シャッフルワールド!!

夙多史

四章 柩の魔王(4)

 襲い来る骸骨兵を薙ぎ倒しながら、俺たちは次空艦の中央最上階を目指して走った。
 骸骨兵は雑魚だが、一体一体が意思を持って行動している。異獣を相手にするより厄介だ。しかもやたらと数が多い。
 倒しても倒しても切りがないもんだから……いつの間にか囲まれちまったな。
「零児、みんな、掴まって! 一気に突き抜けるわ!」
 背中合わせになる俺たちに悠里が提案する。悠里の光速移動で天井を突き破って上層を目指すってことか。
「そうだな。なにもご丁寧に順路を辿らなくてもいいわけだ」
 セレスとレランジェも頷く。俺たちは悠里を中心に手を繋ぎ、四人全員が淡い輝きに包まれた。
 取り囲んでいた骸骨兵が慌てたように一斉に躍りかかってくる。だが遅い。骸骨兵の剣が届く前に、俺たちは光の球体となって亜光速で飛び上がった。
 俺たち自身の体で天井を砕く形だが、光速移動時の防御壁のおかげで潰れちまうようなことにはならない。猪突しかできないのは難点だけど、こういう時には便利だな。
 いくつかの階層をショートカットして辿り着いた場所は、天井がやけに高いだだっ広い部屋だった。
 ネクロスのいる最上階かと思ったが、違うな。部屋の端に上に向かう階段が見える。感覚的には最上階から一~二階ほど下ってところか。
「もう一回行くわよ」
 悠里の号令で何度目かの跳躍。光速移動にも段々慣れてきたな。

 ガッ!!

 今度の天井、破れないんだけど……。
 頑丈なのか分厚いのか、亜光速でタックルをかましても天井はビクともせず、俺たちは虚しく落下する。
 着地すると、悠里が面倒そうに小さく溜息を吐いた。
「ここからは階段を使うしかないみたいね……」
「だな」
 たぶん、最上階まではもう少しだ。雑兵の大半は下層で右往左往しているだろうから、ここから先はそんなに邪魔は入らな――
「構えろ零児、敵だ」
 セレスが鋭く告げる。ですよねー。ボス部屋の前ですもんねー。
 部屋の壁に立てかけられるようにしてあった巨大な棺桶が――ギギギギィ。古戸と開けるような音を立てて開いた。
 その中から現れたのは、見上げるほどでかい熊のような異獣に跨った赤肌の巨人だった。
 グラウンドでグレアムが仕留めた巨人より一回りは大きいか。頭には獅子のような鬣を生やし、鋭く冷たい、そして明確な意思を宿した青い瞳が俺たちを見下ろしている。
「中ボスってところかな」
 頑丈そうな鎧を纏い、鎖のついた棘鉄球を振り回す巨人は――
 かなり、強いぞ。
「我はネクロス軍『五霊柩』が一人、ブファス」
 落ち着いた重低音が降りかかる。声だけで潰れてしまいそうな圧力だ。
「ごれいきゅう? 四天王みたいなもんか?」
「たぶん最高幹部の一人ね。あのバフォメットって言った羊頭と同格だと思うわ」
 悠里が短剣を抜いて構える。
「同格ではない。バフォメット様は我ら五霊柩の長である。生憎と残り三人は前の世界の侵略を任されて不在だが、貴様らごとき我一人で充分であろう」
「死亡フラグ安定です」
 レランジェが相手の都合を無視して右腕の魔導電磁放射砲をぶっ放した。青白い電光線が空気を焼いて迸り、獅子顔の巨人へと直撃する。
 ……ダメだな。
 獅子顔の巨人――ブファスは倒れるどころか痙攣すら起こさなかった。
「痒いわ!」
 鎖付き棘鉄球がぶん回される。俺たちは散開して降りかかる一撃を回避したが――
「うわっ」
 棘鉄球が床を陥没させたことによる衝撃波が部屋全体に吹き荒れた。あいつにとっちゃ軽い一発なんだろうが、これ、直撃しなくても俺らは相当危険だぞ!
「はぁああああああああッ!!」
 セレスが気合いと共に輝く聖剣で斬りかかる。だがそれは籠手で防がれ、そのまま羽虫のように振り払われてしまった。
「セレス!」
「……問題ないッ」
 壁に叩きつけられたセレスが立ち上がるのを見てほっとし、俺も日本刀を構えて突撃する。すると奴が跨っている巨大熊の異獣が雄叫びを上げた。
 ビリビリと空気が振動し足を止めてしまう。
 異獣の目が怪しく輝く。やばい! なんか来るぞ!
「地獄の業火で焼き尽くされるがよい!」
 異獣の口が開き、灼熱の火炎が部屋全体を炙るように放射された。一瞬で焼却炉みたいになったが、俺たちが燃やされることはなかった。
「みんな大丈夫?」
 悠里が光速で全員を拾って飛び上がったおかげだ。助かった。
 窓の桟の部分に着地する。巨人用の部屋っぽいから窓もかなり広い。なんか俺たちが縮んでしまったみたいで居心地は最悪だな。
 幸い敵は光速で移動した俺たちを見失ってるっぽいぞ。今の内に作戦会議だ。
「どうする? あいつ相当強いぞ? 正直、こんな刀で斬った程度じゃ爪楊枝で刺したくらいにしかならんだろ」
「もう一度レランジェが魔導電磁放射砲を撃ちます。出力アップ。変形安定です」
「〝竜王〟を倒した時のアレか?」
 確かにアレなら倒せるかもしれないが……。 
「レランジェさん、それってどのくらいかかる?」
 悠里の言う通り、時間がかかりそうなんだよな。一刻も早くネクロスの野郎をぶっ倒さないといけないってのに、そう何分も待ってられないぞ。
「変形は一瞬安定ですが、あの敵を確実に葬るほどのチャージが不安定です。五分はかかると推測されます」
「五分……私たちで時間を稼げるだろうか?」
 セレスが不安そうに眉を顰める。今だって開戦早々に焼却されそうになっちまったからな。冗談抜きで一分でもきつい。
 なのに――
「必要ないわ」
 悠里は言った。
「あの程度の魔族なら、アタシ一人で滅せるから」
 勝算があるとか、自信があるとか、そういった口調ではなかった。人間が蚊を叩けば殺せるように、当たり前のことを話しているような感じだった。
「できるのか?」
「アタシは勇者よ? あんなのに勝てなかったら魔王になんて絶対勝てないわよ」
 確かに部下にも勝てないようじゃトップの首は取れない、か。
「そこか!」
 ついに見つかった。
 ブファスは棘鉄球を頭上でグルグルと振り回し始める。それだけで暴風が生じてなにかに掴まっていないと吹き飛ばされそうだった。
「いい? みんなはここを動かないで!」
 悠里が飛び出そうとした、次の瞬間だった。

