クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)」
第十話
宇宙暦四五一四年五月十五日 標準時間〇一時五七分
<ゾンファ軍軽巡航艦ティアンオ・戦闘指揮所内>
〇一五七
ゾンファ共和国軍ハイフォン駐留艦隊第八〇七偵察戦隊所属の軽巡航艦ティアンオの艦長、リー・シアンヤン中佐はメインスクリーンの映像に驚きを隠せなかった。逃げていくと思い込んでいた敵が自分たちに向けて針路を変え、攻撃しようという意志を見せたことに、一瞬、彼の思考が停まった。
「敵軽巡他、我が分艦隊に向け針路変更! 敵が最大加速を採った場合、約五分後、〇二〇二に接触します! 敵本隊とは約八分後、〇二〇五に接触予定です!」
リー艦長は索敵担当の声を聴いて我に返った。そして、敵の本隊、特に重巡の動きに目を奪われていた。
(敵の重巡がこちらを遮る針路を取っている。このままでは正面から敵軽巡、左舷から敵重巡に挟撃される。フェイ艦長の本隊とは既に一光分ほど離れている。ここで最大の減速を行っても本隊は間に合わない。完全に嵌められたな……針路を左舷に振って、フェイ艦長との時間差攻撃に期待するしかないか……)
「了解した! 加速停止。左舷三十度、上下角プラス五度に転針。敵との接触のタイミングをずらすぞ! 敵が合流してもほぼ互角だ! それにすぐに本隊が来る! 一気に敵を沈められるぞ!」
リー艦長は部下たちをそう鼓舞するが、敵本隊が減速し、タイミングを合わせてくると考えていた。
(敵はこちらの動きを読んでいる。恐らく、この針路を取ることも想定済みだろう。数は互角だが、向こうには重巡がいる。砲撃戦に限れば、重巡一隻は軽巡三隻に匹敵する。こちらが圧倒的に不利だな……)
そこまで考えたところで、敵の状況に思い至った。
(いや、待てよ。敵は通信が使えないはずだ。ならば、敵の指揮官がいかに優秀であろうとも、突発的な行動を取れば、他の艦は追従できないはずだ。つまり、敵の直前で針路を変えれば、敵は重巡以外追従できない。重巡に対しても、こちらは防御の厚い正面から攻撃を受ける形になるなら、それほど不利な状況でもないな。よし! これしかない!)
そう考えていると、司令のフェイ・ツーロン艦長から連絡が入った。
本隊とアルビオンの軽巡との距離は二・五光分あり、フェイ艦長は加速を続ける敵を見て、指示を出していた。
「逃亡部隊を逃がすなよ。敵本隊はこちらで対処する。分艦隊はそのまま追跡を続けろ」
リー艦長は既に状況が変わっていることから、自らの判断を優先する。
「敵分艦隊の逃亡は欺瞞行動。敵本隊と敵分艦隊の挟撃を受けつつあり。我、敵主力に向け、攻撃を敢行する」
リー艦長はフェイ艦長にそれだけ報告すると、すぐに敵の動きに集中していった。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>
〇一五八
五等級艦HMS-F0202013ファルマス13率いるB隊は、〇一五五にアテナ星系側ジャンプポイントへの針路から、追ってきた敵分艦隊に針路を変更した。
敵分艦隊――軽巡二隻、駆逐艦四隻――は、第二十一哨戒艦隊の本隊であるアルファ隊――四等級艦HMS-D0805005サフォーク5と駆逐艦二隻――の右舷約四十五度、距離約一光分の位置を、アルファ隊の前方を横切るように〇・二Cでブラボー隊を追撃している。
そして、ブラボー隊の動きに気付いた敵分艦隊が動きを変えた。
敵分艦隊はアルファ隊に向けて針路を変更し、攻撃する意志を見せるかのように、相対速度を落とすため、減速しつつあった。
(ほぼ想定どおりの動きだな。意外な点はブラボー隊を狙わず、アルファ隊を狙ってきたことくらいだ。ブラボー隊を狙われる方が被害は大きくなるから、こちらの方が助かるんだが、敵の意図は何なのだろう?)
