双眸の精霊獣《アストラル》
#4 悪意に満ちた人造【5th】
すっかり夏となり、外に出た途端忌まわしき太陽の猛暑攻撃をくらってしまう。
うちの学校だけかもしれないが、夏服のくせにさほど暑さを凌げていない。もう少し生地を薄くしたり袖を短くしてほしい。
無限に吹き出てくる汗を右手で拭いつつ、一人で通学路を歩く。
周りにも制服を着た、海聖学園に向かっている途中と思われる人が沢山いる。みんなも体に大量の汗を滲ませている。
まだ七月の上旬だぞ。今でこの暑さなら来月どうなるんだ。想像しただけで、倍は発汗しちゃうよ。
早くシャワーを浴びて、クーラーの効いた部屋で休みたいな。
家を出て間もないのに怠け者的思考を巡らす。
暑すぎる夏という存在のせいで、のんびり時間をかけて歩くこと、約三十分。ようやく学園に着いた。
上靴に履き替えて、俺が所属するクラス━━高等部一年七組がある、高等部校舎二階へと向かう。
教室に入ると、真っ先に大きな枝葉が目に留まった。教卓には短冊が数十枚も置いてあり、クラスメイトたちが和気藹々とその短冊に何かを書いている。
そういや今日は七夕だっけ。
毎年七夕の日は一人一枚のみ短冊に願い事と氏名を書き、枝葉に飾るのだ。なので、どうやら他のクラスの教室にも飾られてあるらしい。
彦星やら織姫やら正直どうでもいいんだが、せっかくだし書いてみよう。
というわけで教卓の上から短冊を一枚取って自分の席に座り、ペンを走らせる。
『全世界の幼女とラブラブ生活を送りたい 五十嵐蓮』
一旦最後まで書いてから、名前以外全て消した。
いかんいかん、あまりこういうこと書いちゃダメだよな。中等部のときみたいなことになる可能性があるから、誰かに見られたくないし。
じゃあ無難に金持ちになりたいとかでいいか……と書き始めたら。
ふと、ミラの顔が脳裏に浮かぶ。
どうせ願い事なんか書いたって叶うわけがない。そりゃそうだ、もちろんわかってる。
でも、叶ったらいいな。
……いや、俺が自分で叶えてみせる。
中途半端に書いていた金という文字を消し、別の願い事を書く。
事情を知らない者が見ると無難だな、とかありきたりだな、とか思われるだろうが、俺にとっては深い意味をもつ文を。
『傷ついたり捨てられたりしないで、誰もが平和でいられますように 五十嵐蓮』
よし、完璧。キリッ。
飾りに行こうとして立ち上がったら、中篠がちょうど教室に入ってきた。そして無表情で短冊を手に取り、自分の席に座って書き出す。
あいつはどんな願いなんだろう。
ちょっと気になったので、背後から覗く。
『色んなところにイきたい 中篠恵』
「ここでも下ネタかよ!」
ワープロなんじゃないかと疑わしくなるくらい綺麗な字で何書いてんだ。学校では下ネタを控えるかと思っていた時期が、俺にもありました。
「……五十嵐君。あなたはつっこみすぎ。強姦魔」
「何でだ! お前がボケるからつっこまざるを得ないんだよ! とにかく、他にはないのか?」
「……仕方ない」
呟いて、中篠は書き直す。
『児童買春ポルノ処罰法を廃止してほしい 中篠恵』
「それ超同感!!」
「……」
思わず全力で同意してしまい、中篠が冷たい視線でこちらを見てくる。お前が書いたんだろ。
児童買春ポルノ処罰法とは、平成十一年頃制定された法律で、十八歳未満の者に対する買春や児童ポルノに対する処罰、被害児童の保護に関する措置などを定めたものだったはず。
つまりこの法律━━児童買春ポルノ処罰法が廃止になれば、普通に店で児童ポルノが売られるようになるのだ。
そんなの最高だね。毎日児童ポルノを眺めてウハウハできるよ。
色々と問題発言だけども、絶対に停廃されるわけないし、思うくらいは自由ですよね。
「よし、採用!」
「……変える」
「ええっ、じゃあ何で書いたし」
せっかく採用したが、中篠は名前以外の文字を全て消す。そんなものが万が一叶えば日本は大変なことになりそうだな。幼女を買春したり、幼女の裸写真などを売ったりな。ロリコンだけが生き生きしそう。
「……」
急に無言になった中篠の手元の短冊には、予想外の願い事が書いてあった。
『残虐な研究者なんかいなくなればいい 中篠恵』
それは、やはり手書きだとは思えないほど丁寧な字だった。でも、何故か憎しみや嫌悪に悲哀などの負の感情が伝わってくるみたいで、何も言えやしなかった。
残虐な研究者って、誰だ?
