JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第10話 そうだ、野外に行こう③

「そこのっヘンタイさんめっ!うちのかのんに何をするだあああっ!!」


ドンガラガッシャーン!
と、ただドアを蹴破っただけにしては凄まじすぎる音が、ログハウス内に鳴り響いた。
脚力だけで分厚い木の扉をブチ破った怪力JKこと春田理央(18)は、どやあと満面の笑みでずんずん近付いてくる。ヘンタイからしてみればむしろ悪役だ。
案の定、ヒイイとヘンタイが怯えてかのんを盾にし始める始末。
理央はぐいっと襟首を掴み上げ、片手の腕力だけでヘンタイの全身を軽々持ち上げると、天使の笑顔で言い放った。


「ウフフ♪あなただけはぜったいに、遠慮も容赦もしないから覚悟してねっ☆」



何故、かのんとヘンタイがこんな目に合ったのか。–––––話は少しだけ遡る。


理央と瑞穂がカレーを作っている間。
手持ち無沙汰になった裕臣とかのんのインドア二人組はヒマを持て余す羽目になった。
しかしそれぞれ理央に近しい立場ゆえ、常はあまり親しくない。
側にいたところで話せる話題もなく、結局バラバラに行動することになった。
キャンプ場は広いとはいえ、迷うほどではないと軽く考えて。


結果として、かのんは迷った。
彼は自分が方向音痴なのをさっぱり忘れていた。繊細で儚げな外見とは裏腹に、何事も大雑把に捉えがちな悪癖に本人はまるで気付いていない。
–––––そして、悲劇は起きた。
「……迷った、だと……?」
そこらへんをブラブラしていたつもりが、いつの間にか山の奥深くまで入り込む始末。最早自分が何処をどう歩いてきたのかさえ曖昧だ。
慌てて元来た道を引き返そうとしても、時既に遅し。そもそも帰り道が分からないのでは戻りようもない。
闇雲に歩き廻るも時間だけが過ぎていくばかり。ついに、元々体力のない彼はすっかりバテてしまった。


とうとう諦めかけ、絶望しきったかのんのもとへ救いの手が差し伸べられる。
しかし、それが悪意と欲望に満ちていることさえ気付かずに。


「大丈夫かい?」と優しい声音で尋ねたおじさんは一見まともそうな人だった。いかにも山小屋アトリエに篭って絵を描いていそうな、やや神経質そうな面立ちの男性だった。
中性的な美貌が原因なのか、ロクでもない男や女にばかりモテまくるかのんも、つい警戒を解いて事情を説明する。
「あの、すみません。道に迷ってしまって……。少しだけでいいですから休ませてもらえませんか」
おじさんはにっこりと人の好さそうな笑みで快諾した。
「もちろんいいとも。……あ、そうだ。それなら、私の絵のモデルになってくれないかね?」
–––––思えば、この時に疑って然るべきだったのに。


ログハウスに着いて、かのんは心の奥底に沈んでいた警戒心を再び引っ張り上げる羽目になった。
雑然とした室内は散らかっており、その上画材など一つも見当たらない。しかもカーテンは閉めきられ、灯りが点いておらず薄暗い。
(……なんか、あやしい。そういえばあのおじさんは、自己紹介をしていなくないか?もしかして、この状況ってものすごくヤバイんじゃ……)
自分はおじさんの名前さえ聞いていない。もちろん己も名乗っていないが、それとこれとは意味が違う。
……嫌な考えが浮かんできた。まさか、これはいつものパターンでは、と。
そして、結局彼の嫌な予感は過たず予想通りのピンチを迎えることになる。


ハァハァと犬のように荒い息と、欲望にギラついた眼差しがかのんを射抜く。
瞳孔の開いた目が暗い室内にぼんやりと浮かび、彼はひっと息を呑んだ。
厭な記憶が脳裏を駆け巡る。やめて、やめてと記憶の中の幼い自分が泣き叫ぶ。もう悲鳴さえ上げられない。
いやだ、いやだと心はこんなにも主張しているのに。
(–––––誰か、助けて)
やさしい声とあたたかな瞳が閉じた瞼の裏に浮かび上がる。
心の中で必死に祈った。あの時も、彼女あの子はすぐに助けてくれたから。


