のように眠る彼女を見ることだけは厭だった。


わざわざ駅から出たのは、レンタカーを借りるためだった。電車で行けないこともなかったが、せっかくなら景色でも見て行こうと思ったのである。もちろんそこには、少しでも到着を遅らせたいという思惑もあった。
事前に予約をしていたため手続きはすぐに終わり、思ったよりも早く出発できた。
賑やかな様子の街を抜け、東北自動車道を北に進む。途中のサービスエリアでトイレ休憩を挟み、高速道路を降りてそこからは一般道路を走っていく。
のどかで平和な田舎町が、二人が幼少期を過ごした世界だった。


盛夏を迎えた空はその青を一層深め、沸き立つ白雲がよく映えている。青々と萌える山嶺が連なり、日差しを浴びて輝く様は美しい。
けれど、昭和の面影を残した民家と建売住宅の混じる町並みは、もはやありふれたものだろう。
「……変わってないな」
「うん、……そうだね」
自動車を運転しながら呟いた裕臣の一言に、彼女も小さく首肯する。
この日、いつもより少ない二人の会話は更に減っていた。女の子らしくお喋りが好きな理央は、びっくりするほど口数が少なくまるで別人のようだ。
–––––まるで、昔に戻ったみたいな。
なんだか嫌な予感がして、裕臣はその身を微かに震わせた。


町の外れに建てられた、立派な日本家屋のお屋敷が裕臣の実家である春田家だ。
いつ来ても、その威容に彼と彼女は圧倒される。二度の大戦を無事に乗り越えたというから、築年数はかなりのものだろう。呼び鈴を鳴らして来訪を告げると、すぐに応えがあった。
「はいはーい、どちら様ですかぁ……って、坊ちゃん!?」
がらがらと引き戸を開けて出迎えてくれたのは、裕臣が幼い頃からここで働いているお手伝いさんだった。
「うん、ただいま。おケイさんは元気そうだね」
「あらあらあら、立派になりましたわねぇ! ふふ、天国の大旦那様もきっとお喜びになりましょう。……と、そちらのお嬢さんは?」
「ああ、俺の奥さん」
サラッと言う彼に対し、お手伝いことおケイさんは呆然と目を見開く。
「はあっ!? ……はあああ!?」



この日はお盆。つまり親族が一同に集まる時期である。
当然のことながら、何も連絡なしに妻を伴って帰ってきた裕臣のことで大きな騒ぎになった。しかも相手は、まだ高校生の若い少女。
……そして、『長い歴史と伝統を誇る』春田家の一員となった理央の過去を誰もが知っていた。何故なら彼女は、この町の出身だからだ。
過去の事件は当時、町中で噂になっていた。変化の少ない田舎では、そうそう起こることではなかったから。
それまでごく普通の女の子でしかなかった彼女は、けれどもうそうとは捉えられない。三年も前の『過去』を通してしか誰も彼女を見ようとしない。
–––––「そういう事件」の被害者、だと。


閉鎖的で排他的な、ある一方の見方でしか物事を測れない、この町の人間を彼はこの上なく嫌っていた。
環境がそうさせるのか。それとも他に要因があるのか。彼らはいつだって穿った物の見方をする。
だから、高校卒業と同時にこの町を離れたのだ。此処にい続けては、きっとそのうち自分も同じようになる気がして。
そして、その判断に間違いはなかったのだと彼は悟る。


「厭あねえ。だって、あの子、処女じゃあないんでしょう?」
「そう聞いてるわ、裕臣さんも可哀想に」
「穢らしい……。早く出て行ってくれないかしら」
「あはは、そう言わなくともご当主様が滞在を許しませんでしょ」
「そうよねぇ、あのいとけない顔でよくも裕臣さんを誑かしたものだわ」
「きっと『あの事件もあの子が原因なのよ、惑わされた男の方も不幸に」
「やだやだ、あの……売女ばいたが」


聞こうとせずとも耳に届く陰口と、わざと聞かせてくる悪口の数々。
悪意の込められたそれは、彼女の心をずたずたに引き裂いた。
何故なら、理央は自分に向けられた言葉の意味を正確に理解していたからだ。
–––––もう、理央は無垢な子どもではなく、自身に起きた全てのことを知っている。弟が訪ねてきたあの日、彼女は全てを思い出した。同時に、今まで覚えていた過去がニセモノであることも知った。
自分で自分に植え付けた偽の記憶を振り払い、やっと本当の過去に行き着いた。
ゆえに、故郷へ–––––春田家へと帰る決心をしたのだ。……だが。
何を言われても負けない、そんな気概はとっくに消えていた。明らかな敵意と害してやろうという思いを向けられて、それでも平気な顔をしていられるほど彼女は強くない。
けれども泣かないと決めていた。泣けば弱みを見せることになる。『彼』の重荷にだけはなりたくなかった。
(我慢しなくては、ここで言い返せば不利になるのは私じゃない)
生意気な小娘を持った、あの男は見る目のない人間だ–––––そんな風に彼が思われるのだけは、どうしても避けたい。
きっと、自分と結ばれたというだけで、彼らは『彼』を厭うのだろうけれど。


