双眸の精霊獣《アストラル》

果実夢想

#5 高速の獣【7th】

「あァ? うっぜェうっぜェ……うぜェんだよォッ!」

 俺の覚悟を聞いて、レグルスは心底腹立たしそうに喚く。

「何がぶっ飛ばすだァ! てめぇみてェなザコができるわけねェだろうがッ!」

 俺は、確かにザコだよ。運動神経も頭もそこまでいいほうじゃないし、そもそも精霊獣のような能力は何もない。

 本来の、俺。一人だったらな。

 でも今は、ミラがいる。負けるわけにはいかないんだ。

「そういやァ……見てたぜェ? てめェさっき中で楽しそうに話してやがったなァ? 友達、だっけかァ?」

 こいつ、見てやがったのか。

 驚く俺をよそに、レグルスは続く。

「てめェの周りにいる人間全員ぶっ殺せば、さすがに絶望するよなァ? 試しに、友達とやらを殺してみっかァ」

 レグルスが言ってるのは、日向のことだろう。

 もう、ダメだ。

「……ふざけんなよ」

 それは、自分でも怖いほどドスの効いた、低い声音だった。

「何でお前の勝手な都合で、友達を殺されなきゃならねぇんだよ!? 絶対、そんなことさせねぇ!」

 叫んで、刀剣を構えたままレグルスに向かって駆け出す。

 レグルスは咄嗟に、周囲に鏡を浮遊させた。

 さっきと同じ技か。気づくのとほぼ同時に、鏡の一つから太くて長いビームが発射される。

「死んじまいなァッ! 〈瑩徹の束ゴールドファーム〉ゥゥゥゥゥッ!」

 俺はそのビームを前にしても、ちっとも避けなかった。避けようとも、しなかった。

 大きな光線が、俺の腹を貫く。

「か……ッ、ぐ、ごふッ」

 口から大量の血を吐き、膝が地面についてしまう。

 痛い……なんて言葉じゃ言い表せられないくらいの激痛。

 ちょっと下に視線を向けると、腹部に大きな穴が空いていた。

 意識がどこかへ行ってしまいそうになる。

 ――でも。俺はゆっくり立ち上がる。

「何やってんだお前ェ? 何で避けねェんだよォ? 死にてェなら、さっさと殺してやらァ!」

 そして再びビームが発射され、今度は右胸の少し下辺りを穿つ。

 痛い。痛くて痛くて、たまらない。

「ぐ、かはッ……死にたくなんか、ねぇよ。でもこの攻撃を避けたら、目の前の絶望や敵から逃げてるみたいだろ……ッ! だから俺は一切避けないで、てめぇに勝つ!」

 正直足がガクガク震えるし、視界が血の赤に染まって見にくいし、全身が痛すぎて思うように歩けない。

 それでも、俺は歩く。

 ただ一人の敵、レグルスに向かって。

「……ざけやがってッ! さっさと死にやがれッ!」

 再度ビームが発射し、俺の腹にもう一つ穴が空く。

 そしてついに、その場に倒れてしまった。

 痛い。痛い。痛い。

 ……ごめん、ミラ。

「はッ! 止めだァッ!!」

 昏倒している俺に、最後の光線が射たれる。

 何やかんや言ったけど、ここまでなのかな。

 ミラ、あやめ、中篠、シャウラ……ごめん。

 だが――まったく痛みがやってこない。

 怪訝に思った俺は、ゆっくり顔を上げる。

 目の前には、血塗れの鳥山先生が立っていた。

 まさか、俺を庇ったのか?

「何をやっている、五十嵐。ごふッ、お前は、何のためにここに来た? 何のために、俺に立ちはだかった? 大切な人を守ると、そう決めたのだろう!? だったらこんなところで、倒れていいわけがない!」

 そして、言った。全てを、俺に託してくれた。

「……昔の俺みたいに、なるんじゃないぞ……ッ!」

 気づいたときには、さっきまでの痛みなんか驚くほど吹き飛んでいた。

 ああ、そうだよ。こんなところで、終わってたまるか。

 こんなところで、死んでたまるか!

 立ち上がり、レグルスに向かって走る。

「レグルスッ! やっぱてめぇは許せねぇ! だから――」

 更に刀剣ミラで、レグルスに斬りかかる。

「つッ、てめェこの野郎ォッ!」

 反撃してくる暇も与えず五回連続で胴体を斬り、最後に。

「――ちったぁ反省してろッッ!!」

 レグルスの頬を、思いっきりぶん殴った。

 さっきの斬撃はミラたちの分、この殴打は俺自身の分だ。

 火事場の馬鹿力というやつなのか、自分でも分からないがかなり威力があったらしい。

 レグルスは勢いよく屋上の柵を飛び越え、落下していく。

 ――が。

「何、してんだてめェ?」

 鳥山先生がレグルスの腕を掴み、引っ張り上げようとしているのだ。

「……おい、ハヤテ。さっさと離しやがれェ!」

 叫ぶレグルスに、鳥山先生は涙を堪えている様相で答える。

「騙したことも、みんなを傷つけたことも、当然許してはいない。……だが、お前は俺のパートナーだ。もう、もう……ッ、目の前で大切な人を死なせたくない……ッ!」

 俺にとってレグルスは、ただ嫌な野郎だけど。

 鳥山先生にとっては、幼い頃から一緒にいるパートナーなんだ。

「レグルス、あとでたっぷり説教してやる。覚悟しておけ」
「……は、やっぱてめェにゃ敵わねェなァ……」

 そして諦めたように呟き、鳥山先生の腕に身を任せた。

 やがてレグルスを引っ張り上げることに成功した頃、俺は――

「五十嵐ッ!?」

 ――出血多量や疲労困憊などによって、地面に倒れ臥して意識が途切れた。

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