彼の祈りは確かに届いた。
「私の、かのんにっ……。手を、出すなアアアアアッッ!!」
そして、冒頭に戻る。


細く華奢な身体の何処にそんな力があるのか、彼女はヘンタイじじいの胸倉を掴み上げると思いっきりぶん投げた。
ボールでも投球するように男の身体がふわりと宙に浮いて、丸太の壁に叩きつけられる。
よくあるバトル漫画じみた光景に、思わずかのんは目を丸くするばかりだ。
「ふんっ。ウチの子に手を出したら、タダじゃおかないんだからっ」
鼻息荒くふんぞり返った理央は男の股間を蹴り上げて、恐ろしいほどに冷え切った酷薄な視線を浴びせる。
そこに、人間らしい感情は微塵も宿っていない。
「……もしも。あの子を傷付けたのならば、私はあなたを赦さない。地の果てまでも追いかけて、必ずあなたを殺すわ」
淡々と、ただ淡々と。告げられた言葉に嘘はなく、だから彼は哀しく思う。


ああ。
愛しいヒトのためならどこまでも冷酷になれるあなたを造ってしまったのは。
決して赦されることのない、僕の罪なのだろう、–––––と。



無事に帰ってきたかのんと理央に、裕臣はこれでもかと深く頭を下げた。
「すまない。……俺が目を離したせいで危険な目に合わせてしまった。本当にごめんな」
「いいですよ、……おかげで理央に助けてもらいましたから」
鷹揚に微笑むかのんに、裕臣が露骨に羨ましげな視線を送る。ちょっと子どもっぽい彼の頭をぺしんと叩き、理央は呆れた眼差しを向けた。
「もう、ヒロくんは何歳なんですかあ!かのんとはタダの幼なじみなんだから、いちいち羨ましがらないのー!」
「えー、だって理央に助けてもらうなんて羨ましがらないでなんとする!というか迷ってたのは俺もなんだし、少しは優しくしてくれてもいいじゃないか……」
拗ね始める旦那に乾いた笑いをもらしたあと、理央はぎゅっとかのんに抱きつき震える背中に手を回す。
「…だいじょぶ。だって私がいるから。もう、怖がんないでいいよ。ぜったいぜったい、絶対に私が、守るから」


それは、遠い昔にした約束。
いつまでも泣き止まない彼を慰めるため、彼女は少年の指先に自分の指を絡めて告げた。
「やくそくだよ。わたしがかならずあなたをまもるわ。だから、あなたはわたしのそばにいてね」




帰り道。
ゆるやかにイーシーリスニングが流れ、時折ごとんと揺れる以外には、驚くほど静かな車内。
すやすやと穏やかな寝息を立てる村崎と瑞穂、かのんの三人をよそに、理央はぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。
夕暮れの色に染め上げられた、狂おしいくらい美しい風景は、彼女の心だけを遠い記憶へと連れていく。
どこか懐かしく、そして少しの痛みと共に思い返される情景は、彼女にとっても彼にとってもあまり良い意味を持たない。それでも捨てる勇気はなかった。


「理央、どうか俺のことは守るなよ。自分のことくらい自分でどうにかする。それに、お前には余計なものを背負ってほしくないんだ。だからどうか、自由に羽ばたいてゆけ。もしも俺が足枷になるのなら。–––––置いていっていいから」
悲愴な言葉。
それだけは絶対に聞きたくなかった。
それでも彼女は、彼の言葉に安堵する自分に気付いていた。
けれど認めることはできなかった。認めてしまえばこの結婚自体が間違いなのかと思ってしまいそうで。
だから、こう返すのだ。



「だいじょうぶよ、私は絶対にあなただけは裏切らないと約束するわ。だって、あなただけに永遠の愛を誓ったから」

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