シャッフルワールド!!
二章 風と学園と聖剣士(9)
銀髪の剣士を呑み込んだ真っ黒い炎は、大地を串刺しにするように激しく燃え猛っている。
まるで天の裁き、いや悪魔の所業だ。あれだと骨も残らないんじゃないか――って!
「リーゼ! 殺すなって言っただろ!」
「大丈夫よ。加減してるから」
「加減してこれかよ!? てかさっき灰になれとか言ってなかったか!?」
「だから大丈夫だって。ほら」
力の発動が終わり、黒炎の柱が風に流れるように消えていく。
俺は目を瞠った。セレスは、聖剣を天に掲げるようにしたポーズで生存していたのだ。彼女の周りに薄らと光の膜みたいなのが張ってある。防御陣ってやつか。
だが、無傷ってわけじゃなさそうだ。彼女はところどころに火傷を負っていて、息も微かに乱れている。
光の膜が消える。
「まだやる?」
「あ、当たり前だ! 私は、貴様を倒してラ・フェルデに帰るんだ!」
まだそんなことを。そろそろ落ち着いてくれてもいい頃合いだろうに。
セレスは剣を地面と平行に構え、俺の携帯を壊した光の弾丸を連射する。射出の間隔はマシンガンと大差ない。
「む!」
余裕をぶっこいていたリーゼは、割と深刻な顔になって光の弾丸を避けたり黒炎で防いだりする。しかし、体のあちこちに掠って次第に動きが鈍くなっていく。
これは、そろそろ俺も止めに動くべきか。
と思ったら、リーゼは超巨大な火炎流を放って弾幕ごとセレスを呑み込もうとしやがった。そのはちゃめちゃな攻撃に、セレスは舌打ちして俺と同時に横へ全力疾走した。
なぜ俺も走ったのか?
「リーゼてめえコラ俺まで殺す気かっ!?」
セレスが避けようが避けまいが、波濤と化した炎は間違いなく俺も丸呑みしていたんだ。避けなきゃ死んじゃうだろ。
黒炎が廃ビルに衝突する。二階部分までが一瞬で揺らめく黒一色に染め上がる。物理的衝撃も相当なものだったようで、心なしかピサの斜塔くらい傾いたように見える。倒壊しなかったのはリーゼの力加減のおかげと信じたい。
俺がビルの状態にハラハラしていた間に、セレスが接近戦に持ち込んだようだ。光纏う超長剣を振るう彼女に対し、リーゼは黒炎を四肢に纏って格闘している。
剣閃が煌めき、黒炎が踊る。
かわしたらかわされ、一撃入れられたら一撃入れる。その繰り返し。
「これ、終わるのか?」
二人の実力はほぼ互角に見えた。三日三晩戦いが続くと言われても否定できない。
さっさと終わってもらいたい俺としては、いい加減にドロー試合の判定を下したい。
『レイちゃん、聞こえますかー?』
止めに入るタイミングを見計らっていると、俺の耳におっとり声が飛び込んできた。
「誘波!? なんで? どこにいるんだ?」
こいつはどうしていつも唐突なんだ。
『あはは、もしかして私を捜してます? ふふふ、無駄ですよぅ。私はそこにいませんし、レイちゃんの声は私には聞こえません。レイちゃんの携帯が繋がらないから、私の声だけを風に乗せてそこに届けているのですよ』
そんなこともできるのかよ。初めて知った。今まで携帯ばかりだったからな。まあ、会話ができないならそっちの方が便利か。
『桜居ちゃんから聞きました。昨夜の来訪者が見つかったみたいですね。リーゼちゃんと戦ってるのがわかります。それにしてもリーゼちゃん、やっぱり凄い魔力ですねぇ。相手の方もなかなかお強そうです。その辺りはどう思いますか、解説のレイちゃん』
誰が解説だ! と思うが突っ込んだところで意味はないので閉口しておく。てか、いい加減そのあだ名で呼ぶのやめてもらいたい。
『私もそこへポップコーン持参で駆けつけたいところですが、残念ながら録り溜めたアニメの観賞で手が離せないのですよー』
ツッコミ待ちか? こっちの声聞こえないくせにツッコミを待ってるのか?