全く心当たりがなくて怪訝な表情になる俺をよそに、中篠は立ち上がって枝葉のもとへ行く。全然目立たないようなところに飾っていた。
俺もずっと手に持っている短冊を飾りに行こうと歩き出すと、突然男子生徒が話しかけてくる。
「おい、蓮。お前どうやって中篠さんと仲良くなったんだよ」
身長も髪型も声も成績も何もかもが普通という、まさにザ・普通人間なクラスメイト。高等部になってからの友達だ。
名前は、汀日向。
自他ともに認めるほど惚れっぽい性格をしており、新学期が始まった当初、四月の頃は先輩の女の子が好きだったらしい。妙に惚れっぽくてすぐ別の女の子を好きになっちゃうからか、モテない。
今では、無口でクールで頭がいい文学少女である中篠恵に惚れてしまったって前聞いた。本当は下ネタばっかり言う腐女子なんだぞ。
日向は基本的に俺には何でも話してくれる。友達っていいもんだな。
ちなみに、俺がロリコンってことは日向でさえも知らない。日向なら大丈夫だろうが、念のためね。
「仲いいのかな……」
「中篠さんがあんなに長く会話してるとこ初めて見たぞ。是非仲良くなる秘訣を教えてくれ! 試すから!」
「って言ってもなぁ」
正直、ミラの存在がなかったら、中篠とは話す機会なんて一向に来なかったかもしれない。だから、秘訣とかは当然ない。
でも見捨てるのは嫌だし、仕方ないので自分が思う女子と仲良くなる方法を教えてあげるか。俺もモテないとか気にしない。
「そりゃ必死にアプローチするしかないんじゃねぇか? いきなり告白は無理だろうから毎日自分から話しかけたりな。あ、漫画とかラノベだと女の子は優しい人に弱いみたい」
甚だ遺憾だ。どうしてフィクションの世界ではちょっと優しくされただけで、可愛い女の子が主人公に惚れてハーレム状態になるのか。
まったく、うらやまけしからん。
リアルの女子どもは所詮顔だよ。性格よくても顔が悪かったらダメなんだよ。逆に性格悪くてもイケメンだったらいいんだよ。あれ、おかしいな。目から汗が。
ま、俺は幼女とお近づきになれたらそれでいい。ミラとあやめ以外の幼女に知り合いはいないけども。
「ふむふむ。中篠さんは話しかけても、最小限の応対しかしないじゃねぇか。大丈夫なのか?」
「毎日やってたらそのうち反応も変わってくるだろ」
「と、いうことは……! 蓮は毎日中篠さんと会話してたってのか!? 言え、何が目的で中篠さんに近づいている!? まさか、中篠さんの処━━」
「人聞き悪いこと抜かすな! 中篠さん中篠さんうるせぇよ!」
毎日会話してるのは放課後に修行があるからなんだが、一般人に言えるわけがない。お泊まりの勉強会もした……なんて言ったらどんな反応するんだろう。
面倒くさくなりそうなので言わないでおく。
「まぁいい。では早速……。中篠さーん、今日のテストの自信の程はいかがっすか?」
「……どうでもいい」
「…………」
あ、いきなり中篠に話しかけに行って、軽く受け流された。ガーンという効果音が聞こえてきそうなくらい、ガッカリしてやがる。
ありゃダメだな、完全に脈がない。当たり前か。
中篠にテストの話題を振るとは分かってないな。あいつは勉強に関するものは興味ないんだぞ。
興味あるものと言ったら……下ネタとかエロ本とかでしょう。さすがにそんなこと教えないが。
と、学校中に予鈴の音が鳴り響く。
それとほぼ同時に中篠がやって来て、席に座る。
クラスのみんなも自分の机のもとに向かっているので、俺はそそくさと短冊を適当に飾り、席に戻った。
それから数分後に本鈴のチャイムが鳴り、三つ編みを頭頂に編み込んだ担任の雛谷琴乃先生が教室に入ってくる。
