シャッフルワールド!!

夙多史

間章(1)

 
 ここはどこだ?

 自分は一体どうなったのだ?

 濃い闇が支配する空間で、『その者』は自らが置かれた状況を理解できないでいた。
 あまりにも意味不明すぎて体が慌てることを忘れている。妙に落ち着いた調子で、『その者』は天を仰いだ。
「おかしい……先程まで昼間だったのに」
 上空には暗天が広がっていた。雲一つないのに星があまり見えないのも不思議だった。月はある。だが、二つ存在するはずのそれがなぜ一つしかないのだろうか。白色の月なんて初めて見た。
 数分前に起こったことを思い出す。
 突然、陽炎のように揺らめいた空間に呑みこまれた。それは覚えている。そして気がついたら見知らぬ場所だった。
 夢……ではない。感覚的にもここが現実だということはわかる。ならば幻術の類だろうか? 自分を疎ましく思っている連中が罠を仕掛けたのだとしたら、そのような姑息な手に引っかかった自分が情けない。
 少し感覚を研ぎ澄ませてみる。……違う。この風景は幻ではない。幻ならどこかにほつれのような違和感があるものだが、ここにそんなものは一切感じられない。
 改めて周囲を見回す。左右は高い壁がそそり立っていて、闇の向こうから日光とは違う光が差し込んでいた。
 光の方向から、人の気配を感じる。
 その者は努めて慎重に光の下へ歩み寄り、暗がりに身を隠したままその先の様子を窺う。
「――ッ!?」
 そして、絶句した。どうやら大通りみたいなのだが、夜なのに昼間のように明るかった。色鮮やかに発光する看板がそこかしこにあり、機械と思われる怪物が両目を光らせて物凄いスピードで行き交っている。
「なんだここは? ラ・フェルデではないのか?」
 他国にもこのような場所は存在しない。これまで読んだことのあるどんな本にも記されていない。これはそう、世界そのものが違っている。
 と――。
「あん? なんだぁお前その格好?」
「コスプレか? こんなところで? やべー、変態がいるぜ」
「いやいや、ダセーけどよくできてるぜ。けっこう金かかってんじゃねえの?」
「てことは金持ち? ヒャッハー! 超ラッキーじゃん俺たち♪」
 見たこともない服装をした男四人が取り囲んできた。なにかを言っているようだが、困ったことに言葉がわからない。ただ、態度でこちらを馬鹿にしていることだけは伝わってくる。
「貴様ら、私を愚弄するとただでは済まさないぞ」
 その者は凄みを利かせ、腰に提げてある『剣』に手を伸ばしたのにも関わらず、男たちはキョトンとした様子で顔を見合わせている。
「今、なんつった?」
「さあ? 俺英語ダメだからわかんね」
「つか、今の英語か」
「どうでもいいじゃんそんなこと。――ん? よく見たらこのカモさんなかなかの」
 男の一人が手を伸ばしてくる。その者はすぐさまその手を掴み――
 ――グキリ、とありえない方向に捻じ曲げた。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
 手を押さえて絶叫する男。それを見た残り三人が殺気立つ。
「てめえ!」
「なにしやがんだ!」
「ぶっ殺すぞああん!」
 怒気を全身から溢れさせた男たちが嘗め回すように睨めつけてくる。
「立ち去るなら手は出さない。向かってくるなら仕方ない。相手になろう」
 やはり言葉が通じないのは痛い。結局飛びかかってきた男たちを三秒で片づけ、その者は騒ぎにならないうちに暗闇の中を立ち去った。

 ――ここは異世界だ。

 本来、自分はここにいない存在。だとすれば、下手に動けば騒ぎになる。まずは身を隠しつつ自分の置かれた状況の確認と理解、そしてこうなった原因を突き止めるべきだ。
 もし何者かの陰謀だとすれば、討ち倒してでも元の世界に帰らなくてはならない。
 とりあえず隠れる場所を探そう、そう考えて視線を彷徨わせ――――見つけた。
 視線の先には、地面に不自然に取りつけられた丸い蓋のようなものがある。

 それは、地下への入口マンホールだった。

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