双眸の精霊獣《アストラル》
#2 本に囲まれた少女【7th】
やっぱり、一筋縄じゃ駄目か。
そう簡単にはいかない、って厳しい現実を、目の前でまざまざと見せつけられてしまった。忽然と地面から現れた、炎の隔壁によって。
くそ、こんなのどうしたらいいんだ。どうしたら、中篠に攻撃が届く? 俺には、分からない。
「……少し、ヒントを与える。戦闘中ではいかなる時も、相手の一挙手一投足に注目しろ。よく観察すれば、技の仕組みや弱点などを見定めることも可能」
中篠が、無表情で本を読みながら教えてくれたが、今まで人を観察とかしたことないのでかなり難しいぞ。
それに、見極める暇など供与してくれないのが実践というものだ。俺の実力を確かめるなら、当然中篠も例外じゃなくて。
「……第一章第一節、〈紅蓮の鞠〉」
やっぱり、先程と寸分違わぬ火の玉が俺を追いかける。
あまり大きいわけではなく、動きも大して速くないので回避するだけならまだ容易いけど、いつまでも追跡してくるのは厄介だ。
中篠を盾にしようにも猛炎の障壁に防がれてしまい、再び火の玉を出され、無限ループに突入してしまう。
しばらく避けているうちに分かったが、あの火球は障害物に当たると掻き消えるらしい。
それを中篠に隙が生じた好機と思い、突撃して斬りかかってみたものの、やはり防御されるからまず火炎の壁をどうにかしないと。
気づけば、開始からもう既に三十分経っている。このままだと、一時間以内に触れることすらできないな。無念なり。
「……第二章第一節、〈碧瑠璃の銃弾〉」
中篠はそう小さく呟いた直後、右人差し指をこちらに向け━━細長くて鋭利なビームを撃つ。
何だ!? さっきまでの火炎の技とは違う。今度は指先から、凄まじい勢いで水の光線が発射される。
しかもいつの間にか俺の耳を掠め、後ろの垣根を貫通し、庭を隔てるための柵には小さな穴が空いた。
……改めて実感したよ。水の威力って恐ろしいですね。
「……次は外さない」
ちょっと待ってください、あんなに速いもの避けられません。当たったらさすがに死んじゃいます。
けど待ってくれるはずもなく。
中篠の指は、ちょうど俺の腹辺りに照準を定め、多大なパワーをもって勢いよく水を放つ。
俺は、その場に立ち竦んだまま身動きがとれず、気づいた時には体を貫かれてしまっていた。
◯●◎●◯
一方、五十嵐家にて。
あやめは、兄が帰ってくるまでリビングで退屈そうにテレビゲームをしている。
ちなみにソフトは、女性キャラが主要の対戦アクションゲームで、戦績上位に君臨し続ける猛者だったりする。
本人曰く、周りにあやめより強い人がいないから飽きつつあるらしい。
「あぁー、兄貴もミラちゃんも早く帰ってこないかなぁ。暇だからぶらじゃーとぱんつ買いにいこぉ」
そう呟くと、あやめはゲームの電源を切る。更に、可愛らしい桃色のワンピースに着替え、縞模様のニーソックスを履く。
そして財布と携帯電話をポケットに入れ、近くのランジェリーショップへ向かう。
「えーとぉ。Aカップ、Aカップぅ……。いつになったらおっきくなれるんだろぉ……」
店内に入ってすぐさま自分のサイズに合った下着を探すあやめだったが、ふと落ち込んだように溜め息を漏らす。
「あ、そうだぁ。いつも同じようなのばっかりだからぁ、たまには違うやつを買ってみようかなぁ」
言って、今までの子供っぽい下着とは似ても似つかない、真っ黒な下着の上下セットを購入する。
用済みとばかりに店を出て家路につく。
「……きゃっ」
「おっと、すまない」
と。たまたま通りかかった背の高い男性にぶつかり、持っていた袋が落ち、中身をばらまいてしまう。
そう。先程購入した、大人っぽい下着を。
「悪い。落としてしま…………ッ!?」
ちょうどそれを見て、男は明らかに愕然とする。
親切心から拾ってあげたほうがいいか、それとも女の子の下着まで拾ったら失礼じゃないか、迷っているようだ。
「あ、あわわわわわぁ。だ、だだ大丈夫ですぅ! ごめんなさいぃ!」
「い、いや、こっちこそすまなかった。俺の不注意だ」
あやめは赤面しながら慌てて袋の中に仕舞い、男は狼狽えつつもしっかりと謝罪の言葉を述べる。
が、袋の中を再度確認すると、怪訝な表情に。
「あれぇ? 財布がないぃ……」
どうやら、下着を購入した際袋の中に入れておいた財布が、男とぶつかった時に落としてしまったらしい。
「何? くっ、一体どこにいった?」
他人のことだというのに、男は真剣に辺りを見回しあやめの財布を探す。
「そ、そんなにいっぱい入ってたわけじゃないですしぃ、わざわざ探してくれなくてもいいですよぉ……」
「何を言う。財布は貴重品だ。それに俺が落としたようなものだし、探してやらないでどうする」
