シャッフルワールド!!

夙多史

三章 異界監査官(7)

 ずばり囮作戦。
 昨日の捜索にリーゼを同行させたのもそういった狙いがあったようだ。それならそうと説明してもらいたい。こんなことで味方を欺く意味はないはずだろ。
 いろいろと愚痴りたいことはあるが、与えられた仕事は嫌々ながらもきちんとこなすことが俺の流儀だ。それにやはり、今回のことに責任を感じてないと言えば嘘になる。
 稲葉レトが被害に遭ったのは伊海学園の学生寮付近らしい。
 まずはそこから始めて、俺たちは学園の周囲をぐるっと一周した。それだけでかなりの時間を費やすことになるとは、学園の広さを改めて実感したね。
「そいつは魔力を狙ってんだろ? 人がいない場所よりは、大勢集まるような場所を探した方がいいんじゃないか?」
 という俺の案が採用され、現在は繁華街を散策している。ちなみにセレスは俺たちと別れてスヴェンと行動している。集団でいると狙われにくいからな。と言っても、なにかあればすぐに駆けつけられる距離にいるはずだ。
「それにしても、レランジェまで監査官になっていたとはな」
「なっていませんが」
「だよな。いや予想はしてたんだ。リーゼの付き人だから同じように…………はい?」
「ですから、なっていません。ゴミ虫様についてある耳は飾り安定ですね」
「おいコラ、誰の耳が飾りだって?」
「……」
 無言無表情で指を差された。そろそろ失礼レベルが三ケタに突入しそうだ。俺がうっかり人前で〈魔武具生成〉しちまう前に、誰か鈍器になりそうな物を寄こせ。壺とか灰皿でいいから。
「初めはマスターがなるのならばこのレランジェも、と考えましたが、ゴミ虫様と同じ肩書きになるのでしたらスクラップにされた方が安定だと判断した次第です」
 ごめん、やっぱ鉄バットがいいな。できれば先端の鋭い棘がついてそうなやつ。
「異界監査官とやらにならずとも、レランジェはマスターをお守りするので関係ありません」
「あっそう」
 もうどうでもよくなったから俺は軽く流した。誘波のことだ。どうせ監査局の名簿を見れば『レランジェ』という文字列がちゃっかり載っているはずだ。
「レージレージ! アレ! あの白くてクルクルしてるのなに?」
 と、リーゼがテンションの高い声を出した。また彼女の『アレなにコレなに病』が発症しましたよ。ここに来るまで何度あったかな。数えるのも面倒だ。桜居がいないのは本当に辛い。
 リーゼの指は洋菓子店の前に置いてあるオブジェを示していた。
「ああ、ソフトクリームな。食ってみるか?」
「食べれるの!?」
 というわけで、俺は店で購入したソフトクリーム(一個二百三十円)をリーゼとレランジェに手渡した。
「これが食べ物ならレランジェには不必要です。魔工機械ですので」
「じゃあマスターにでもやってくれ。あと、俺はちょっとやることがあるからそこで待ってろ」
 俺はレランジェと至福の表情でソフトクリームを嘗めるリーゼを洋菓子店の前に待たせ、真正面に位置する携帯ショップへと入った。もともと今日中に買い替えるつもりで財布の中身を豊かにしておいたから丁度いい。
 店内には当然ながら多種多様の携帯が綺麗に並んでいる。俺はその中から適当な物を選別しながら、これからの方針を考えることにした。
 果たして、本当にこのまま歩いているだけで敵とエンカウントするのだろうか? 異世界人だろうが異獣だろうが、堂々と街中を闊歩しているとは思えない。犯人がなんのために魔力を奪っているのかは知らないが、俺なら人目を避ける。まさか、セレスみたいに下水道に潜んでたりしないだろうな。
『君かわいいねぇ』『よかったら俺たちとお茶しない?』
 俺たち以外の監査官や局員も捜査している。探知能力や魔術なんてものも駆使しているだろうし、異世界の技術を利用したりもしているはずだ。
『誰よお前たち』『あん?』『ガキにゃ用はねえよ』
 誘波から聞いたところによると、現在の被害者数は稲葉レトを含めて十二人。
 たった二日とはいえ、監査局の捜査網をくぐり抜けてこれだけの被害を出し続けているのだから、相手は相当なもんだ。
『俺らはこっちのネエちゃんを誘ってんだ』『ガキは帰ってゲームでもしてな。シッシッ』
 その辺を考慮すると、どうも異獣だとは考えにくい。異獣の知能は地球上の獣と大差ないからな。……稲葉さえ目覚めれば詳しいことを聞けるかもしれないけど、彼女はあの様子だ。当分目を覚ましそうにない。
『マスターに無礼とは削除安定です』『マスターって呼ばせてんの?』『ギャハハうける!』
 これからは人目につかないところも念入りに調べてみる必要があるだろう。もし戦闘が起こっても、そういう場所なら被害を最小限で抑えられる。
『殺しちゃダメってレージに言われてるから、お前たちは存在することを後悔する程度に痛めつけるだけで済ませてあげるわ。感謝しなさい』
 なんだろうね、さっきから俺の思考を阻害するように聞こえてくる『ぎゃあああ!?』とかいう悲鳴みたいなものは?
『……すみません、生まれてきてホントすみません』『同じ空気を吸っちゃってごめんなさい』
 俺は店員を呼んだ。
「あー、この携帯を買いたいんですけどちょっと預かっててもらえますか? 大丈夫です。すぐに戻ってきますから」
 バッ! とロケットスタートで店の外に出る。顔中ボッコボコに腫らしたチンピラたちを土下座させている悪魔二人を発見! 俺はやつらをふん捕まえて路地裏へと連れ込み、ゲンコツを一発ずつかましてから十分ほどきつーく説教した。

