双眸の精霊獣《アストラル》

果実夢想

#4 悪意に満ちた人造【6th】

 どこだ。どこに行きやがったんだ。

 俺は無我夢中で廊下を走る。

 各クラスの教室は別の教師と生徒がテストを行っているから違うとして、他に鳥山先生が行きそうな場所なんて皆目見当がつかない。

「こらー! 廊下を走るな!」

 俺の走る足音を聞いた先生が教室から出てきて叫ぶが、そんなものに構ってやれる暇はない。

 中等部や初等部の校舎には一階へ降りて外に出ないと行けないので、おそらく違うだろう。

 だったら、あとは理科室や調理室などの移動教室か。それとも、体育館か。

 とか何とか走りながら思案していると、すぐ左に上り階段が見えた。

 ……屋上か。

 基本的に、生徒は屋上へ立ち入ることを禁じられている。教師だって、屋上へは行く用事がないから滅多に上ったりしないのだ。

 だからこそ、怪しいんだよ。

 途中でチャイムの音が聞こえた気がしたが構わずに階段を一段飛ばしで駆け上がり、屋上の重たい扉を開け放つ。

 そこには、どこまでも澄み渡る綺麗な青空と、広闊こうかつとした殺風景な屋上の景色が広がっていた。

 そして、事故を防ぐための柵越しに、鳥山先生が街を見下ろす。

 こんなとこに来てどうするつもりだってんだ。

 扉が開く音に気づいたのか、鳥山先生が振り返って口を開く。

「……五十嵐。今はテスト中のはずだが、何をしている」
「廊下を歩いてるあんたを見かけたから、追いかけてきたんだよ。そういうあんたは、何してんだ」

 当然とも言える質問にそう答え、逆に問う。

 するとおもむろに右手の携帯電話を掲げ、答える。

「何の用かは知らないが、職員室にいたらレグルスから電話で呼び出されてしまってな。俺はここで待ち合わせをしているというわけだ」

 なるほど、あいつが鳥山先生を呼んだのか。この二人はパートナー同士なのに、あんまり一緒に行動しないんだな。

 まぁ、レグルスまで学校に来る必要ないよな。俺も、学校にいるときはミラと一緒じゃないし。シャウラは、時々蝶の姿で学校に来ているようだけど。前聞いてみたところ、独りで家にいるのは退屈だかららしい。でも今はいない。

 本当に、レグルスは何の用なんだろう。あいつは、わざわざ進んで学校に来たりしないと思う。というかそもそも、俺はレグルスのことを何も知らないな。シャウラが言っていたことも気になる。

「分かったら、早急に教室へ戻れ」

 確かに戻ったほうがいい。しかし、このまま大人しく戻ったら、せっかくの機会を失ってしまう。

「あんたに、訊きたいことがあるんだよ。ずっと……ずっと気になっていたことだ」
「そうか」

 俺の真剣な声色を聞いた鳥山先生は、まるでそう言うことが分かっていたかのように驚きもしないで頷く。

 そして携帯電話をポケットにしまい、告げる。

「では、少し話をしようか。その様子なら、きっとお前も知らないであろう事実だ」

 一体何を話すってんだ。俺が知らないこととなると……そういや、精霊獣に関するものでは知らないことが多すぎるんだった。

 黙って次の言葉を待つ。

「精霊獣とは――」

 と、話し出した刹那、視界が反転する。突然だったため目を閉じてしまったが、再び目を開けると。

 すぐ横では俺の体を抱き留めたまま倒れているシャウラの姿があり、さっきまで俺がいた場所にはレグルスが突っ立っていた。

 な、何だ? 何が起こった?