「……っ」
さすがに申し訳なく思ったのか恐縮そうに言うあやめだったが、男にはっきりと抗議され、何も言えなくなってしまった。
と、不意に。
「あの人の財布、あや……わたしのに似てるようなぁ……?」
あやめがおそるおそるといった感じで指を差した先には━━三十代半ばくらいで、サングラスをかけたスキンヘッドの男性。
鞄は何も持っておらず、ズボンのポケットからピンクを基調にした、リボンの装飾が施された財布がはみ出ている。
どう考えても、野郎が使うとは思えない。
すると、親切な男はサングラスの男に近づき、肩を一回叩いてから凄みをきかせた声色で喋る。
「おい。あそこの女児が、その財布に類似した財布を見失ったようで困っているんだが。それは、本当にお前のか?」
「んだ、てめェ? やんのかコラァ?」
「俺はただ、自分のものかどうか訊いているだけだ。もし盗んだものなら、早めに返したほうが身のためだと思うがな」
「るせェッ! あのガキがヘマして落としたんだろうがッ! 俺が拾ったんだから俺のものだ!」
ワケの分からない理屈をがなり立てながら、殴りかかってくるヤクザ風の男。
が、親切な男は軽やかにいなす。
「なるほど、貴様が奪ったのか。じゃあ、手加減する必要はないなッ!」
そう叫ぶと、片手で頬を力一杯殴り、もう片方の手でヤクザ風の男のポケットに入っている財布をとる。
「ぐッ!? んだァ、こいつッ!」
再びぶん殴ってきたが、やはりそれも軽快に避け、首の辺りを思い切り蹴る。
「がはッ! てめぇ、覚えてやがれッ!」
リアルではなかなか耳にしない捨て台詞を吐き、ヤクザ風の男は走っていく。殴られた時に地面に落ちてしまったサングラスを拾いもせずに。
「すまない、見苦しいところを見せてしまったな。だが財布は取り返した」
優しげな笑みを浮かべ、男はあやめに財布を差し出す。
「ありがとぉ、ございますぅ……」
「別に礼を言われるほどでもない。ほとんど俺が悪いようなものだからな。それじゃあ俺はこれで失礼する」
「あ、あのぉっ!」
謝罪の言葉にも謙遜して立ち去ろうとする男を、あやめは慌てて呼び止める。
「えとぉ……。名前、教えてくれませんかぁ?」
「名前?」
名を訊ねられ、男はわずかな逡巡の後、はっきりと名乗った。
蓮やミラ、恵たちも知っている、その名前は。
「━━鳥山疾風だ」
そう簡単にはいかない、って厳しい現実を、目の前でまざまざと見せつけられてしまった。忽然と地面から現れた、炎の隔壁によって。
くそ、こんなのどうしたらいいんだ。どうしたら、中篠に攻撃が届く? 俺には、分からない。
「……少し、ヒントを与える。戦闘中ではいかなる時も、相手の一挙手一投足に注目しろ。よく観察すれば、技の仕組みや弱点などを見定めることも可能」
中篠が、無表情で本を読みながら教えてくれたが、今まで人を観察とかしたことないのでかなり難しいぞ。
それに、見極める暇など供与してくれないのが実践というものだ。俺の実力を確かめるなら、当然中篠も例外じゃなくて。
「……第一章第一節、〈紅蓮の鞠〉」
やっぱり、先程と寸分違わぬ火の玉が俺を追いかける。
あまり大きいわけではなく、動きも大して速くないので回避するだけならまだ容易いけど、いつまでも追跡してくるのは厄介だ。
中篠を盾にしようにも猛炎の障壁に防がれてしまい、再び火の玉を出され、無限ループに突入してしまう。
しばらく避けているうちに分かったが、あの火球は障害物に当たると掻き消えるらしい。
それを中篠に隙が生じた好機と思い、突撃して斬りかかってみたものの、やはり防御されるからまず火炎の壁をどうにかしないと。
気づけば、開始からもう既に三十分経っている。このままだと、一時間以内に触れることすらできないな。無念なり。
「……第二章第一節、〈碧瑠璃の銃弾〉」
中篠はそう小さく呟いた直後、右人差し指をこちらに向け━━細長くて鋭利なビームを撃つ。
何だ!? さっきまでの火炎の技とは違う。今度は指先から、凄まじい勢いで水の光線が発射される。
しかもいつの間にか俺の耳を掠め、後ろの垣根を貫通し、庭を隔てるための柵には小さな穴が空いた。
……改めて実感したよ。水の威力って恐ろしいですね。
「……次は外さない」
ちょっと待ってください、あんなに速いもの避けられません。当たったらさすがに死んじゃいます。
けど待ってくれるはずもなく。
中篠の指は、ちょうど俺の腹辺りに照準を定め、多大なパワーをもって勢いよく水を放つ。
俺は、その場に立ち竦んだまま身動きがとれず、気づいた時には体を貫かれてしまっていた。
◯●◎●◯
一方、五十嵐家にて。
あやめは、兄が帰ってくるまでリビングで退屈そうにテレビゲームをしている。
