クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)」
第十三話
宇宙暦四五一四年五月十五日 標準時間〇二時二〇分
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>
〇二二〇
第二十一哨戒艦隊は再び合流した。
重巡航艦一隻、軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻の計六隻が、旗艦を先頭に単縦陣を組み、最大加速度で宇宙を切り裂いていく。
追撃してくる敵との距離は七十光秒を切り、旗艦の重巡航艦HMS-D0805005サフォーク5から通信管制を敷くとの命令が各艦に送られていた。
サフォークの戦闘指揮所で指揮を執るクリフォード・カスバート・コリングウッド中尉はメインスクリーンを見つめていた。そこには、味方を示すアイコンと敵艦隊を示すアイコンが徐々に接近している様子が映されていた。
(敵は模範的な追撃戦を仕掛けてくるようだな。まあ、僕でも同じことをするだろう……敵の指揮官は非情な人のようだから、任務を完遂するためにはどんなことでもしてくるはずだ。敵の目的が、こちらが通信を無視して止むを得ず戦端を開いたとしたいのなら、我々を生かしておくつもりはないのだろう。つまり、降伏はできないということだ……)
彼は欺瞞通信を開始するよう、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命じた。
「欺瞞通信を開始する。通信文は“サフォークが敵を引き付ける。各艦は最大巡航速度制限を解除の上、アテナ星系ジャンプポイントより脱出すること。サフォークが艦隊離脱後はファルマスのニコルソン中佐が指揮を引き継ぐこと”以上だ」
ウォルターズ兵曹は「了解しました、中尉」と答え、全艦に向けて通信を開始した。
通信後、すぐにシナリオ通りに各艦から思い留まることを進言する通信が送られてきた。
特に軽巡航艦ファルマス13からは、「サフォーク一隻では犬死である。我もサフォークと共にある。卑怯な敵に一矢報いる許可を求む」という芝居掛かった通信が送られてきた。
クリフォードはその通信文を聞き、苦笑した後、
「ファルマスに通信。“サフォーク一隻で十分である。自らの責務を果たすことを望む”以上だ」
その後、このような通信を繰り返していった。
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>
〇二二五
ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所で敵の対宙レーザー通信の内容が判明するにつれ、勝利の確信を強めていった。
(敵は損害のない重巡一隻でこちらに砲撃戦を仕掛けるつもりだな。確かに低相対速度で打ち合えば、その間に高機動の残存部隊を脱出させることが出来るだろう……)
フェイ大佐は、敵の重巡が盾となり、約百八十秒耐えれば、敵の軽巡、駆逐艦が加速して脱出することが可能になると考えた。
(防御に徹すれば、三分間なら耐えられると考えるのは、おかしな考えではない。だが、こちらには分艦隊のジャツオン――虫級駆逐艦――とジュヘウア――花級駆逐艦――が残っている。ジャンプポイントに先回りさせることも可能なのだ。更にこちらの軽巡バイホと駆逐艦二隻を先行させることも可能だ。これだけ小さい相対速度ではレールキャノンもミサイルも効果は少ない。敵重巡の主砲は前方のみ、後方に副砲があるが、大した火力はない。ならば、敵重巡の横をすり抜けて敵を追跡させることも可能だ。まあ、それ以前に三分も耐えさせんがな……)
そして、次々と敵の通信が傍受されていった。その内容は敵重巡に思い止まるように促す物と、自らも敵に向かうという物だったが、どちらも旗艦から却下する旨の返信が送られていた。
フェイ大佐は「敵は混乱しているぞ! 敵重巡に攻撃を集中させるぞ!」と大声で指示を出し、CIC要員たちもそれに陽気な声で応えていた。
〇二三〇
敵艦隊との距離が二十光秒を割り込んだ。
フェイ大佐は盾となろうとしている敵重巡を早期に破壊するため、最大火力となる隊形に変更しようとしていた。
(敵の重巡に足止めされなければ、こちらの勝ちだ。そのためには縦陣では火力の集中が難しいな。一気に決めるには駆逐艦のミサイルも使うべきだろう……)
彼は軽巡と三隻の駆逐艦に、旗艦の後方に四角形を形作るような配置を命じた。これにより、ゾンファ艦隊は旗艦を頂点とした四角錐を形成し、百二十秒後に迫った戦闘に備えていた。
フェイ大佐は敵艦隊の旗艦である重巡が縦陣の後方に下がり、反転のタイミングを計っているように見えていた。
(やはり敵の旗艦は自らを盾にして味方を逃がすつもりのようだ。敵ながら天晴れだが、心意気だけでは戦いに勝てんのだよ。諜報部の工作では艦長と情報士が死ぬはずだった。つまり、今指揮を執っているのは、当直の最年少士官のはずだ。若いだけに責任の重大さに潰されそうになっているのか。後で指揮を執っていた士官の名を見てみるか……)
彼は自分の予想通りに事態が推移していることから、勝利を確信し、更に敵の心情まで考える余裕があった。
だが、あることを思い出した。
(敵には対宙レーザー通信を使って、分艦隊を罠に掛けた切れ者がいる。もし、そいつが敵の指揮官だったら……この行動も何かの罠の一環だとしたら……)