クリフォードは敵分艦隊の動きに疑問を持った。
(ブラボー隊の加速能力なら針路を変更したとしても、同時に攻撃を受けることは判っているはずだ。敵の思惑はどこにあるんだ?……)
そして、敵の意図について考え始めた。
(僕が敵の分艦隊司令なら、どう考える? アルファ隊は重巡一隻と駆逐艦二隻、ブラボー隊は軽巡一隻と駆逐艦二隻。戦力的にはアルファ隊が圧倒的に強力だ。確かに正面の防御は厚いが、軽巡や駆逐艦の防御スクリーンなら、重巡の主砲で一気に過負荷になる。弱ったところへ駆逐艦の攻撃が……)
そこで敵の意図に思い至った。
(そうか! こちらが連携できないことを前提に考えているんだな。重巡の主砲もそうそう連発で直撃することはない。駆逐艦が防御スクリーンの弱った艦を攻撃しなければ、やり過ごすことは可能だ。要はこちらの意表を突く機動を考えているんだろう。それに各艦が勝手に対応し、隊形が乱れれば、逆にこちらの駆逐艦を沈めることもできる。そう考えたんだ!)
クリフォードは通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命令を出す。
「ザンビジ20とウィザード17に連絡。敵は接敵直前に軌道を変更する可能性あり。攻撃目標は各指揮官の判断に委ねる。以上」
ウォルターズ兵曹が「了解しました、中尉」と答えたのを確認し、彼は掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に目標について指示を出した。
「攻撃の優先順位は先頭の軽巡航艦、右側の虫級駆逐艦二隻、最後が後方の軽巡航艦だ。左側の花級はブラボー隊に残しておいてやろう」
クロスビー兵曹は彼にしては珍しく、興奮したような口調で答えた。
「了解しました、中尉! サフォークのきつい平手打ちをお見舞いしてやりましょう!」
その勢いにクリフォードは、「頼むよ」と苦笑する。
そして、通信を終えたウォルターズ兵曹にブラボー隊への通信を命じた。
「ブラボー隊に連絡。敵右舷から攻撃を加えよ。貴隊の目標は右舷の花級駆逐艦二隻及び後方の軽巡航艦。なお、敵は戦闘直前に変則的な機動を行う可能性がある。攻撃後は左舷九十度に転針し、最大加速でアルファ隊に合流せよ。以上だ」
〇二〇〇
アルファ隊と敵分艦隊との距離が三十光秒を切った。相対速度は〇・一C。あと二分強で戦闘に入る。
一方、ブラボー隊は敵分艦隊の左舷約六十度から接近しつつあった。相対距離は既に十五光秒を切り、相対速度は〇・〇二Cでブラボー隊が追いかけるように加速している。このままいけば、ブラボー隊はアルファ隊より約三十秒早く、敵に攻撃を行うことになる。
重巡サフォークの主砲、十五テラワット級陽電子加速砲の有効射程距離は約十五光秒(約四百五十万km)。十五光秒を相対速度〇・一Cですれ違うため、攻撃時間は百五十秒しかない。主砲は最大出力の場合、チャージに十秒ほど掛かるため、最大で十五回撃てることになるが、照準をあわせることと主砲の砲身とコイルの冷却を考えると、二十秒から三十秒に一回が限度である。但し、出力を落とせば連射も可能である。
〇二〇二
五等級艦、軽巡ファルマス13を先頭に六等級艦、V級駆逐艦ヴェルラム6と同ヴィラーゴ32が敵分艦隊の右舷から攻撃を開始した。
タウン級であるファルマスは、五テラワット級中性子砲と大型対艦ミサイルであるスペクターミサイルを搭載している。
スペクターミサイルは標準型対艦ミサイルであるファントムミサイルと同様に、ステルス性を持たせたミサイル兵器である。高機動戦闘艦の三倍以上の加速力を持ち、更にファントムミサイルの四倍以上の質量を持つ大型のミサイルで、三等級艦、すなわち巡航戦艦を一発で轟沈せしめる破壊力を誇る。
その分、搭載基数が少なくファルマス型の標準搭載数は六基。二本の発射管から一度に二発ずつ射出することが可能である。
この他にもアルビオン王国軍標準装備であるレールキャノン、通称カロネードが四基と、対宙パルスレーザー砲が十六基備えられている。今回は相対速度が小さいため、カロネードの使用は見送られたが、対宙レーザーは敵ミサイルの迎撃に使用される。