「みんなも知っての通り、今日は期末テストだよ。ちゃんと勉強してきたかな? 課題は全部のテストが終わったらまとめて提出するね」
そんな感じの話をしてSHRは終わり、机の中を空にしてシャーペン数本と消しゴムのみを用意する。
この空気だよ。テストのときのこういう雰囲気はどうも初等部の頃から好きになれないんだよな。
そして前から一時間目━━数学のテスト用紙が送られてき、一学期末テストがついに始まった。
……うん、大丈夫。
一通り全ての問題を見て、俺は確信する。
 
この程度なら、あまり上位にはなれなくてもきっと補習は免れる。
まだ一年生の一学期末だからか、そこまで難しくできていなくて安心したよ。
分かる問題を先に記入していく、と。
やにわに、視界の端で白黒が映り込む。
俺の席は一番右(廊下側)の一番後ろなので、何だろうと思い視線を横に向けて廊下を見る。
すると携帯電話を片手に、鳥山先生が廊下を悠然と歩いていた。
今はテスト中だぞ。教師たちは各教室に行っていて、他の副担任たちは職員室にいることとなっているはず。海聖学園でのテスト中は、副担任のみ職員室なのだ。
トイレはちゃんと職員室にある上、ここは二階だ。階段は鳥山先生の歩いてきた方向だから、一階の職員室に行くにはまず通らない。
他に用事がある可能性だって、もちろんある。
でも、俺の本能がどうしてか怪しいと告げた。
本当に、何なんだ。この嫌な予感は。
カンニングだと疑われないようこっそり中篠を見やったら、相変わらずの無表情ですらすらとテストをやっていた。あの様子なら今回もトップになるかも。
気づいていないのか。それとも、単に無視しているだけなのか。どちらにせよ、気にしなくてもいいことだろう。
今はミラがいない。シャウラもいないみたいだし、中篠の席は廊下から少し離れているため、気づかなくても無理はない。
それに、何よりテスト中だ。途中で退場すると零点扱いとなる。テストが終わるまでに戻ってこれるかわからないし。
━━でも。嫌な予感だけは、ホントよく当たるんだよな。
「……先生」
俺は静かな空間の中、おずおずと手を挙げて言う。
「どうしたのー? 消しゴムかペンを落としたりした? あ、答えはさすがに教えられないよー。ヒントもダメね。先生許しません」
「い、いや、そうじゃなくて。ちょっと……トイレに、行きたいんですけど」
口実なんてトイレに行く、しか思いつかなかった。我ながら、ボキャブラリーが貧困だね。
「今テスト中だよ?」
案の定、雛谷先生は怪訝な表情をして言う。
「まぁ、そうなんですけど……」
「どうしても我慢できないの?」
「あ、はい。すいません」
「じゃあ分かった。でも早く戻ってくるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
なんとか許可をもらい、俺はすぐさま立ち上がって廊下に出る。早く戻ってこれる保証はないが。
「……」
ふと、教室を出たときに、中篠と目が合った……気がした。
うちの学校だけかもしれないが、夏服のくせにさほど暑さを凌げていない。もう少し生地を薄くしたり袖を短くしてほしい。
無限に吹き出てくる汗を右手で拭いつつ、一人で通学路を歩く。
周りにも制服を着た、海聖学園に向かっている途中と思われる人が沢山いる。みんなも体に大量の汗を滲ませている。
まだ七月の上旬だぞ。今でこの暑さなら来月どうなるんだ。想像しただけで、倍は発汗しちゃうよ。
早くシャワーを浴びて、クーラーの効いた部屋で休みたいな。
家を出て間もないのに怠け者的思考を巡らす。