そこで軽く頭を振って、考え直す。
(何を弱気になっているのだ! こちらは圧倒的に有利なはずだ! 敵の半数は損害を受け、更に修理できんのだ。味方は敵の百五十パーセント以上の戦力だ。もっと言えば、位置関係では圧倒的に有利な状況だ。この状況では罠など掛けようが無い。いや、少々の罠など食い破ってやればいい……)
フェイ大佐は自らを叱咤するように、全艦に向けて命令を下した。
「射程に入り次第、各個に攻撃を開始せよ。目標は敵重巡! 攻撃を重巡に集中せよ!」
そして、余裕の表情を浮かべながら、
「敵は重巡を盾にして脱出するつもりだ。軽巡と駆逐艦は後でゆっくり始末すればいい。今は敵の旗艦に集中せよ」
命令を下した後、彼はゆっくりと指揮官シートに身を沈めた。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>
〇二二五
クリフォードはCIC要員たちに、現状の各システム状態を確認するよう命じた。各システムは正常で特に問題がないことは、指揮官用コンソールで確認できていたが、それを口頭で確認することにより、下士官たちの緊張感を取り除こうと思ったのだ。
(ベテランのクロスビー――掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹――ですら、緊張している。確かにこの状況で優勢な敵と戦うとなれば、誰でも不安になるだろう。特に実戦経験の無い下士官兵たちには、この時間がきついはずだ。僕もトリビューン星系で実戦を経験していなかったら、もっと不安に思っていたはずだ……仕事があれば不安に思う暇が無い。これで少しでもいつも通りになればいいんだが)
そして、今回のキーとなる操舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹に声を掛ける。
「今回は活躍の場を与えて上げられそうだよ。実戦で操舵長以外が手動回避を行うのは稀だそうだけど、訓練通り気楽にやってくれればいい」
クリフォードの言葉にキャンベル兵曹は「了解しました、中尉」とやや強張ったような声音で答えた。
クリフォードは彼女が緊張していると感じ、軽い口調で彼女に話し始めた。
「そう言えば、前に乗っていたスループ艦の操舵長なんだが、アンヴィル兵曹長って言うんだが、この人が天才肌って言うか、ちょっと困った人だったんだ。私がトリビューンでドッグファイトをやったと聞いたらしく、しつこく聞かれてしまったよ。それも潜入任務から戻って休もうと思った矢先にだ。都合、三時間くらい捕まっていたかな。君も興味があるなら、この戦いの後に聞かせてやろうか?」
キャンベル兵曹もクリフォードの気遣いを感じたのか、無理やり笑顔を作り、
「アンヴィル兵曹長なら知っています。是非とも自分にもその時の話を聞かせてください。パイロット仲間に自慢してやりますから」
この会話でCIC内の雰囲気が変わった。
ベテランの機関科兵曹であるデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、クリフォードの態度に感心していた。
(この中じゃ中尉が一番年下なはずだな? レイヴァース――索敵員のジャック・レイヴァース上等兵――より若かったはずだが、この落ち着きようはどういうことだ? 死人と比べちゃ悪いが、モーガン艦長より安心感があるぜ。艦長と呼びたくなる士官っていう奴に久しぶりに会った気がする……この戦いで生き残れたら、食堂デッキでみんなに話してやろう……)
〇二三〇
クリフォードはサフォークを単縦陣の後方に下げ、艦隊の最後尾に配置した。
これで縦陣の並びは先頭から、軽巡ファルマス13、駆逐艦ヴィラーゴ32、同ザンビジ20、同ヴェルラム6、同ウィザード17、重巡サフォーク5となる。
彼は最悪、加速性能の高いファルマス、ヴィラーゴ、ザンビジ、ヴェルラムの四隻を逃がそうと考えていた。
(サフォークの加速性能は軽巡、駆逐艦の八割程度。ウィザードは推進装置が損傷しているから、サフォークと同じ程度の加速しかできない。加速性能は敵も同じだが、重巡が追いつけなければ、逃げられる可能性はある。とは言っても、これは敵が思いもよらない機動をしたときの保険に過ぎなのだが……敵分艦隊の生き残りがいなければ、逃がすことも出来たんだが……)
彼の作戦は単純だった。
まず、敵との交戦三十秒前にサフォークが最初に反転し、敵に向かって加速を開始する。ウィザードが同じように反転し、他の四隻は敵がサフォークを攻撃し始めたタイミング――十五光秒分のタイムラグも考慮――で反転する。これはサフォークとウィザードが、決死の覚悟で味方を逃がそうとしている演技だ。
そして、サフォークが射程内に入る直前に、手動回避操作を開始する。
ファルマス以下の四隻は、加速性能の差で二百十秒後にはサフォークに追いつける。僚艦がサフォークに追いつくと、旗艦を先頭にした単縦陣になるため、サフォークの防御スクリーンで味方を守りながら、敵とすれ違う。
すれ違う時の相対速度は〇・〇七四C程度。カロネードの威力もそれなりに上がるので、そのタイミングでカロネードとミサイルを撃ち込んで敵に損害を与えるというものだった。
その後は再び艦首を百八十度回し、敵に艦首を向けて慣性航行で敵から離れていく。相対速度の関係から、敵が最大加速で反転したとしても、約二百八十秒後には射程距離である十五光秒の距離から脱出できる。