「ったく、一体なんの用だよこのアマは」
『そろそろレイちゃんが「一体なんの用だよこの美少女は」と吐き捨てる頃合いなのでお話ししますね』
「……」
若干美化されてる部分があったけど、本当に俺の声は聞こえてないんだろうな?
『もうすぐみなさんが到着すると思います。それをお伝えしたかっただけです』
それ以後、誘波の声は聞こえなくなった。
リーゼとセレスはまだ熾烈な戦いを繰り広げている。両者ともボロボロだが、趨勢はどちらにも傾いていない。彼女たちよりも、戦闘の被害を受けた地面や廃材や建物なんかが悲惨な状態になっていた。
と――
ガガガガガッ!! という道路工事のような騒音がどこからともなく聞こえてきた。リーゼたちの仕業ではない。なにか巨大なものが、まっすぐにここへ接近している音だ。
リーゼとセレスは聞こえてないのか気にしてないのか、構わず戦い続けている。
炎の黒と、光の白が交差するモノクロバトル。
それをぶち壊しにするように、いくつもの小さなクレーターができている地面が、ごもり、と激しく隆起した。
「なに?」
「なんだ、これは!?」
流石の二人も戦いを一時中断し、申し合わせたかのように左右へ飛ぶ。
土や石やアスファルトを撒き散らしながら地上に現れたのは、全長五メートルはあろうかという機械仕掛けの巨人だった。
驚愕する少女二人とは対照的に、俺は随分と落ち着いた顔をしていたと思う。
「みなさんが到着する頃、ね。遅えよ」
俺は巨人の全体を見通す。全身鎧を纏った西洋騎士みたいな青いフォルムはバランスよく、槍の先端をドリルに変えたような武器を右手が掴んでいる。宇宙の激戦地帯でも転戦していそうな人型ロボットだ。
が、その機体には頭部がなかった。
代わりに、左掌の上に一人の青年が屹立している。まるでアイルランドの首なし妖精が自分の首を抱えているような絵である。
「どうやら、僕が一番のようだね」
燕尾のスーツを着た青年は、縁なし眼鏡を煌めかせてそう言った。それを皮切りに、次々と誘波の告げた『みなさん』が機体の周囲に集い始めた。
一人は、空から降ってきた。
一人は、闇を纏って唐突に姿を現した。
一人は、廃ビルを囲む塀を破壊して飛び込んできた。
一人は、気配もなく現れ、リーゼの胸を揉んで殴られていた。
どいつもこいつも顔見知りだ。俺と誘波以外の異界監査官はまだ何人かいるが、基本的に単独行動を好む彼らが五人も集まるとは思いもしなかった。
到着順に、伊海学園の制服の上から黒いロングコートを羽織った少女と少年、薄汚れた作業服の男、上下ジャージ姿の少年――っぽい少女。異界監査官に決まった制服はないので服装はバラバラだ。
「ちょっと、なんで五人も来てるのよ……」
「俺ら、別に来なくてもよかったんじゃねえか?」
「俺的にどいつと戦えばいいんだ?」
「痛ったぁ~、ウチら女同士なんやからそんなに怒らんでもええやん」
それぞれ勝手に喋る彼らに、俺はまずなにより言いたいことがある。
「お前らもっと普通に登場できねえのかっ! 特にそこのメガネっ!」
メガネ野郎が連れてきたロボットのおかげで、地面に見事なトンネルができていた。後処理はお前がやるんだろうな?