V級駆逐艦は第二次アルビオン-ゾンファ戦争前のやや旧式の駆逐艦であるが、加速性能と攻撃力は最新のZ級と遜色は無く、主砲である二・五テラワット級荷電粒子加速砲と二基のファントムミサイル発射管を持っている。
一方、ゾンファの分艦隊は、アルビオン軍から鳥級と名付けられた軽巡航艦二隻が主力になる。
バード級軽巡はゾンファ軍の標準的な軽巡航艦であり、基本設計が数十年変わらない傑作巡航艦である。その特徴は高い航宙能力――高い加速性能と長い航宙期間――と、強力な兵装にある。
主砲は七・五テラワット級荷電粒子加速砲が一門、副砲として一テラワット級荷電粒子加速砲が三門備えられている。
特に副砲は、艦首を振ることなく、側方にも発射可能であり、駆逐艦以下の小型艦船にとっては大きな脅威であった。
ゾンファ共和国軍は伝統的に粒子加速砲を重視しており、ミサイルを軽視している。この思想は大型艦になるにつれ顕著となり、軽巡航艦にもミサイル発射管は備えられていなかった。これは補給が必要で保管場所をとるミサイルよりも、エネルギーさえあれば、何度でも使用可能な粒子加速砲の方が、ランニングコストが小さいという判断が働いたと言われている。
ゾンファの駆逐艦はアルビオン軍のV級とほぼ同じ性能だが、前述のようにミサイルに対する理解がないため、ファントムミサイルの劣化コピーであるユリンミサイルを搭載されているに過ぎない。
そして、暗いターマガント星系で戦闘が開始された。
最初は有利な位置にいるブラボー隊が攻撃を開始した。
ファルマスは主砲五テラワット中性子砲と二基のスペクターミサイルを、ゾンファ分艦隊右舷の花級駆逐艦チュマイ――なでしこ――に放った。
全く偶然だが、同じタイミングでゾンファ分艦隊が右舷側に急激に変針した。そのため、ファルマスの主砲は空しく宙を斬り裂いていった。
その時、ブラボー隊の各艦のCICで落胆の声が漏れる。だが、すぐに歓喜の声に変わっていった。
主砲と同時に発射された二基のスペクターミサイルにとっては、敵の機動が良い方向に作用したからだ。
高機動のミサイルは敵の機動に楽々と追従していく。迎撃する敵の対宙レーザーは自らの機動によって相対速度が上がり、微妙に照準がずれていた。
一基のミサイルは敵の直前、〇・〇一光秒の位置で撃破されたが、一基が生き残り、敵分艦隊の懐に入り込む。スペクターミサイルは最も近い駆逐艦チュマイに目標を変更し、〇・二Cのスピードで艦側面に命中した。
漆黒の宇宙空間に眩い白光の花が咲く。
そして、その光がゆっくりと消えていくと、そこには四散する駆逐艦の破片が漂っているだけだった。
八百m四百万トン級の巡航戦艦をも沈める大型ミサイルが、三百m四十万トン級の駆逐艦に命中したため、完全にオーバーキルとなった。このため、駆逐艦チュマイはミサイルの命中によって艦中央部が蒸発し、僅かに艦首と艦尾の一部が人工物の名残を残しているだけだった。まさに轟沈というに相応しい光景だった。
アルビオン軍の戦闘指揮所では、その光景に「敵駆逐艦轟沈!」と叫び声が上がっていた。
ゾンファ分艦隊は右舷に針路を変更しつつ反撃を開始した。
旗艦である軽巡ティアンオは主砲をファルマスに向け、副砲を二隻の駆逐艦に向ける。
主砲である七・五テラワット級荷電粒子加速砲と、二門の一テラワット級荷電粒子加速砲――艦尾迎撃砲が一門あるため、前方には二門しか使えない――が同時に火を噴く。
光速近くまで加速された重イオン粒子が白い光跡を残しながら、宇宙空間を切り裂く。
重イオンの槍は軽巡ファルマスを掠め、防御スクリーンのエネルギー場と激しく反応しながら消滅していった。その衝撃でファルマスは大きく揺さぶられる。
一方、副砲は駆逐艦ヴィラーゴ32に命中し、防御スクリーンを一時的に弱体化させた。
ヴィラーゴは更に虫級のジャツオン――カブトムシ――とツアン――セミ――の二隻から攻撃を受けていた。
弱った防御スクリーンに、ツアンの放った一基のユリンミサイルが接近していく。
