シャッフルワールド!!

夙多史

一章 人間の心、魔王の力(5)

「これより第八十五回レランジェ君の新機能議論会議を始める」
「班長! やはり前回頓挫したOPM計画の再検討がよろしいかと思います!」
「待て、確かに三角胸部型噴射推進式誘導弾はロマンだが、たった二発しかない総弾数問題と本体リソースを大幅に消費してしまう問題がまだ解決していないぞ!」
「実装は可能だろう。しかし実用化が怪しい段階で監査官に使用させるわけにもいくまい!」
「そんなことはわかっている! だからこそ夜も寝ずに研究し問題点の改善をこの論文にまとめたのだ!」
「……なるほど、これならば理論上は可能だ」
「試してみる価値はありますね」
「だが、この方法だと制作コストが従来の五倍はかかってしまうぞ?」
「いや、構わん。これで進めよう。全責任は私が取る」
「「「班長!」」」
「理想のおっぱいミサイルのために!」
「「「おっぱいミサイルのために!」」」

 なにか聞こえたか?
 俺? 俺はなにも聞こえなかったよ。研究棟のロビーで声高々と恥かしい言葉を連ねている変態どもの会議なんて聞こえません。
「あー、ようやく来たか、白峰零児」
 聞こえたくないから耳でも塞ごうかなと思っていると、ロビーの受付前に立っていた少女が俺に気づいてだるそうな声で話しかけてきた。
 床に引きずるほど丈の長い薄汚れた研究衣。フェミニンストレートに伸ばした金髪は寝起きのごとくぼさぼさ。目の下にはくっきりと隈を拵えた一目で不健康とわかる少女こそ、誘波に言伝を頼んで俺をこの変態の巣窟に呼びやがった異界技術研究開発部第三班班長――アーティ・E・ラザフォードだ。
「なあ、あいつら八十五回もなにやってんの?」
「あー、なにか聞こえたのか?」
「なにも聞こえませんでした」
「あー、なら気にするな」
 興味なさげにアーティは棒つきキャンディーを口に咥えた。身なりさえちゃんと整えればけっこうな美少女なんだが、この研究バカにその気はさらっさらない。ホント残念としか言えん。
 アーティは少し首を巡らし、誰かを探すように俺の背後を窺う。
「あー、お前一人か?」
「悠里たちなら先に帰ったよ。なんか女子だけで修学旅行に必要な買い物するんだと」
「異世界人二人と記憶喪失者だけでか? あー、大丈夫か?」
「いや、同じ行き先の他の班と一緒だな。郷野とか」
「あー、あの白衣のデカ女か……思い出すと腹立たしくなってきた」
 そういや、アーティは一度郷野に付き纏われたことがあったな。白衣がアイデンティティでどうのこうのとかくっだらない理由で。
「まずかったか?」
「あー、寧ろ好都合だ。まだお前以外には見せない方がよさそうだからな」
「は?」
 悠里たちには見せない方がいいもの? 俺、なんかすごい嫌な予感がしてきたんですけど。
「なにを渡す気だ?」
「あー、そう警戒するな。すぐにわかる。ついて来い」
 そう言うとアーティは白衣を翻して歩き始めた。ロビーを横切って研究棟の奥に行くみたいだ。俺も慌てて後を追う。
「どこに行くんだ?」
「地下の実験場だ。あー、これから軽く起動テストを行う」
「起動テスト? なんの?」
「あー、質問ばかりだな。すぐにわかると言っている。これだから凡人は――」

 ビターン!

