シャッフルワールド!!

夙多史

一章 滅んだ世界の魔帝様(2)

 よせばいいのに俺は怪しさ満点の城へと歩を進めた。だって城だぜ。〝人〟がいるかもしれないじゃないか。少なくとも森の中で野宿するよりはマシだ。
 城門はご丁寧に観音開きだったので難なく侵入することができた。不用心すぎやしないかという疑問はこの際横に置いておく。
 それにしてもでかい城だな。中世ヨーロッパ風とでも言うべきか、ノイシュヴァンシュタイン城みたいなその辺のゲームに出てきてもおかしくない造形だ。吸血鬼でも住んでいそうな寂れた雰囲気がたまらない。……ホントに〝人〟はいるのかね?
 建物は古いけど整備は行き届いているっぽいから大丈夫だろう、そう考えて俺が一歩踏み出した時だった。
「――ッ!?」
 異様に高まる魔力を感じ取る。俺はすぐさまその場から飛び退いた。
 刹那、さっきまで立っていた地面から黒い炎が間欠泉のように噴き上がった。圧倒的な熱量。直撃していたら火傷するとかそんなレベルじゃない。そこにいたという痕跡すら消し去ってしまいそうだ。
 異獣という可能性はない。あの天高く立ち昇る黒炎には意思を感じる。つまり、これは〝人〟の仕業だ。ちゃんといるんじゃないか。だが、
「いきなり攻撃してくるとは、礼儀の『れ』の字もわかってねえな」
 不法侵入している分際でなにを言うか、というツッコミはなしでお願いします。
 俺は右手に魔力を集中させ、今の俺が一番扱い慣れている武器をイメージする。
〈魔武具生成〉――日本刀。
 魔力が刀の形に構築されたのと同時、黒炎の間欠泉が打ち上げ花火みたいに爆散した。
 俺は襲撃者の次の攻撃に備えようとし――瞠目する。
 弾けた黒炎の中から、一人の女の子が現れたからだ。
 吸血鬼とも魔女とも取れるコスプレ紛いの黒衣が、目測百四十五センチくらいの体を包んでいる。腰より長い金髪ストレートに小振りで整った顔立ち。肌の色は漂白剤でも使ってるのかと思うほど白い。
 どこからどう見ても人間の姿だ。それも街を歩けば誰もが振り向くような美少女…………かわえぇ。
 ――ハッ!
 困ったことに俺は一瞬だけ見惚れてしまっていたようだ。襲撃者はこいつだ。しっかりしろ俺。
「よう、誰だか知らねえが随分な挨拶だな」
 声をかけた俺を、少女はなにやら自信に満ちた目でまっすぐ見据えてくる。瞳はルビーのように濃い赤色だった。
 少女は警戒する俺の傍まで歩み寄ると、形のいい唇を動かし、
「お前、わたしと戦いなさい」
 どこの戦闘民族だと言わんばかりの台詞を吐きやがった。
「……はい?」
「殺し合いよ、殺し合い。お前もそのつもりでここまで来たんでしょ? 今までのやつらより骨がありそうだから、〝魔帝〟で最強のわたし自ら相手してあげる」
 こいつは可愛い顔してなんて物騒なことを言うんだ。殺し合い? 冗談じゃない。こちとらまずは情報収集がしたいわけで、異世界に飛ばされて最初に出会った〝人〟と争いたくないんだ。……いや待て、異世界? あー、そうか。そういうことか。
「この世界は最初に戦いをするのが礼儀なんだな」
「はぁ? なに言ってんのお前、馬鹿?」
 オーケーオーケー、違ったけどなぜか安心した。
「えっと、勝手に城に入ったことは謝る。だからまずは話を聞いてくれ」
「話し合い? わたしを殺しに来た人間が面白いこと言うわね。でも残念、今更お前たちと話したところで、わたしは退屈なだけなのよっ!」
「殺しにって、一体誰と勘違いして――ッ!?」
 俺は少女の魔力が爆発的に高まったのを感じた。その魔力が上空に集中している。見上げると、幾何学的な模様で描かれた円陣が黒い光を放っていた。
 轟! とその円陣から一条の黒炎柱が俺に向かって降りかかる。
「ちょ、ま、あ、危ねえだろっ!」
 咄嗟に横に跳んでなければウェルダンを通り越して灰になっていただろうね。
「へえ、アレをかわすんだ」
 黒衣の少女は興味のあるオモチャを見つけた子供みたいな笑顔を咲かせて右掌に魔法陣を展開。さっきよりも小さい魔法陣。その照準は当然ながら俺。
「あははっ! お前凄くいい。もっともっとわたしを楽しませなさい!」
 陣からスイカくらいの大きさの黒炎弾が無数に射出される。俺は魔力で構成された日本刀でそれらを捌きながら思った。こいつ、ただの戦闘狂だ。
 そういうやつらを黙らせる方法は一つ。
「やるしかねえのかよ」
 こっちが力で捻じ伏せるしかないだろう。だが、そう簡単にはいきそうにない。あの女、感じる魔力だけでも誘波すら越えるんじゃないかってくらいの化物級だ。
 普通に戦えば俺の方が先に消耗するだろうな。せめて間合いに入らないと戦いにすらならん。そういうのは一方的な虐殺って言うんだ。
