クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

愛山雄町

第三話

宇宙暦SE四五一四年三月一日。
 HMS-D0805005カウンティ級サフォーク型五番艦サフォーク5は、キャメロット星系第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星プライウェンのドックに係留されていた。
 美しい流線型を描く艦体は、大規模補修を終え、漆黒に塗装され直している。宇宙そらにあれば優美なふねだが、狭い船渠ドックの中では重々しい威圧感を放っていた。

 新任戦術士官、クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉は艦を見上げながら、舷門ギャングウェイをくぐっていく。
 舷門当番兵の敬礼に対し、几帳面な答礼を返した後、着任の報告をするため、艦長室に向かった。

 艦長室には四十歳くらいの、ややきつい表情をした小柄な女性士官が彼を待っていた。

「クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉です。着任の報告を致します。艦長サー

 艦長のサロメ・モーガン艦長は彼を一瞥した後、しばらく口を開かなかった。
 そして、クリフォードが不審に思い、口を開こうとした時、おもむろに話し始めた。

ようこそ、本艦へウエルカムアボード。中尉。あなたの評判・・は聞いているわ……」

 そこで一旦言葉を切り、射抜くような目で言葉を続ける。

「私の指揮するふねでは今までの経歴は考慮されない。最速で中尉に上がったことなど、実力とは全く関係ない。ただ運が良かっただけだと肝に銘じておきなさい! あなたは士官としては半人前以下。提督の副官など士官としての経験とは私は認めない。私のいうことを理解したか?」

 ややヒステリー気味の高い声でそう言われ、彼は心の中で少しうんざりしながらも、「了解しました、艦長アイアイマム」ときれいな敬礼をして艦長室を後にした。

(艦長は確か三十八歳だったはず。将官級に上がった同期も多い中、四等級艦の艦長に留まっている。哨戒艦隊パトロールフリートの司令と言えば聞こえはいいけど、実際には提督の目に留まりにくい職位ポジションだからな。提督に眼を掛けられている僕は目障りなんだろう……これから艦長が昇進するか、僕が転属するまでこんな状況が続くんだろうな……)

 最悪の出だしにげんなりしながら、彼は士官室に向かった。
 士官室には黒髪を短く刈った長身の男性士官が彼を待っていた。

「ようこそ、中尉。副長のグリフィス・アリンガムだ」

 アリンガム副長は笑顔で右手を差し出してきた。

「クリフォード・コリングウッドです。よろしくお願いします」

 副長は「艦長に会ってがっくりきているって感じだな」と言って、彼の肩を軽く叩く。
 クリフォードはやや警戒しながら、「いえ、艦長から心構えを訓示されただけですから」と如才なく答えていく。

「警戒しているようだな。まあいい。それでは士官室の住人を紹介しよう」

 彼の直属の上司に当たる戦術士、オルセン少佐が紹介される。
 オルセン少佐と呼ばれた男性士官がソファから立ち上がると、思ったより小柄でクリフォードが見下ろす形となる。少佐は背を伸ばすかのように背筋を伸ばし、睨みつけるような目付きで彼を見ていた。

「ネヴィル・オルセンだ。君には期待している」

 ぶっきらぼうとも言える言い方でそれだけ言うと、すぐにソファに座ってしまった。
 クリフォードは嫌われているのかなと思ったが、すぐにアリンガム副長が明るい声で説明を始めた。

「ネヴィルはよく誤解されるが、決して君のことを嫌っているわけじゃない。ちょっと目付きが悪いだけなんだ」

 オルセン少佐はその言葉に「一言多いぞ、グリフィス」と言うが、特に怒っているわけでも無さそうだった。
 オルセン少佐とは対照的に大柄な女性士官が立ち上がる。彼女は美人というには顔の各パーツが大きすぎるが、愛嬌のある豪快な笑顔でクリフォードに右手を差し出す。

「航法長のジュディ・リーヴィスだ。あっ、今疑っただろう? このがさつな女が航法長かって?」

 クリフォードが「いいえ、少佐ノーサー」と答えると、豪快な笑い声を上げて、

「ははは! 冗談だよ、冗談。それに、ここは提督の乗る一等級艦じゃないんだ。士官室で“サー”はいらないよ」

 見た目の通り豪快な性格のようで、

(本当に航法長なのか? デンゼル大尉――ブルーベル34号の航法長――とは対照的だな)

 クリフォードが航法長に驚いている間に、黒人の女性士官が立ち上がっており、右手を差し出していた。リーヴィス航法長に負けない長身に加え、がっしりとした体格のため、宙兵隊の士官と言われても違和感の無い雰囲気を持っている。

「副戦術士のオードリー・ウィスラーだ。よろしく頼む」

(この人も豪快そうな人だな。宙兵隊でブラスターライフルを振り回している方が似合いそうな気が……これは失礼だな)


 その後、士官室にいる士官たちが紹介されていく。
 そして、クリフォードが来る前の最年少士官、ハリソン・エメット少尉が彼の前に立つ。
 エメット少尉は彼を挑発的な目で見つめ、

