シャッフルワールド!!

夙多史

二章 風と学園と聖剣士(4)

 当たるよね、嫌な予感って。そういう第六感ってのは人間に備わった一種の予知能力だと思うんだ。ほらアレ、大災害の前にネズミとかの動物がなんらかしらのアクションを起こしたりするやつ。その劣化版って感じ。
 いやね、どうりで俺の隣に席が一つ増えてたわけだよ。
「んなわけで、突然だけど、彼女は転入生のリーゼロッテさん。みんな仲良くねー」
 担任の岩村先生(三十三歳独身・♀)が軽い口調で転校生を紹介し終えると同時、クラスの男子連中は火がついたように舞い上がった。
「すっげー美少女だ!」「金髪パねえ」「かわいすぎる」「リーゼロッテさん僕と付き合ってください!」「キサマ抜け駆けは許さん」「ちんちくりんだ」「ホントに高校生?」「俺のことは是非『おにいちゃん』と呼んでくれ!」「一目見た時から好きでした!」「先生ロリコンが大量発生しています!」
 伊海学園高等部の制服を着た転入生が、三百六十度どこから見ても美少女なのだから気持ちはわからんでもない。でもな、死にたくなかったら手を出さない方がいいぞ。
「あれ? 昨日白峰と一緒にいた娘じゃないか」 
 桜居の一言で、クラス中のいろんな感情の籠った視線が俺に突き刺さった。
「桜居、ちょっと後で話があるんだがいいか?(余計なこと言ってると殺すからな)」
「変態的告白と暴力での会話以外なら受けて立とう(これは復讐なんだよ白峰君)」
 斜め前の席にいる桜居との間で火花が散る。
「はいはい、彼女に質問があるやつは挙手してからにしろー」
 担任の岩村先生(絶賛彼氏募集中)が適当に言うと、記者会見の時みたく挙手が殺到した。リーゼは一瞬戸惑った表情をしたが、すぐに自信満々な顔に戻る。
「リーゼロッテさんは、白峰くんと知り合いなんですか?」
 おいそこの女子、他にもっと訊くことあるだろ。好きな食べ物とか。
「うん、知り合いって言えば知り合いね」
 ナイスだリーゼ。そんな感じにボカしてくれ。
「はいはーい! リーゼロッテちゃんは今どこに住んでるんだ?」
「ああ、それならレージ――」
「だあぁーっ! あんなところに物理的に存在できない形容しがたい謎生物が空飛んでるーっ!」
「え? どこ? 空飛ぶなんてレランジェでもできないわよ!」
 危ない危ない。本人の口から俺ん家に住んでるなんて言われた日にゃクラス中の男どもと死闘を繰り広げることになる。なんかまたクラス中の視線――特に男子からは殺意の籠った――を浴びてしまったが、口笛でも吹いて誤魔化しとこう。
「ぶっちゃけ、リーゼロッテさんと白峰はどういう関係なの? 恋人?」
 く、また危険な質問だ。頼むぞリーゼ、余計なことを言ってくれるな。
「こいびと? よくわかんないけど、たぶんそれ」
「ダッシュ!!」
「「「逃がすかっ!!」」」
「な、てめえら、いつの間に俺の前に」
 瞬間的にでも異界監査官たる俺のスピードを越えるとは……。
「さあ野郎ども、白峰を取り押さえろ!」
「「「イエッサー!!」」」
「なんでみんな桜居の指示にってどっから取り出したんだその縄は!?」
「はいはい、みんな静かにねー。特に男子」
 先生の言葉なんて聞こえるわけがない。
「隊長、白峰を拘束しました!」「よーし、あることないこと全部吐いてもらうぞ」「ないことは吐けねえよ!」「彼女との関係を洗いざらい言え」「カツ丼食うか?」「静かにしなさーい」「どこまでやったんだ?」「キスか?」「まさかムフフなことまで!?」「白峰くんのケダモノ! ボクというものがありながら」「誰だ今の! 俺にそっちの趣味はねえよ!」「あははっ! レージ、その格好面白い♪」「リーゼは黙ろうね!」
「静かにしないと、この中から私の夫を選抜する」
 ――ピタリ。
 男子どもがこの世の終わりを知らされたように静かになった。そして取り憑かれたように席へと戻って行く。俺も密かにナイフを生成して縄を切り、自分の椅子に座った。
「んじゃ、あなたの席は一番後ろのあそこね」
 岩村先生は何事もなかったようにリーゼを促す。予想通り、リーゼは俺の右隣の席に座った。「白峰てめえ~」とかいう罵声は黙殺して俺は考察する。
 普通なら、来たばかりの異世界人は学校のイロハを充分に教わってからクラスインするはずだ。留学生扱いなので大抵のことは文化の違いで誤魔化せるが、最低限のマナーは身につけてもらわないと困るからな。その過程を飛ばせるやつは一人しかいない。
「(誘波の仕業だな。いきなり学校デビューさせるなんてなに考えてんだあのアマは?)」
 岩村先生が数学の授業を始めたのを確認し、俺はリーゼに小声で話しかけた。誘波は何気にこの学園の現理事長でもあるから、面倒な手続きをすっ飛ばすことくらい可能だ。
「イザナミはレージがいるから大丈夫って言ってたけど」
 リーゼは普通の声で返した。また騒がしくなったからいいけど空気読めよ。それからあのアマ、リーゼたちをうまく言い包めたみたいだが、全面的に俺に世話させる気だな。
「(そういや、レランジェはどうした?)」
「えっと、いかいぎじゅつなんとかってとこに連れてかれた」
 異界技術研究開発部か。名称通り、他世界の技術の研究・開発を行っている部署だ。開発された物は最新技術として世間に出回ったりもしている。
 レランジェは魔工機械人形。研究者にとってはダイヤモンドの原石に等しい。レランジェのやつ、そっちへ送られたか。ざまあみろ。……おっとつい本音が。
「(つーか、いくら俺がいるからっていきなり高校のクラスに転入させるとか、なんか問題が起きたらどうすんだよ。時々あいつはアホなんじゃないかって思うぜ)」
 と、ブルルルッと携帯が振動した。電話じゃなくメールのようだ。先生に見つからないように俺は携帯を開く。誘波からだ。
 そこにはこう書かれてあった。
【後ろを見ろ】
「後ろ?」
 ザシュッ! 
「ぎゃあっ!? 目が、目がぁ!?」
 振り向いた瞬間、計ったように鋭利なにかが左目に突き刺さって俺は悶えた。取って見ると、先端をこれ以上ないってくらい尖らせた紙ヒコーキだった。
「おーい、白峰、どうした?」
「いえ先生、なんでもないです。目にゴミが入っただけです」
 俺は涙目で嘘をつく。岩村先生は何事もなかったかのように授業に戻った。隣を見ると、「あはははっ」とリーゼが遠慮なく笑っていた。そこ、笑うな!
 俺は恐らく誘波の風に乗ってきたであろう紙ヒコーキを展開し――
 ――ふう、と息をついてまだクスクス笑っているリーゼに言う。
「(とにかく、授業が終わったらいろいろ案内してやるから、今は大人しくしとけよ)」
 目立つな、というのは既に無理なんで言わなかった。

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