「あっ」
 イライラした様子で喋っていたアーティの白衣を思いっ切り踏んでしまったどうも俺です。それにしてもバンザイの体勢で顔面からとか芸術的に転んだなぁ。
「……あー、わざとか貴様?」
「いや、だってずるずるしてるから……すまん」
 鼻の頭を赤くして涙目で俺を睨むアーティ。とりあえず改造されたくないから謝ったけども、そんな白衣着てる方が悪いと俺思うんだよね。
 そのまま不機嫌オーラを放ち始めたアーティから一歩どころか十歩ほど離れた位置を歩き、奥にあったエレベーターに乗って地下へと降りていく。
 地下十階でエレベーターを降りると、そこは広いだけでなにもない簡素な部屋だった。壁・床・天井は灰色一色だが、コンクリートじゃないな。素材はよくわからんが、実験場と言っていたからには防御の魔術でもかけられているんだろう。
 合宿所の地下と似ている。まあ、向こうの方がもうちょっと広かった気がするな。
「あー、これがお前に渡しておくものだ」
 アーティは白衣のポケットからなにかを取り出して俺に手渡した。それはミラーボールのような銀色をしたピンポン玉サイズの球体だった。
「これ、〈現の幻想〉か?」
「あー、正確には〈幻想人形兵イルシオン〉だ。とある存在のデータがインプットされている」
 質量ある幻を生み出す〈現の幻想〉。それを応用して作られた『自立して行動できる幻』が〈幻想人形兵〉だ。監査官の人員不足を補うために研究されており、既に一定の成果を挙げている。データさえあれば誰かのコピーなんかも生み出せるわけで、夏休みの強化合宿ではそれを使って過去の俺にフルボッコにされました。
「あー、それを無事に起動させることができれば相当な戦力になるはずだ」
「まさか誘波のデータでも入ってんの?」
 だとすれば確かにとんでもない戦力になるな。
「あー、それは現在の技術では不可能だと前に教えたはずだぞ。いや、不可能レベルで言うなら同格以上なのだが、幸いにも〈幻想人形兵〉に落とし込める条件が揃っていた」
 棒つきキャンディーを口の中でコロコロさせつつ、アーティはどこか自信ありげに平坦な胸の前で腕を組んだ。
「えっと……?」
「あー、まずは起動させてみろ」
「どうやるんだ?」
「魔力を込めろ。あー、一気にやると壊れるからゆっくりだぞ? 緑色のランプが点灯すれば充電完了だ。あー、完了したらそのランプの横にある小さいスイッチを押せ。すると三秒後に起動するから、その間に床に置いて少し離れろ。投げても構わん」
「お、おう。魔力だな」
 俺は早口で説明されるがままに銀ピカボールへと魔力を流す。〝人〟相手に魔力譲渡はできない俺だが、〈魔武具生成〉の感覚でやれば物に魔力を流すくらいはできる。〈現の幻想〉を起動するの実は初めてだからちょっとドキドキします。
 それから数分。まだランプはつかない。
 十分経過。まだつかない。
 十五分。まだ。
 三十分。
「疲れるわ!?」
 なんかノートパソコンを開いてカタカタしていたアーティに抗議する。壊れてんじゃねえの? と思ったらピコンと緑色の光が灯った。
「……時間かかるなら先に言ってくれよ。えっと、完了したらこのスイッチを押して、床に置いて離れて……なあ、起動テストするだけなら俺いらなくね?」
 わざわざ俺が魔力を込める必要もないよな? 最初から込められた物を用意してほしかった。
「あー、それはお前でないと起動できんのだ。いや、リーゼロッテ・ヴァレファールでも可能ではあるが、あの小娘には上手く扱えまい。あー、なぜなら――」
 アーティはノーパソを閉じると、床に置かれた〈現の幻想〉へと目を向けた。