その後はアテナ星系側ジャンプポイントに向けて加速すれば、敵本隊は追いつけない。
不確定要素としては、敵分艦隊の二隻の駆逐艦で、現在はこちらの頭を抑える針路で加速している。敵分艦隊との距離の関係から、敵本隊とすれ違った後、駆逐艦二隻が味方とJPとの間に入る位置に移動することができる。敵に交戦の意志があれば、十分に攻撃範囲に入れる位置だ。
クリフォードはこの二隻の駆逐艦については、今のところ何も考えていなかった。敵本隊との戦闘の結果次第、すなわち、味方の損害度合いによって、敵の行動が変わるため、考えても仕方が無いと割り切っているのだ。
彼はその作戦を考えながら、自嘲気味に苦笑していた。
(我ながら酷い作戦だ。いや、作戦と言えるほどのものじゃないな。それでも、これが最も生存確率の高い方法のはずだ。ただ、僕に考えられる最高のものと言うだけだから、他の指揮官の方がもっと良い策を思いつくかもしれないな……いや、この作戦に対して他の提案が無かったから、先輩たちも思いついていないのかもしれない)
そして、刻一刻と戦闘開始の時が近づいてくる。
サフォークのCICでは、全員が息を飲み、索敵員のレイヴァースの敵の位置を読み上げる声だけが響いていた。
そして、敵が艦隊の隊形を変えた。
「敵艦隊のフォーメーションが変わりました! 重巡を頂点とした四角錐状の隊形です!」
クリフォードは「了解。敵の監視を続けろ」と静かに答え、
「敵はやる気満々のようだ。だが、敵は判断を誤った。これで敵の軽巡や駆逐艦を狙えるようになったんだ。うまく行けば、こちらが先に敵の戦力を削ることができる」
彼の言葉に反応は少なかった。だが、掌砲手のクロスビーが声を上げた。
「中尉の言うとおりだぜ。こっちにとっては的が五つになったんだ。それも防御の弱い的だ。それに引き換え、こっちが気にするのは重巡だけでいい! そう言うことですよね、中尉?」
クリフォードはそれに頷くが、すぐに敵に注意を向けた。
〇二三一
敵との距離が十六・五光秒を切り、重巡の射程距離である十五光秒以内にはあと六十秒となった。
クリフォードは航法科兵曹のマチルダ・ティレット三等兵曹に命令を出した。
「二十秒後に反転する。敵との交戦開始時刻までカウントダウンを頼む」
ティレットは「了解しました、中尉。カウントダウン開始。十五、十四……」とすぐにカウントダウンを開始した。
彼女のやや高い女性らしい声がCICに響いていく。
「十、九、八、七、六、五……」
クリフォードは「加速停止! 百八十度回頭! 艦首を敵に向けろ!」と命じた。
最大加速を停止した時に感じるググッという艦体の唸り音が響き、艦首を敵に向けていく。回頭は五秒ほどで完了し、クリフォードは敵に向けて最大加速を命じた。
「最大加速開始。目標は敵艦隊中央部。レイヴァース、敵の機動に注意しろ! ウォルターズ、A3――駆逐艦ウィザードに反転の命令――送信! クロスビー、主砲発射準備は終わっているか!」
それぞれが了解と答える中、クロスビー兵曹が吠えるように答えた。
「主砲発射準備完了! 初弾は敵駆逐艦に照準済みです! 中尉!」
クリフォードは機関科のサドラー兵曹に「パワープラントは任せた」といった後、「戦闘を開始したら、防御スクリーンと質量-熱量変換装置の状況を随時報告してくれ」と命じた。
ウォルターズの「ウィザード反転完了。サフォークに追従中!」という報告が上がってきた。
クリフォードはそれに頷き、メインスクリーンに映る十六秒前の敵艦隊の動きを見つめていた。そして、ファルマスらに反転命令を出すよう命じた。
「ウォルターズ、A1……A5送信!」
その間もティレット兵曹のカウントダウンが続いていく。
「射撃開始まで十五、十四、十三、……」
操舵員のキャンベル兵曹に「手動回避開始準備……」と命じ、ティレットのカウントダウンを聞いていた。
ティレットのカウントダウンがCICに響いていく。
「……十、九、八……」
クリフォードは次々に命令を発していた。
「キャンベル、手動回避開始! クロスビー! 主砲発射!」
その瞬間、主砲である十五テラワット級陽電子加速砲から、ほぼ光速にまで加速された反物質の塊が放出されていく。
星間物質と陽電子が反応してできる眩い光の柱が、サフォークの艦首から伸びていく。その姿がメインスクリーンに映し出されていた。
そして、味方より先に始まった敵の攻撃が、防御スクリーンを掠めるように後方に流れていく。
だが、クリフォードを含め、CIC要員は誰もそれに興味を示さなかった。各自は自らに与えられた任務に集中し、目の前のコンソールしか見ていなかったからだ。
索敵員のレイヴァースが「敵初弾回避!」と叫び、サドラーが「防御スクリーン負荷〇・一一パーセント。防御スクリーン、MECともに異常なし!」という声が被さる。
更にウォルターズの声がCICに響く。
「ヴェルラム、ザンビジ、ヴィラーゴ、ファルマス、順時回頭。最大加速で本艦に向かっています!」
クリフォードはメインスクリーンを見上げ、味方の隊列が再び単縦陣になったことを確認した。
レイヴァースがすぐに「敵軽巡の主砲による攻撃開始。初弾回避成功」と落ち着いた声で報告する。
クリフォードは「了解」と答えながら、敵軽巡がこの距離から攻撃し始めたことを考えていた。
(敵は軽巡まで攻撃に参加させたか。ゾンファの軽巡なら、この距離でもスクリーンに負荷を掛けられる。それを狙っているのか……)
十秒後、クロスビーの主砲発射完了の声を聴き、