暑すぎる夏という存在のせいで、のんびり時間をかけて歩くこと、約三十分。ようやく学園に着いた。
上靴に履き替えて、俺が所属するクラス━━高等部一年七組がある、高等部校舎二階へと向かう。
教室に入ると、真っ先に大きな枝葉が目に留まった。教卓には短冊が数十枚も置いてあり、クラスメイトたちが和気藹々とその短冊に何かを書いている。
そういや今日は七夕だっけ。
毎年七夕の日は一人一枚のみ短冊に願い事と氏名を書き、枝葉に飾るのだ。なので、どうやら他のクラスの教室にも飾られてあるらしい。
彦星やら織姫やら正直どうでもいいんだが、せっかくだし書いてみよう。
というわけで教卓の上から短冊を一枚取って自分の席に座り、ペンを走らせる。
『全世界の幼女とラブラブ生活を送りたい 五十嵐蓮』
一旦最後まで書いてから、名前以外全て消した。
いかんいかん、あまりこういうこと書いちゃダメだよな。中等部のときみたいなことになる可能性があるから、誰かに見られたくないし。
じゃあ無難に金持ちになりたいとかでいいか……と書き始めたら。
ふと、ミラの顔が脳裏に浮かぶ。
どうせ願い事なんか書いたって叶うわけがない。そりゃそうだ、もちろんわかってる。
でも、叶ったらいいな。
……いや、俺が自分で叶えてみせる。
中途半端に書いていた金という文字を消し、別の願い事を書く。
事情を知らない者が見ると無難だな、とかありきたりだな、とか思われるだろうが、俺にとっては深い意味をもつ文を。
『傷ついたり捨てられたりしないで、誰もが平和でいられますように 五十嵐蓮』
よし、完璧。キリッ。
飾りに行こうとして立ち上がったら、中篠がちょうど教室に入ってきた。そして無表情で短冊を手に取り、自分の席に座って書き出す。
あいつはどんな願いなんだろう。
ちょっと気になったので、背後から覗く。
『色んなところにイきたい 中篠恵』
「ここでも下ネタかよ!」
ワープロなんじゃないかと疑わしくなるくらい綺麗な字で何書いてんだ。学校では下ネタを控えるかと思っていた時期が、俺にもありました。
「……五十嵐君。あなたはつっこみすぎ。強姦魔」
「何でだ! お前がボケるからつっこまざるを得ないんだよ! とにかく、他にはないのか?」
「……仕方ない」
呟いて、中篠は書き直す。
『児童買春ポルノ処罰法を廃止してほしい 中篠恵』
「それ超同感!!」
「……」
思わず全力で同意してしまい、中篠が冷たい視線でこちらを見てくる。お前が書いたんだろ。
児童買春ポルノ処罰法とは、平成十一年頃制定された法律で、十八歳未満の者に対する買春や児童ポルノに対する処罰、被害児童の保護に関する措置などを定めたものだったはず。
つまりこの法律━━児童買春ポルノ処罰法が廃止になれば、普通に店で児童ポルノが売られるようになるのだ。
そんなの最高だね。毎日児童ポルノを眺めてウハウハできるよ。
色々と問題発言だけども、絶対に停廃されるわけないし、思うくらいは自由ですよね。
「よし、採用!」
「……変える」
「ええっ、じゃあ何で書いたし」
せっかく採用したが、中篠は名前以外の文字を全て消す。そんなものが万が一叶えば日本は大変なことになりそうだな。幼女を買春したり、幼女の裸写真などを売ったりな。ロリコンだけが生き生きしそう。
「……」
急に無言になった中篠の手元の短冊には、予想外の願い事が書いてあった。
『残虐な研究者なんかいなくなればいい 中篠恵』
それは、やはり手書きだとは思えないほど丁寧な字だった。でも、何故か憎しみや嫌悪に悲哀などの負の感情が伝わってくるみたいで、何も言えやしなかった。
残虐な研究者って、誰だ?
