シャッフルワールド!!

夙多史

一章 滅んだ世界の魔帝様(3)

 とにかく、俺は彼女の歓迎を受けることにした。意味不明なことで襲ってきた危ないやつかもしれんが、ここは異世界だ。情報を得るためには躊躇うわけにはいかない。
「お前、名前ってある?」
 無駄に広い城の庭を一番でかい建物に向かって歩いていると、隣を歩く小柄な金髪黒ずくめ美少女からなんとも失礼な質問が飛んできた。
「あるに決まってんだろ。白峰零児。零児で構わん」
「ふぅん、レージね。わたしはリーゼロッテ。〝魔帝〟リーゼロッテ・ヴァレファール」
 リーゼロッテ。確かそんな名前の小惑星があったような気がする。で、〝魔帝〟って?
「この世界『イヴリア』を統べる者よ」リーゼロッテは誇らしげに胸を張り、「つまりわたしは〝王〟で最強なの。だから敬意を払ってリーゼロッテ様と呼びなさい」
「リーゼでいいか?」
「話聞いてた? わたしは……いや待って、うん、寧ろそれがいいわね。そんな風に呼ばれるのは新鮮だから」
 リーゼは一瞬どことなく寂しげな表情になった。俺を歓迎するというのは、異世界の話を聞きたいかららしいのだが、この魔王様(?)には他に話し相手がいないのか? まさか、この城に一人きりで住んでいるのだろうか? 俺は周囲の華やかさの欠片もない庭を見回しつつ、その疑問を口にしたところ――
「人間はいないわ」
 という答えが返ってきた。『は』ということは人外のなにかはいるんだろう。頼むからトカゲやマンボウみたいなのだけはやめてもらいたい。
 じゃあなにがいるんだ、と訊く前に、リーゼはなぜか俺から一歩離れた。
「あ、そこ危ないわよ」
「へ? 危ないってあぶはっ!?」
 突然、何者かの飛び膝蹴りが俺の痛みの引いてきた顔に直撃した。俺、吹っ飛ぶ。この世界の住人は余程奇襲ってやつが好きらしいな!
「誰だっ!?」
 なんとか受け身を取って起き上がる。鼻血が止まらん。誰かティッシュを貸してくれ。
「こちらのセリフです」
 抑揚のない声でそう言ったのは、リーゼの横に立つ女だった。見た目の年齢は俺より少し年上くらいかな。髪はショートヘアで顔立ちは嘘みたいに端整。黒をベースに白のフリルをこれでもかってくらいつけたメイド服っぽいドレスを纏っている。ゴシックロリータっていうんだっけ?
「なんだ、ちゃんと人間がいるじゃ――」
「誰であろうと、マスターに近づくゴミ虫は排除安定です」
 ゴスロリメイドがスラリとした細腕を伸ばしたかと思うと、腕の上下左右がパカリと開いた。その奥からは電子機器の内部みたいな構造が見え、変な駆動音が聞こえた。
「ああ、レランジェは人間じゃないわよ。〝魔工機械〟っていう人形で、〝魔帝〟で最強のわたしのしもべよ」
 リーゼが無駄に誇示するように説明する。なるほどレランジェっていう機体名のロボットか――って納得している暇は俺にはなかった。
 バチバチィ! とスタンガンみたいな音がレランジェの腕から鳴り、
 四方に開いた部分に走った青白いプラズマがそのまま彼女の掌に集中し、
 まるで電撃波みたいな光線が俺に向かって放射されどわぁあああああああっ!?
「チ、外しましたか」
「心底残念そうに舌打ちしてんじゃねえよ! マジで死ぬかと思ったじゃねえかっ!」
「死ねばよかったのです。死亡安定です」
「安定じゃねえ!?」
 なんだこいつ。リーゼよりやばい。ロボットなだけに侵入者撃退のみをプログラムされてるのだろうか。
「次は外しません。迅速なる排除、安定です」
 第二撃の準備にかかるレランジェ。落ち着け俺。さっきはかわせた。今度もかわせる。
「そこまでよ、レランジェ」
 止めたのはリーゼだ。すると、キュウゥゥゥンと気の抜ける音を立ててレランジェの腕が元の人間っぽいものに戻った。
「はい、マスター」
 レランジェは冷めたグレーの瞳をリーゼに向ける。ふう、どうやら命拾いしたらしい。
「レージを壊すのは後にしなさい。こいつは異世界人なのよ。だから今は大切なお客様なの」
「殺す気満々!?」
「冗談よ。まだ殺さないわ」
「だから殺す気満々じゃねえかっ!?」
 ホントにこいつについて行くべきか再度検討する必要がありそうだ。
「そういうわけだからレランジェ、お持て成しの用意をしてちょうだい」
「了解です、マスター」
「……冗談だと信じていいんだな?」
 最悪の事態になれば、俺だって簡単にやられる気はない。
「ふふ、レージがいれば当分は退屈しそうにないわね」
 微笑みながらそう言って、リーゼはさっさと歩き出した。
 リーゼの揺れる金髪を眺めながら逡巡している俺に、無感情ゴスロリメイド兵器が深々と頭を下げる。
「ご案内します。お食事をご用意しますので、それまでどうぞごゆっくりとお寛ぎくださいゴミ虫様」
 語尾が失礼に聞こえたのは〈言意の調べ〉が不調なのだと信じよう。
 それにしてもメシは助かる。激しく運動したせいか腹ペコだったんだ。
 仕方ないな、と呟いて俺はレランジェの後に続いた。元の世界に戻るためにも、リーゼたちと共にいるのが得策だろう。

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