スーツの青年がくいっと眼鏡の位置を直す。
「白峰零児、君には言われたくないな」
「俺がいつ面白い登場の仕方をした!?」
「あれは三年前、君が女の子に引きずられながら監査局へ来た時――」
「語るなっ!?」
こいつは俺の脳内人間分布では『嫌い』のカテゴリーに存在している。
「そうだね。今はそんな時じゃない」
メガネ野郎は人を馬鹿にしたように言うと、廃ビルの正門からスーツ姿の人間が十人くらい雪崩込んできた。
彼らは異界監査局の準戦闘員。つまり監査官ではない一般局員たちだ。
メガネ野郎はそれを確認してから、リーゼを、そしてセレスを見下ろす。
「争いはここまでにしてもらいます。僕は異界監査官のスヴェン・ベルティル。異世界の騎士殿とお見受けします。あなたには、我々と同行していただきたい」
努めて丁寧な口調で告げるメガネ、もとい、スヴェン。どうでもいいけど、言うなら言うでロボから降りろよ。失礼だろ。
「ちょっとスヴェン! なんであんたが仕切ってるわけ!」
「噛みつくなって、面倒臭い。俺らはもう帰ろうぜ」
「俺的に、まずあのメガネからぶっ壊す」
「むむむ、あっちの騎士はんもこれはどうして魅力的やな!」
やかましい外野にスヴェンは眼鏡を押さえる。
「君たちじゃ話し合いにならないだろう?」
否定できん。この面子ではスヴェンが一番口でまともそうだ。
セレスは額に汗を垂らし、周囲の面々を見回して奥歯をギリッと鳴らす。
「〝魔帝〟リーゼロッテ、いつの間に仲間を呼んだ?」
「わたしは知らないわよ。ていうか、あいつら誰?」
セレスが親の敵でも見るような目を俺に向ける。美人に睨まれるとなんかこう……気分悪くなるね。俺はそういう顔より、普通に笑った顔の方が好きだな。
「大人しく指示に従っとけよ、セレス。別に取って食われるわけじゃないさ。リーゼなんかと不毛に争うより、俺らについてきた方が元の世界に帰れる可能性は高いぜ」
俺は彼女を安心させるように柔らかく言ったが、セレスの焦燥の色に変化はない。そんな彼女をさらに追い詰めるように、局員と監査官が取り囲む。
俺はその輪には加わらず、戦いに水を差されて膨れっ面になっているリーゼの横に並んだ。リーゼは機嫌悪そうではあるが、チラチラとスヴェンの首なしロボを気にしている。興味あるのか?
「あなたを護送する前に、一つ訊きたいことがあります」
首なしロボから飛び降りたスヴェンが、輪に分け入って問いかける。
「何人もの罪のない一般人から生命力を奪い、昏睡状態にしたのはあなたですか?」
セレスはキョトンとした。
「なんのことだ? 確かに四人ほど昏倒させたことは認めるが、それは正当防衛で少し気絶させただけだ。生命力を奪うなどといった行為はやっていないし、私にはできない」
局員たちに動揺が広がる。スヴェンたち異界監査官は顔を見合わせ、非難めいた視線を俺に突き刺した。彼らの目が言っている。『確かめずに戦っていたのか?』と。
その時できた大きな隙を、セレスは見逃さなかった。
「私はラ・フェルデの聖剣十二将だ。異世界とはいえ、なんの理由もなく無関係の者に手を出すなど絶対にするものかっ!」
聖剣ラハイアンで掬い上げるように弧を描く。スヴェンの眼鏡が弾き飛んだ。
そして振り上げられた超長剣を、セレスは勢いよく地面に突き立てた。
瞬間、眼球を灼いてしまいそうな閃光が剣から放出された。
望遠鏡で太陽を見た時のように視界が真っ白に染まる。油断した。たぶん、誰もが目を開けていられなかったと思う。
視力が戻ってくる。セレスは、半壊した塀の上に飛び乗ったところだった。
「逃げられた!? 追うわよ!!」
「だったらお前一人で行けよめんどくさ痛だだだだだだ腕がもげるっ!?」
「ハッハーッ! そう来なくっちゃ俺的に面白くねェな!」
「彼女を捕まえるんはウチに決まっとる。その後は……ムフフ」
「め、眼鏡……眼鏡はどこに……」
逃走したセレスを異界監査官の四人が追う。局員たちも逡巡した後に走り去った。
残りは俺とリーゼと首なしロボ、それと地面に這い蹲っているスヴェンだけである。
セレスはかなり体力を消耗しているはずだ。監査官四人相手に逃げ切れるとは思えない。捕まるのにそう時間はかからないだろう。
「正直、俺らはもう追わなくていいと思うが、どうするリーゼ?」
「わたしお腹減った」
お嬢様がすっかり興醒めしたようなので帰路につくことになった。
「眼鏡……眼鏡……」
ちなみに、スヴェンの眼鏡は局員たちに蹂躙されて粉々になっていた。
まるで天の裁き、いや悪魔の所業だ。あれだと骨も残らないんじゃないか――って!