「それを具現させるには、

 瞬間、〈現の幻想〉から眩い光が放出される。その光の中に人型のシルエットが出現し、平面的だったものが次第に立体的に肉づき始める。
 そして――

「そういうことらしい。まったく、この僕が人間の使役魔に堕ちるなんてね」

 光が収まる前に、シルエットが言葉を発した。
「――この声はッ!?」
 聞き覚えがある。
 俺が今まで戦って来た中でも、最強最悪の敵。
 絶対的な『悪』の権化にして、万斛の破壊を撒き散らす世界の脅威。
「やあ、久しぶりだね。それともこの僕としては初めましてと言うべきかな? ――白峰零児」
「『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン……ッ!?」
 光が収まると、そこにはサンドブロンドの髪をしたディーラーのような服装をした少年が立っていた。
 間違いなく、俺が先日倒した魔王の姿だ。
「アーティ、これはどういうことだ!?」
「あー、うるさい怒鳴るな。混乱して忘れたか? そいつはあくまで〈幻想人形兵〉だ。魔王であって、魔王ではない」
「そうじゃねえよ!? どうしてネクロスが〈幻想人形兵〉になってんのかって訊いてんだ!?」
 姿形だけならまだしも、人格まで再現している。それがどれほど危険なのか、わからないアーティじゃないはずだ。徹夜続きで気でも狂ったのか?
「……ふぅん、だいたいわかった」
 と、自分の体を検めていたネクロスが納得したように薄っすらと笑みを浮かべてアーティを見る。
「君、僕の次空艦――〈セメンテリオン〉の技術を盗んだな? この僕の人格も艦にこびりついた残留思念を抽出したのだろう?」
「あー、そこの凡人と違って頭は回るようだ」
「おい」
「あー、あの次空艦は『柩の魔王』のデータを収集するにはこれ以上ない代物だった」
「アハハ! 当然だよ。僕自身が作ったのだからさ。予備の肉体も保管してあったはずだしね」
 なんか通じ合ってるぞ。なんで〈幻想人形兵〉に次空艦が関係してるんだ? 俺にはさっぱり意味がわからん。
 眉を顰めていると、アーティは棒つきキャンディーを口から抜いて俺に突きつけた。
「あー、説明が欲しいか? 欲しいのだな? よし、なら教えてやろう。完璧な〈幻想人形兵〉を作成するために必要な要素は三つある。一つは肉体データ。一つは人格データ。この二つは次空艦を解析したおかげクリアした。あー、そして最後の一つが最も重要な――具現に必要なエネルギーの問題だ。誘波やグレアムを幻想化できない最大の理由がそこになる。だが、『柩の魔王』に限って言えば次空艦の技術を転用すれば魔王の魔力を充填することで解決できると判明したのだ! 魔王の技術は大したものだ! 暴力的な魔王の魔力を最大限の効率で有効活用できるシステムは他にも広く応用できるだろう! あー、これは革命的な技術の進歩だぞ! 今はまだ『柩の魔王』専用だが、ゆくゆくは他の強大な存在でも扱えるようになる可能性は非常に高い。あー、そうなれば監査官の人員不足問題も質という点で大きく改善され――」
「待て待て待てストップ!? 一人で盛り上がってるとこ悪いけど講義は他の研究仲間とやってくれ!?」
 俺には説明されてもちんぷんかんぷんなんだよ。とりあえず、なんやかんやあってネクロスを〈幻想人形兵〉にできたってことで納得しておきます。
 問題は、危険がないのかって点なんだが――
「別に、彼女には好きに喋らせておけばいいさ。その間に僕たちは別のテストをしよう」
「なに?」
 熱が入ったのか講義をやめないアーティを横目に、ネクロスは背筋が凍るほどの酷薄さで嗤った。

