クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

愛山雄町

第十五話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時三六分

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>

 〇二三六

 アルビオン王国軍第五艦隊所属第二十一哨戒艦隊は、ゾンファ共和国軍第八〇七偵察戦隊との死闘を繰り広げていた。
 アルビオン側は旗艦重巡航艦サフォーク5を先頭に単縦陣を組み、最大加速でゾンファ軍に向かっていた。
 対するゾンファ側は旗艦重巡航艦ビアンを中心にしたピラミッド状の隊形を組み、星系内最大巡航速度である〇・二光速でアルビオン軍を攻撃していく。
 二つの小艦隊の動きを外から観測している者がいれば、アルビオン軍が〇・一四Cで後退しながら全力で減速し、ゾンファ軍は〇・二Cで慣性航行をしているように見えるだろう。

 アルビオン側は一斉発射の後、旗艦重巡航艦サフォーク5と四隻の駆逐艦――ヴィラーゴは左舷発射管を損傷していることから一発のみ――から、更に二度ミサイルを放っていた。
 ゾンファ側もミサイルを放つが、どちらのミサイルも到達までには六十秒以上の時間が掛かる。
 その間にも両者の主砲が火を噴き続けていた。
 アルビオン側は単縦陣であるため、先頭に立つサフォークに敵の砲撃が集中していた。
 そして、徐々に正確になっていくゾンファ艦隊の砲撃が、遂にサフォークを捉えた。サフォークはその衝撃で大きく艦体を揺らす。
 機関科兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、上擦りそうになる声を抑えながら、防御スクリーンが過負荷になったことを報告していた。

「防御スクリーンA系列トレイン過負荷! B系列トレイン自動切替正常。……B系列トレイン過負荷! スクリーン消滅! 再展開は五秒後!」

 その直後、サフォークの艦体に更に激しい衝撃が走った。
 戦闘指揮所CIC内の照明が明滅し、オレンジ色の非常用照明に切り替わり、各コンソールからは異常を知らせる警報音が鳴り響いている。
 CIC要員はその衝撃に体を揺さぶられ、コンソールに手をついて体が飛び出さないようにすることしかできなかった。
 衝撃とその後の振動は五秒ほどで収まったが、CIC要員は茫然自失の状態になっていた。指揮官代行のクリフォード・コリングウッド中尉は、すぐに状況を確認するよう命じる。

「ケガをしたものはいないな! 直ちに艦の状況を確認し報告せよ! サドラーは機関とスクリーンを! クロスビー――掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹――は兵装関係! ティレット――航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹――は艦内の被害状況を確認してくれ!……」

 命令が行き渡ると次々と情報が上がってきた。

「防御スクリーンB系列トレイン使用不能! A系列トレインにより再展開完了! 但し、防御スクリーンは安定していません! 対消滅炉リアクター及び質量-熱量変換装置MECに異常なし!……」

通常空間航行用機関NSD及び超光速航行システムFTLD異常なし! Jデッキ減圧! B、C、D各デッキでも一部減圧中! 但し、自動隔離成功しています!……」

「主兵装冷却系損傷。主砲用加速コイル冷却能力五十パーセント低下。現状では主砲発射に二十秒以上の間隔をあける必要があります。その他、兵装関係異常なし!」

 次々と報告が上がる中、クリフォードは刻々と近づく敵艦隊を見つめていた。

(小破と言ったところか。人的損害が不明だが、戦闘能力はそれほど落ちていない。防御スクリーンが安定していないのが気になるが……)

「クロスビー、主砲発射でき次第、反撃を開始せよ! サドラー、防御スクリーンを何とか安定させてくれ! ウォルターズ――通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹――、各艦の損害状況を報告せよ。判る範囲でいい。レイヴァース――索敵員のジャック・レイヴァース上等兵――、敵の損害を報告せよ」