「リーゼ! 殺すなって言っただろ!」
「大丈夫よ。加減してるから」
「加減してこれかよ!? てかさっき灰になれとか言ってなかったか!?」
「だから大丈夫だって。ほら」
力の発動が終わり、黒炎の柱が風に流れるように消えていく。
俺は目を瞠った。セレスは、聖剣を天に掲げるようにしたポーズで生存していたのだ。彼女の周りに薄らと光の膜みたいなのが張ってある。防御陣ってやつか。
だが、無傷ってわけじゃなさそうだ。彼女はところどころに火傷を負っていて、息も微かに乱れている。
光の膜が消える。
「まだやる?」
「あ、当たり前だ! 私は、貴様を倒してラ・フェルデに帰るんだ!」
まだそんなことを。そろそろ落ち着いてくれてもいい頃合いだろうに。
セレスは剣を地面と平行に構え、俺の携帯を壊した光の弾丸を連射する。射出の間隔はマシンガンと大差ない。
「む!」
余裕をぶっこいていたリーゼは、割と深刻な顔になって光の弾丸を避けたり黒炎で防いだりする。しかし、体のあちこちに掠って次第に動きが鈍くなっていく。
これは、そろそろ俺も止めに動くべきか。
と思ったら、リーゼは超巨大な火炎流を放って弾幕ごとセレスを呑み込もうとしやがった。そのはちゃめちゃな攻撃に、セレスは舌打ちして俺と同時に横へ全力疾走した。
なぜ俺も走ったのか?
「リーゼてめえコラ俺まで殺す気かっ!?」
セレスが避けようが避けまいが、波濤と化した炎は間違いなく俺も丸呑みしていたんだ。避けなきゃ死んじゃうだろ。
黒炎が廃ビルに衝突する。二階部分までが一瞬で揺らめく黒一色に染め上がる。物理的衝撃も相当なものだったようで、心なしかピサの斜塔くらい傾いたように見える。倒壊しなかったのはリーゼの力加減のおかげと信じたい。
俺がビルの状態にハラハラしていた間に、セレスが接近戦に持ち込んだようだ。光纏う超長剣を振るう彼女に対し、リーゼは黒炎を四肢に纏って格闘している。
剣閃が煌めき、黒炎が踊る。
かわしたらかわされ、一撃入れられたら一撃入れる。その繰り返し。
「これ、終わるのか?」
二人の実力はほぼ互角に見えた。三日三晩戦いが続くと言われても否定できない。
さっさと終わってもらいたい俺としては、いい加減にドロー試合の判定を下したい。
『レイちゃん、聞こえますかー?』
止めに入るタイミングを見計らっていると、俺の耳におっとり声が飛び込んできた。
「誘波!? なんで? どこにいるんだ?」
こいつはどうしていつも唐突なんだ。
『あはは、もしかして私を捜してます? ふふふ、無駄ですよぅ。私はそこにいませんし、レイちゃんの声は私には聞こえません。レイちゃんの携帯が繋がらないから、私の声だけを風に乗せてそこに届けているのですよ』
そんなこともできるのかよ。初めて知った。今まで携帯ばかりだったからな。まあ、会話ができないならそっちの方が便利か。
『桜居ちゃんから聞きました。昨夜の来訪者が見つかったみたいですね。リーゼちゃんと戦ってるのがわかります。それにしてもリーゼちゃん、やっぱり凄い魔力ですねぇ。相手の方もなかなかお強そうです。その辺りはどう思いますか、解説のレイちゃん』
誰が解説だ! と思うが突っ込んだところで意味はないので閉口しておく。てか、いい加減そのあだ名で呼ぶのやめてもらいたい。
『私もそこへポップコーン持参で駆けつけたいところですが、残念ながら録り溜めたアニメの観賞で手が離せないのですよー』
ツッコミ待ちか? こっちの声聞こえないくせにツッコミを待ってるのか?
「ったく、一体なんの用だよこのアマは」
『そろそろレイちゃんが「一体なんの用だよこの美少女は」と吐き捨てる頃合いなのでお話ししますね』
「……」
若干美化されてる部分があったけど、本当に俺の声は聞こえてないんだろうな?