 膨れっ面のリーゼと変化のないレランジェを率いて俺は携帯ショップ内に戻った。
 躾というものは、時には厳しくしなければいけない。そこらの本屋で『凶犬の手懐け法』とか売ってないかな。
 俺が購入手続きを行っている間、説教が効いたのか二人は大人しくしていた。と言ってもリーゼに関しては物欲しそうに並ぶ携帯を眺め回していたけど……。
「お前らがもっとこの世界に慣れたら携帯くらい買ってやるよ」
「ホント! 約束破ったら眼球から燃やしていくわよ」
 リーゼは無邪気な子供のごとく目を輝かせる。異界監査官になったのだからそのうち彼女にも給料は出るだろうけど、激しく心配なんで俺が管理することにしよう。
「マスター、その通信機が欲しいのでしたらこのレランジェにお申しつけ安定です。あるばいとによりこの国の金銭は入手しております」
「即刻クビになったやつが買える値段じゃねえよ」
「チィッ! 使えないゴミ虫様は不安定ですね!」
「なんで俺!?」
「誰もあなたとは言っていませんが?」
 落ち着け俺! こいつをぶっ飛ばしたい気持ちを押し殺すんだ俺!
 ……とにもかくにも店を出よう。こんなところでいつまでも油売っていたらクソ真面目なメガネ野郎に嫌味を言われかねん。
 俺が率先して店の自動ドアをくぐったその時――

 買ったばかりの携帯電話が着信音という名の産声を発した。

「……」
 俺は電話に出ることを躊躇った。だってそうだろ? 携帯を買い換えたことは俺とリーゼとレランジェしか知らないのだから。こんなタイミングでかかってくるはずがない。
 ――普通なら。
「レージ、それ鳴ってるけど放っといていいの?」
「無視するとは最低なゴミ虫様ですね」
 最低な人形にもっともなことを言われたのが癪なんで、俺は電話に出た。間違いなく今の俺は迷惑そうな顔をしているだろうね。
「もしもし、この電話は間違いです」
『いえいえ、ちゃんとレイちゃんの携帯のはずで――』
 ピッ!
 俺ってなんかの病気なんだろうか? 誘波の声みたいな幻聴を聞いたような……。

 Prrrrr! Prrrrr! Prrrrr!

「――ッ!?」
 再びかかってきたコールに肩がビクゥとなった。仕方なく取る前に、俺は潜水をする前みたいに思いっ切り息を吸い、脳内で「せーの」と唱え、
「なんで俺の携帯が復活したことを知ってんだてめえッ!?」
 向こうの鼓膜を破る勢いで怒鳴り散らした。
『そこは天下の誘波ちゃんだからですよぅ』
 くそっ、敵は全く動じていない! てか自分をちゃんづけするとかキモイんですけど。
「まあいい。なんの用だ? 犯人でも見つかったのか?」
『いえ、それとは別件です』誘波は変わらぬおっとり声で、『レイちゃんは今繁華街にいるでしょう? そこから北に五百メートルほど行った場所に強い〝歪み〟を観測しました。恐らく、門が開くと思われます』
「『次元の門』が?」
 誘波がいつものようにボケなかったってことは、あまり時間がないのだろう。
 繁華街から北と言えば、そこそこ大きな川が都市を割るように流れている。五百メートルだから、丁度そこの河川敷ってところだ。
『はい。一番近くにいるレイちゃんたちに向かってほしいと思います』
「わかった。とりあえず行ってみる」
『いい機会ですので、リーゼちゃんたちの指導もお願いしますね』
 ああ、と適当に返事して俺は通話を切った。『次元の門』の監視及び異獣の対処などは監査官の基本業務だからな、あの二人にはしっかりと叩き込んでおく必要がある。特にリーゼ。門が開くだけでなにも起こらない可能性の方が高いから、退屈で暴れられちゃかなわん。
 まずは二人にこのことを説明しなくては。時間がないっぽいから、移動しながら簡潔に仕事内容の話を――
「はぁはぁ、君たちかぁわいいねぇ……」
「あなたもマスターを侮辱するクズ野郎安定ですか?」
「やっちゃいなさいレランジェ。そいつのデブデブした体が骨と皮だけになるほどの地獄を見せてあげるのよっ!」
 目的地まで、さっきより十倍きつめに説教しながら移動することになりそうだ……。

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