 そして、全員に向かって話しかけた。

「全員聞いてくれ! サフォークはまだ戦える。だが、我々の任務は味方を脱出させることだ。更に攻撃を受けるが、冷静な対処を頼む」

 その時、CICに人工知能AIのアナウンスが流れた。

『通信系故障対応訓練中止。すべての通信機器の使用制限は解除。内部破壊者インサイダー対応訓練中止。すべての入出力装置の使用制限及び重要設備の機械ロックは解除。各員は通常勤務に復帰せよ。繰り返す……』

 CIC要員は思わず、互いの顔を見合わせていた。
 クリフォードは何が起こったのか理解できない。

(何が起こったんだ? 旗艦からの中止命令は出ていないはずなのに……)

 呆然とするクリフォードの目に、スクリーンに映される駆逐艦ヴィラーゴの爆散した姿が映っていた。


■■■

<アルビオン軍軽巡航艦ファルマス13・戦闘指揮所内>

 〇二三六

 軽巡航艦ファルマス13のCICのスクリーンには、先頭を行く旗艦サフォークに敵の攻撃が集中し、白く霞む姿が映っていた。
 艦長のイレーネ・ニコルソン中佐はその姿を諦めに似た感情で見つめていた。

(やはりこうなったわ。今のところ、大きな損害は確認できない。でも、悔しいけど、サフォークが沈むのは時間の問題ね……)

 その時、情報士官のサミュエル・ラングフォード少尉が、ニコルソン艦長に指示を求めていた。

「通信系故障対応訓練及び内部破壊者インサイダー対応訓練中止申請はいつでも出せます。すぐに艦隊司令代行の申請をお願いします」

 ニコルソン艦長は白く霞むサフォークの姿に、それを忘れていた自分を恥じた。彼女はすぐにAIにサフォークの損傷と、第二十一哨戒艦隊の指揮権委譲を記録した。

「C05PF021第五艦隊第二十一哨戒艦隊所属、HMS-F0202013ファルマス13指揮官、イレーネ・ニコルソン中佐により記録を開始する。小官はC05PF021旗艦HMS-D0805005サフォーク5の損傷が甚大であり、指揮遂行不能と判断した。よって、次席指揮官の権限によりC05PF021第二十一哨戒艦隊の指揮権を正式に取得し、これを記録する。宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時三六分。HMS-F0202013ファルマス13指揮官、イレーネ・ニコルソン中佐」

 それに答えるかのように、AIの中性的な声が流れ始めた。

宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時三六分。C05PF021第二十一哨戒艦隊の指揮権はHMS-F0202013ファルマス13指揮官イレーネ・ニコルソン中佐にあると記録完了』

 それを聞いたサミュエルは、すぐに訓練中止の申請を行った。
 申請を受けたニコルソン艦長が、すぐに承認を行う。

「本星系防衛責任者として命令。現在、本星系で行われている通信系故障対応訓練及び内部破壊者対応訓練の中止する」

 ニコルソン艦長が承認し終わると、CICにAIの訓練中止のアナウンスが流れていった。

『通信系故障対応訓練中止。すべての通信機器の使用制限は解除。内部破壊者インサイダー対応訓練中止。すべての入出力装置の使用制限及び重要設備の機械ロックは解除。各員は通常勤務に復帰せよ。繰り返す……』

 ニコルソン艦長は一斉放送のマイクを握り、「総員戦闘配置! 機関制御室RCR要員は直ちに防御スクリーンの再調整を行うこと!」と叫んでいた。

「とりあえず、これで艦隊は正常に戻るはずよ。大至急、他の艦に確認を取りなさい!」

 ニコルソン艦長はCIC要員にそう命じると、誰にも聞こえない小さな声で「これで私が指揮を執ることになるのね」と呟いていた。

 彼女の目に爆散していく駆逐艦ヴィラーゴの姿が映る。
 ヴィラーゴは運悪く、攻撃を受けていたサフォークの真後ろに入ったため、サフォークを狙った一斉砲撃の流れ弾に打ち砕かれてしまったのだ。
 ニコルソン艦長はその姿から目を離し、すぐに状況の確認を始めていた。