『もうすぐみなさんが到着すると思います。それをお伝えしたかっただけです』
それ以後、誘波の声は聞こえなくなった。
リーゼとセレスはまだ熾烈な戦いを繰り広げている。両者ともボロボロだが、趨勢はどちらにも傾いていない。彼女たちよりも、戦闘の被害を受けた地面や廃材や建物なんかが悲惨な状態になっていた。
と――
ガガガガガッ!! という道路工事のような騒音がどこからともなく聞こえてきた。リーゼたちの仕業ではない。なにか巨大なものが、まっすぐにここへ接近している音だ。
リーゼとセレスは聞こえてないのか気にしてないのか、構わず戦い続けている。
炎の黒と、光の白が交差するモノクロバトル。
それをぶち壊しにするように、いくつもの小さなクレーターができている地面が、ごもり、と激しく隆起した。
「なに?」
「なんだ、これは!?」
流石の二人も戦いを一時中断し、申し合わせたかのように左右へ飛ぶ。
土や石やアスファルトを撒き散らしながら地上に現れたのは、全長五メートルはあろうかという機械仕掛けの巨人だった。
驚愕する少女二人とは対照的に、俺は随分と落ち着いた顔をしていたと思う。
「みなさんが到着する頃、ね。遅えよ」
俺は巨人の全体を見通す。全身鎧を纏った西洋騎士みたいな青いフォルムはバランスよく、槍の先端をドリルに変えたような武器を右手が掴んでいる。宇宙の激戦地帯でも転戦していそうな人型ロボットだ。
が、その機体には頭部がなかった。
代わりに、左掌の上に一人の青年が屹立している。まるでアイルランドの首なし妖精が自分の首を抱えているような絵である。
「どうやら、僕が一番のようだね」
燕尾のスーツを着た青年は、縁なし眼鏡を煌めかせてそう言った。それを皮切りに、次々と誘波の告げた『みなさん』が機体の周囲に集い始めた。
一人は、空から降ってきた。
一人は、闇を纏って唐突に姿を現した。
一人は、廃ビルを囲む塀を破壊して飛び込んできた。
一人は、気配もなく現れ、リーゼの胸を揉んで殴られていた。
どいつもこいつも顔見知りだ。俺と誘波以外の異界監査官はまだ何人かいるが、基本的に単独行動を好む彼らが五人も集まるとは思いもしなかった。
到着順に、伊海学園の制服の上から黒いロングコートを羽織った少女と少年、薄汚れた作業服の男、上下ジャージ姿の少年――っぽい少女。異界監査官に決まった制服はないので服装はバラバラだ。
「ちょっと、なんで五人も来てるのよ……」
「俺ら、別に来なくてもよかったんじゃねえか?」
「俺的にどいつと戦えばいいんだ?」
「痛ったぁ~、ウチら女同士なんやからそんなに怒らんでもええやん」
それぞれ勝手に喋る彼らに、俺はまずなにより言いたいことがある。
「お前らもっと普通に登場できねえのかっ! 特にそこのメガネっ!」
メガネ野郎が連れてきたロボットのおかげで、地面に見事なトンネルができていた。後処理はお前がやるんだろうな?