ヴィラーゴは対宙レーザーで必死に迎撃を行うが、ティアンオの攻撃の直後であったため、迎撃が僅かに遅れた。幸い直撃は免れたが、ミサイルは艦の至近で爆発し、ヴィラーゴは白光に包まれながら、艦体を大きく揺らしていた。
白光が収まったあと、友軍が見たヴィラーゴの姿は、左舷の装甲が溶け落ち、大きく抉られていた。そして、彼女は主砲と左舷ミサイル発射管を失った。
サフォークのCICでもその様子が映し出されていた。
クリフォードがヴィラーゴの様子に言葉を失っていると、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が、敵が再度変針したことを叫ぶように報告してきた。
「敵分艦隊、再度変針。艦首をアルファ隊に向け、加速開始!」
クリフォードは「了解」と言いながら、敵の指揮官がミスをしたと考えていた。
(あのまま、ブラボー隊の横を抜けるべきだったな。あのままなら、アルファ隊の攻撃は精々二十秒だった。それが針路変えたことにより、我々の攻撃時間は百秒以上に増えた。ヴィラーゴの敵は討たせてもらう……)
「クロスビー、先頭の軽巡に全攻撃力を集中する。準備はいいな」
掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹は、「了解しました、中尉」と答えるが、「カロネードもですか?」と疑問を口にした。
「そうだ。この距離では命中は難しいだろうが、敵は重巡航艦の全力の攻撃を見て怯むはずだ。運がよければ、それで敵に隙が出来る」
〇二〇四
サフォークは敵分艦隊を射程内に捕らえた。
クリフォードは大きく手を挙げ、「攻撃開始!」と言って振り下ろした。
クロスビーの「了解しました、中尉。攻撃開始」という復唱がCIC内にこだまする。
その直後、主砲にエネルギーが送られる僅かな電力の揺らぎが起こり、メインスクリーンに十五テラワット分の陽電子が、星間物質と反応する真っ白な光の柱を映し出していた。
更に四基のファントムミサイルと、八基の百トン級カロネードから発射された金属弾が闇に消えていった。
十秒後、更にミサイルとカロネードが射出され、二隻の駆逐艦からも旗艦に合わせるように四基のファントムミサイルが発射された。
二度目の攻撃の直後、敵の反撃が襲いかかってきた。
サフォークの防御スクリーンに敵の二隻の軽巡の主砲が命中し、メインスクリーンがホワイトアウトしたかのように白く輝き、直後に艦が大きく揺れる。
クリフォードはその揺れに耐えながら、命令を下していた。
「サドラー、艦の損傷状況を確認してくれ」
クリフォードが機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹に命令した時、レイヴァース上等兵の歓喜に満ちた声がCIC内に響き渡った。
「主砲、敵軽巡に命中。艦首損傷! やったぞ!」
敵分艦隊の旗艦ティアンオに主砲が命中し、防御スクリーンが消失した。その直後、〇・五Cにまで加速したカロネードの金属弾が時間差をつけて命中し、艦首を破損させたようだ。
レイヴァースの喜びに満ちた声の後に、サドラー兵曹が落ち着いた声で報告を始める。
「艦に損傷なし。防御スクリーン一時的に三十パーセント能力低下、現在はフル出力に復帰済み。中尉、艦に問題はありません!」
サフォークの三十テラジュール級防御スクリーンは敵の攻撃に耐え、損傷は全く無かった。また、サフォークに攻撃が集中したことから、二隻の駆逐艦にも損傷は無かった。
クリフォードはそれに答えることなく、「主砲順次発射せよ!」と命ずる。
更に「ファントムミサイル、カロネードも順次発射してくれ」と付け加えていた。
「ティレット、ザンビジとウィザードに連絡。敵左舷側の駆逐艦を攻撃せよ」
その間にもブラボー隊が敵の後方から攻撃を加えていた。
ファルマスは敵のもう一隻の軽巡ヤンズ――ツバメ――に対し、主砲とスペクターミサイルを発射していた。
スペクターミサイルは二基とも迎撃されたが、主砲の五テラワット中性子砲が敵の右舷後方に命中する。荒れ狂う中性子の嵐が敵軽巡を舐め、多くの乗組員を殺しながら、艦後方にある通常空間航行機関に損傷を与えた。ヤンズはつんのめるように加速が止まり、見る見る分艦隊の後方に取り残されていく。