 訳が分からず横たわっている俺同様、鳥山先生も怪訝な表情でこの現況を少し遠くから見つめている。

 するとシャウラが俺の体を離し、途端に起き上がる。

「あ、あんた……今はミラがいないんだから、一人で接触しないでちょうだい! もしものことがあったらどうするのよ!」

 本気で怒鳴られてしまった。

「いや、でも鳥山先生とは話をしてただけで……」
「鳥山先生とは、でしょ?」

 呟き、顎でその先のレグルスを指す。

 つまり、どういうことなのか。気になりながらシャウラの視線の先にいるレグルスを見ると、更に続ける。

「レグルスが、あんたを狙っていたのよ。気をつけなさいよね。あたしが来なかったら今頃、あんたはレグルスの攻撃をくらっていたわ」

 つい油断をしてしまっていた。

 鳥山先生は戦意がないみたいだから、レグルスもいきなり襲ってきたりしないと思っていたのだ。

 もしかしたらこいつらの作戦かと考えはしたものの、鳥山先生の様子を見た限りだとどうやら違うのかも。

 レグルスが一人で、勝手にやったという感じだ。

 それは正しかったらしく、鳥山先生が問う。

「……レグルス、一体どういうつもりだ。俺を突然呼び出したかと思えば、五十嵐に奇襲するなど。何を考えている」
「ハッ! オレァ、ただハヤテに言いたいことがあっただけだぜェ。けどなァ、てめェは五十嵐の野郎を狙ってんだろォが。だから、オレは真っ先にぶっ飛ばしておこうと思ったんだよォッ! まァ、まさかここにいるなんて予想外だったらしィ、邪魔者のせいで避けられちまったんだがなァ」

 相変わらずの乱暴な物言いに、俺たちは口をつぐむ。

 邪魔者――シャウラのことか。

 それにしても、俺が一番気になっていたことをさりげなく言いやがったな。

 と、鳥山先生が口を開く。

「……そうだな。だが、本当の標的は違う」

 直後、学校中に本鈴の音が鳴り響く。

 確かこれは二時間目開始のチャイムのはず。急がないとヤバいかも。テストを受けられなくなってしまう。

 なんて危惧していたら、不意に物音をたてて屋上の扉が開いた。

 そしてそこには、眼鏡をかけていなければ本を持ってもいない中篠の姿が。

「ほう。まさか標的が自分から来てくれるとはな」

 本当の標的って中篠だったのかよ。

 あれ? じゃあ何でこいつは――。

「……五十嵐君、今はテスト中。ここは私に任せて、あなたは教室に戻って」

 こちらに向かって歩きながら、そんなことを呟く。

「お前は、どうすんだよ」
「……大丈夫。テストなんかに興味はない。もし補習を受けなくてはいけなくなっても、私ならすぐに終わる」

 確かにその通りだ。中篠は成績トップなんだから、補習のプリント五十点以上とか息をするくらい簡単に、数分で終わるだろう。

「……それに、私は絶対負けない」

 最後に鳥山先生とレグルスを無表情で見据えて言い、スカートのポケットから取り出して眼鏡をかけた。

 鳥山先生の実力は知らないが、中篠の強さは本物だ。いくら経験などが劣っているとはいえ、俺は二週間手も足も出なかった。

 ――しかし。

「俺は小さい頃から、性格上人を見捨てるなんてできないんだよ。……だから、教室には戻らない」

 そう告げると、中篠やシャウラ、鳥山先生にレグルスまでもが愕然とする。

 たかが、テストだ。この問題をさっさと解決して、テストの問題に取りかかればいい。補習になったとしても、大丈夫だろ。

 今の状況に比べれば、大したものじゃない。

「あ、あんたバカ!? 自ら死ぬのを選んでるようなもんじゃない! しかも今はミラがいないのよ!?」
「分かってる。でも、お前だって分かってんだろ。人を見捨てるくらいなら、死んだほうがマシだ」

 ごもっともなことを怒鳴るシャウラに、俺は一歩も引かない。

 もう決めたんだ。二度と、他人を昔の俺みたいにさせないって。そのために、絶対見捨てたりしないって。

 俺の決意を汲み取ってくれたのか、シャウラと中篠は何も反論できないようだった。

「すまないな、五十嵐。レグルスもそちらの二方も、どうやらやる気のようだ。まずは中篠を打倒してから、お前と決着をつけよう」

 鳥山先生のその一言で、中篠恵とシャウラ 対 鳥山疾風とレグルスの勝負が、俺の目前で幕を開けた――。

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