「情報士官のハリソン・エメット少尉。よろしく、中尉殿」

 彼は現在二十三歳で、一年半前、二十一歳で少尉に任官し、中尉への昇進を待っている。
 そこに二十歳のクリフォードが中尉として乗り込んできたため、彼を嫉視していた。
 能力的にも平凡で昇進速度としてはおかしくは無いのだが、目の前に英雄として報道され、最速で中尉に昇進したクリフォードがいるという事実が気に入らないのだ。
 クリフォードはエメット少尉の考えていることが、何となく分かっていた。

(この年齢で三歳も年下の上官が配属されれば面白くないだろうな。そう言えば、サム――サミュエル・ラングフォード少尉。クリフォードの親友――もこの哨戒艦隊にいるんだな。彼は僕の昇進をどう思っているんだろう)

 サミュエルは同じ第五艦隊第二十一哨戒艦隊の五等級艦タウン級ファルマス型十三番艦ファルマス13に情報士官として乗り組んでいる。
 ファルマス13はサフォーク5が修理中だったため、第二十一哨戒艦隊の臨時旗艦としてキャメロット星系内を哨戒パトロールしていた。
 このため、クリフォードはサミュエルに転属したことと昇進したことだけをメールで連絡しただけで、直接話してはいなかった。

(サムも面白くないんだろうな。彼の方がよっぽど士官らしいのに……)

 サフォーク5には士官候補生が三名乗り組んでいるが、一人は一期先輩、すなわちサミュエルの同期であり、あと二人はクリフォードの同期だった。同期といっても直接面識があるわけではなく、名前すら知らなかった。

(軍にいる限り、こういうことは起きるんだけど、九ヶ月間、ふねから離れていたのが痛いな。経験は圧倒的に僕よりあるんだから……)

 彼は旗艦の乗り組み扱いだったが、実際には提督の副官として地上勤務に近い状態だった。本来なら艦の運用などを学ぶ期間――士官候補生から少尉の間――に地上勤務をしていたため、経験的にはかなり不足している。彼はそのことを気にしていた。

 士官たちとの顔合わせも終わり、副長から彼のシフトが伝えられる。

「星系内通常航行中は三交替となる。君は航法長マスターのシフトの戦術担当となる……」

 アルビオン宙軍では、戦闘配置につかない限り、四時間毎の交替制を敷いている。三班が四時間毎に交替していくシフトで、四等級艦の当直シフトは、副長、航法長、戦術士が責任者となり班を構成する。各班の構成は、副長の下に副戦術士、副情報士、航法士官が、航法長の下に情報士、戦術士官、戦術士の下に副航法長、情報士官がつき、戦闘指揮所CICで艦の運行を管理する。
 艦長は基本的にはシフトに入らず、適宜CICに足を運び艦の状態を確認することになっている。
 戦闘配置につくと様相が全く変わる。艦長がCICで全体の指揮を執り、航法長、戦術士、情報士がCICで各セクションの指揮を執る。副長は緊急対策所ERCで副航法長、副戦術士、副情報士と共にバックアップを行う。クリフォードのような下級士官は通常、CICで直属の上官を補佐することになる。
 クリフォードは情報士のキンケイド少佐と共にリーヴィス航法長のシフトの当直士官となり、そのシフト中は彼が戦術担当の責任者となる。

 二日後の三月三日、サフォーク5は大規模補修後の試験航宙に出るため、大型兵站衛星プライウェンを出港した。


■■■

 クリフォードが着任する一ヶ月ほど前。
 キャメロット星系第四惑星ガウェインにあるホテルで、サロメ・モーガン艦長は彼女の恋人・・・・・であるスーザン・キンケイド少佐と閨を共にしていた。
 事を終えたモーガン艦長は裸身のまま、スコッチの瓶を取り出し、グラスに注ぐ。ストレートのスコッチをあおるように飲み干すと、ぐったりとベッドに横たわるキンケイド少佐に優しく話しかけた。

「そろそろ終わりにしましょう。私たちの関係を」

 キンケイド少佐はその言葉にビクリと体を強張らせ、「なぜですか? 私はあなたなしには……」と問いかけようとした。
 モーガン艦長は彼女の言葉を遮り、

「先日、提督から話があったのよ。私の身辺をきれいにしておけと。つまり、近々昇進する可能性があるということなの。待ちに待った将官への扉が……」

「だから捨てるのですか! だから私を捨てるというの!」

 ヒステリー気味に叫びながら、キンケイド少佐はモーガン艦長に縋りつく。

「もっとうまく隠します。ですから……ですから、私を愛してください……」

 胸に縋り付くキンケイド少佐には見えていないが、モーガン艦長の顔は辟易とした表情に変わっていた。

(ここまで面倒な女とは思わなかったわ。ただの遊びのつもりだったのに……このは駄目ね。ブルース――ブルース・リード中尉、サフォーク5の航法士官――に声を掛けるだけでも嫉妬するし……ああ、本当に面倒なに引っ掛かったわ……)