「敵軽巡に目標変更。照準合い次第、発射せよ!」
すぐに「主砲発射!」というクロスビーの野太い声が響く。
戦闘開始後、二十秒が経過したが、敵との距離が十五光秒を割ったところであり、戦果の確認は更に十秒以上掛かるため、敵に損害を与えられたのかは確認できない。
(初弾が敵の虫級駆逐艦に命中していればいいんだが、この距離での砲撃戦で初弾命中を期待してはいけないな。それより、この先が問題だ……)
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>
〇二三一
ゾンファ偵察戦隊は、あと三十秒で敵を射程内に捕らえるという位置にまで来ていた。既に戦闘準備も完了し、司令からの攻撃開始命令を今か今かと待っている状態だった。そんな中、司令のフェイ大佐は敵が何の動きも見せず、漫然と逃走していることに疑念を覚え始めていた。
(いくらなんでも何の動きも見せないというのはおかしい。少なくとも艦を分けるか、一隻が囮になるかするはずだ。敵は何を考えている……)
彼が睨みつけるように敵が映るメインスクリーンを見ていると、敵の重巡航艦が回頭し、こちらに向かって加速を開始した。
更に駆逐艦一隻が追従し、二隻で迎え撃とうとしているように見える。
(よし。敵は迷っていただけだ。少なくとも私の思惑通りに敵は動いている。これで勝利は貰ったも同然だ……)
フェイ大佐は緩みそうになる表情を引き締め、命令を下していく。
「目標は敵重巡航艦だ。後ろの駆逐艦は後で始末する。本艦とバイホ――軽巡航艦――は、射程に入り次第、主砲で敵重巡に攻撃を加える。各駆逐艦はユリンミサイルを発射せよ」
そして、射程に入ったことを確認したフェイ大佐は、簡潔に「撃て!」とだけ言って、主砲の発射を命じた。
アルビオン軍から武器級重巡航艦と名付けられたの旗艦ビアン――鞭――は、ゾンファ共和国軍の標準型重巡航艦であり、火力と防御力、航宙能力にバランスが取れた戦闘艦である。
十三テラワット級陽電子加速砲はアルビオン軍のカウンティ級に劣るものの、扱いやすく、連射性能が高いため、能力的には遜色ない砲と評価されている。この他に副砲として、二テラワット級荷電粒子加速砲を二門備えていた。
また、四十テラジュール級防御スクリーンは、カウンティ級の三十テラジュール級を凌駕している。だが、二系列のシステムを持つカウンティ級に比べ、一系列しかないスクリーンシステムは信頼性に劣り、更にスクリーンが過負荷になると予備系列に切り替えられないため、僅かな時間だが、無防備になってしまう。このため、ゾンファの軍艦乗りたちからも防御スクリーンの改善を望む声が上がっていた。
航宙性能については、五kGという機動力と四ヶ月間という長い航宙期間は十分に評価できるもので、小戦隊の旗艦として最適であった。事実、ゾンファ共和国軍の小艦隊の旗艦はウェポン級が用いられることが多い。
同級の弱点は防御スクリーンの他に兵装にあった。
伝統的なゾンファ軍の艤装方針により、粒子加速砲に偏重しており、アルビオン軍でカロネードと言われる質量兵器やミサイルといった打撃力の強い兵器が無く、近接戦ではアルビオンの同クラスの艦に劣っていた。
主砲の発射と同時に、敵からの攻撃が味方の虫級駆逐艦ディエ――蝶――を揺らした。
直撃こそしなかったものの、敵重巡の主砲が放った陽電子の束が防御スクリーンを掠めたのだ。ディエの防御スクリーンと陽電子が激しく反応し、艦体そのものが発光したように見えるほどの光を放っていた。
「ディエの被害状況を報告させろ! 主砲は充填でき次第、順次発射だ」
フェイは自分がミスを犯したと歯噛みしていた。
(駆逐艦を展開するのは、もっと敵に近づいてからでも良かった。敵重巡が盾になるなら、駆逐艦のミサイルも有効だが、この相対速度と距離ではミサイルが届くまで三分以上掛かる。敵の出方を見てからでも遅くは無かったな……まあいい。直撃を受けさせしなければ、大きな損害を受けることはあるまい……)
「敵全艦百八十度回頭! 敵旗艦を先頭に単縦陣を組みつつあります!」
メインスクリーンには、逃げようとしていた軽巡航艦と三隻の駆逐艦が回頭し、重巡航艦に追従し始めていた。
そして、「敵、初弾回避! 損害なし!」という声が聞こえると、フェイは敵が手動回避を開始したと悟った。
(単純な単縦陣隊形なら、通信できなくとも指揮は執れると腹を括ったのか。敵の指揮官は豪胆な人物のようだ。だが、こちらの優位は動かない。こちらも単縦陣を組むか……)
「旗艦を先頭にした単縦陣を組む! 各艦に連絡せよ、隊形“一”だ! ディエの被害状況はどうした!」
フェイの言葉に戦術担当士官が報告を上げてきた。
「ディエは一時的に質量-熱量変換装置が過負荷になっております。そのため、防御スクリーンの展開能力が三十パーセントにまで低下。現在、艦首にスクリーンを集中し対応しております!」
艦本体に損傷がないことにフェイは安堵し、「復旧見込みは?」とややトーンを落として確認する。
「復旧見込みは三百秒後。それまで間は、艦首スクリーンの調整が困難なため、主砲の使用は不可。ミサイルによる攻撃のみ可能とのことです」
フェイは鷹揚に頷くが、緒戦で味方に損害が出たことに怒りを覚えていた。
(俺のミスだ……それも詰まらんミスだ。ここは腰を落ち着けて、冷静に対処することに頭を切替えねば……今ならまだ、こちらの優位は変わっていない。落ち着いて敵を殲滅していけば良いのだ)
フェイは隊形が単縦陣に変わるのを確認し、敵の動きに注意を向けていった。