スーツの青年がくいっと眼鏡の位置を直す。
「白峰零児、君には言われたくないな」
「俺がいつ面白い登場の仕方をした!?」
「あれは三年前、君が女の子に引きずられながら監査局へ来た時――」
「語るなっ!?」
こいつは俺の脳内人間分布では『嫌い』のカテゴリーに存在している。
「そうだね。今はそんな時じゃない」
メガネ野郎は人を馬鹿にしたように言うと、廃ビルの正門からスーツ姿の人間が十人くらい雪崩込んできた。
彼らは異界監査局の準戦闘員。つまり監査官ではない一般局員たちだ。
メガネ野郎はそれを確認してから、リーゼを、そしてセレスを見下ろす。
「争いはここまでにしてもらいます。僕は異界監査官のスヴェン・ベルティル。異世界の騎士殿とお見受けします。あなたには、我々と同行していただきたい」
努めて丁寧な口調で告げるメガネ、もとい、スヴェン。どうでもいいけど、言うなら言うでロボから降りろよ。失礼だろ。
「ちょっとスヴェン! なんであんたが仕切ってるわけ!」
「噛みつくなって、面倒臭い。俺らはもう帰ろうぜ」
「俺的に、まずあのメガネからぶっ壊す」
「むむむ、あっちの騎士はんもこれはどうして魅力的やな!」
やかましい外野にスヴェンは眼鏡を押さえる。
「君たちじゃ話し合いにならないだろう?」
否定できん。この面子ではスヴェンが一番口でまともそうだ。
セレスは額に汗を垂らし、周囲の面々を見回して奥歯をギリッと鳴らす。
「〝魔帝〟リーゼロッテ、いつの間に仲間を呼んだ?」
「わたしは知らないわよ。ていうか、あいつら誰?」
セレスが親の敵でも見るような目を俺に向ける。美人に睨まれるとなんかこう……気分悪くなるね。俺はそういう顔より、普通に笑った顔の方が好きだな。
「大人しく指示に従っとけよ、セレス。別に取って食われるわけじゃないさ。リーゼなんかと不毛に争うより、俺らについてきた方が元の世界に帰れる可能性は高いぜ」
俺は彼女を安心させるように柔らかく言ったが、セレスの焦燥の色に変化はない。そんな彼女をさらに追い詰めるように、局員と監査官が取り囲む。
俺はその輪には加わらず、戦いに水を差されて膨れっ面になっているリーゼの横に並んだ。リーゼは機嫌悪そうではあるが、チラチラとスヴェンの首なしロボを気にしている。興味あるのか?
「あなたを護送する前に、一つ訊きたいことがあります」
首なしロボから飛び降りたスヴェンが、輪に分け入って問いかける。
「何人もの罪のない一般人から生命力を奪い、昏睡状態にしたのはあなたですか?」
セレスはキョトンとした。
「なんのことだ? 確かに四人ほど昏倒させたことは認めるが、それは正当防衛で少し気絶させただけだ。生命力を奪うなどといった行為はやっていないし、私にはできない」
局員たちに動揺が広がる。スヴェンたち異界監査官は顔を見合わせ、非難めいた視線を俺に突き刺した。彼らの目が言っている。『確かめずに戦っていたのか?』と。
その時できた大きな隙を、セレスは見逃さなかった。
「私はラ・フェルデの聖剣十二将だ。異世界とはいえ、なんの理由もなく無関係の者に手を出すなど絶対にするものかっ!」
聖剣ラハイアンで掬い上げるように弧を描く。スヴェンの眼鏡が弾き飛んだ。
そして振り上げられた超長剣を、セレスは勢いよく地面に突き立てた。
瞬間、眼球を灼いてしまいそうな閃光が剣から放出された。
望遠鏡で太陽を見た時のように視界が真っ白に染まる。油断した。たぶん、誰もが目を開けていられなかったと思う。
視力が戻ってくる。セレスは、半壊した塀の上に飛び乗ったところだった。
「逃げられた!? 追うわよ!!」
「だったらお前一人で行けよめんどくさ痛だだだだだだ腕がもげるっ!?」
「ハッハーッ! そう来なくっちゃ俺的に面白くねェな!」
「彼女を捕まえるんはウチに決まっとる。その後は……ムフフ」
「め、眼鏡……眼鏡はどこに……」
逃走したセレスを異界監査官の四人が追う。局員たちも逡巡した後に走り去った。
残りは俺とリーゼと首なしロボ、それと地面に這い蹲っているスヴェンだけである。
セレスはかなり体力を消耗しているはずだ。監査官四人相手に逃げ切れるとは思えない。捕まるのにそう時間はかからないだろう。
「正直、俺らはもう追わなくていいと思うが、どうするリーゼ?」
「わたしお腹減った」
お嬢様がすっかり興醒めしたようなので帰路につくことになった。
「眼鏡……眼鏡……」
ちなみに、スヴェンの眼鏡は局員たちに蹂躙されて粉々になっていた。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
314
-
-
1978
-
-
17
-
-
516
-
-
841
-
-
4
-
-
238
-
-
0
-
-
3395
コメント