「逃げてばかりいないで反撃してきてよ。つまらないじゃない」
「そうかい。じゃ、お言葉に甘えまして」
 単調な炎弾の攻撃に慣れてきた俺は隙を見て跳躍した。お遊びのつもりでいる少女に怯む様子は全くない。さらに射出する黒炎弾の数を増やして対抗してきた。
「無駄だっ!」
 俺は疾走しながら必要最低限の炎弾だけを刀で薙払う。これが能力で作られた魔力の刀でなければとっくの昔に溶けてるだろう。
 ついに俺は少女を間合いに捉えた。すかさず刀を横薙ぎに一閃する。もちろん、直前で峰打ちに変更することは忘れていないさ。
 胴を強打してそのまま気絶――してくれると助かるのに、ピョンとかいう効果音がつきそうなジャンプでかわされた。さらに苛立たしいことに、マンガみたいに刀の上に乗ってやがる。ていうか、すげー軽いなこの女。
 俺は刀を放した。その瞬間に刀は霧散して消える。構成していた魔力が分散したんだ。当然上に乗っていた少女も落下するのだが簡単に着地しやがったコノヤロウ!
 突然消失した武器に少女が驚いている間に、俺は右手に棍を生成して斜め上から叩きつけた。が、浮遊する綿毛のごとくヒョイっと避けられる。
「ふふん、なるほど、武器が作れるのね。今のはなかなか面白かったわ」
 蟻を潰すことが趣味の子供みたいな笑みを浮かべると、少女は空振って地面を抉った棍を踏み台に足から俺に跳びかかってきた。
「ぐがっ!?」
 衝撃と共に視界が引っ繰り返る。手放してしまった棍が空気に溶ける。気づけば、俺の上に金髪少女が馬乗りになっていた。微妙にエロい。
「さぁて、こっからどうやって遊ぼうかしら? 指の先からじっくりと炙ってかろうじて死なない程度にした後に天高く打ち上げて肉の雨を降らすとかどう?」
 怖いことを笑顔で言って立てた人差し指にシュボっと黒い炎をつける少女。
「いやぁ、まいったね。ははは」
 俺は思わず笑った。いや別に気が狂ったわけじゃない。この一見すると絶体絶命な状況は、俺にとっては寧ろ好都合だからだ。
「いいことを教えてやる。俺は確かに魔力で武器を作ることができるが、その魔力を自分で生み出すことはできないんだ」
「?」と少女は怪訝そうに小首を傾げる。
「じゃあ俺の力の源はどこから来るのか? 簡単な話だ。『吸力ドレイン』っつってな。自分で作れないなら他から奪えばいい」
「なっ!?」
 少女の顔色が変わる。気づいたようだ。そう、地球人が地熱や太陽光を利用するように、俺は他人のエネルギーを吸収し、自分の魔力に変換して貯蓄することができる。
「こうやってな!」
 俺は俺に馬乗りしている少女へと左手を伸ばす。咄嗟に少女は飛び退こうとするが、残念、もう遅い。俺の左手は確実に彼女を捉え――
 ――発展途上的柔らかな膨らみを確認してしまった。
「……あっ」
 上を見る。少女は目を大きく見開いてわなわなしていた。かあぁ、と白磁のように白かった顔がトマトみたいな色に染まっていく。俺は冷や汗が尋常じゃない。
「い、いや違うんだこれは事故っていうか故意ではあるんだがわざとではなくそこに触れるつもりは毛頭なゴフゥッ!?」
 容赦のないパンチで俺の顔面を変形させた後、少女は自転車に驚いた野良猫みたいに飛び退いた。俺も顔を手で押さえて立ち上がる。
「ホント、今のは悪かった。……ったく、異世界まで来てなにやってんだろうな、俺は」
 はは、と苦笑しながら謝罪する。と、少女はなぜかピクリと反応し、神妙な顔をして俺に近づいてきた。そして、恐る恐るといった様子で口を開く。
「ね、ねえ、お前、今『異世界』って言った?」
 俺を見上げる彼女は割と真剣な表情だった。だから俺も素直に答えることにする。
「ああ、言ったよ。俺はこことは違う世界から来たんだ。俺の意思じゃないけどな」
「へえ、そう、やっぱりね。なんか感じが違うなぁって思ってたのよ!」
 なぜかな? 彼女の赤い目が本当のルビーみたいにキラキラと輝いているように見えるのは……。
 疑いの眼差しではない。寧ろ裏切ったら殺されても文句言えないような信じきった瞳だった。
 まあ、なんにしてもわかってくれたのならば話は早い。
「そんなわけで、俺はここに迷い込んだだけで別にお前と戦いに来たわけじゃないんだ。なんか外には変な生物がいるから今日だけでもここに――」
「そんなことはどうでもいいの」
 俺のここぞとばかりの懇願を見事なまでに切り捨てやがった。彼女は踵を返して数歩距離を置くと、黒衣を翻して俺に振り返り――
「お前を歓迎する」
 なぜか自信ありげな笑みを浮かべてそう言った。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品