 味方の情報が入ってくると、すぐにその戦闘力を計算していく。

(サフォークの主砲は間欠的にしか撃てない。ザンビジは主砲が使えない。ファルマスはミサイルを撃ち尽くし、防御スクリーンの調整に時間が必要……いい情報なんて一つもないわ……)

 そして、敵の情報に目を通すと、更に暗澹とした表情になる。

(駆逐艦一隻にも損傷を与えているだけね……危険なのは敵の旗艦と軽巡航艦。武器ウェポン級の弱点は確か防御スクリーンだったはず。ミサイルと砲撃を集中させてスクリーンを過負荷にすれば、カロネードで止めをさせる。後はミサイルのタイミングだけね……)

 その時、サフォークから情報が入ってきた。
 その情報はクリフォードが考えた、ミサイルとカロネードの発射タイミングについての提案だった。

(驚いたわ。既に考えてあったのね……駄目ね、本来私も考えておかなくてはいけないのに……)

 彼女はその情報を戦術士に転送し、各艦に攻撃のタイミングを合わせるよう指示する。

「コリングウッド中尉の提案を各艦に転送しなさい。最接近時にカロネードを撃ちこむタイミングも合わせなさい」

 そして、航法担当兵曹に「敵とすれ違った後の隊形は現状のまま。敵との距離が最小になったら、加速を停止し、百八十度回頭。これを各艦に連絡して」と命じた。

 その間にも先頭を行くサフォークに敵の攻撃が集中していた。


■■■

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>

 〇二三七

 唐突に最大の懸案であった通信系故障対応訓練と内部破壊者インサイダー対応訓練が終わり、通信が回復した。
 指揮官代行のクリフォード・コリングウッド中尉は後方で爆発する駆逐艦ヴィラーゴ32の姿を見ていた。

(あれでは脱出の暇もなかったはずだ。全員戦死か……くそっ!)

 通信が回復したことにより、サフォークの戦闘指揮所CICにも多くの問合せが来ていたが、目前に迫った敵艦隊に対応するのにCIC要員たちは手一杯になっていた。
 クリフォードはとりあえず喫緊の課題に対応することしかできなかった。

「総員戦闘配置! 機関制御室RCR要員は直ちにA系列トレイン防御スクリーンの修復及び再調整を! 主兵装ブロックMAB要員は主砲冷却系の復旧を実施せよ!」

 命令を伝え終わった後、クリフォードは自らが考えていたミサイルとカロネードの発射タイミングについて、臨時旗艦であるファルマスのニコルソン艦長に送信した。

(既にニコルソン艦長も考えているんだろうけど、念のため送っておこう……)

 送信完了の直後、再びサフォークに激しい衝撃と艦内での爆発音が響く。
 そして、機関科兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹が悲痛な声で損害を報告していく。

「艦首主兵装ブロック損傷! 防御スクリーン出力七十パーセント低下。徐々に上昇中! 主砲使用不能! Aデッキ及びHデッキ艦首付近減圧! 内圧〇キロパスカル。Bデッキ艦首線量計ドジメーター指示上昇……各気密扉二重閉鎖確認……自動隔離正常! 但し、主兵装ブロックへの立入はできません!」

 クリフォードは「了解」と言った後、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に「人的損害を確認してくれ」と静かに命じた。

 更に索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が泣きそうな声で、敵ミサイルの接近を告げた。

「敵ユリン幽霊ミサイル六基接近中! 十五秒後に本艦に命中します! くそっ! 何とかしてください、中尉サー!」

 クリフォードは「使用できる対宙レーザーで迎撃せよ」と落ち着き払った声で、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に命じた。
 クロスビーは「了解しました、中尉アイアイサー!」と明るい声で答え、レイヴァースに「落ち着け、若造!」とコンソールを操作しながら一喝した。
 通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹が「ウィザードが迎撃開始しました。ヴェルラムもです!」と泣き笑いのような声で報告していた。