 ブファスの振り回していた棘鉄球が手からすっぽ抜け、
 高く打ち上がってから天井で跳ね返り、
 落下して持ち主を頭からごしゃりと押し潰した。

 断末魔こそなかったが、棘鉄球に潰されてなんの反応も見せなくなるブファス。竦み上がりそうだった強大な魔力も一切感じられなくなった。
「……」
「……」
「……」
「……」
 俺は、いや、俺たちは今目の前で起こった現象を理解できずに呆然としていた。
「……じ、自滅?」
 ようやく頭が現実に追いついて声を出せた。
 いいのかこれ?
 ラッキーなのに不完全燃焼感が凄い。今から試合だと意気込んでいたのに相手が直前で棄権したようなやり場のなさ。なんなのこれ?
 まあ、いいか。
 俺たちは窓の桟から飛び降りる。それでもブファスに反応はない。マジで自滅しやがったっぽい。笑っていいかな? それとも憐れめばいいかな?
「マスターの下へ急ぐ安定です」
 そんな敵にはもう関心などないレランジェが先に駆け出した。
「待てよ、一人で――」

 言いかけた時、背後からドゴォオオオン!! となにかが崩れるような轟音が響き渡った。
 やっぱりブファスが生きていたのかと思ったが、振り返った先では――
「えっ?」
 ブファスの自滅の衝撃に堪えられなかったのか、部屋の床の大部分が崩壊を始めていた。

 悠里を巻き込んで。

「悠里!?」
 手を伸ばすが届かない。
 足場を失った悠里は次空艦の深淵へと落ちていく。

「アタシは大丈夫! こんなんで死ぬほどヤワじゃないわ! すぐ追いつくから先に進んで!」

 次第に小さくなっていく叫び声。悠里の姿が闇の底へと消え、完全に見えなくなる。
 俺は――
「先へ行こう」
「いいのか零児、悠里殿を助けなくて!?」
「悠里が自分で言ってたろ。すぐ追いつくって。言葉通り光速で戻ってくるさ」
 異世界に飛ばされても生きていた悠里だ。このくらいで心配してたら怒られちまうよ。実際に光速移動すれば衝撃は回避できるんだ。なんの問題もない。
 悠里よりも、一人で先に進んだレランジェを心配すべきだな。
「急ごう」
「あ、ああ」
 セレスはまだ納得いかないようだったが、とりあえず俺と悠里を信じることにしたようだ。

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