どうやら勇者は(真祖)になった様です。

神城玖謡

24話 2-5 授業1

「えー、この様に、魔法陣の円は結界を意味します。それと共に、この内部に描かれた陣を、その通りに発動させるための魔法の土台であるのです。東方のある地域では、陣を表す言葉を四角く並べることで、それだけで魔法を発動させる場合もあります。しかし――」


 黒板をカツカツとチョークを叩く音が鳴る。それは一種の催眠音に相当するのか、教室中の多くの生徒達は眠りの国に堕ちていた。
 そんな中、日中は常に猛烈な睡魔に襲われるロザリーは、現実の世界に留まっていた。

 何時もこうである訳ではない。基本的な事は繭の中や、バラメスによって教えられすでに知っている為、授業が大変退屈なものになっているのだ。
 しかもそれで寝ても、試験で点数を取れば問題ない。という事で、ロザリーは語学、算術、歴史などの授業は寝て過ごすのだ。

 一方、魔法薬学や魔物学などの処零館で習わなかった事や、剣術、冒険学など実技はしっかりと受けていた。
 そして何より力を入れて授業に参加していたのは、現在行われている魔法構造学である。

 もし魔力が使えても、勝人であった時の様に、感覚で使えるとは限らない。いや、むしろ使える確率は非常に低い。
 なぜ魔力がなかったのか、それは分からないが、いつか魔力が扱える様になった時に使えるようにと、学んでいたのである。


「この様に、違う属性の魔力を、発動する魔法の属性に変換する事が第1段階です。それからその魔力を魔法に組み立てるのです――と、今日はここまでですね。各自復習しておくように」


 授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響き、教室中が一気に騒がしくなる。

 ロザリーがあくびを零していると、元気いっぱいの赤髪の少女がよって来た。


「いやー、退屈だったねー!」

「……ありさ、よだれ」

「うふぇ?」


 入学検査の日にロザリーに話しかけて来た槍使いの少女、アリサである。

 その口元には、つっぷして寝ていたのだろう。白く乾いたよだれの後があった。


「あっははー、どうもね、眠くなっちゃって……って、ロザリーもよく寝てんじゃん!」

「わたし、いい」

「んだとーう!」


 同じクラスにはなれなかったものの、こうして休み時間に一緒に過ごすほどには仲が良い。
 そしてもう1人。


「おーい、2人ともー」


 まだ甲高さを残した少年の声。ヘンリーだ。
 ヘンリーは魔法構造学を受けていないため、授業が終わり別の教室からやってきたのである。


「おっそいぞー、ヘンリー!」

「ごめんよ、これでも急いで来たんだ……」


 教室を出て、廊下を歩く三人。


「そういえば、ヘンリーはさっきの時間、なんの授業受けてたんだっけ?」

「騎士道入門だよ」

「あ~、そういえばそうだったね」


 身長もそこまで高くなく、腕も細いヘンリーだが、生来の夢は聖騎士だという。
 三人の中で唯一の男でありながら、三人の中で一番弱い事を気にしている様子であるが、それすらもバネにして鍛錬に励んでいるとか。


 学園はそこそこ複雑な構造をしている。というのも、建築技術のあまり発展していないこの世界には、1000人弱が収納できる施設は基本的に無いからだ。
 通常の学校といえば、貴族が通う所であり、一校につき100人程度しかいない。
 逆に例外があるとすれば、それは王城や大教会くらいだろう。
 敷地そのものは、この全世界解放学園と同等程度だが、縦に大きく、また王や教皇が住む場所とあって非常に複雑に作られている。

 この学園に通い始めて2週間程。流石に現在位置が分からなくなる事はなくなったが、目的の場所にたどり着けないことは多々ある。
 もちろん創立者であり、何度もこの学園に足を運んだ勝人、ロザリーが迷うことはそうないが、それでも時たま、目的地にたどり着くのに時間がかかることもある。


「次の授業って、みんな一緒だったよね?」

「武術だったね」


 しかし次は武術。つまりは入学検査でも使われた、あの広い円形のコロシアムで行われる。迷うことはない。


「……はやく、いこ」

「あ、うん。そうだね」

「よーし、行きましょ」


 どこか生き生きとした無表情を見せるロザリーに、アリサとヘンリーは顔を見合わせて破顔した。






 場所は移り、コロシアム。

 運動場やら武道場とも呼ばれるが、正式名称は円形闘技場である。
 年に1度の演武大会ではいっぱいになる観客席も、普段は昼寝をする生徒や、恋人同士の密会場所としてしか滅多に使われない。



「みなさん、集まりましたね。では今から武術の授業を始めます」


 担当教員は数人いる。生徒達は、最初に多くの武器を順番に使わされる。
 剣に始まり、槍や棒、弓。それから体術だ。
 それから細剣レイピアや短剣、曲剣、ランスに弩といった様に、最終的に習いたい武器を決めて、教師に習うのだ。
 またどれも殺傷能力がない様、刃がなかったり、金属でなく木が使われていたりする。