「敵ミサイル二基撃破……更に一基、ウィザードです。二基撃破……クソッたれ! 一基が直撃するぞ!」

 クロスビーの叫びの後、右舷側から突き抜けるような衝撃が襲いかかる。
 衝撃の後、オレンジ色の非常照明すら消え、コンソールの淡い光だけが僅かにCICを照らしていた。
 衝撃でCIC要員は一瞬気を失っていた。クリフォードも例外ではなく、響き渡る警報音で意識を取り戻す。

「……ひ、被害状況を、ほ、報告せよ……誰かいないか……」

 クリフォードの声に機関科のサドラーがしわがれた声で応えた。

「右舷Gデッキ付近にミサイルが命中……パワープラントPP自動停止トリップ質量-熱量変換装置MECのみで運用中……対消滅炉リアクター再稼動シーケンス確認……」

 更に操舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹の声がそれに被る。

「そ……操舵関係正常……通常空間航行用機関NSD損傷なし。手動回避再開しました……」

 まだ、頭がはっきりとしないのか、途切れ途切れで報告が上がるが、航行システムに以上はなかった。
 掌砲手のクロスビーはまだ戦闘意欲を失くしておらず、攻撃の許可を求めていた。

「あと十秒で敵との相対距離最小! カロネードの発射許可願います!」

 クリフォードはカロネードの状態を確認すべきだと思ったが、今は敵に損害を与える方が重要だと考え、攻撃を許可した。

「使える武器はすべて敵に撃ち込め! サフォークがやる気を見せれば、敵はこちらを狙う。僚艦を脱出させるために最後の力を見せてやろう」

 この時、クリフォードはサフォークの損害が大きく、本ターマガント星系から脱出することは不可能だと考えていた。

 そして、敵との相対距離がほぼゼロになった。
 光速の七パーセントという高速ですれ違うため、スクリーン越しとは言え、敵の姿を捉えることはできない。
 だが、敵の小型砲からの攻撃が艦を揺らす。それにより、確かに敵とすれ違ったのだと実感できた。

 操舵員のキャンベルは事前の命令に従い、艦首を回頭させていく。
 正面に見えていた星々が横に流れていく。
 加速を停止し、慣性航行に切り替わったが、艦内ではそれは感じられなかった。
 クリフォードはようやく敵から逃れたと錯覚したが、すぐにまだ危機が去っていないことを思い出した。

「まだ、三百秒近く敵からの攻撃を受けるんだ。サドラー、防御スクリーンの復旧を急がせてくれ。クロスビーは艦内の被害状況をまとめてくれ」

「敵重巡が追いかけてきません! 軽巡も……駆逐艦二隻も同様です! 助かった!」

 索敵員のレイヴァースがそう叫ぶと、クリフォードは指揮官コンソールを慌てて操作していった。

(敵の損害は……駆逐艦一隻撃沈。重巡大破。軽巡中破、駆逐艦一隻小破……こちらの損害は……ウィザードとザンビジが沈められたか……ファルマスは無事だな……)

 今回の戦闘での損失は駆逐艦ヴィラーゴ32、同ウィザード17、同ザンビジ20が全損、重巡サフォーク5が中破。軽巡ファルマス13と駆逐艦ヴェルラム6が損傷なしだった。
 敵に与えた損害は、フラワー級駆逐艦一隻撃沈、重巡大破、軽巡中破、インセクト級駆逐艦一隻小破、同駆逐艦一隻のみが無傷だった。

(とりあえず、引き分けと言ったところか。さて、敵はどう出るつもりなんだろう……)


■■■

<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>

 〇二三七

 ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は、旗艦ビアンの戦闘指揮所CICのメインスクリーンを見つめていた。

(敵の旗艦に攻撃が命中し始めた。これで重巡は無力化できるはずだ。後は軽巡に損害を与えれば、分艦隊で始末できる……よし、これで勝ったぞ!)