手早く墓参りを済ませたあと、仲の良い親戚の若者と束の間の談笑を楽しんだ裕臣は、すぐさま理央に会いに向かった。与えられた部屋に入り、絶句する。
「……理央、」
「あ、ヒロくん。お墓参り、もう終わったの?」
にこやかに声を掛けてくる彼女は、一見いつもと変わりなく見える。けれど、その瞳が僅かに潤んでいるのを見逃すほど、裕臣は鈍くない。
「ご……めん、理央、ごめん、独りにして、済まないっ……!」
抱き寄せようとして、しかし伸ばしかけた手を下ろし、傍へと近づいた彼は膝から崩れ落ちた。
目の前の彼女は、小さく震えている。
「あ……、えっと、どうしたの? ヒロくんは、何もしてないでしょ」
いいや、きっと何か言われたはずだ。それは、自分ではなく。彼女が。
理央は、何も悪くないのに。
「連れて……来なければよかった。そしたら、何も言われず済んだのに」
独りごちるように呟く彼を、理央はそっと抱きしめる。
「そんなことない……、こんなんでめげるほど、私、弱くないよ」
嘘だけど、と彼女は内心でこぼす。




–––––時刻は、深夜。
家人のほとんどはとっくに床についており、こんな時間まで起きているのは一部の若者しかいない。
だが、裕臣と理央の二人は当主に呼ばれたために起きているしかなかった。
屋敷の一番奥にある当主の私室で、『彼女』が来るのを待つ。
当主–––––裕臣の祖母を。


どれくらい、待っただろうか。
疲れから来る眠気を堪え、欠伸を噛み殺していると、私室の襖がかたりと音を立てて開いた。
現れたのは、背筋をぴんと伸ばして上等な着物を纏った、上品な雰囲気の老婆だった。けれど、深い皺の刻まれた目元は鋭く、二人を観察するかのような眼差しを向けている。
「裕臣さん。突然に妻という者を連れて戻ってくるものですから、私はずいぶん驚きましたよ。一体、なぜ何も伝えてくれなかったのです」
「おばあ様……いえ、凌香りょうか様。私はあなた方が彼女に良からぬことを申すのではと懸念していたからです。……事実、春田の人間に悪口を言われたようです。何故、彼女が責められねばならないのですか? 悪いのはあいつらで、彼女ではありません」
「ほっほ、おかしなことを言いますね。その娘のことなどどうでもよろしい。しかし、いずれ春田の家を継ぐあなたは、その丈に見合った伴侶を持たねばなりません。……その娘では春田に相応しくないからこそ、皆も責めるのですよ」
「……っ、何故! なぜ、彼女は相応しくないと、仰るのですか!」
怒りを露に声を張る裕臣に対し、老女はどこまでも冷静だった。
「その娘、家柄が良ろしくないでしょう。加えて年が離れ過ぎている。……なにより、生娘ではないでありませんか。その時点で論外です」
にこやかな、見ようによっては人が好いようにも見える笑みで、凌香は理央へ宣告する。
「別れなさい、裕臣さんと。お前では力不足です。お前のような下賎な者に、我が春田家は相応しくない」


