JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第5話 情熱の黄色い薔薇

薔薇色に染まる雲がたなびくゆっくりと暮れなずむ空は鮮やかで、透き通るように美しかった。沈みゆく夕陽の残照に照らされる、私立桜ノ宮学園の校舎はまるで一枚の絵画のようだ。


「……なんて、ちょっとクサいかなぁ」西洋風の洒落た外観をした校舎の前で佇む男は、てへへとはにかみ、ぽりぽりと頬を掻いた。
彼の名前は「春田 裕臣」という。県内でも中規模程度の商社に勤める、うだつの上がらないサラリーマンである。そろそろ勤続四年が経つというのに、未だヒラのままだった。
もっとも、出世欲がほとんどない本人にとっては大したことではないようだが。


そんな彼がなぜ美少女率の高さで有名な桜ノ宮学園へ訪れたかというと、此処に通っている奥さんを迎えに来たからである。彼女の名前は「春田 理央」。まだ18歳になったばかりの、うら若い女子高生である。裕臣にとって、この上なく大切で愛おしい人だ。自慢の妻である。


今日は部活が休みで早く帰れると聞き、たまたま彼も早上がりだったため、せっかくなので一緒にごはんでも食べに行こうかと学校まで迎えに来たのだが……。
「……来ない。あいつ、一体何やってるんだろう」
かれこれ一時間近く校門で待っているというのに、彼女は一向に姿を見せなかった。もしかして、行き違いになったのだろうか。それとも急用が入って帰れなくなってしまったのか。
さっきから何度もメールを送っているのに、返信が来る気配さえない。


もう諦めて、先にマンションまで戻ってしまおうかと踵を返しかけたそのとき、見慣れた栗色の髪が視界に映った。
あ、と思わず声がもれ、おーいと呼びかけようとして、彼女の隣に誰かが寄り添っているのに気付く。
学校指定の制服ブレザーに、肩口で真っ直ぐ切り揃えられた黒髪、柔和に微笑む顔立ちは端整で、その手に大きな花束を抱えている。
「……えっ。……は……?」


チャララーン、ととある映画で使われている有名なサウンドが脳内を過ぎった。頭の中は完全に真っ白、すっかりパニック状態だ。「浮気」の文字が目の前でぐるぐる回っている。


まさか、そんな、理央に限って–––––。


そして、裕臣は失意のどん底に叩き落とされ、トボトボ独りで帰るハメになったのだった。



–––––数時間後。
ピンポーンと玄関チャイムが軽やかな音を立て、パタパタと理央が帰ってきた。なんと、鼻歌を歌いながらスキップまでする上機嫌ぶりである。
普段なら、何か良いことでもあったのだろうな、で済ませられる事案だが、現在懐疑心でいっぱいな裕臣にとっては、決して見逃せないことだ。
「……なにかあったの?」
たっぷりと間を置いて問いかけられた質問に、しかし彼女は極上の笑みでこう答えた。
「うふふ、ヒロくんにだけはヒミツだよぉ。もーちょっと待っててね!」



そして、彼は悟った。
「あ、これは結婚してから今までで一番ヤバいことになったわ」–––––と。



翌朝。
朝からごきげんな理央は、ドアを蹴破ることなく優しく裕臣を起こすと、ニコニコ笑顔で朝ごはんを作り(低血圧な彼女は本来朝が苦手である)、いつにも増して手の込んだお弁当を手渡してきた。
愛らしい顔に浮かぶ輝くような笑みは、それはもう食べちゃいたいくらい可愛いけれど、裕臣にとってはただただ不気味にしか映らない。
引き攣り笑顔でお弁当を受け取ると、そそくさとマンションを飛び出し急いで会社に向かった。彼は決して仕事熱心な方ではないが、今は我が家よりも会社の方が何倍も安心できる。
数本早めの電車に飛び乗り、ブルブル震えながら出社した。


「春田ぁ、おはよー。……って、なんで朝からそんな暗いんだ?」
始業まで時間があるので、コーヒーでも飲もうかと休憩室に立ち寄った裕臣は、既に爽やかオーラを振り撒いている旧友の姿を見かけ、乾いた笑いをこぼした。
「……あぁ。村崎か。いやさぁ、ちょっと参ったことがあってさ……」
愚痴をぶち撒けるが如く昨日の出来事を語り出した裕臣を見つめ、村崎はやれやれと言いたげに肩を竦めた。
「お前さぁ、もうちっと奥さん信じてやれよ。あの純粋な理央ちゃんが浮気なんかするわけねぇだろ。ちゃんと一晩考えたか?」
「うっ。……でも、相手はすげぇイケメンだったんだよ!村崎なんて目じゃないくらい!だから、つい……」
目線を下げ、ソファに三角座りした彼はのの字を書き始める。すっかり凹んでしまっているようだ。長い付き合いから、こうなると復活に時間がかかるのを村崎はよく知っていた。
女心の分からないニブチンなんぞ張り倒してやりたいが、そうしてしまうと理央がマジギレすると分かっている彼は、ハァと溜め息をつくしかないのだった。
「ああ……、瑞穂ぉ、助けてよぉ……。俺にはもうどうにもできねぇよ……」
社内では秘密にしている恋人に助けを求めながら。