全く心当たりがなくて怪訝な表情になる俺をよそに、中篠は立ち上がって枝葉のもとへ行く。全然目立たないようなところに飾っていた。
俺もずっと手に持っている短冊を飾りに行こうと歩き出すと、突然男子生徒が話しかけてくる。
「おい、蓮。お前どうやって中篠さんと仲良くなったんだよ」
身長も髪型も声も成績も何もかもが普通という、まさにザ・普通人間なクラスメイト。高等部になってからの友達だ。
名前は、汀日向。
自他ともに認めるほど惚れっぽい性格をしており、新学期が始まった当初、四月の頃は先輩の女の子が好きだったらしい。妙に惚れっぽくてすぐ別の女の子を好きになっちゃうからか、モテない。
今では、無口でクールで頭がいい文学少女である中篠恵に惚れてしまったって前聞いた。本当は下ネタばっかり言う腐女子なんだぞ。
日向は基本的に俺には何でも話してくれる。友達っていいもんだな。
ちなみに、俺がロリコンってことは日向でさえも知らない。日向なら大丈夫だろうが、念のためね。
「仲いいのかな……」
「中篠さんがあんなに長く会話してるとこ初めて見たぞ。是非仲良くなる秘訣を教えてくれ! 試すから!」
「って言ってもなぁ」
正直、ミラの存在がなかったら、中篠とは話す機会なんて一向に来なかったかもしれない。だから、秘訣とかは当然ない。
でも見捨てるのは嫌だし、仕方ないので自分が思う女子と仲良くなる方法を教えてあげるか。俺もモテないとか気にしない。
「そりゃ必死にアプローチするしかないんじゃねぇか? いきなり告白は無理だろうから毎日自分から話しかけたりな。あ、漫画とかラノベだと女の子は優しい人に弱いみたい」
甚だ遺憾だ。どうしてフィクションの世界ではちょっと優しくされただけで、可愛い女の子が主人公に惚れてハーレム状態になるのか。
まったく、うらやまけしからん。
リアルの女子どもは所詮顔だよ。性格よくても顔が悪かったらダメなんだよ。逆に性格悪くてもイケメンだったらいいんだよ。あれ、おかしいな。目から汗が。
ま、俺は幼女とお近づきになれたらそれでいい。ミラとあやめ以外の幼女に知り合いはいないけども。
「ふむふむ。中篠さんは話しかけても、最小限の応対しかしないじゃねぇか。大丈夫なのか?」
「毎日やってたらそのうち反応も変わってくるだろ」
「と、いうことは……! 蓮は毎日中篠さんと会話してたってのか!? 言え、何が目的で中篠さんに近づいている!? まさか、中篠さんの処━━」
「人聞き悪いこと抜かすな! 中篠さん中篠さんうるせぇよ!」
毎日会話してるのは放課後に修行があるからなんだが、一般人に言えるわけがない。お泊まりの勉強会もした……なんて言ったらどんな反応するんだろう。
面倒くさくなりそうなので言わないでおく。
「まぁいい。では早速……。中篠さーん、今日のテストの自信の程はいかがっすか?」
「……どうでもいい」
「…………」
あ、いきなり中篠に話しかけに行って、軽く受け流された。ガーンという効果音が聞こえてきそうなくらい、ガッカリしてやがる。
ありゃダメだな、完全に脈がない。当たり前か。
中篠にテストの話題を振るとは分かってないな。あいつは勉強に関するものは興味ないんだぞ。
興味あるものと言ったら……下ネタとかエロ本とかでしょう。さすがにそんなこと教えないが。
と、学校中に予鈴の音が鳴り響く。
それとほぼ同時に中篠がやって来て、席に座る。