それを見たクリフォードは、ブラボー隊に敵軽巡に止めを刺すよう命じた
「ブラボー隊に連絡。落伍した軽巡に止めを刺せ。その後はアルファ隊と合流する針路に変針せよ」
(これで軽巡を沈められれば、かなり分が良くなる。できれば二隻とも沈めたいが、欲を出すとこちらの損害が増える。さて、どうしたものかな……)
<ゾンファ軍軽巡航艦ティアンオ・戦闘指揮所内>
〇一五七
ゾンファ共和国軍ハイフォン駐留艦隊第八〇七偵察戦隊所属の軽巡航艦ティアンオの艦長、リー・シアンヤン中佐はメインスクリーンの映像に驚きを隠せなかった。逃げていくと思い込んでいた敵が自分たちに向けて針路を変え、攻撃しようという意志を見せたことに、一瞬、彼の思考が停まった。
「敵軽巡他、我が分艦隊に向け針路変更! 敵が最大加速を採った場合、約五分後、〇二〇二に接触します! 敵本隊とは約八分後、〇二〇五に接触予定です!」
リー艦長は索敵担当の声を聴いて我に返った。そして、敵の本隊、特に重巡の動きに目を奪われていた。
(敵の重巡がこちらを遮る針路を取っている。このままでは正面から敵軽巡、左舷から敵重巡に挟撃される。フェイ艦長の本隊とは既に一光分ほど離れている。ここで最大の減速を行っても本隊は間に合わない。完全に嵌められたな……針路を左舷に振って、フェイ艦長との時間差攻撃に期待するしかないか……)
「了解した! 加速停止。左舷三十度、上下角プラス五度に転針。敵との接触のタイミングをずらすぞ! 敵が合流してもほぼ互角だ! それにすぐに本隊が来る! 一気に敵を沈められるぞ!」
リー艦長は部下たちをそう鼓舞するが、敵本隊が減速し、タイミングを合わせてくると考えていた。
(敵はこちらの動きを読んでいる。恐らく、この針路を取ることも想定済みだろう。数は互角だが、向こうには重巡がいる。砲撃戦に限れば、重巡一隻は軽巡三隻に匹敵する。こちらが圧倒的に不利だな……)
そこまで考えたところで、敵の状況に思い至った。
(いや、待てよ。敵は通信が使えないはずだ。ならば、敵の指揮官がいかに優秀であろうとも、突発的な行動を取れば、他の艦は追従できないはずだ。つまり、敵の直前で針路を変えれば、敵は重巡以外追従できない。重巡に対しても、こちらは防御の厚い正面から攻撃を受ける形になるなら、それほど不利な状況でもないな。よし! これしかない!)
そう考えていると、司令のフェイ・ツーロン艦長から連絡が入った。
本隊とアルビオンの軽巡との距離は二・五光分あり、フェイ艦長は加速を続ける敵を見て、指示を出していた。
「逃亡部隊を逃がすなよ。敵本隊はこちらで対処する。分艦隊はそのまま追跡を続けろ」
リー艦長は既に状況が変わっていることから、自らの判断を優先する。
「敵分艦隊の逃亡は欺瞞行動。敵本隊と敵分艦隊の挟撃を受けつつあり。我、敵主力に向け、攻撃を敢行する」
リー艦長はフェイ艦長にそれだけ報告すると、すぐに敵の動きに集中していった。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>
〇一五八
五等級艦HMS-F0202013ファルマス13率いるB隊は、〇一五五にアテナ星系側ジャンプポイントへの針路から、追ってきた敵分艦隊に針路を変更した。
敵分艦隊――軽巡二隻、駆逐艦四隻――は、第二十一哨戒艦隊の本隊であるアルファ隊――四等級艦HMS-D0805005サフォーク5と駆逐艦二隻――の右舷約四十五度、距離約一光分の位置を、アルファ隊の前方を横切るように〇・二Cでブラボー隊を追撃している。
そして、ブラボー隊の動きに気付いた敵分艦隊が動きを変えた。
敵分艦隊はアルファ隊に向けて針路を変更し、攻撃する意志を見せるかのように、相対速度を落とすため、減速しつつあった。
(ほぼ想定どおりの動きだな。意外な点はブラボー隊を狙わず、アルファ隊を狙ってきたことくらいだ。ブラボー隊を狙われる方が被害は大きくなるから、こちらの方が助かるんだが、敵の意図は何なのだろう?)