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>
〇二二〇
第二十一哨戒艦隊は再び合流した。
重巡航艦一隻、軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻の計六隻が、旗艦を先頭に単縦陣を組み、最大加速度で宇宙を切り裂いていく。
追撃してくる敵との距離は七十光秒を切り、旗艦の重巡航艦HMS-D0805005サフォーク5から通信管制を敷くとの命令が各艦に送られていた。
サフォークの戦闘指揮所で指揮を執るクリフォード・カスバート・コリングウッド中尉はメインスクリーンを見つめていた。そこには、味方を示すアイコンと敵艦隊を示すアイコンが徐々に接近している様子が映されていた。
(敵は模範的な追撃戦を仕掛けてくるようだな。まあ、僕でも同じことをするだろう……敵の指揮官は非情な人のようだから、任務を完遂するためにはどんなことでもしてくるはずだ。敵の目的が、こちらが通信を無視して止むを得ず戦端を開いたとしたいのなら、我々を生かしておくつもりはないのだろう。つまり、降伏はできないということだ……)
彼は欺瞞通信を開始するよう、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命じた。
「欺瞞通信を開始する。通信文は“サフォークが敵を引き付ける。各艦は最大巡航速度制限を解除の上、アテナ星系ジャンプポイントより脱出すること。サフォークが艦隊離脱後はファルマスのニコルソン中佐が指揮を引き継ぐこと”以上だ」
ウォルターズ兵曹は「了解しました、中尉」と答え、全艦に向けて通信を開始した。
通信後、すぐにシナリオ通りに各艦から思い留まることを進言する通信が送られてきた。
特に軽巡航艦ファルマス13からは、「サフォーク一隻では犬死である。我もサフォークと共にある。卑怯な敵に一矢報いる許可を求む」という芝居掛かった通信が送られてきた。
クリフォードはその通信文を聞き、苦笑した後、
「ファルマスに通信。“サフォーク一隻で十分である。自らの責務を果たすことを望む”以上だ」
その後、このような通信を繰り返していった。
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>
〇二二五
ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所で敵の対宙レーザー通信の内容が判明するにつれ、勝利の確信を強めていった。
(敵は損害のない重巡一隻でこちらに砲撃戦を仕掛けるつもりだな。確かに低相対速度で打ち合えば、その間に高機動の残存部隊を脱出させることが出来るだろう……)
フェイ大佐は、敵の重巡が盾となり、約百八十秒耐えれば、敵の軽巡、駆逐艦が加速して脱出することが可能になると考えた。
(防御に徹すれば、三分間なら耐えられると考えるのは、おかしな考えではない。だが、こちらには分艦隊のジャツオン――虫級駆逐艦――とジュヘウア――花級駆逐艦――が残っている。ジャンプポイントに先回りさせることも可能なのだ。更にこちらの軽巡バイホと駆逐艦二隻を先行させることも可能だ。これだけ小さい相対速度ではレールキャノンもミサイルも効果は少ない。敵重巡の主砲は前方のみ、後方に副砲があるが、大した火力はない。ならば、敵重巡の横をすり抜けて敵を追跡させることも可能だ。まあ、それ以前に三分も耐えさせんがな……)
そして、次々と敵の通信が傍受されていった。その内容は敵重巡に思い止まるように促す物と、自らも敵に向かうという物だったが、どちらも旗艦から却下する旨の返信が送られていた。
フェイ大佐は「敵は混乱しているぞ! 敵重巡に攻撃を集中させるぞ!」と大声で指示を出し、CIC要員たちもそれに陽気な声で応えていた。
〇二三〇
敵艦隊との距離が二十光秒を割り込んだ。
フェイ大佐は盾となろうとしている敵重巡を早期に破壊するため、最大火力となる隊形に変更しようとしていた。
(敵の重巡に足止めされなければ、こちらの勝ちだ。そのためには縦陣では火力の集中が難しいな。一気に決めるには駆逐艦のミサイルも使うべきだろう……)
彼は軽巡と三隻の駆逐艦に、旗艦の後方に四角形を形作るような配置を命じた。これにより、ゾンファ艦隊は旗艦を頂点とした四角錐を形成し、百二十秒後に迫った戦闘に備えていた。
フェイ大佐は敵艦隊の旗艦である重巡が縦陣の後方に下がり、反転のタイミングを計っているように見えていた。
(やはり敵の旗艦は自らを盾にして味方を逃がすつもりのようだ。敵ながら天晴れだが、心意気だけでは戦いに勝てんのだよ。諜報部の工作では艦長と情報士が死ぬはずだった。つまり、今指揮を執っているのは、当直の最年少士官のはずだ。若いだけに責任の重大さに潰されそうになっているのか。後で指揮を執っていた士官の名を見てみるか……)
彼は自分の予想通りに事態が推移していることから、勝利を確信し、更に敵の心情まで考える余裕があった。
だが、あることを思い出した。
(敵には対宙レーザー通信を使って、分艦隊を罠に掛けた切れ者がいる。もし、そいつが敵の指揮官だったら……この行動も何かの罠の一環だとしたら……)
そこで軽く頭を振って、考え直す。
