JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第4話 バイトをしてみよう




「ねぇヒロくん。私ね、バイトがしたいんだけど……いいかな?」


「……は?」


以上、二人の今朝の会話である。
出勤前の忙しい時間帯、唐突に切り出された裕臣は、当然困惑した。そんな砂糖菓子みたいに甘い声で言われたって、わけがわからないものに許すも許さないもない。疑問はすぐに表情に出た。
「えっと……いきなりどうしたの?ウチ、理央がバイトしなきゃなんないくらい貧乏させてないと思うけど」
別に大きな役職についているわけでもないので大した稼ぎではないとはいえ、理央一人養っていくには充分すぎるくらいの給料はきちんと入れているはずだ。少なくとも贅沢さえしなければ、二人で生活していくことはできる。
「あ、いや、その……そうじゃなくて。別に今の暮らしに不満があるとかじゃないから!あのね、高校生なのにバイトしたことないなんて、って周りの子に言われちゃってさ。試しにやってみればって誘われて……。ねぇ、いいでしょ?」
毎月のお小遣いの話になり、普段はどうしているかという話題で盛り上がったのだそうだ。大抵の子はアルバイトでやりくりしており、何人かが親から幾らか貰っているらしい。
そして、理央はそれに答えられなかった。当たり前だ、彼女はもう実家を離れて二年になるし、裕臣との関係を表に出すわけにいかない。
とりあえずバイトはしてないとだけ告げたとき、やってみればと声がかかったのだという。声をかけてきたその友人は、バイト先が人手不足なので誰でもいいから人員を確保したかったのだとか。
「……話は分かった。まあ、いい社会経験にもなるだろうし、一回くらいしてみるのもいいんじゃないか?」
「本当に⁉︎やったあ、ありがとうヒロくん!今日の晩御飯は奮発しちゃうね」
えへへ、とかわいく笑う彼女に、つい裕臣の頬もすっかり緩みきってしまう。彼は理央にベタ惚れである。何を言っても何をしてもひたすらかわいい。こうしておねだりされる度、結婚して良かったなと、ひしひしと感じる。
「あ、じゃあ行ってきます。なるべく早めに帰るから、お前も寄り道するなよ」
「ヒロくんじゃないんだからそんなことしませーん!あ、途中まで一緒に行こ」
対外的に二人の関係は叔父と姪だと説明している。実際、面立ちは似ているので違和感はない。とはいえ手を繋ぐなどの行為は怪しまれる危険があるので、並んで歩くだけだ。
マンションのエントランスで別れ、お互い別々の方向に進んでいく。
裕臣は駅に、理央は学校に。
同じ時間に家を出る場合はいつもこうしている。朝の密かな楽しみだった。
たとえ、大っぴらに曝け出せる関係ではないとしても。
それでも二人は幸せを感じていた。



「おっはよ。理央たんってば、なーんかシアワセそうだねぇー。なんかイイコトあったんでしょ。教えなさいよーう」
にまにまとおっさん臭く笑いながら抱きついてくるのは、くだんのアルバイトしないかと声をかけた友人だ。
ナチュラルブラウンに染めた髪を肩のあたりでサラサラと靡かせた、大人びた雰囲気の美人である。高校生ながら発育が良く、あまり制服が似合っていない。彼女の名前を「三嶋 叶子みしまかなこ」という。
沙英のような派手さはないが、逆にそれが人気となっている。曰く、世間に毒されていない感じが良いのだとか。
「カナちゃん、いきなりなんですかー。抱きつかないでくださーい」
背中にのしかかる重みに不満を口にすると、荷物と化した彼女はにひひといたずらっ子のような笑顔で、この前の話題について口火を切った。
「んで?どーだったのさ、うちの人とハナシはついたん?」
「え?ああ、いいってさ。はぁー……。もう、新しいバイトさんが来るまでなんだからね!私、接客業やったことないから多分即戦力にならないだろうし」
まずは求人広告を出して新しい人材が見つかるまで、という約束でこの話を彼女は引き受けたのだ。
その間、交通費などは叶子持ちである。家計を預かる理央はその辺りについてはかなりシビアだ。
お互いにメリットのある状態かつ、対等な取引ができない限りは乗らない。
ようするにタダでは受けませんよ、と事前に告げている。
「ホントーに理央たんはシッカリしてんねぇ。マジで高校生なん?実はもう社会人とか」
あんまりな疑いに、イラッとした理央はベーと舌を出す。
「失礼な!なんでこのトシでサバ読まなきゃなんないのー!ちゃんと実年齢ですよーだ」
社会人と暮らしているのだから、自分もしっかりしないと、と感じるのはある意味当然だろう。まだ未成年とはいえ立派な奥さんなのだから。何より結婚してもう二年が経つのだし、その辺りの機微はとっくに掴んでいる。
「あーもーごめんってばぁ。でも引き受けてくれてマジ助かるよ。ホントにピンチだったから」
「いいって。友達なんだし、持ちつ持たれつでしょ」
「さんきゅー!お礼に今度パフェでも奢るよ!あ、焼肉の方がいい?」
「……確かに私は武道やってますけどー。別に肉食系女子じゃないからね!」
違う方向に勘違いされていそうなので、そこはきっちりと釘を刺す。そもそも理央は肉をあまり食べない。
「まあまあ。じゃあ謝礼はパフェでいいかな?初出勤日は早速今日だから、部活終わったらウチのお店に直行してねー」


時間は流れ、放課後。
言われた通り、叶子の勤め先だという駅前の近くに構えられた喫茶店の暖簾をくぐった理央は、店の内装と従業員の服装を見て–––––、心の中で思いっきり舌打ちした。
「……あんの馬鹿っ!マジで一発ブン殴ってやる!」