クリフォードは敵分艦隊の動きに疑問を持った。
(ブラボー隊の加速能力なら針路を変更したとしても、同時に攻撃を受けることは判っているはずだ。敵の思惑はどこにあるんだ?……)
そして、敵の意図について考え始めた。
(僕が敵の分艦隊司令なら、どう考える? アルファ隊は重巡一隻と駆逐艦二隻、ブラボー隊は軽巡一隻と駆逐艦二隻。戦力的にはアルファ隊が圧倒的に強力だ。確かに正面の防御は厚いが、軽巡や駆逐艦の防御スクリーンなら、重巡の主砲で一気に過負荷になる。弱ったところへ駆逐艦の攻撃が……)
そこで敵の意図に思い至った。
(そうか! こちらが連携できないことを前提に考えているんだな。重巡の主砲もそうそう連発で直撃することはない。駆逐艦が防御スクリーンの弱った艦を攻撃しなければ、やり過ごすことは可能だ。要はこちらの意表を突く機動を考えているんだろう。それに各艦が勝手に対応し、隊形が乱れれば、逆にこちらの駆逐艦を沈めることもできる。そう考えたんだ!)
クリフォードは通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命令を出す。
「ザンビジ20とウィザード17に連絡。敵は接敵直前に軌道を変更する可能性あり。攻撃目標は各指揮官の判断に委ねる。以上」
ウォルターズ兵曹が「了解しました、中尉」と答えたのを確認し、彼は掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に目標について指示を出した。
「攻撃の優先順位は先頭の軽巡航艦、右側の虫級駆逐艦二隻、最後が後方の軽巡航艦だ。左側の花級はブラボー隊に残しておいてやろう」
クロスビー兵曹は彼にしては珍しく、興奮したような口調で答えた。
「了解しました、中尉! サフォークのきつい平手打ちをお見舞いしてやりましょう!」
その勢いにクリフォードは、「頼むよ」と苦笑する。
そして、通信を終えたウォルターズ兵曹にブラボー隊への通信を命じた。
「ブラボー隊に連絡。敵右舷から攻撃を加えよ。貴隊の目標は右舷の花級駆逐艦二隻及び後方の軽巡航艦。なお、敵は戦闘直前に変則的な機動を行う可能性がある。攻撃後は左舷九十度に転針し、最大加速でアルファ隊に合流せよ。以上だ」
〇二〇〇
アルファ隊と敵分艦隊との距離が三十光秒を切った。相対速度は〇・一C。あと二分強で戦闘に入る。
一方、ブラボー隊は敵分艦隊の左舷約六十度から接近しつつあった。相対距離は既に十五光秒を切り、相対速度は〇・〇二Cでブラボー隊が追いかけるように加速している。このままいけば、ブラボー隊はアルファ隊より約三十秒早く、敵に攻撃を行うことになる。
重巡サフォークの主砲、十五テラワット級陽電子加速砲の有効射程距離は約十五光秒(約四百五十万km)。十五光秒を相対速度〇・一Cですれ違うため、攻撃時間は百五十秒しかない。主砲は最大出力の場合、チャージに十秒ほど掛かるため、最大で十五回撃てることになるが、照準をあわせることと主砲の砲身とコイルの冷却を考えると、二十秒から三十秒に一回が限度である。但し、出力を落とせば連射も可能である。
〇二〇二
五等級艦、軽巡ファルマス13を先頭に六等級艦、V級駆逐艦ヴェルラム6と同ヴィラーゴ32が敵分艦隊の右舷から攻撃を開始した。
タウン級であるファルマスは、五テラワット級中性子砲と大型対艦ミサイルであるスペクターミサイルを搭載している。
スペクターミサイルは標準型対艦ミサイルであるファントムミサイルと同様に、ステルス性を持たせたミサイル兵器である。高機動戦闘艦の三倍以上の加速力を持ち、更にファントムミサイルの四倍以上の質量を持つ大型のミサイルで、三等級艦、すなわち巡航戦艦を一発で轟沈せしめる破壊力を誇る。
その分、搭載基数が少なくファルマス型の標準搭載数は六基。二本の発射管から一度に二発ずつ射出することが可能である。
この他にもアルビオン王国軍標準装備であるレールキャノン、通称カロネードが四基と、対宙パルスレーザー砲が十六基備えられている。今回は相対速度が小さいため、カロネードの使用は見送られたが、対宙レーザーは敵ミサイルの迎撃に使用される。
V級駆逐艦は第二次アルビオン-ゾンファ戦争前のやや旧式の駆逐艦であるが、加速性能と攻撃力は最新のZ級と遜色は無く、主砲である二・五テラワット級荷電粒子加速砲と二基のファントムミサイル発射管を持っている。