クラスのみんなも自分の机のもとに向かっているので、俺はそそくさと短冊を適当に飾り、席に戻った。
それから数分後に本鈴のチャイムが鳴り、三つ編みを頭頂に編み込んだ担任の雛谷琴乃先生が教室に入ってくる。
「みんなも知っての通り、今日は期末テストだよ。ちゃんと勉強してきたかな? 課題は全部のテストが終わったらまとめて提出するね」
そんな感じの話をしてSHRは終わり、机の中を空にしてシャーペン数本と消しゴムのみを用意する。
この空気だよ。テストのときのこういう雰囲気はどうも初等部の頃から好きになれないんだよな。
そして前から一時間目━━数学のテスト用紙が送られてき、一学期末テストがついに始まった。
……うん、大丈夫。
一通り全ての問題を見て、俺は確信する。
 
この程度なら、あまり上位にはなれなくてもきっと補習は免れる。
まだ一年生の一学期末だからか、そこまで難しくできていなくて安心したよ。
分かる問題を先に記入していく、と。
やにわに、視界の端で白黒が映り込む。
俺の席は一番右(廊下側)の一番後ろなので、何だろうと思い視線を横に向けて廊下を見る。
すると携帯電話を片手に、鳥山先生が廊下を悠然と歩いていた。
今はテスト中だぞ。教師たちは各教室に行っていて、他の副担任たちは職員室にいることとなっているはず。海聖学園でのテスト中は、副担任のみ職員室なのだ。
トイレはちゃんと職員室にある上、ここは二階だ。階段は鳥山先生の歩いてきた方向だから、一階の職員室に行くにはまず通らない。
他に用事がある可能性だって、もちろんある。
でも、俺の本能がどうしてか怪しいと告げた。
本当に、何なんだ。この嫌な予感は。
カンニングだと疑われないようこっそり中篠を見やったら、相変わらずの無表情ですらすらとテストをやっていた。あの様子なら今回もトップになるかも。
気づいていないのか。それとも、単に無視しているだけなのか。どちらにせよ、気にしなくてもいいことだろう。
今はミラがいない。シャウラもいないみたいだし、中篠の席は廊下から少し離れているため、気づかなくても無理はない。
それに、何よりテスト中だ。途中で退場すると零点扱いとなる。テストが終わるまでに戻ってこれるかわからないし。
━━でも。嫌な予感だけは、ホントよく当たるんだよな。
「……先生」
俺は静かな空間の中、おずおずと手を挙げて言う。
「どうしたのー? 消しゴムかペンを落としたりした? あ、答えはさすがに教えられないよー。ヒントもダメね。先生許しません」
「い、いや、そうじゃなくて。ちょっと……トイレに、行きたいんですけど」
口実なんてトイレに行く、しか思いつかなかった。我ながら、ボキャブラリーが貧困だね。
「今テスト中だよ?」
案の定、雛谷先生は怪訝な表情をして言う。
「まぁ、そうなんですけど……」
「どうしても我慢できないの?」
「あ、はい。すいません」
「じゃあ分かった。でも早く戻ってくるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
なんとか許可をもらい、俺はすぐさま立ち上がって廊下に出る。早く戻ってこれる保証はないが。
「……」
ふと、教室を出たときに、中篠と目が合った……気がした。
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