 彼は更にサフォークに攻撃を集中させ、ビアンの主砲が直撃し、更にユリンミサイル一基が命中したことを確認した。

「重巡にはミサイルを撃ち込ませろ! 次の目標は最後尾の軽巡だ。駆逐艦は無視していいぞ!」

 陽気な声にCIC要員たちも笑い声を交えて応えていた。
 そして、インセクト級駆逐艦タンラン――カマキリ――が二発のミサイルを敵旗艦サフォークに発射した。
 その時、サフォークのCICでは全員が気絶しており、自動迎撃装置により迎撃を開始していた。
 だが、サフォークの四十基ある対宙レーザーは半数以上が破壊され、迎撃能力が著しく低下していた。更にステルス性を生かして接近してくるため、人間の勘という重要な要素がなくなると、人工知能AIが愚直に迎撃を行うだけになり、通常より迎撃効率が悪くなる。
 それを見たフェイ大佐は、サフォークの戦闘指揮所が機能していないと看破した。

(これで敵の旗艦は沈められる。後は敵の軽巡だけだが、タウン級のミサイル搭載数は六基だったはずだ。と言うことは、あの厄介な大型ミサイルは既に撃ちつくしているはずだ。ならば、こちらのバード級軽巡航艦バイホ――鶴――に劣る。戦力的には二倍以上になったな……)

 その時、索敵担当者が慌てたような声で報告した。

「敵駆逐艦、重巡の前に出ました! ミサイルを迎撃……いえ、盾になるつもりです!」

 フェイ大佐はその言葉に、思わずスクリーンに釘付けになった。
 彼の目に映ったのは、重巡航艦の前に出てミサイルを我が身に受けるW級駆逐艦ウィザードの姿だった。
 ウィザードは推進装置が損傷し、サフォークと同程度の加速性能に落ちていたが、回避運動を止めて、直進することでサフォークの前に出ることに成功した。
 そして、旗艦――その時点で旗艦はファルマスになっていたが――を守るべく、数少ない対宙レーザーで迎撃を開始した。
 ユリンミサイルのAIは大物のサフォークを目標としていたが、目の前に現れた小物を倒さなければ、無為に破壊されると判断し、目標をウィザードに変更した。
 二基のうち、一基はレーザーで撃ち落されたものの、一基は艦中央部に命中し、ウィザードは艦半ばで折れるように破壊された。
 数個の脱出ポットが射出されたが、残骸と化した駆逐艦からはそれ以上脱出者はなく、ウィザードは回転するように針路を外れ、後方に取り残されていった。

 フェイ大佐はタンランと同じく駆逐艦のディエに重巡の止めを刺すように命じ、自らは軽巡の始末に集中することにした。

 その時、敵の放ったミサイル群が現れた。
 十三発のファントムミサイルと二基のスペクターミサイルが旗艦ビアンに向かって殺到する。
 フェイは落ち着いた声で迎撃を命じるが、それに合わせるように敵の主砲による砲撃も旗艦に集中した。

(拙いぞ。ミサイルが一発でも当たれば、スクリーンが過負荷になる。この砲撃の中でスクリーンを失うのは、一瞬といえでも命取りだ。後は味方の迎撃に期待するしかない……)

 五秒間で八基のファントムミサイルと一基のスペクターミサイルを破壊したが、四基のミサイルが猛然とビアンに迫っていく。
 更に敵の砲撃が防御スクリーンを掠めていき、フェイを始めCIC要員は目を見開いて敵ミサイルを見つめていた。三基のファントムミサイルが味方の駆逐艦によって破壊されたが、迎撃網を掻い潜った大型のスペクターミサイル一基が、旗艦ビアンの正面の防御スクリーン前で爆発した。ギリギリのところで駆逐艦の対宙レーザーが撃ち落としたのだが、それはあまりに近過ぎた。
 爆発のエネルギーでビアンの防御スクリーンは過負荷になり、数瞬の間、無防備な状態になった。

 ビアンの艦内では、艦体にミサイルの破片が当たるガンガンという音が響き、四百mある艦体が波間に揺れる小船のように大きく揺らされていた。
 揺れが収まり、フェイたちが安堵した瞬間、敵駆逐艦の主砲が艦体上部に直撃した。
 駆逐艦の二・五テラワット級荷電粒子加速砲が放った重粒子が重巡ビアンの装甲を舐めていく。
 光速近くまで加速された重粒子は装甲の金属を溶かしながら、内部に強力なX線等の様々な電離放射線を発生させ、多くの乗組員を殺していった。
 更に艦首部にも駆逐艦の主砲が命中し、ビアンの主砲と副砲の一門を破壊した。