(何を弱気になっているのだ! こちらは圧倒的に有利なはずだ! 敵の半数は損害を受け、更に修理できんのだ。味方は敵の百五十パーセント以上の戦力だ。もっと言えば、位置関係では圧倒的に有利な状況だ。この状況では罠など掛けようが無い。いや、少々の罠など食い破ってやればいい……)
フェイ大佐は自らを叱咤するように、全艦に向けて命令を下した。
「射程に入り次第、各個に攻撃を開始せよ。目標は敵重巡! 攻撃を重巡に集中せよ!」
そして、余裕の表情を浮かべながら、
「敵は重巡を盾にして脱出するつもりだ。軽巡と駆逐艦は後でゆっくり始末すればいい。今は敵の旗艦に集中せよ」
命令を下した後、彼はゆっくりと指揮官シートに身を沈めた。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>
〇二二五
クリフォードはCIC要員たちに、現状の各システム状態を確認するよう命じた。各システムは正常で特に問題がないことは、指揮官用コンソールで確認できていたが、それを口頭で確認することにより、下士官たちの緊張感を取り除こうと思ったのだ。
(ベテランのクロスビー――掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹――ですら、緊張している。確かにこの状況で優勢な敵と戦うとなれば、誰でも不安になるだろう。特に実戦経験の無い下士官兵たちには、この時間がきついはずだ。僕もトリビューン星系で実戦を経験していなかったら、もっと不安に思っていたはずだ……仕事があれば不安に思う暇が無い。これで少しでもいつも通りになればいいんだが)
そして、今回のキーとなる操舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹に声を掛ける。
「今回は活躍の場を与えて上げられそうだよ。実戦で操舵長以外が手動回避を行うのは稀だそうだけど、訓練通り気楽にやってくれればいい」
クリフォードの言葉にキャンベル兵曹は「了解しました、中尉」とやや強張ったような声音で答えた。
クリフォードは彼女が緊張していると感じ、軽い口調で彼女に話し始めた。
「そう言えば、前に乗っていたスループ艦の操舵長なんだが、アンヴィル兵曹長って言うんだが、この人が天才肌って言うか、ちょっと困った人だったんだ。私がトリビューンでドッグファイトをやったと聞いたらしく、しつこく聞かれてしまったよ。それも潜入任務から戻って休もうと思った矢先にだ。都合、三時間くらい捕まっていたかな。君も興味があるなら、この戦いの後に聞かせてやろうか?」
キャンベル兵曹もクリフォードの気遣いを感じたのか、無理やり笑顔を作り、
「アンヴィル兵曹長なら知っています。是非とも自分にもその時の話を聞かせてください。パイロット仲間に自慢してやりますから」
この会話でCIC内の雰囲気が変わった。
ベテランの機関科兵曹であるデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、クリフォードの態度に感心していた。
(この中じゃ中尉が一番年下なはずだな? レイヴァース――索敵員のジャック・レイヴァース上等兵――より若かったはずだが、この落ち着きようはどういうことだ? 死人と比べちゃ悪いが、モーガン艦長より安心感があるぜ。艦長と呼びたくなる士官っていう奴に久しぶりに会った気がする……この戦いで生き残れたら、食堂デッキでみんなに話してやろう……)
〇二三〇
クリフォードはサフォークを単縦陣の後方に下げ、艦隊の最後尾に配置した。
これで縦陣の並びは先頭から、軽巡ファルマス13、駆逐艦ヴィラーゴ32、同ザンビジ20、同ヴェルラム6、同ウィザード17、重巡サフォーク5となる。
彼は最悪、加速性能の高いファルマス、ヴィラーゴ、ザンビジ、ヴェルラムの四隻を逃がそうと考えていた。
(サフォークの加速性能は軽巡、駆逐艦の八割程度。ウィザードは推進装置が損傷しているから、サフォークと同じ程度の加速しかできない。加速性能は敵も同じだが、重巡が追いつけなければ、逃げられる可能性はある。とは言っても、これは敵が思いもよらない機動をしたときの保険に過ぎなのだが……敵分艦隊の生き残りがいなければ、逃がすことも出来たんだが……)
彼の作戦は単純だった。
まず、敵との交戦三十秒前にサフォークが最初に反転し、敵に向かって加速を開始する。ウィザードが同じように反転し、他の四隻は敵がサフォークを攻撃し始めたタイミング――十五光秒分のタイムラグも考慮――で反転する。これはサフォークとウィザードが、決死の覚悟で味方を逃がそうとしている演技だ。
そして、サフォークが射程内に入る直前に、手動回避操作を開始する。
ファルマス以下の四隻は、加速性能の差で二百十秒後にはサフォークに追いつける。僚艦がサフォークに追いつくと、旗艦を先頭にした単縦陣になるため、サフォークの防御スクリーンで味方を守りながら、敵とすれ違う。
すれ違う時の相対速度は〇・〇七四C程度。カロネードの威力もそれなりに上がるので、そのタイミングでカロネードとミサイルを撃ち込んで敵に損害を与えるというものだった。
その後は再び艦首を百八十度回し、敵に艦首を向けて慣性航行で敵から離れていく。相対速度の関係から、敵が最大加速で反転したとしても、約二百八十秒後には射程距離である十五光秒の距離から脱出できる。
その後はアテナ星系側ジャンプポイントに向けて加速すれば、敵本隊は追いつけない。
