JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第16話 せかいにひとつだけのきみへ。②

のちに、少女はこう語る。




–––––どうして、どうして、どうして。
私じゃないの、選ばれないの。
いつだって、あの子は先を行く。私の前に立ち塞がる。
退いてよ、邪魔よ。
……「そこ」は、私の、場所なのに。
憎い、憎い、にくくてにくくてたまらない。
疎ましい、羨ましい、嫌い、嫌い、あなたなんてだいきらい。


あなたさえ居なければ。
–––––そう、あなたさえ「居なければ」
私はきっと、一番だったのに……。
ずっと「そこ」に居られた、はずで。


(……ほんとうはきみがすきだったの、その座を奪われるまでは、)


だから。
壊すの、あなたを。
悪く思わないでね、だってそうでもしないと弱い私じゃ辿り着けないから。


ねぇ、安心して消えてね。
そして、「そこ」を私に頂戴?
たとえ「トモダチ」だとしても、あなたには譲らない。「あなた」にだけは絶対に。
–––––私が光り輝ける、場所そこだけは。
サヨナラ、バイバイ。


ただ夢中で堕ちていく、きみをずっと見ているから。遥かなあの場所そらで。







長いようで短かった、一学期の終わりの日。午前の授業を潰して行われた終業式のあと、理央たち三年にとっては最後の夏休みが明日から始まる。
受験シーズンが本格化し、ここからはもう遊んでいる暇などなくなる。


「はぁ〜、なんかさ、夏休みっていろんなやる気無くすよねぇ。ぶっちゃけあんまり好きじゃないっていうかぁ」
「ええ?カナちゃんって相変わらずヘンだなあ。私は夏休み大好きだけど」
校内の売店で買った棒付きアイス(ソーダ味)をぺろぺろ舐めながら、二人の少女たちは他愛ない会話を続けている。


桜ノ宮学園校舎内、その学生用ラウンジ。大きな噴水と、色鮮やかな花を付けた植え込みの広がる庭園が望める、学園でも人気の高い憩いの場だ。
ただし、暗黙の了解という仕組みのもと、利用するのはもっぱら三年の主だった生徒達に限られているが。


ガラス張りの窓から差し込む西日が少しずつ傾き、鮮やかさをいっそう増してゆく。蜜柑色に染まるいつもの町並みはただ美しく、どこか郷愁感ノスタルジーを抱かせた。
ふかふかのソファにゆったりとその身を沈めていた少女は、物憂げな面差しのままゆらりと身体を起こす。肩口で切り揃えた栗毛を揺らし、バイバイとしなやかな掌を小さく振る。
「……もう、行くの?」
制服姿があまり似合っていない、大人びた雰囲気の少女が心配そうに問いかけると、彼女はこくりと頷きかすかに笑んだ。
「……だいじょうぶ。ちゃんと、二人で……いや、三人で帰るから」
そして段々に遠ざかる理央の小さな背中へ向けて、叶子は今にも掻き消えてしまいそうなほどの小声で呟いた。
「頼むよ……お願い、どうか無茶だけはしないでね」



春田理央はいつもの制服姿でもなければ道着でもなく、半袖パーカーにショートパンツというラフな服装で武道場へ来ていた。邪魔にならないよう髪は一つに括り、同様に額も晒している。
全ての窓が閉め切られ、空調の効いていない場内は蒸し暑く、立っているだけでポタポタ汗が滴り落ちていく。
「あっついなぁ……。ああもう、さっさと来なさいよ!そっちが呼んだんでしょう!?」
普段は鈴の転がるようと称えられるソプラノボイスを張り上げ、理央は苛立ちも露に叫んだ。
「くっくっ……そんなに叫ばずとも私はここよ。我らが部長はずいぶんとせっかちなのね」
低くドロドロと粘ついた声が虚ろに響かせ、一人の少女が姿を現した。
手入れのされていないボサボサの金髪に掻き毟った痕の目立つ肌、痩せた身体を包む黒服は、まるで影そのものを纏っているようだ。
「ふふ……。醜いでしょう?私は、あなたに比べたら、とてもきたない」
伸びきった前髪から覗く、仄暗い光を湛えた瞳には諦念と理央に対する憎しみが宿っている。
「どうして、絵真ちゃん……。何故、そんなに変わってしまったの?」
震える声で尋ねられ、宮本絵真は激昂した。
「変わったぁ……?何が、ねえ、何が、何が変わったっていうの?私はなんにも変わってなんかいないわ!変わったとしたら、それは、あなたよ!」
ひび割れた声を喉も裂けよとばかりに張り上げ、絵真は眼前の敵を睨んだ。
「そう、いつだってそうよ。あなたはなんにも分かってない。私のことも、全てのことも。鈍いんじゃない、ただ知ろうとしないだけよ」
だから、と少女は微笑んだ。
「私は殺すの」
今にも泣き出してしまいそうな、儚く悲しげな笑顔を、理央はどこかで見たような気が、した。




ぎらり、と陽光を受けて煌めく鈍色のナイフを手渡され、絵真は少しばかり怯んだ。武道を習っていようとも彼女はごく普通の女子高生であり、人を傷つけるためのナイフを触ったのなんて初めてだからだ。
果物ナイフや包丁とはまるで違う、人体を切り刻むために最適化された刃物を恐ろしげに眺める彼女に、「彼」は問いかけた。
「さあ、どうする?」
今、ここで踏みとどまるのか。
それとも、このまま堕ちていくか。
二つに一つ。きっとどちらにも地獄が口を開けて待っているだろう。
そして、愛おしそうにナイフを手にした少女は穏やかに笑う。
「決まっているわ」–––––と。



「私はね、きっとあなたが、ほんとうは、好きだったんだと思う」
「けれど、一番、求めていた、場所を取られて、しまったから」
「あなたが、許せなく、なって、どうしようもなく、憎くて、憎くて」
「だから、ね、傷つけて、しまい、たかったの」
「ねえ、こう、すれば、」
–––––あなたはきっと、私のことを絶対に、忘れられなくなるでしょう。




血溜まりが広がっていた。赤い赤い色彩がヌルリと畳を濡らしていく。
真っ赤な海に浮かぶ彼女は、けれどもその狂った色に染まっていなかった。赤より深い、黒を纏っていたから。
いつも眩しく輝いていた金髪が血を吸って暗くなる。


「待って、絵真ちゃん、今助けるから、だからもう喋らないで」
彼女の胸に深々と突き立てられたナイフの周りを脱いだパーカーで覆い、少しでも出血を食い止める。理央がポケットから取り出した携帯を、しかし絵真は手で弾いて飛ばした。
「だめ、このまま、」
「絵真ちゃん!お願い、言う事聞いてよ、でないと」
「……いいから」
死ぬのが怖くないはずがない。それでも彼女は助かりたくはないのだと。


「ねえ、だって、私がちゃんと生きてたら、あなたはきっと忘れてしまう」
私のことも、全てのことも。
そんなことは赦さない。
目指すところを奪われるよりも許せない。過去にだけは絶対にさせない。
「ハッピーエンドはだめ、あなたになんてあげないから」
残された力を振り絞り、絵真は自分で突き立てたナイフを引き抜く。
ピシャリと血潮が噴き出して、眼前の理央に降りかかる。
透き通りそうなほど白い顔がマダラに赤黒くなり、たとえようもなく愉快だった。
「サヨナラ、バイバイ。だいすき、だったよ、ねえ、–––––理央」
そして彼女は穏やかに笑って、静かに瞼を閉じた。

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