 フェイ大佐は損害状況を確認させると共に、直ちに緊急対策班を派遣して、戦闘力の回復を図った。

(戦闘力の大半は失ったが、最悪の状況は脱したな。敵の軽巡と駆逐艦が一隻ずつ。こちらは分艦隊も入れれば、軽巡一、駆逐艦五だ。敵の殲滅は容易だ……)

 そう考えて安堵の息を吐き出そうとした瞬間、索敵担当者の悲痛な声が響いた。

「ミサイル第二波接近! ファントムミサイル十一基です! 目標は本艦です!」

 フェイは絶望的な状況に肩を落としそうになるが、部下を叱咤するため、大声で指示を飛ばしていく。

「全艦迎撃に専念せよ! タンラン、ディエ、スウイシアン――フラワー級駆逐艦、水仙の意――は旗艦を守れ!」

 彼の命令に三隻の駆逐艦がビアンの前に出る。
 だが、その行動が裏目に出た。急激な加速により、相対速度が上がり、対宙レーザーの照準がずれ、三発のミサイルが迎撃網を抜けてきた。
 二発のミサイルがディエに命中し、ディエは完全に破壊された。残りの一発は駆逐艦を回避するようにビアンに向かい、艦左舷後方に命中した。

 この一発が戦いの命運を決した。
 最後のミサイルは、重巡ビアンの対消滅炉リアクターに大きなダメージを与えていた。更に悪いことに通常空間航行用機関NSDにも損害を与えており、一時的に加速能力が奪われたのだ。

「NSD損傷! 加速制御装置の取替が必要です」

 フェイは「復旧見込みは?」と力なく聞いていた。
 そして、その答えは三十分であった。

(三十分、千八百秒もこの針路を直進すれば、敵の追撃は不可能だ。更に駆逐艦にも損害を受けている。後はバイホのマオ――艦長のマオ・インチウ中佐――に期待するしかない……)

 だが、その願いも空しく消え去った。
 敵とすれ違った際に、軽巡バイホは敵のミサイルとカロネードから射出された質量弾を受け、戦闘能力の大半を失っていた。更に駆逐艦タンランも軽微だが損傷を負った。
 敵の駆逐艦一隻を沈めたものの、敵戦力は大破した重巡航艦の他に無傷の軽巡航艦と駆逐艦がおり、戦力的には互角になっていた。

 更に戦略目的である敵艦隊の殲滅も、敵が本星系から脱出してしまえば達成できない。
 敵が現針路を進めば、アテナ星系に脱出できる。二隻の駆逐艦で攻撃は可能だが、軽巡と駆逐艦に対し、駆逐艦二隻では足止めも困難だと考えていた。

 フェイ大佐は生き残った各艦に修理を命じた後、静かに目を閉じて考えていた。

(結局、敵に翻弄されていたのか……いや、私の能力が敵に劣っていたのだろう。敵の指揮官は誰だったのだろう……)

 彼は諜報部が送ってきた資料をコンソールに表示させた。
 そして、戦術士官のクリフォード・コリングウッド中尉という名だと知った。

(二十歳か。若いな。それにしてもこの歳で中尉ということは、王室に関係があるか、大貴族の子息なのだろう。私はそんな若造に敗れたのか……いや、違うはずだ。諜報部の工作が一部しか成功しなかったのだ。通信系は止められたものの、CICを孤立させると言う策が成功しなかったのだろう。そう考えなければ辻褄が合わん)

 フェイ大佐はクリフォードに敗れたと言う事実を認めず、副長以下の士官が指揮を執ったと考えた。これは彼が二十歳の若造に破れたという事実に、本能的に目を背けた結果だった。
 彼は意識を自分の指揮する艦隊に向け、NSDの修理が完了するまで、現状を維持するよう命じた。

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