JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

〈閑話〉 それでも、きみを想う。

どうして私を選んだの、と彼女は、はらはら涙を零しながら尋ねた。
まろい頬を伝うあたたかな雫があんまりにもきれいで、ぼんやりと眺めていた。
……あのとき、俺は一体何と応えたんだろうか。




–––––某日、AM5:00
春田 理央カノジョの朝はいつだって早い。


「……ゆめ、だったのかなぁ」
ふわあと欠伸をしながら上体を起こし、ベッド脇のガラス戸を開ける。初夏特有の、若葉の香りを含んだ爽やかな風がさあっと吹き込む。
朝靄に霞む空は依然として仄暗く、街はまだ夜明けの青デイブレイクブルーに沈んでいた。
遠くで犬の鳴き声が聞こえる。もうちょっと時間が経てば、いつもの通学路も騒がしくなるだろう。
少しずつ世界が目を覚ましていくのを肌で感じる。……いい加減、そろそろ起きなければいけない時間だ。


気だるさの残る身体を動かし、寝台から這い出てノロノロとキッチンへ向かう。
気を抜くとすぐさま襲ってくる睡魔と闘いつつ朝食の支度を行い、手際よく淡々と作業を進めていく。
昔は、めったに料理なんてしなかった。こうしてご飯を作るようになったのは、自分が人の物になってからだ。
本音を言うと、まだ弟の腕前には追いつけないなと感じている。あの子の方が何倍も美味しい。だって、彼の元に嫁ぐ前は弟が厨房担当だった。
今も、あの子がここに居てくれたらなと思うときはある。そんなことを口走ってしまえば、私達の危うい関係などすぐに吹き飛んでしまうから、絶対にもらせないけれど。


今日の朝ご飯はおかかと鮭のおにぎり、なめこの味噌汁、お新香と昨晩の残り物の肉じゃがだ。煮物は一晩経ったおかげで味がよく染み込んでいるし、漬物もしっかり浸かっている。
うむ、なかなか良い出来栄えなんじゃないだろうか。
ついでに自分と彼の分のお弁当を用意しておき、やっと家事が終わる。このあと洗濯物を干す作業もあるけれど、今は一旦おやすみだ。


「朝ごはん、できたよー!ほら、早く起きてねヒロくーん」
寝室をノックし、いつもよりやや大きめの声で呼びかける。
うーん、まだ寝てるみたい。せっかく熟睡しているのだし、放っておきたいとはやまやまだけど、平日なのでそういうわけにもいかない。
仕方ないのでドアを思いっきり開け、布団を引っぺがした。おもちみたいに丸まっている旦那さんは、ぎょっとしたような目をこちらに向けている。
「もー、いつまで寝てるつもりなのー!ほら、朝ごはん出来てるからおーきーてー!冷めちゃうー!」
精一杯明るい声を出して何度も呼びかけると、彼はようやく起き出した。
全くもう、この寝起きの悪さはどうにかならないものなのかなあ。ため息の一つもつきたくなるというものだ。


旦那さんが身支度を終えるのを待ってから一緒に食事を摂る。
朝ごはんは絶対に先に済ませないのが我が家の決まりだ。彼の実家でもそう。予定が合わないなどの理由がない限り、朝ごはんは必ず一緒に食べる。
その代わり、夕飯は別々になってしまうことが多いけれど。


……そういえば、最近はヒロくんの家に顔を出してない。そろそろ行かないと。
うぅんと考え込んでいたら、やっぱり顔に出ていたみたい。訝るような視線を向けられてしまった。
「あのね、ヒロくんの実家にそろそろ行かないとなーって考えていたの。ねえ、日程どうしよっか」
結局GWは帰れずじまいだったから、近いところだと五月最後の連休辺りがちょうどいいだろう。……と私が提案しようとしたとき、ポツリとヒロくんがとても小さな声で呟いた。
「……すまない。理央、本当に……すまない。最近、いつも思うんだ。あのとき出会っていなかったら、なんて」
彼の実家へ行こうとすると、ヒロくんは必ず謝ろうとする。
知っているからだ、彼の親族が私を冷ややかな眼差しで見ていることを。だから彼は頭を下げるのだ。
けれど私も知っている。ヒロくんは何も悪くないんだって。
待ち受ける未来も周りの目も考えず、感情のままに彼と一緒になった私にこそ、大いなる非があるのだと。


何度となく考えた。あのとき惹かれていなかったら、付き合ったりしなければ。
けれど、それはあくまで「たられば」の話でしかなくて。だから今は二人でいる。
……それの、なにがいけないのだろう。割り切ったはずだった。
納得した、はずだった。
だけど将来についてふと考えたとき、思い出したように不安が首をもたげるのだ。
–––––このままでいいのだろうか、と。
いいわけがない。いいはずがない。
分かっている。それでも身動きが取れない自分がいる。


遠からず、全てが露見するときがくる。
知っているのはごく僅かな人たちだけ。彼らは信頼のおける人たちだけど、それでも秘密を秘密のままでいられると思ってはいけない。
–––––もしも、私のせいで「彼」が傷付いてしまうのなら。私はそのとき、どうすればいいのだろう。


どうして私を選んだの、と心の中であなたに問いかけない日はない。
きっと私が死ぬそのときまで、あなたに答えを求め続けるだろう。
–––––問いに対する正しい答えなど、彼が持っていないと知っていたとしても。



重い空気がいやで、結局その日はヒロくんの呟きを聞かなかったことにした。
けれど、それが許されるなどということはありえなかった。
いつもいつも、私は大事なことにずいぶんあとになってから気付く。
「後悔」することになると、分かっているのに。後から悔いても遅いのに。


そして、「あの子」はやって来た。
一つの転機を携えて。

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