「……っ、誰が、別れるものか。
あなたに、何故、相応しいとか、相応しくないとか、言われなきゃならない。
お断りよ。絶対に、何があっても。
たとえ、なにがあろうと、私は彼の傍を離れないッ! 共に白髪の生えるまで、ずっと一緒だと、約束したんだから!」
理央は叫ぶ。力の限りに。
その目は潤んでなどおらず、ただ力強い光を宿していた。それは確かに、覚悟を灯していた。
「何を……、戯言を申している! お前など誰も欲していない! 卑しく穢い、石女うまずめが! 孕めもしないくせに、何故勝手に春田の姓を名乗っている! 出ていけ、さっさと、この家から!」
「でていくもんか! 私はもう決めたんだ! この人と共に生きると、なにがあっても彼を守ると!」
『ご当主様』は、きっと自分と彼が結ばれ続けることを許さないだろう。結婚だって、事前に知っていれば妨害したはずだ。だから、何も告げず知らせず籍を入れた。そうするしかなかったから。
けれど逃げてばかりはいられないと、お互いに気付いていたのだ。
気付いたからこそ、彼女もまた、己の過去を思い出した。そして向き合う覚悟を決めた。
ゆえに–––––、対峙する。
「ああ、そうだよ、確かに私は子どもなんて望めない! それでもいいって言ってくれたんだ、彼は! だから、私は報いるの、彼の愛に!」
もしも、彼が自分の子どもを欲しがったなら、潔く身を引くつもりでいる。
そうして、一緒になった。二人は。
それだけは、たとえ、目の前の彼女にだって否定させはしない。
贖罪のつもりだっただろう、初めは。
それでも彼は自分を愛してくれた。だから、自分もその気持ちに応えると彼女は決めた。「恋」が何か彼女は知らない、知る前に全てを奪われた。それでも愛すると決めたなら、最後まで全うしようと。


「……ふふっ。裕臣さん、あなた、とんでもない娘を選びましたねぇ。これはもう、私の手には負えませんわ。……好きにしなさい。でも、この家へ戻ることは、私が居る間は許しませんよ」
疲れたように目線を逸らし、老女は告げる。それは事実上の降伏だった。
自分よりも遥かに年下の小娘に、彼女は言い負けたのだ。
「えぇ、言われなくても」
笑う彼もまた、勝ち誇る。この勝利は二人で掴み取ったものだから。
「凌香様、俺の見る目は確かでしょう?」
「……そうですね、認めますとも。あなたは凄い方と一緒になった」
家柄の良いお嬢様だったら、彼をここまで愛しただろうか。これほどの覚悟を示しただろうか。–––––否。
「幸せに、なりなさい。でないと、私、祟りますよ」
微笑む当主は、いつの間にか懐かしい「お祖母ちゃん」の顔に戻っていた。




–––––翌朝。
早めの朝食を頂き、支度を終えた二人は帰りの挨拶をしに当主の部屋へと向かった。
「あの、出発の挨拶をしに参りました。……起きてらっしゃいますか?」
「朝から騒々しいですね、起きていますよ。……お入りなさい」
促されて室内に入ると、凌香は昨夜同様きっちりと着物を身に付け、花瓶に花を活けていた。
「あら、髪を下ろしているのね。ふふ、昨夜とはずいぶん雰囲気が違うこと。そちらの方が似合っていますよ」
言いつつ凌香は手に持っていた百合の花を理央の耳元に差す。
「うん、あなたは百合が一番似合うわ。アクセサリーを付けるなら百合にしなさい。……娘がいたら、こんな感じだったのかしら、ね」
–––––凌香は、裕臣の父を産んですぐに病を患い、その際子どもを望めぬ身体になったと聞いている。だから彼の父は一人っ子だ。
「……おばあ様、昨夜あなたには勘当されちゃいましたけど。良かったら、我が家に来てはどうですか? ここに比べたら手狭だけど、うんとご馳走を用意しますよ。理央、料理がすごく上手なんです」
「あら、それはそれは楽しみですね。……あなたが家を継いだ時、隠居後の楽しみに取っておきましょう」
早朝の曙光に照らされた、老女の姿をハッとして裕臣は見つめた。
あれほど強く逞しく見えた、祖母はなんて小さくなってしまったのだろうか、と。
「当主様、では行ってきますね。……また、会いたいです」
「そうね……。今度は、こちらから、会いに行きますよ」
部屋を後にする寸前、彼女が小さく手を振っているのに気付く。
理央は隣の裕臣に気付かれぬよう、そっと手を振り返した。




たった一日留守にしていただけなのに、もう長いこと離れていたような気がした。慣れ親しんだマンションへと帰りつき、二人して玄関にずべっと寝転がる。
「あー!! 疲れたよう! ねーもー今日はご飯作りたくなーい」
「そうだな……出前、取るか」
「ええ、なんかもったいなくない? ただでさえヒロくん安月給なんだし、ちょっとは節約しないと」
「ご飯作りたくないって言ったの理央じゃんか……」
くだらない、他愛もない会話をして、二人で笑い合う。人によって幸せは違うとよく言うけれど、自分たちにとっては、今がとても「幸せ」だった。



「あっ、言うの忘れてた。……ただいま」
「うん、……おかえりなさい。ヒロくん」

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