不確定要素としては、敵分艦隊の二隻の駆逐艦で、現在はこちらの頭を抑える針路で加速している。敵分艦隊との距離の関係から、敵本隊とすれ違った後、駆逐艦二隻が味方とJPとの間に入る位置に移動することができる。敵に交戦の意志があれば、十分に攻撃範囲に入れる位置だ。
クリフォードはこの二隻の駆逐艦については、今のところ何も考えていなかった。敵本隊との戦闘の結果次第、すなわち、味方の損害度合いによって、敵の行動が変わるため、考えても仕方が無いと割り切っているのだ。
彼はその作戦を考えながら、自嘲気味に苦笑していた。
(我ながら酷い作戦だ。いや、作戦と言えるほどのものじゃないな。それでも、これが最も生存確率の高い方法のはずだ。ただ、僕に考えられる最高のものと言うだけだから、他の指揮官の方がもっと良い策を思いつくかもしれないな……いや、この作戦に対して他の提案が無かったから、先輩たちも思いついていないのかもしれない)
そして、刻一刻と戦闘開始の時が近づいてくる。
サフォークのCICでは、全員が息を飲み、索敵員のレイヴァースの敵の位置を読み上げる声だけが響いていた。
そして、敵が艦隊の隊形を変えた。
「敵艦隊のフォーメーションが変わりました! 重巡を頂点とした四角錐状の隊形です!」
クリフォードは「了解。敵の監視を続けろ」と静かに答え、
「敵はやる気満々のようだ。だが、敵は判断を誤った。これで敵の軽巡や駆逐艦を狙えるようになったんだ。うまく行けば、こちらが先に敵の戦力を削ることができる」
彼の言葉に反応は少なかった。だが、掌砲手のクロスビーが声を上げた。
「中尉の言うとおりだぜ。こっちにとっては的が五つになったんだ。それも防御の弱い的だ。それに引き換え、こっちが気にするのは重巡だけでいい! そう言うことですよね、中尉?」
クリフォードはそれに頷くが、すぐに敵に注意を向けた。
〇二三一
敵との距離が十六・五光秒を切り、重巡の射程距離である十五光秒以内にはあと六十秒となった。
クリフォードは航法科兵曹のマチルダ・ティレット三等兵曹に命令を出した。
「二十秒後に反転する。敵との交戦開始時刻までカウントダウンを頼む」
ティレットは「了解しました、中尉。カウントダウン開始。十五、十四……」とすぐにカウントダウンを開始した。
彼女のやや高い女性らしい声がCICに響いていく。
「十、九、八、七、六、五……」
クリフォードは「加速停止! 百八十度回頭! 艦首を敵に向けろ!」と命じた。
最大加速を停止した時に感じるググッという艦体の唸り音が響き、艦首を敵に向けていく。回頭は五秒ほどで完了し、クリフォードは敵に向けて最大加速を命じた。
「最大加速開始。目標は敵艦隊中央部。レイヴァース、敵の機動に注意しろ! ウォルターズ、A3――駆逐艦ウィザードに反転の命令――送信! クロスビー、主砲発射準備は終わっているか!」
それぞれが了解と答える中、クロスビー兵曹が吠えるように答えた。
「主砲発射準備完了! 初弾は敵駆逐艦に照準済みです! 中尉!」
クリフォードは機関科のサドラー兵曹に「パワープラントは任せた」といった後、「戦闘を開始したら、防御スクリーンと質量-熱量変換装置の状況を随時報告してくれ」と命じた。
ウォルターズの「ウィザード反転完了。サフォークに追従中!」という報告が上がってきた。
クリフォードはそれに頷き、メインスクリーンに映る十六秒前の敵艦隊の動きを見つめていた。そして、ファルマスらに反転命令を出すよう命じた。
「ウォルターズ、A1……A5送信!」
その間もティレット兵曹のカウントダウンが続いていく。
「射撃開始まで十五、十四、十三、……」
操舵員のキャンベル兵曹に「手動回避開始準備……」と命じ、ティレットのカウントダウンを聞いていた。
ティレットのカウントダウンがCICに響いていく。
「……十、九、八……」
クリフォードは次々に命令を発していた。
「キャンベル、手動回避開始! クロスビー! 主砲発射!」
その瞬間、主砲である十五テラワット級陽電子加速砲から、ほぼ光速にまで加速された反物質の塊が放出されていく。
星間物質と陽電子が反応してできる眩い光の柱が、サフォークの艦首から伸びていく。その姿がメインスクリーンに映し出されていた。
そして、味方より先に始まった敵の攻撃が、防御スクリーンを掠めるように後方に流れていく。
だが、クリフォードを含め、CIC要員は誰もそれに興味を示さなかった。各自は自らに与えられた任務に集中し、目の前のコンソールしか見ていなかったからだ。
索敵員のレイヴァースが「敵初弾回避!」と叫び、サドラーが「防御スクリーン負荷〇・一一パーセント。防御スクリーン、MECともに異常なし!」という声が被さる。
更にウォルターズの声がCICに響く。
「ヴェルラム、ザンビジ、ヴィラーゴ、ファルマス、順時回頭。最大加速で本艦に向かっています!」
クリフォードはメインスクリーンを見上げ、味方の隊列が再び単縦陣になったことを確認した。
レイヴァースがすぐに「敵軽巡の主砲による攻撃開始。初弾回避成功」と落ち着いた声で報告する。
クリフォードは「了解」と答えながら、敵軽巡がこの距離から攻撃し始めたことを考えていた。
(敵は軽巡まで攻撃に参加させたか。ゾンファの軽巡なら、この距離でもスクリーンに負荷を掛けられる。それを狙っているのか……)
十秒後、クロスビーの主砲発射完了の声を聴き、
「敵軽巡に目標変更。照準合い次第、発射せよ!」
すぐに「主砲発射!」というクロスビーの野太い声が響く。