一方、ゾンファの分艦隊は、アルビオン軍から鳥級と名付けられた軽巡航艦二隻が主力になる。
バード級軽巡はゾンファ軍の標準的な軽巡航艦であり、基本設計が数十年変わらない傑作巡航艦である。その特徴は高い航宙能力――高い加速性能と長い航宙期間――と、強力な兵装にある。
主砲は七・五テラワット級荷電粒子加速砲が一門、副砲として一テラワット級荷電粒子加速砲が三門備えられている。
特に副砲は、艦首を振ることなく、側方にも発射可能であり、駆逐艦以下の小型艦船にとっては大きな脅威であった。
ゾンファ共和国軍は伝統的に粒子加速砲を重視しており、ミサイルを軽視している。この思想は大型艦になるにつれ顕著となり、軽巡航艦にもミサイル発射管は備えられていなかった。これは補給が必要で保管場所をとるミサイルよりも、エネルギーさえあれば、何度でも使用可能な粒子加速砲の方が、ランニングコストが小さいという判断が働いたと言われている。
ゾンファの駆逐艦はアルビオン軍のV級とほぼ同じ性能だが、前述のようにミサイルに対する理解がないため、ファントムミサイルの劣化コピーであるユリンミサイルを搭載されているに過ぎない。
そして、暗いターマガント星系で戦闘が開始された。
最初は有利な位置にいるブラボー隊が攻撃を開始した。
ファルマスは主砲五テラワット中性子砲と二基のスペクターミサイルを、ゾンファ分艦隊右舷の花級駆逐艦チュマイ――なでしこ――に放った。
全く偶然だが、同じタイミングでゾンファ分艦隊が右舷側に急激に変針した。そのため、ファルマスの主砲は空しく宙を斬り裂いていった。
その時、ブラボー隊の各艦のCICで落胆の声が漏れる。だが、すぐに歓喜の声に変わっていった。
主砲と同時に発射された二基のスペクターミサイルにとっては、敵の機動が良い方向に作用したからだ。
高機動のミサイルは敵の機動に楽々と追従していく。迎撃する敵の対宙レーザーは自らの機動によって相対速度が上がり、微妙に照準がずれていた。
一基のミサイルは敵の直前、〇・〇一光秒の位置で撃破されたが、一基が生き残り、敵分艦隊の懐に入り込む。スペクターミサイルは最も近い駆逐艦チュマイに目標を変更し、〇・二Cのスピードで艦側面に命中した。
漆黒の宇宙空間に眩い白光の花が咲く。
そして、その光がゆっくりと消えていくと、そこには四散する駆逐艦の破片が漂っているだけだった。
八百m四百万トン級の巡航戦艦をも沈める大型ミサイルが、三百m四十万トン級の駆逐艦に命中したため、完全にオーバーキルとなった。このため、駆逐艦チュマイはミサイルの命中によって艦中央部が蒸発し、僅かに艦首と艦尾の一部が人工物の名残を残しているだけだった。まさに轟沈というに相応しい光景だった。
アルビオン軍の戦闘指揮所では、その光景に「敵駆逐艦轟沈!」と叫び声が上がっていた。
ゾンファ分艦隊は右舷に針路を変更しつつ反撃を開始した。
旗艦である軽巡ティアンオは主砲をファルマスに向け、副砲を二隻の駆逐艦に向ける。
主砲である七・五テラワット級荷電粒子加速砲と、二門の一テラワット級荷電粒子加速砲――艦尾迎撃砲が一門あるため、前方には二門しか使えない――が同時に火を噴く。
光速近くまで加速された重イオン粒子が白い光跡を残しながら、宇宙空間を切り裂く。
重イオンの槍は軽巡ファルマスを掠め、防御スクリーンのエネルギー場と激しく反応しながら消滅していった。その衝撃でファルマスは大きく揺さぶられる。
一方、副砲は駆逐艦ヴィラーゴ32に命中し、防御スクリーンを一時的に弱体化させた。
ヴィラーゴは更に虫級のジャツオン――カブトムシ――とツアン――セミ――の二隻から攻撃を受けていた。
弱った防御スクリーンに、ツアンの放った一基のユリンミサイルが接近していく。
ヴィラーゴは対宙レーザーで必死に迎撃を行うが、ティアンオの攻撃の直後であったため、迎撃が僅かに遅れた。幸い直撃は免れたが、ミサイルは艦の至近で爆発し、ヴィラーゴは白光に包まれながら、艦体を大きく揺らしていた。
白光が収まったあと、友軍が見たヴィラーゴの姿は、左舷の装甲が溶け落ち、大きく抉られていた。そして、彼女は主砲と左舷ミサイル発射管を失った。
サフォークのCICでもその様子が映し出されていた。