 大体1日で1つの武器について習い、現在は武器として使われる農具を扱っている。


「さて、今日は今までと毛色が違う。今までは戦い、敵を殺すために生まれた武器を使って来たが、今日は作業のために作られ、また武器として使われることとなった物を紹介する」

「えーまず、皆さんがよく知る、斧です。斧は元々木を切るための道具ですが、その破壊力から好んで使う物も多いです。
 また、斧を元に、武器として作られた、ハルバート。これは、先端が槍となっています」

「次に連接棍フレイルだ。元々農家で使われる穀竿が原型となっている。棍と言っても、ただの棒じゃなく、棒に鞭が着いた物だ。
 派生武器に、モーニングスターなんていうのもある」

「他には、鎌なんていうのもあります。これは派生武器が豊富で、通常の片手鎌に始まり、鎖をつけた鎖鎌や、矛のように加工した薙鎌、棒を外して剣の様な形にしたものまであるのです。
 しかし扱いは非常に難しいので、オススメはしません」


 と教師陣の説明が終わり、一斉に駆け出す生徒達。
 普段は1種類しかない武器が、今日は好きに選べるのだ。我先にと群がって行く。


 その人だかりが少なくなるのを、年齢の高い者達は苦笑いで眺めている。
 年齢の低い方であるロザリー達も、慌てる事なく待っていた。


「あんたは何にするん?」

「うーん、……斧かな。薪を割るのに使ってたし」

「なるほどねぇ。あ、もちろんウチはフレイルやな。槍に似てるし。ロザリーは何にするん?」

「……かま」


 問われ、数秒眠たげな視線を空中へ泳がせた後、ロザリーはそう言った。


「そりゃまたどうして!」


 通常の武器と違い、動きが独特な鎌を選ぶのはリスクがある。現に、鎌を選んだは良いが、素振りをした後、首を傾げて別の武器に替える者もちらほらいる。


「……あまった、から」


 しかしそれに対するロザリーの返答は、単純明快。2人が選ばなかった。余ったからという理由である。


「ほえ〜、チャレンジャーやね……」

「鎌かぁ……小さいのならまだしも、大きいのはどうやって使ったら良いんだろう……ぜんぜん見当が付かないよ」


 やはり肯定的ではない2人の反応。しかしロザリーはすっかり人のいなくなった鎌の前へ行き、自分の身の丈ほどもある得物を手に取った。


「しかも、でっかいのいったなぁ」

「使えるのかな……」


 二丁鎌や鎖鎌、矛の様な薙鎌や曲剣状の物でなく、大鎌サイズを手に取ったのである。

 ふわふわと非現実的な存在感を醸し出すロザリーに、これまた非現実的な武器である大鎌の組み合わせは、不思議と違和感がない。

 心配しながらも、一瞬その光景に見とれていた2人に、ロザリーは謎のドヤ顔を送るのであった。



「やっぱり鎌を選んだ奴は少ねえか……まあい
い。お前らに、鎌とは何たるかを教え込んでやる」


 2人と分かれ、鎌担当の教師の元へやって来たロザリー他生徒達を待っていたのは、明らかにチャラそうな若い男だった。



「オレはジャック。鎌使いのジャックと言えば、冒険者の中では名が通ってるんだがな……まあお前らにゃあ関係ねえか」


 そういってくつくつ笑うジャック。
 なんでもこの学園の教師ではなく、鎌に関係した授業の依頼を受けてやって来たらしい。


「ようし、じゃあまず鎌の基本だが……本来の使い方と違いねえ。刈ることだ」


 そういって片手鎌を持つジャック。
 その手を素早く振るが、手首がしなり、鎌が複雑な軌道を描いて宙を滑る。
 それを生徒達に見せつけた後、鎌を地面に置く。

 おいそこの目付き悪いやつ、本気でかかってこい……そう生徒に声をかけ、ジャックはヘラヘラと馬鹿にしたように笑った。

 右手をズボンのポケットに仕舞い、馬鹿にした様に言うジャックにムッと来たのか、指名された生徒は持っている鎌を振りかざして走り出した。

 ジャックは不敵な笑みを浮かべたまま突っ立っていたが、男子生徒が鎌を振り下ろし始めた所で動き出した。

 男子生徒の腕に手を合わせたかと思うと、鎌が握られた手を脇で挟み、肘を回転させて男子生徒の前後をひっくり返したのである。

 肩と肘を決められ、まともに立つこともできずにジャックに寄りかかる男子生徒の首元に、手の側面を当てる。


「鎌を武器として使うなら、相手の武器や腕を絡めとり、手首や首を掻っ切るのが最適だ。おいお前、オレが鎌を持っていたら、今ごろお前は首から血を噴出させてたぜ」


 それは、パフォーマンスだったのかも知れない。蛇のようなその独特な動きは、確かに生徒達の心を掴むのに成功していた。
 開放された男子生徒も、悪態をつきながらもどこか興奮した様子を見せていた。

 しかしその中、1人だけ違う点で興奮している者がいた。
 そう、ロザリーである。

 ロザリーは、このジャックという講師の目立たない、とある高等技術に気が付いていたのである。

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