戦闘開始後、二十秒が経過したが、敵との距離が十五光秒を割ったところであり、戦果の確認は更に十秒以上掛かるため、敵に損害を与えられたのかは確認できない。
(初弾が敵の虫級駆逐艦に命中していればいいんだが、この距離での砲撃戦で初弾命中を期待してはいけないな。それより、この先が問題だ……)
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>
〇二三一
ゾンファ偵察戦隊は、あと三十秒で敵を射程内に捕らえるという位置にまで来ていた。既に戦闘準備も完了し、司令からの攻撃開始命令を今か今かと待っている状態だった。そんな中、司令のフェイ大佐は敵が何の動きも見せず、漫然と逃走していることに疑念を覚え始めていた。
(いくらなんでも何の動きも見せないというのはおかしい。少なくとも艦を分けるか、一隻が囮になるかするはずだ。敵は何を考えている……)
彼が睨みつけるように敵が映るメインスクリーンを見ていると、敵の重巡航艦が回頭し、こちらに向かって加速を開始した。
更に駆逐艦一隻が追従し、二隻で迎え撃とうとしているように見える。
(よし。敵は迷っていただけだ。少なくとも私の思惑通りに敵は動いている。これで勝利は貰ったも同然だ……)
フェイ大佐は緩みそうになる表情を引き締め、命令を下していく。
「目標は敵重巡航艦だ。後ろの駆逐艦は後で始末する。本艦とバイホ――軽巡航艦――は、射程に入り次第、主砲で敵重巡に攻撃を加える。各駆逐艦はユリンミサイルを発射せよ」
そして、射程に入ったことを確認したフェイ大佐は、簡潔に「撃て!」とだけ言って、主砲の発射を命じた。
アルビオン軍から武器級重巡航艦と名付けられたの旗艦ビアン――鞭――は、ゾンファ共和国軍の標準型重巡航艦であり、火力と防御力、航宙能力にバランスが取れた戦闘艦である。
十三テラワット級陽電子加速砲はアルビオン軍のカウンティ級に劣るものの、扱いやすく、連射性能が高いため、能力的には遜色ない砲と評価されている。この他に副砲として、二テラワット級荷電粒子加速砲を二門備えていた。
また、四十テラジュール級防御スクリーンは、カウンティ級の三十テラジュール級を凌駕している。だが、二系列のシステムを持つカウンティ級に比べ、一系列しかないスクリーンシステムは信頼性に劣り、更にスクリーンが過負荷になると予備系列に切り替えられないため、僅かな時間だが、無防備になってしまう。このため、ゾンファの軍艦乗りたちからも防御スクリーンの改善を望む声が上がっていた。
航宙性能については、五kGという機動力と四ヶ月間という長い航宙期間は十分に評価できるもので、小戦隊の旗艦として最適であった。事実、ゾンファ共和国軍の小艦隊の旗艦はウェポン級が用いられることが多い。
同級の弱点は防御スクリーンの他に兵装にあった。
伝統的なゾンファ軍の艤装方針により、粒子加速砲に偏重しており、アルビオン軍でカロネードと言われる質量兵器やミサイルといった打撃力の強い兵器が無く、近接戦ではアルビオンの同クラスの艦に劣っていた。
主砲の発射と同時に、敵からの攻撃が味方の虫級駆逐艦ディエ――蝶――を揺らした。
直撃こそしなかったものの、敵重巡の主砲が放った陽電子の束が防御スクリーンを掠めたのだ。ディエの防御スクリーンと陽電子が激しく反応し、艦体そのものが発光したように見えるほどの光を放っていた。
「ディエの被害状況を報告させろ! 主砲は充填でき次第、順次発射だ」
フェイは自分がミスを犯したと歯噛みしていた。
(駆逐艦を展開するのは、もっと敵に近づいてからでも良かった。敵重巡が盾になるなら、駆逐艦のミサイルも有効だが、この相対速度と距離ではミサイルが届くまで三分以上掛かる。敵の出方を見てからでも遅くは無かったな……まあいい。直撃を受けさせしなければ、大きな損害を受けることはあるまい……)
「敵全艦百八十度回頭! 敵旗艦を先頭に単縦陣を組みつつあります!」
メインスクリーンには、逃げようとしていた軽巡航艦と三隻の駆逐艦が回頭し、重巡航艦に追従し始めていた。
そして、「敵、初弾回避! 損害なし!」という声が聞こえると、フェイは敵が手動回避を開始したと悟った。
(単純な単縦陣隊形なら、通信できなくとも指揮は執れると腹を括ったのか。敵の指揮官は豪胆な人物のようだ。だが、こちらの優位は動かない。こちらも単縦陣を組むか……)
「旗艦を先頭にした単縦陣を組む! 各艦に連絡せよ、隊形“一”だ! ディエの被害状況はどうした!」
フェイの言葉に戦術担当士官が報告を上げてきた。
「ディエは一時的に質量-熱量変換装置が過負荷になっております。そのため、防御スクリーンの展開能力が三十パーセントにまで低下。現在、艦首にスクリーンを集中し対応しております!」
艦本体に損傷がないことにフェイは安堵し、「復旧見込みは?」とややトーンを落として確認する。
「復旧見込みは三百秒後。それまで間は、艦首スクリーンの調整が困難なため、主砲の使用は不可。ミサイルによる攻撃のみ可能とのことです」
フェイは鷹揚に頷くが、緒戦で味方に損害が出たことに怒りを覚えていた。
(俺のミスだ……それも詰まらんミスだ。ここは腰を落ち着けて、冷静に対処することに頭を切替えねば……今ならまだ、こちらの優位は変わっていない。落ち着いて敵を殲滅していけば良いのだ)
フェイは隊形が単縦陣に変わるのを確認し、敵の動きに注意を向けていった。
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