昼休みになってからも、裕臣はまだしょげていた。途中で泣いたのか、ぱっちりした瞳が真っ赤になっている。
情けなく眉尻の垂れた彼を見るや、彼らの友人である「大八洲 瑞穂」はチッとあからさまに舌打ちした。
「……あんた。落ち込むと泣く癖、いい加減に直しなさいよ。みっともない、このヘタレ、チキンめ」
「ええ!そんなぁ、瑞穂ってばなんでそんなあたり強いんだよぉ」
またもや泣きそうな彼にグーパンチを見舞ってやりたいのを堪え、艶やかな黒髪をかき上げながら瑞穂は呟いた。
「ああもう、なんでこんなダメ男が、あんなに良い子を捕まえられたんだか。私にはちっとも良さがわからんよ。……っていうか、村崎ィ、あんた後で覚えておきなさいよ」
「ヒェッ……。す、スンマセン……」
ちなみに裕臣と同じく、村崎も恋人本命には頭が上がらないタイプだ。遊びの相手なら、いくらでも強気になれるのだが。


「で、理央ちゃんが浮気だってぇ?そんなことするわけないだろアホか。馬鹿なの、なんなの、死ぬの。あんた、ちゃんと脳みそ入ってんの?まさか耳から流れ出ちゃったんじゃないでしょうね」
なんて酷い言われようだろうか。肉体言語(物理)が激しめな理央だってもう少し優しい物言いをする。
さすがに七年以上の付き合いがあるとなると、言い様に遠慮が全くない。
裕臣は子どもみたいに喚き出す。
「えー、でも見たんだよ。確かに花束持ったヤローがあいつに寄り添うのを!絶対見間違いなんかじゃないってば!」
返す刀で瑞穂は言い放った。
「それが、一体何の根拠になるっていうのさ?そもそも、その男の子がなぜ花束持って理央ちゃんに近付いたのか、それをきちんと考えた?……目先の事実に囚われて、何も見えなくなってるんじゃないの?もう、しっかりしなさいよね」
終いにはぽんぽんとやや強めに頭を叩かれ、諭された彼は頬を膨らませる。リアクションの子どもっぽさに、今度こそ二人揃って呆れ返った。



–––––それから数日後。
朝、いつものように出かけようとして、彼は気付く。壁に掛けてあるカレンダーの今日の日付に、いつの間にかハートマークが書かれていることに。



ぱん、ぱん、ぱぱーん!
会社から帰り、玄関に入った瞬間。目の前でクラッカーが鳴った。火薬の匂いとともにカラフルなテープが弾け、紙吹雪が裕臣の頭に降りかかる。
「わっ……!な、なんだぁ⁉︎ってこれ、クラッカー……?」
パラパラと落ちる紙片を見下ろし、彼はキョトンと首を傾げる。
「えっへへ。びっくりしたでしょー?じゃーん!これ、私からのプレゼントでーす!」
ぶわっ、と目の前に突き出されたのは、赤とピンクの薔薇とかすみ草を組み合わせた、豪華ながら可愛らしい花束。
そして彼は遅ればせながら思い出した。この花束に見覚えがあることを。
「……あ。これ、もしかしてこの前の……?」
「あれ?……もしかして、ヒロくん見てたのー⁉︎やだ、ネタバレしちゃってるよう……。ハァ、せっかく頑張って考えたのに……」
ガックリと肩を落とす理央をそっと抱きしめ、彼は口元をほころばせる。
「あっははは!はぁー、なんだよもう、焦って損したぁ!そうだよな、理央が浮気なんかするわけないよなぁ。バッカみてぇ、何考えてんだろ、俺……」
されるがままになっていた理央はそのとき、ぴくぴくっと反応する。
「……ん?ねぇ今、なんて言ったのヒロくん……?ねぇ、もう一度、聞かせて、くれないかな……?」
「……あ。やべっ」
そして–––––。彼は、結婚記念日がまさかの命日と化すことを確信した。


ドロップキックからのジャイアントスイングを極められ、その後理央お得意の右ストレートでコテンパンにされた裕臣は、ボロボロの状態で食卓についた。
「今日は記念日だからね、もう腕によりをかけまくっちゃったんだから!残したらあの世行きだよ☆さぁ、たくさん食べてね、ヒロくん」
思いっきり暴れてスッキリしたのか、いつにも増して笑顔が輝いている理央はどん、と両手鍋を置いた。ぱかっと蓋を開けると、シチューの良い匂いがふわりと沸き立つ。
ブイヨンから作るシチューは、彼女が一番得意としている料理だ。二人分の皿にシチューをよそう彼女に、意を決し、あるものを彼は取り出した。
それは–––––、手のひらに乗るくらい小さな箱だ。そう。ちょうど、指輪が収まるくらいの。


カラン、と理央はお玉を取り落とした。色素の薄い瞳が潤み、すうっと静かに透明な雫が流れ落ちていく。
あたたかな雨に濡れる少女の面差しは、ただただ美しかった。


形の良い唇が動いて、一番綺麗な笑みが弾けた。
「……ありがと、……っ、ほんとに、ありがとね、ヒロくん……」
泣きながら笑う彼女に、彼もまた同じく微笑む。
「……うん。ありがとうな、……理央」

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