双眸の精霊獣《アストラル》

果実夢想

#3 両者の修行と二人の恋路【2nd】

 おい、待てよ。

 近くにいても聞き取りにくいほどなのに、不思議と聞こえてしまった。

 俺は愕然とし、あやめの双肩を掴み、声色を荒らげて叫ぶ。

「あやめッ! その名前……。いつ、どこで会ったんだ!」
「ふぇっ!? あ、兄貴どうしたのぉ? 何か怖いよぉ……肩痛いしぃ」

 あやめは、俺の様子に一驚をきっし、肩の痛みに顔を歪ませて言う。

 やべ、無意識に力が入っちまってた。怖がらせちゃったか。

「あ。ご、ごめん、つい……」
「? 蓮さん? どうかしたんですか?」

 慌てて手を離し謝ると、ミラが怪訝な表情で訊ねてくる。どうやらあやめの声は、ミラには聞こえていなかったらしい。

 問いに答える余裕すら無く、俺はあやめの返事を待つ。

「ご、ごめんねぇ。いくら兄貴でもぉ、これはちょっと秘密にしておきたいんだぁ」

 そう言って、自室に戻ってしまう。

 あやめと鳥山先生は、一体どこでどんな出会いをしたのだろうか。何もされなかったならいいんだけど。

 でも、あいつは秘密にしておきたいと言った。それはもしかして、兄である俺にも言えないことをされたんじゃ?

 まさか強姦……。鳥山先生ってロリコンだったのか? 仲間だね! とか冗談ほざいてる場合じゃないぞ。

 ずっとそればかり気になり、夕飯も喉を通らなかった。久しぶりに作ったビーフストロガノフは美味しかったが。

 あやめも今日は様子がおかしい。心ここにあらずって感じでボーっとしていたら、急に赤面したりもじもじしたり。

 まったくワケが分からん。

 そのせいで、夜は六時間くらいしか寝れなかったよ。いや、疲れてたから充分寝てますな。

 結局聞き出すことはできず、わだかまりを残したまま夜が明けた。

 そして、翌日の放課後。

 俺は、ミラと共に中篠の家へやって来ていた。

 庭に入ったところで、人型になっているシャウラが、修行の説明を始める。

「あたしたちは、昨日とは違って本気であんたを追い詰めるわ。だから、死なない程度に避けて反撃してきてちょうだい」

 全くもって単純明快だ。

 複雑なルールがない分、まだ幾許いくばくかはやりやすいだろう。けど、難しいことに変わりはない。

 確か昨日は、多少手加減をしてくれていたはず。でも、今回は初めから本気を出してくるのか。

 死なない程度にって、無理じゃね? 素人相手に本気でくるなんて、随分スパルタなんですね。

「……まず開始する前に、一つだけ質問させてもらう」

 今からすぐ修行を始めるのかと思いきや、中篠がそんなことを言い出した。

「……五十嵐君は、たけのこの里派? それともきのこの山派?」

 まったく問いの意図が読めないが、素直に答えておく。

「たけのこだよ」

 おそらく、ほとんどの人はたけのこ派だと思う。きのこも一応美味しいが、やっぱりたけのこ一択だわ。

「……何故、あなたには大きなきのこがついているくせに、きのこ派じゃないの」
「股間見ながら言うな! 何の話してんだ!?」
「……まさか、今は大きくなってたけのこ状態ということ?」
「そんなわけねぇだろ!」
「……チョコレートの部分はめくれてるの?」
「何で興味津々なんだ、怖えよ! もう黙ってくれませんかね!?」

 どうしてこんなに、すらすらと下ネタが出てくるのだろうか。ある意味尊敬するレベルだぞ。

 後ろではミラが、赤面しながら「はわわわ、大きいんですか!? めくれてるんですか!? 美味しいんですか!?」と狼狽えている。

 あんまり子供━━特に幼女には聞かせないでいただきたい。狼狽しているところも可愛いけど。

 さっきまでジト目で俺たちのやり取りを見ていたシャウラが、中篠の頭を小突きつつ言う。

「つまらない下ネタ言ってないで、さっさと始めるわよ」
「…………分かった」

 渋々といった感じで頷くと、中篠はポケットから眼鏡を取り出し装着した。

 素晴らしい大人な対応。長い間一緒にいると、扱いに慣れてくるんだろうな。俺も頑張らないと。

 最近つっこみばっかりだよ……久しぶりにボケさせてくれ。

「━━〈不可視の結界アレキサンドライト〉」

 シャウラがそう呟くと、この家周辺が結界に覆われる。

「……〈ノッカー〉」

 と、シャウラは分厚い本の姿になり、中篠の左手に乗った。

「ほら、そっちも早くしなさいよ」
「あ、は、はい!」

 シャウラに催促され、 ミラは慌てて刀剣〈グレムリン〉へと変貌を遂げ、地面に突き刺さる。

 俺はそれを握り締め、中篠に対峙するように構える。

 というか、シャウラって本の姿でも喋れるんだね。まぁ、ミラも刀剣の姿で喋っているから今更か。

「あ。言うの忘れてたけど、〈不可視の結界アレキサンドライト〉内で壊れたものは、結界を解除したら修復されるわ。だから安心して暴れていいわよ」 

 分厚い本から発せられた言葉に、俺は昨日穴が開いてしまった柵を見やる。確かに、何事もなかったみたいに元通りになっていた。

 なるほど、これは便利だな。

「……第一章第一節、〈紅蓮の鞠アデュレリア〉」

 やっぱり、最初は〈紅蓮の鞠アデュレリア〉でくるか。

 前回と同じように、ソフトボール級の大きさの火球が本〈ノッカー〉から飛び出し、追尾してくる。

 逃げ、避け、躱す。

 そして中篠のもとへ走り、グレムリンで斬りかかる。

 が。

「……〈紅蓮の阻隔ファイアゲート〉」

 思った通り、地面から高熱のほむらが噴出し、火炎の壁となり防がれてしまった。

 まずは、どうやって攻撃を与えるか考えないとな。

「……第三章第一節、〈黄金の棘アポフィライト〉」

 な、何だ? 中篠がそう呟いた途端、左手に持っている本が、五メートルほどの鞭に変形した。

 眩しいくらいの金色で、何故かビリビリバチバチと音がしている。

 くそ、何だよあれ。いきなり、見たことない技使うんじゃねぇよ。

 なんて考えている間に、中篠は左手を大きく横に薙ぎ払う。

 もちろん避ける暇などなく、謎の鞭が直撃し、俺は右方にぶっ飛ぶ。庭の柵がボロボロになってしまうほど、激しくぶつかってしまった。

 体が、痺れる……。指を動かすことすら儘ならない。

「蓮さん、大丈夫ですか!?」

 手元の刀剣からミラの心配する声が聞こえたが、答える余裕はない。

 当たったのは精々左腕だけなはずなのに、何故か全身が痺れて物凄く痛む。意識もだんだん薄まっていく。

 また、このパターンかよ。俺は何でこんなに情けないんだろう。

 ふと中篠がこちらに歩いてくる。

「……この鞭には、電撃が流れているんだ。戦闘経験豊富な者なら大したことはないが、少ない者なら下手したら死に至ることも有り得る」

 そんな技の説明の言葉を最後に、俺の意識は闇へ落ちていった━━。

 そろそろガチで強くなりたい。

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