 モーガン艦長は猫なで声で、キンケイド少佐をなだめ始める。

「分かって欲しいの。嫌いになったわけじゃないのよ。私たちのキャリアに傷が付くから……少しだけ距離を取りましょ。私が准将になれば、そう准将になれば、また元に戻れるから……」

 キンケイド少佐はその言葉を疑い、

「元に戻る気なんてない。私に飽きただけ……」

 キンケイド少佐は力なくベッドに倒れ込む。モーガン艦長は彼女を一瞥すると、シャワーを浴びにバスルームに入っていった。
 少佐は絶望に囚われ、何も考えられなくなっていた。

 二日後、キンケイド少佐はホテルのバーで、マティーニをあおるように飲んでいた。
 ブツブツと何か呟きながら、五杯目を飲み干したところで、モンゴロイド系の商社マンらしい男が話しかける。
 彼は「荒れていらっしゃいますね」と言いながら、隣の席に座る。彼からはオーデコロンなのか、仄かにムスクのような香りが漂っていた。
 胡散臭そうに眺める少佐だったが、その男はその視線を無視して一人で話し始めていた。

「何があったかは存じませんが、私のようなものでも話を聞くことくらいはできますよ。ああ、申し遅れました、私はヤシマのジロー・スズキという者です」

 彼は大手の商社の名が入った名刺を彼女に渡す。

「マティーニがよろしいですか? それとも別なものを?」

 キンケイド少佐はマティーニを頼み、ジロー・スズキと名乗る男に愚痴を零し始めた。

「恋人とちょっと揉めているの。別れ話を切り出されたって感じね……」

 自嘲気味だが冷静な口調で話し始める。だが、すぐに感情が高ぶり、次第に興奮していった。

「最初は向こうから誘ったのよ。それなのに……私はあの人なしには生きていけない。あの人を殺して私も……」

 その後、キンケイド少佐はスズキに愚痴を聞いてもらうため、何度か一緒に飲むようになった。男性に興味のない彼女には、無害そうな笑顔を見せる四十代の男は格好の話し相手だった。
 相手も肉体関係を望むような素振りは一切見せず、時折相槌を打つ程度でほとんど彼女が話していた。だが、回数を重ねるごとにスズキの言葉に引き込まれるようになっていく。

「スーザンさんはその相手と添い遂げたいのですね。私の国の古い言葉に“心中”というものがございます。生まれ変わっても一緒にいることを誓って、一緒に死ぬことをそう呼ぶのです。あなたの覚悟はそれに近い気がしますね……」

 更に話をしていくと、

「その人を誰にも奪われないためには、あなたが先に奪うしかない。そして、あなたのことを心に刻ませるのです。そう、あなた自身がその方を奪い、あなたがその後を追う。そうすれば……」

 酒の影響なのか、彼女の判断力はかなり低下していた。そして、彼の話にのめり込んでいく。

「そうすれば? そうすればどうなるの?」

「あなたとその人は死によって永遠に結ばれるのです。そう、これは永遠の愛の形なのです」

「永遠の愛の形……」

 キンケイド少佐の心に暗い影が落ちていく。

「もし、良い方法をお知りになりたいなら、私が教えて差し上げることもできます。ですが、それには相応の覚悟がいります。あなたにその覚悟、その方に対する無償の想いというものがあるのでしょうか?」

 彼女はその言葉を聞き、黙り込む。
 スズキは小さく首を振りながら、追い討ちを掛けるように言葉を続けていく。

「今の言葉はお忘れ下さい。私如きがあなたのような方に教えることなどございません。それでは」

 彼女は「待って! もう少し話を聞かせていただけないかしら。もう少し……」と切羽詰った表情で、立ち上がろうとしたスズキの腕を掴む。
 彼は座りなおし、話を続けていった。
 そして、徐々に彼女の目から理性が消えていき、狂気の色に変わっていった。
 スズキはその様子を満足そうに眺め、

(うまく行きつつある。香水に含まれた極微量の薬物と催眠のスキルでここまで効くとはな。もう少し追い詰めれば……)

 二月二十五日。
 ホテルのバーで静かに飲んでいるキンケイド少佐を見つけたスズキは、彼女に記憶媒体とペンケースほどの小さな金属の箱を手渡す。

「使い方は以前説明した通りです。これであなたは“恋人”を永遠・・に自分のものに出来ます。ですが、タイミングを間違えないで下さい。打合せの通りに……」

 やや虚ろな目をしたキンケイド少佐は彼に黙って頷き、それらをバッグに入れる。
 スズキは彼女の姿に満足すると、そのままバーを後にした。

(作戦決行は五月十五日。あの色狂いの女の情報が正しければだが、少なくとも仕事に関しては十分な能力を持っている……ようやく故郷に戻れるな。俺が戻った頃には勝利の報が入っているはずだ……)

 そして、スズキと名乗るヤシマの商社マンは二度とそのバーに姿を現さなかった。

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