ちなみにソフトは、女性キャラが主要の対戦アクションゲームで、戦績上位に君臨し続ける猛者だったりする。
本人曰く、周りにあやめより強い人がいないから飽きつつあるらしい。
「あぁー、兄貴もミラちゃんも早く帰ってこないかなぁ。暇だからぶらじゃーとぱんつ買いにいこぉ」
そう呟くと、あやめはゲームの電源を切る。更に、可愛らしい桃色のワンピースに着替え、縞模様のニーソックスを履く。
そして財布と携帯電話をポケットに入れ、近くのランジェリーショップへ向かう。
「えーとぉ。Aカップ、Aカップぅ……。いつになったらおっきくなれるんだろぉ……」
店内に入ってすぐさま自分のサイズに合った下着を探すあやめだったが、ふと落ち込んだように溜め息を漏らす。
「あ、そうだぁ。いつも同じようなのばっかりだからぁ、たまには違うやつを買ってみようかなぁ」
言って、今までの子供っぽい下着とは似ても似つかない、真っ黒な下着の上下セットを購入する。
用済みとばかりに店を出て家路につく。
「……きゃっ」
「おっと、すまない」
と。たまたま通りかかった背の高い男性にぶつかり、持っていた袋が落ち、中身をばらまいてしまう。
そう。先程購入した、大人っぽい下着を。
「悪い。落としてしま…………ッ!?」
ちょうどそれを見て、男は明らかに愕然とする。
親切心から拾ってあげたほうがいいか、それとも女の子の下着まで拾ったら失礼じゃないか、迷っているようだ。
「あ、あわわわわわぁ。だ、だだ大丈夫ですぅ! ごめんなさいぃ!」
「い、いや、こっちこそすまなかった。俺の不注意だ」
あやめは赤面しながら慌てて袋の中に仕舞い、男は狼狽えつつもしっかりと謝罪の言葉を述べる。
が、袋の中を再度確認すると、怪訝な表情に。
「あれぇ? 財布がないぃ……」
どうやら、下着を購入した際袋の中に入れておいた財布が、男とぶつかった時に落としてしまったらしい。
「何? くっ、一体どこにいった?」
他人のことだというのに、男は真剣に辺りを見回しあやめの財布を探す。
「そ、そんなにいっぱい入ってたわけじゃないですしぃ、わざわざ探してくれなくてもいいですよぉ……」
「何を言う。財布は貴重品だ。それに俺が落としたようなものだし、探してやらないでどうする」
「……っ」
さすがに申し訳なく思ったのか恐縮そうに言うあやめだったが、男にはっきりと抗議され、何も言えなくなってしまった。
と、不意に。
「あの人の財布、あや……わたしのに似てるようなぁ……?」
あやめがおそるおそるといった感じで指を差した先には━━三十代半ばくらいで、サングラスをかけたスキンヘッドの男性。
鞄は何も持っておらず、ズボンのポケットからピンクを基調にした、リボンの装飾が施された財布がはみ出ている。
どう考えても、野郎が使うとは思えない。
すると、親切な男はサングラスの男に近づき、肩を一回叩いてから凄みをきかせた声色で喋る。
「おい。あそこの女児が、その財布に類似した財布を見失ったようで困っているんだが。それは、本当にお前のか?」
「んだ、てめェ? やんのかコラァ?」
「俺はただ、自分のものかどうか訊いているだけだ。もし盗んだものなら、早めに返したほうが身のためだと思うがな」
「るせェッ! あのガキがヘマして落としたんだろうがッ! 俺が拾ったんだから俺のものだ!」
ワケの分からない理屈をがなり立てながら、殴りかかってくるヤクザ風の男。
が、親切な男は軽やかにいなす。
「なるほど、貴様が奪ったのか。じゃあ、手加減する必要はないなッ!」
そう叫ぶと、片手で頬を力一杯殴り、もう片方の手でヤクザ風の男のポケットに入っている財布をとる。
「ぐッ!? んだァ、こいつッ!」
再びぶん殴ってきたが、やはりそれも軽快に避け、首の辺りを思い切り蹴る。
「がはッ! てめぇ、覚えてやがれッ!」
リアルではなかなか耳にしない捨て台詞を吐き、ヤクザ風の男は走っていく。殴られた時に地面に落ちてしまったサングラスを拾いもせずに。
「すまない、見苦しいところを見せてしまったな。だが財布は取り返した」
優しげな笑みを浮かべ、男はあやめに財布を差し出す。
「ありがとぉ、ございますぅ……」
「別に礼を言われるほどでもない。ほとんど俺が悪いようなものだからな。それじゃあ俺はこれで失礼する」
「あ、あのぉっ!」
謝罪の言葉にも謙遜して立ち去ろうとする男を、あやめは慌てて呼び止める。
「えとぉ……。名前、教えてくれませんかぁ?」
「名前?」
名を訊ねられ、男はわずかな逡巡の後、はっきりと名乗った。
蓮やミラ、恵たちも知っている、その名前は。
「━━鳥山疾風だ」
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