叶子がバイトしているというその店はなんと、メイド喫茶。
しかも今月はネコ耳のオプション付き。
つまり、短期とはいえバイトすることになった理央もメイド服を着なければならないのであった。


自分より幾分も年上のお姉さまな店長に指示された通り、店の制服(メイド服)を着た彼女は、思わず鏡の前で絶句した。フリフリフワフワしたミニスカメイド服と自分の体型が全然似合ってない。
パニエで膨らませたスカートから伸びる脚は筋肉質でごついし、制服に比べてやけに肩幅が目立つ気がする。加えてネコ耳が違和感の塊と化している。いかにも「着られている」感が満載だ。
思わず真顔で立ち尽くす理央の元に、先に現場に入っていた叶子がひょこっと顔を出した。当然彼女もメイド姿である。
「おっ。なかなか似合ってるじゃーん!いいねぇ、かわいいー!ねー店長、そう思いませーん?」
色っぽい美人店長もノリノリで会話に混ざる。
「うっふっふ。叶子ちゃんに彼女の写真もらってから、そりゃもー必死こいてコーディネートしたんだからぁ♪似合って見えなきゃ私の沽券に関わるわよぉ」
「さっすが店長!元デザイナーだけあるぅ!相変わらずセンスすごいっすねぇ」
「んふふ。でしょでしょ〜?もーっとホメてくれてもいいのよぉ」
「おちんぎんアップしてくれてるんならほめ倒しますけどー」
「え?何言ってんのよーう!やだなぁ、そこは業務外ってことで」
そこで叶子もくだらないやり取りに飽きたのか(あるいは店長の発言が気に食わなかったのか)、くるりと理央の方へ向き直り、ネコ耳の位置を整えると彼女の手を取る。
「んじゃ、早速店に出ましょっか!何事もまずはやってみなきゃね!」
にっこりと花が咲くように笑いかけられて面食らっている合間に、理央は表に出ていた、
「みなさーん!今日から期間限定で新人さんが入りますよぉ〜!接客業初めてだからやさしーくしてあげてね、だニャ」
おおおおっ、とやや野太い歓声が上がりつつも、理央は暖かく迎えられた。


–––––数時間後。
「ハァ……。……疲れた……」
体力には自信があったつもりだが、仕事が終わるやいなやすっかりクタクタになってしまった。
「おっす、お疲れー。うわあ、グッタリしてるねぇ。家の人に迎えを頼んだ方がいいんじゃない?」
「んーん。早く帰るって言ってたけど、疲れてるのに気を使わせたくないもん。頑張って帰るよ」
「けどさー。もう遅いから危ないし。いくらあんたが強くても、男には敵わないでしょーが」
叶子の言うことには一理ある。しかし、裕臣は自分などよりもっと疲れているはずなのだ。その彼を自分のわがままに付き合わせるのは忍びなかった。
何よりここには叶子がいる。できれば彼を学校の人間に会わせたくはない。
「うーん、それなら私が送るわ。理央ちゃん、住所教えてくれないかしら」
「え、店長……。……いいんですか?」
「なに遠慮してるのよー!従業員の安全に気を配るのは店長トップの仕事だもの。さっ、大人しく任されなさい♪」
というわけで、理央は店長の車に乗り込むことになったのだった。



–––––最初に話を始めたのは、どうしてだったのだろう。
ゆったりとオールディーズのかかる静かな車内、うっすらと這い寄る睡魔から逃れるように、理央はポツリポツリと呟きをもらした。
「……不安なんです。いつか、バレやしないかって。法律上問題ないとしても、やっぱりそうそうあることではないですから。だから、万が一みんなに知られて嫌われてしまったら。いけない子だって思われたら……そう考えると、もう、たまらなくて。自分であの人の傍に居るって決めたくせに。相談すればいいと簡単に言うけれど、少しもあの人に負い目を感じてほしくない。ただでさえ、負担をかけているのに」
理央は決して裕臣との関係を口にはしなかった。だから店長は一体何のことについて語っているのか分からないだろう。知られてはまずいのだから、詳細を尋ねられたところで答えられるわけがない。しかし、彼女は理央の言葉に訊き返すようなことは一切しなかった。ただ、少女の弱音を黙って聞いているだけだ。


やがて車は理央の住むマンションの近くに停められた。
車内から降り、ぺこりと頭を下げる彼女に店長は運転席から静かな光を湛えた瞳を向けた。なぜか逸らしていけない気がして、理央も彼女の視線を見つめ返す。
「あなたの悩みがなんであるか、私にはよく分からないけれど。ただ一つ言えることがあるわ。
–––––つらいときには逃げていいのよ。あなたにとって逃げ場はある?あるなら良いけれど、もしも無いのなら、私を逃げ場にして構わないからね。いつでも逃げてきなさい。必ず迎えてあげるから」



午後11時。
夕飯時というにはもうずいぶんと遅い時間だろう。今から食べ始めたら太りそうなので、お腹は空いているが栄養補助食品で我慢する。
そういえば、今日は奮発するという約束をしていた、結局守れず、申し訳なくなってしまう。せっかく早めに帰ると言ってくれたのに。
寝室を覗くと、彼はすうすうと穏やかな寝息を立てていた。子どものようなあどけない寝顔に、思わずくすっと笑みがこぼれる。寝相が悪いとくれば尚更。
パジャマに着替えた彼女は起こさないようそうっとベッドに潜り込み、彼の隣に並んで寝入る。
あたたかな体温に安堵の息をもらし、彼女は店長の言葉を反芻していた。


逃げ場は、確かに此処にある。
多分死ぬまで悩みは尽きない。でも、それで構わない。もとより承知で一緒になったんだから。
「……おやすみなさい、良い夢見れるといいね、ねぇヒロくん」

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