「――殺し合いだよ、白峰零児」

「なっ!?」
 ネクロスの翳した掌に凄まじい魔力が収斂する。巨大な魔法陣が展開され、その中心から砂色の魔力光が射出された。
 中規模程度の山なら簡単に消し飛ぶ威力の魔力砲。
 それが発射される前に、俺は瞬時に魔力を高めて生成した刀剣の奔流をぶつける。俺流の魔力砲で、魔剣砲と呼ぶことにしている技だ。
 シンプルな攻撃用の魔力同士が激突し、爆風を伴って相殺した。講義に夢中になっていたアーティが紙屑のように転がっていく。
「や、やりやがったなてめえ!?」
 日本刀を生成して構える。
「――来い、〈冥王の大戦斧デス・ファラブノス〉」
 すると、ネクロスも死の瘴気を纏う巨大な斧を出現させて斬りかかってきた。日本刀で受け止めるがすぐに弾く。あの斧が纏う瘴気に触れればタダでは済まない。
 ネクロスは大戦斧で床を砕いた。舞い上がった瓦礫が砲弾となって俺を襲う。宙空に楯を生成してやり過ごし――背後から襲撃してきたネクロスの一撃を屈んでかわして日本刀で斬りつけた。
 鮮血が散る。だが、ただ斬った程度じゃ不死者である奴は倒れない。傷口は一瞬で修復され、ニタァと凶悪な笑みが俺を見据える。
 次が来る。
 そう警戒する俺だったが、ネクロスはなぜか大戦斧を虚空に消してアーティの方を向いた。
「なるほどね。……君、今のを見ていたかい? 僕の記憶データにある戦闘力に比べると三割減ってところだ」
「あー、やはり百パーセントは難しいか」
 アーティは打ったらしい腰の辺りを手で擦りながらネクロスに歩み寄った。それからノーパソを再び開いてなにかを入力していく。
「え? は? ん?」
 危険だ離れろ! と叫ぶことも忘れて俺は呆然としていた。ネクロスもノーパソの画面を覗き込んで「あ、そこの筋力値はもう少し低いよ」とか指示しているぞ。
「えっと、どういうこと? やけに協力的に見えるような……?」
 わけもわからず訊ねると、アーティは呆れたような真っ白い視線を俺に向けた。
「あー、当然だろう。魔王の人格をそのまま投影するわけにもいくまい。監査局の都合のいいように改良している。それに使っている魔力はお前のものだからな。魔王因子も存在していないはずだ」
「……」
 つまり、徹頭徹尾これはただの実験だったってわけ?
 魔王復活しちゃったやべー!? とかそんなことはなく?
 そこにいるネクロスは監査局に協力するいい子ちゃんな人格ってこと? 言動とか表情とか現物そのままだったんですけど?
 放心する。なんかもう考えるのが面倒臭い。
 と、ネクロスの体が古いテレビの映像みたいにブレ始めた。
「おや? どうやら時間切れみたいだ。じゃあね、白峰零児。また会おう」
 少年らしい笑顔で言い残すと、ネクロスの姿は空気に溶けるように消え、代わりに銀色のボールが虚しく転がっていた。
「あー、三分程度か。〈現の幻想〉の魔力容量は最大に設定していたが……通常の〈幻想人形兵〉の十分の一以下とはな。やはり魔王という存在を具象させると燃費が悪すぎる。今後の改良案件だな」
 発動時間も記録したアーティはやや不満げにノーパソを閉じた。ネクロスが消えたことで俺もようやく現状に頭が追いついてきたぞ。確かにこれは、悠里たちには見せられないな。俺でさえ本気で世界の防衛戦を覚悟したくらいだ。
「ハハ、まさか倒したはずのネクロスとこんな形で再会するとはな」
 転がっている〈現の幻想〉を拾う。
「アーティ、これもう一回充電すれば使えるのか?」
「あー、〈現の幻想〉本体が壊れない限り使える。だが、一度使用した後は最低でも十分は休ませろ。魔力を込めるだけでもオーバーヒートするぞ。あー、これも改良案件か」
「これ一つだけか? 前みたいに何個か予備があったりは?」
「あー、改良案件だ」
 ないのね。
 次空艦の技術も使ってるって言ってたから、パーツとかが余ってないのかもしれん。
「あー、まだ欠点は多いが、ひとまず戦闘ができる段階までは立証できた。それを修学旅行に持って行け。もしもの時の戦力になるだろう」
「いいのか? それはなんというか、すごい助かる」
 本物より劣化しているようだが、それでもあの『柩の魔王』だ。これから『王国』と一戦やらかすかもしれないってことを考えればかなり頼りになるぞ。
「あー、できれば、それを使うような状況にはならない方がいいのだがな」
 最後に呟かれたアーティの言葉には、俺も全力で同意だった。

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