クリフォードがヴィラーゴの様子に言葉を失っていると、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が、敵が再度変針したことを叫ぶように報告してきた。
「敵分艦隊、再度変針。艦首をアルファ隊に向け、加速開始!」
クリフォードは「了解」と言いながら、敵の指揮官がミスをしたと考えていた。
(あのまま、ブラボー隊の横を抜けるべきだったな。あのままなら、アルファ隊の攻撃は精々二十秒だった。それが針路変えたことにより、我々の攻撃時間は百秒以上に増えた。ヴィラーゴの敵は討たせてもらう……)
「クロスビー、先頭の軽巡に全攻撃力を集中する。準備はいいな」
掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹は、「了解しました、中尉」と答えるが、「カロネードもですか?」と疑問を口にした。
「そうだ。この距離では命中は難しいだろうが、敵は重巡航艦の全力の攻撃を見て怯むはずだ。運がよければ、それで敵に隙が出来る」
〇二〇四
サフォークは敵分艦隊を射程内に捕らえた。
クリフォードは大きく手を挙げ、「攻撃開始!」と言って振り下ろした。
クロスビーの「了解しました、中尉。攻撃開始」という復唱がCIC内にこだまする。
その直後、主砲にエネルギーが送られる僅かな電力の揺らぎが起こり、メインスクリーンに十五テラワット分の陽電子が、星間物質と反応する真っ白な光の柱を映し出していた。
更に四基のファントムミサイルと、八基の百トン級カロネードから発射された金属弾が闇に消えていった。
十秒後、更にミサイルとカロネードが射出され、二隻の駆逐艦からも旗艦に合わせるように四基のファントムミサイルが発射された。
二度目の攻撃の直後、敵の反撃が襲いかかってきた。
サフォークの防御スクリーンに敵の二隻の軽巡の主砲が命中し、メインスクリーンがホワイトアウトしたかのように白く輝き、直後に艦が大きく揺れる。
クリフォードはその揺れに耐えながら、命令を下していた。
「サドラー、艦の損傷状況を確認してくれ」
クリフォードが機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹に命令した時、レイヴァース上等兵の歓喜に満ちた声がCIC内に響き渡った。
「主砲、敵軽巡に命中。艦首損傷! やったぞ!」
敵分艦隊の旗艦ティアンオに主砲が命中し、防御スクリーンが消失した。その直後、〇・五Cにまで加速したカロネードの金属弾が時間差をつけて命中し、艦首を破損させたようだ。
レイヴァースの喜びに満ちた声の後に、サドラー兵曹が落ち着いた声で報告を始める。
「艦に損傷なし。防御スクリーン一時的に三十パーセント能力低下、現在はフル出力に復帰済み。中尉、艦に問題はありません!」
サフォークの三十テラジュール級防御スクリーンは敵の攻撃に耐え、損傷は全く無かった。また、サフォークに攻撃が集中したことから、二隻の駆逐艦にも損傷は無かった。
クリフォードはそれに答えることなく、「主砲順次発射せよ!」と命ずる。
更に「ファントムミサイル、カロネードも順次発射してくれ」と付け加えていた。
「ティレット、ザンビジとウィザードに連絡。敵左舷側の駆逐艦を攻撃せよ」
その間にもブラボー隊が敵の後方から攻撃を加えていた。
ファルマスは敵のもう一隻の軽巡ヤンズ――ツバメ――に対し、主砲とスペクターミサイルを発射していた。
スペクターミサイルは二基とも迎撃されたが、主砲の五テラワット中性子砲が敵の右舷後方に命中する。荒れ狂う中性子の嵐が敵軽巡を舐め、多くの乗組員を殺しながら、艦後方にある通常空間航行機関に損傷を与えた。ヤンズはつんのめるように加速が止まり、見る見る分艦隊の後方に取り残されていく。
それを見たクリフォードは、ブラボー隊に敵軽巡に止めを刺すよう命じた
「ブラボー隊に連絡。落伍した軽巡に止めを刺せ。その後はアルファ隊と合流する針路に変針せよ」
(これで軽巡を沈められれば、かなり分が良くなる。できれば二隻とも沈めたいが、欲を出すとこちらの損害が増える。さて、どうしたものかな……)
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